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126話 「親からの一報」


 その日のトウリたちの昼食は、オムライスだった。

 お店で出されるようなふわとろのオムライスではなく、チキンライスに卵の衣を被せたような家庭的なオムライスである。


「ふふっ、私の名前が書いてあるわ」


 『カオルねえ♡』とオムライスの上にケチャップで自分の名前が書かれているのを見て、カオルが嬉しそうにはにかんだ。自分のオムライスをもぐもぐしていたランが、それを見て声をあげた。


「あ、それ私が書いたんだよっ。うまくできたでしょ! 」


「まぁ、ランちゃんが書いてくれたの? とっても上手にできてるわね」


 カオルに褒められたランは、んふふと嬉しそうに笑みを浮かべた。その正面でタクヤが、自分のオムライスに目を落として苦笑いをする。


「えっと、俺のもランちゃんがしてくれたのかな? 」


「ううん、タク兄のはお兄ちゃんがしてたよ」


(ですよねー)


 ランの返答にタクヤは納得して、再びオムライスを見やる。


 そこには、ケチャップでデカデカと『バカ』と書かれていた。

 力を込めて書いたようで血飛沫のようにケチャップがオムライスに飛び散っていた。


 そこから、ひしひしとトウリの憤りをタクヤは感じていた。

 チラッと横のトウリを見ると、つんとした顔でもくもくと自身のオムライスを食べていた。


「……タクヤ、あなた今度は何やったの? 」


 聞こえてきた声にタクヤが視線を向けると、カオルが底冷えするような笑みを浮かべてこちらを見てきていた。


「べ、別に何もしてねぇよ! 闘技場でトウリと対戦しただけだよっ」


 

「へー、そうなの。でも、そんなことでトウリちゃんが拗ねるとは思わないわ。その後に何かやったでしょ」


「…… ちょっと(・・・・)ランちゃんに自慢しただけだよ」


「ギルティ」


「何でだよ! 」


 自分に非はないと叫ぶタクヤの弁明をカオルは切って捨てた。その姉弟のやりとりにランは乾いた笑いをあげ、トウリは知らんぷりを決めていた。


 実際のところ、タクヤはランと合流した時にトウリが拗ねるのを承知で、おおげさにトウリの奮闘を褒め称えて散々弄ったので、カオルの判定は間違っていなかった。





 タクヤとカオルが口論をしていると、プルルルルと居間の固定電話が鳴り出した。


 トウリは、食事を中断して無言で立ち上がった。


 電話の前にまできたトウリは、一度息を吐いて気持ちを落ち着かせてから受話器を取った。


「はい。もしもし、東野(トウノ)です」


『あ、その声はトウリね! 』


「母さん? 」


 電話の相手は、トウリとランの母親である香奈枝(カナエ)だった。


『久しぶりー。元気にしてた? あなたの大好きなお母さんだよー』


「……ああ、元気にしてたよ。そっちはどう? 」


 思わず、クソババアと出かけた言葉をトウリは呑み込んで会話を続ける。


 カナエは、夫の政重(マサシゲ)と、タクヤとカオルの両親である(リン)藤四郎(トウシロウ)の3人と一緒に仲良く海外旅行に行っている最中である。


『楽しんでるわよー。あとでいっぱい写真見せてあげるからねー。私もマサさんもここ最近、ずっと忙しくて旅行なんて一緒に行けなかったからねー。リンたちも一緒だなんて、何だか学生時代に戻ったみたいで楽しんでるわ』


「……そう。ところで、ランには話してたようだけど、俺に一切話がなかったのはどういうこと? 旅行のことも、タクたちが旅行中に泊まりにくることも聞いてなかったんだけど」


『あー、ごめんね? トウリに聞く前に、他の子がみんなゲームやるからーっていって乗り気じゃなかったから。ほら、あの最近話題のVRゲームの』


「ソード・マジック・オンラインね。だからって一言くらいあっても良かったと思うんだけど」


『いやー、伝えようとは思ってたんだよ? でも、バタバタしてたら忘れちゃった。それに、トウリなら文句言いながらでもやってくれるかなーって思って、ねっ』


 そう言い訳した後、多少の罪悪感を誤魔化すためか『てへっ☆ 』とおどけてみせる実の母親にトウリの持つ受話器がミシリと悲鳴を上げた。


「ぶん殴るぞ。クソババア」


 思わず、トウリの本音が漏れた。


『きゃー! マサさん、トウリが私をクソババアって! ぶん殴るぞって! 反抗期だわ! 』


 電話の向こう側で明らかに面白がっている声音で、カナエが近くにいる夫のマサシゲに話しかけているようだった。

 あんのクソババア、帰ってきたら覚えとけよ、とトウリは内心毒づく。


「……じゃあ、もう切るね。旅行楽しんでください。さよなら」


 そう言って、トウリはおざなりの別れの挨拶をしながら切ろうとすると、カナエがやや焦った様子で制止の声をかけた。


『待って待って! まだ用があるから切らないで! 』


「なに? 」


 もはや不機嫌さをトウリは隠していなかった。


『元々31日には帰ってくる予定だったんだけど、色々あってそれよりも帰ってくるの遅くなりそうなの』


「それは別にいいけど……。色々って何かあったの? 」


『えっと、それはまぁ……色々は、色々よ』


 何やら言い難そうに口籠る母親に、トウリは眉を顰める。


「だから、色々って具体的に何があったの? 」


『そ、それは……。あっ! 』


 突然、電話の向こう側で母親が声を上げたかと思うと、電話の声の主が代わった。


『こんばんはー。タクヤの母です。久しぶりね。トウリちゃん』


「あ、ママさん。お久しぶりです」


 電話の相手がトウリの両親と一緒に旅行に行っているタクヤとカオルの母親であるリンに代わると、トウリも自然と丁寧な口調に変わった。


『今、わたし達はシンガポールにいるのだけど、これからヨーロッパのフランスへ飛行機に乗っていく予定だったの。でもね。どうも天候が悪いらしくて、乗る便が欠航になってしまって今、空港で足止めを食らってるところなの』


「ああ、そうだったんですか」


 何カ国も外国を巡るなんて聞いてなかったなーと内心思いつつ、トウリは相槌を打った。


『それでね。この遅れを元々、巡る予定だった場所をいくつか諦めることで帳尻を合わせようとしたんだけどね。それを、カナエとトウシロウさんが猛反対して、全部回るって言って聞かなかったから、帰りが遅くなりそうなの。うちの夫が迷惑かけてしまってごめんなさいね』


 何やら途中から電話の向こう側が騒がしくなって「ちょっ、リサっ!? 」「俺かっ!? 」といった抗議の声がしていたが、リサは全く取り合う様子もなく話を続けていた。


「いえ、こちらこそ母が迷惑かけてすみません」


 リンから話を聞いたトウリは、自分の母親なら言いかねないとあっさりと納得していた。


『トウリちゃんには本当に申し訳ないけどそれまでうちの子たちのことをよろしくお願いししてもいいかしら? 』


「ええ、大丈夫ですよ。カオル姉には、家事を手伝ってもらって助かってます。それに泊まりなんて久しぶりで懐かしくて楽しいでますから」


『そう言ってもらえると助かるわ。ありがとうトウリちゃん』


 リサが礼を言い終わってすぐに母親が奪取に成功したのか、電話の相手が元に戻った。


『ってなわけで、遅くなるから! 風邪には気を付けるのよ! 』


「はいはい。言われなくても気を付けるよ」


『よろしい。あ、トウリは新しい子は弟と妹どっちがいいと思う? 』


「どっちでもいいよ。ってか実の息子にそんなこと聞くなよな」


 両親のアツアツっぷりを電話越しに聞かされて、トウリはややげんなりしながら答えた。それからトウリは、しばらく母親と話した後、ランと電話を替わってあげた。



「どんな電話だったんだ? 」


 トウリが母親と話している間にタクヤとカオルの口論は終結していたようで、タクヤはトウリに声をかけた。


「……母さん達、帰ってくるのが遅くなるって。詳しい日程は分からないけど、ママさん達が帰ってくるまでうちに泊ってたらいいよ。母さん達もそのつもりみたいだから」


 母親にヘイトが移ったことでタクヤに対する憤りは薄れたようで、むすっとしつつもタクヤの問いにトウリは答えた。


「マジか。何かトラブルでもあったのか? 」


「うん。悪天候で飛行機がでないんだって」


「あー、そりゃ仕方ないな」


 タクヤは、その説明で納得したようで自分の食事を再開した。


「というわけで、もうしばらく一緒ってことになるけど、カオル姉もそれでいい? 」


「ええ、もちろん。こんな弟と2人きりにならなくて済むんだからありがたいくらいよ」


「俺だって姉ちゃんと2人きりとか勘弁だよ。カバーしきれねぇっての――痛った!? 」


 などと言ったタクヤは、脛を誰かに蹴られて悶えた。





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