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125話 「タクの意地」


「お前は狂戦士か」


 戦闘が終了し、それと同時に闘技場の恩恵で今回の戦闘で受けたダメージを回復したタクは開口一番にユリに対してそう言った。痛みから逃れるよりも勝つことを求めたユリに呆れ果てたと言わんばかりの半眼でユリを見ていた。


「な、なんだよ。あそこで倒しに行かなきゃ勝ち目がなかったんだから仕方ないだろっ」


 親友からそんな目で見られてユリはタジタジになりながらも拗ねたように睨み返して言い返す。ユリの感情の機微に反応して宝石を思わせる青い瞳は潤み、吊り上がった眦には涙の粒が浮かび上がる。


 それはまるで傷つきながらも怒る幼気な少女のような印象を周囲に与えるが、先程の戦いで痛みよりも勝利を貪欲に求めて笑っていた狂戦士を知っているタクからすれば、見た目は可愛い猛獣のようにしか見えなかった。


 そんなことタクが思っていると、ユリが思い出したかのように訊ねてきた。


「あ、そう言えば右腕は大丈夫なのか? 」


「ん? ああ、もう平気だ。戦いが終われば状態異常とかも全部リセットされるからな」


「そっか。よかった。まさか本当に折れるとは思わなかったからビックリした。ごめんな」


「気にすんな。俺も黙ってたし、お相子だ」


 タクはそう言いながら、なんか調子狂うなと右手で頭をガシガシと掻いた。



「それでどうする? あと2回戦う予定だったが、今回はもう止めとくか? 」


「いや、する」


「即答かよ」


 間髪入れずに答えたユリにタクは呆れながらも好戦的な笑みを浮かべた。


「いいぜ。さっきのは様子見だ。次も勝てると思うなよ? 」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 2人が再び距離を取って向き合うと、開始のカウントダウンが始まった。




『……3……2……1……Fight! 』



 ユリとタクの間で大きな『Fight! 』という赤文字のフォントが現れ、2人を妨げていた透明な壁が消え去った。



「先手必勝! 《連打》! 」


 最初に仕掛けにきたのは、やはりユリだった。タクも同時に前へと出ていたが、足の速さはユリに分があるようだった。右手に赤い燐光を纏わせてユリは、タクに殴り掛かる。


「《チャージング》! 」


 それに対してタクは左腕に装備した円盾を構える。赤い燐光を纏ったユリの右拳が前へと突き出されるのに合わせて、タクは黄色の燐光を帯びた円盾をユリの右腕の内側にねじ込み、外へと振り払った。


――パキーン


 硬質な音が響き、ユリの右拳に纏っていた赤い燐光が霧散した。


「なっ……!? 」


「そう何度も同じ手を食らうかよ! 《騎士の一撃(ナイツブロウ)》」


 技を中断されたことに驚くユリにタクは青い燐光を纏い始めた長剣を振り上げ、前へと一歩踏み込んで左手を添えて振り下ろした。それをユリは躱すことができず、右肩から左脇腹にかけて斬られた。


「ぐはっ」


 肩を鈍器で殴られたかのような衝撃と火傷をした時のような痛みを受けてユリは踏鞴を踏んだ。直撃を受けたユリのHPは、最大値から6割にまで減少していた。


「思ったより浅いな。ちっ、そういや鎖帷子着てたな」


 手応えが今一だったことにタクは舌打ちをしつつ、今度は躊躇うことなく怯んだユリへと追撃した。


「《盾打(シールドバッシュ)》! 」


「なっ、そっちか! 」


 直撃の衝撃から十分に立ち直れていないユリへとタクは円盾を突き出して体当たりを仕掛けた。長剣による攻撃を警戒していたユリは体を低くして体当たりをしかけてきたタクに虚を突かれ、またもや碌な防御もできずに腹部へと直撃を受けた。


「ぐふっ」


 衝撃が腹部で弾けて、体勢が崩れていたユリは吹き飛んだ。地面へと転がったユリのHPは、さらに減少し、半分を切っていた。



「お前のように徒手空拳を主体としたプレイヤーは珍しいから初めは相手の隙をつけるかもしれないが、リーチは手足の長さしかないんだ。慣れれば対処の仕様はいくらでもある。何も考えずに突っ込んできたらいいカモだぞ? 」


「んにゃろ……! 」


 お腹を抑えながら起き上がったユリは未だに戦意を失っていなかった。


「おっ、来るか? 」


「ったり前だ! 」


 先程のタクの忠告を知ったことか、と言わんばかりにユリは真っすぐに距離をつめる。タクは剣を構えながらユリの出方を待った。


(俺の忠告ガン無視かよ。次は何がくる。蹴りか? 拳か? )


「オラァ! スライディング! 」


 ユリがやったのは、蹴るでも殴るでもなくタクの足元への滑り込みだった。



 足払いをされた経験はあれどまさかスライディングを仕掛けてくるとは思ってもおらずタクは驚くが、体は自然と動いてユリを躱していた。


 しかし、ユリの狙いはそこではなかった。


 滑り込んだユリは躱そうとするタクの足首を掴み、それを支点にタクの背後へと回り込み、もう片方の足首も掴んだ。


「《鉄の爪(アイアンクロウ)》! 」


「あいだだだだだだ! ちょっ、おまそれ、指が食い込んでっ! 」


 万力の如き力で両足首を握りしめられたタクは引きはがそうと足を振り回そうとするが、がっちり掴まれて離れそうになかった。思わず、空いてる左手でユリの手を振り解こうとタクは腰を曲げた。

 

 その瞬間にユリはぱっと手を足首から離したかと思うと、半ば立ち上がってタクのお尻に頭突きを食らわした。食らったタクはダメージはほぼなかったもののつんのめってこけそうになる。



 そこをすかさず、ユリは立ち上がって後ろからタクを羽交い絞めにしようと動き


――《怒声》


「喝ッ! 」


 タクの発した怒声を受けてユリは硬直した。


 その硬直は一瞬であったが、その一瞬が勝負を分けた。


「《三連撃》! 」


 体勢を立て直したタクが、振り向きざまに長剣を横薙ぎに一閃した。ユリの胴体に緑の軌跡が刻まれる。そこに寸分違わず、返し刀で二撃目が入る。ユリのHPは一割を切り、赤く染まる。


「終わりだ」


 そして最後の一撃が刻まれた。



 ユリのHPが全損し、2試合目はタクの勝利で終わった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「あー負けたー! 」


 地面に大の字に倒れ込んだユリは悔しそうに叫んだ。すでに戦闘は終了してユリのHPは全快し、ダメージによる体の痛みも消えていた。


「最後は、まぁよかったんじゃないか。1対1で羽交い絞めは有効だ。特にお前にとったらその状態からでも蹴りでダメージを稼げそうだしな。ただ、流石にあんなやり方で背後は取るのはリスキー過ぎるな」


「……まんまとひっかかったくせに」


「だが、成功はしなかっただろ。次はもう少し考えながら戦って見たらどうだ? 」


「……次は勝つ」


「負けるつもりはないぞ」




 2試合を終えても2人の戦意は衰えず、最終戦のゴングはすぐに鳴った。










『……3……2……1……Fight! 』



 ユリとタクの間で大きな『Fight! 』という赤文字のフォントが現れて前を遮る透明な壁が消えたが、先程までとは違って、ユリはすぐに飛び出さなかった。両手には剣と槍を握っており、周囲には無数の武器と石がぶちまけられていた。



 その様子にタクは苦笑いを浮かべる。


「次は投擲で勝負ってか? 」


 そう呟いたタクへと槍が飛んできた。それをタクは左腕の盾で弾き飛ばす。続いて横に高速回転しながら飛んできた剣を右の長剣で振り払った。


「そんな鈍ら(なまくら)、いくら投げられてもちっとも怖くねぇぞ! 」


 タクに次々と剣や槍が飛んでくる。

 飛来してくる武器の中に時折石が混じってくるが、それが意外にも曲者だった。


 【投擲】スキルもちのユリが投げる武器や石の速度は100キロを優に越しており、特にソフトボールほどの石に関しては160キロをも超える剛速球になっていた。プレイヤーの身体能力を考慮すれば、その速度自体は別段おかしなことではない。現にタクもそれらの攻撃を難なく対処していた。問題は、【投擲】の補正とユリ持ち前の技量による正確なコントロールにあった。


「くっ……! (さっきから武器の投擲の合間に石ころで俺の股間ばかりを狙ってきやがるっ)」


 剣や槍と違い、リアルでも投げ慣れたボールに近い石を投げるユリの命中精度はかなり高かった。ユリにしては嫌がらせ程度の気持ちだったが、股間というのは戦いながらだとカバーしにくい場所であった。特にタクは盾を手に持つのではなく腕に装着しているために股間に飛んでくる石を盾で受けるには厳しく、その対処に苦慮していた。


 しかし、それもタクが正面から距離を詰めるのを放棄するまでの話だった。


 

「《ビーストランニング(獣の走り)》」


 右肩に飛んでくる槍を長剣で弾いて、タクはアーツを唱えた。タクの足に赤い燐光が生じる。


「楽にはさせねぇ! 」


 聞きなれないアーツの名称に警戒心を抱いたユリは、両手に剣をそれぞれ2本引っ掴むと交互に投げた。牽制のために投じられた4本の剣は斜めに回転しながらタクへと迫る。しかし、無茶な投げ方もあって狙いは出鱈目で速度も先程までと比べると100キロくらいしか出ていなかった。それでもほぼ同時に迫る4本の剣を無傷で捌くのは困難だった。


 迫る剣にタクは腰を落としたかと思うと横っ飛びで回避した。制止の為に左手を地面についたもののこれまでの動きよりも機敏であった。


 地面に手をついて体勢が崩れているように見えるタクにユリは好機と見て、槍を投じた。しかし、タクは地面に手をついた体勢からまるでクラウチングスタートをしたかのような淀みのない動きで走り出し、その槍を躱した。


 ユリはタクが逃げる方向へ武器を投げていくが、タクは先程と打って変わって剣や盾では捌かず、ジグザグに走ることでそれを次々と躱した。


 その際に地面に赤ペンを走らせたかのように残る赤い軌跡を見て、なるほど。それがアーツの効果かとユリは当たりをつけた。


 初動の力強い走りこそ目を見張るものがあるものの、その勢いを制御できていないようで毎回、制止の際には手をついて制御していた。つまり、今のタクは剣や盾で捌かないのではなく捌けないのである。


 ユリはそれを好機と捉えた。


 ユリは武器を投げるのを止めてその場から動き出した。



 攻撃を止めて、石を山積みした方へと動き始めるユリを見たタクは攻勢に出た。足の裏で闘技場の地面を力強く蹴ってタクは前へと飛び出した。


 その速さはプロの短距離走を凌ぎ、陸上最速のチーターに迫る勢いだった。その勢いのまま、タクは盾を構えてまっすぐにユリに肉薄した。ユリは、膝ほどまで積まれた石の山の後ろへ回ったが、タクが迂回や制止をする気配はなく、そのまま体当たりするようだった。


 タクは、格闘を得意とするユリの蹴りや拳での反撃を覚悟して、《盾打(シールドバッシュ)》で反撃されるよりも先にユリの体勢を崩して剣で急所を貫いて勝負を決めるつもりだった。


 重要なのは、《盾打》を放つタイミングだった。


 距離が遠ければ十分な威力を発揮せず、近ければユリの拳や蹴りが届く方が先になる。シビアなタイミングを求められていた。β時代の対人戦、そして正式稼働からのこれまでのモンスターの戦いで、そのシビアなタイミングを何度も成功させてきたタクは、一見無謀にも思えるこの特攻に自信があった。


(ユリのリーチは、さっきの2戦でもう把握済みだ! )

 

 そして、タクは《獣の走り》で加速した勢いのままより一層シビアになっているタイミングを見事に掴んだ。


(今だ――! )


「《盾打(シールドバッ)――「《岩砕脚》!! 」」


 最適なタイミングでタクが《盾打(シールドバッシュ)》を切る(使う)よりも早くユリが《岩砕脚》を切った(使った)


 それはタクを攻撃するにはワンテンポ早かった。しかし、次の瞬間、黄色い波紋のようなエフェクトがタクの眼前に生じたかと思うと障害物となっていた石ころの山が爆散し、散弾となってタクに殺到した。



「なっ――!? 」


 突然のことに驚くタクの体の各所に飛んできた石が次々とヒットした。突進の勢いもあって、その威力はなかなかに高く、タクのHPはガリガリと削られた。そして、ダメージ以上に予想もしていなかった足元から顔面にも容赦なく飛んできた石に対する動揺は大きく、有体にいってタクは怯んだ。


 怯んだとはいえ突進の勢いはその程度ではなくならず、タクはそのまま前進し、技後硬直で動けなかったユリと衝突した。そして、そのまま2人は地面に倒れ込んだ。


「うわっ!? 」


衝突でお互いのHPが減少したが、ダメージは微々たるものだった。しかし、上から覆い被さるようにタクに押し倒されたユリからすれば、たまったものではなかった。タクが盾を前に構えたままぶつかり、そのまま押し倒したことで技後硬直のせいで受け身も取れなかったユリは地面と盾でサンドイッチされて、スタンが生じていた。そして、何よりタクの左手がユリの右胸の上に置かれていた。


「ぐっ、この……! 」


「いてててっ、石を蹴飛ばしてくるとか酷い目にあったぜ……だけど、まぁマウントは取ったぞ」


 タクは気づいていないのか、左腕をユリを抑えつつ上体を起こす支えにしようと体重をかけた。自然と左手は姿勢制御をとろうと動き、ユリの胸を掴んだ。


 ふにょんと、ユリのささやかなおっぱいがタクの左手に掴まれて形を歪めた。


「んっ」


 痛みとは違った刺激がユリの全身に走り、思わず声がでた。


「うん? 今なんか柔らか―――」


「だらっしゃあああ!! 」


 左手の感触とユリの声にタクが反応するのとユリが左膝をタクの股間に叩き込んだのは同時だった。



「ごふっ!!????? 」



 スキルを伴わない一撃は、股間という人体の弱点をついたことでタクのHPを著しく減少させた。痛みも尋常ではないらしく、タクは痛みに耐えるかのように口を噛み締めていた。


 タクが悶絶しているすきにユリは、強引に脱出した。


「ユリてめぇ……股間蹴りはダメだろ……男としてダメだろ……」


「うるさい! これは戦いだ! 」


 股間を抑えて血の涙が出ているのではないかという程に恨めしい目でユリを睨むタクに対して、ユリは顔を真っ赤にさせながら言い返した。


「さっさとぶっ殺してやる! 」


「それはこっちのセリフだ! 」


「《旋風脚》! 」


「《ガード》! 」


 ユリが繰り出した回し蹴りをタクは、寸でのところで盾で受け止めた。モーションの大きい《旋風脚》であったことが幸いした。


「《多連脚》! 」


「《チャージング》! 」


「うわっ」


 ユリは手数で攻めようと《多連脚》を使用したが、タクが合わせてきた《チャージング》で最初の一撃を盾で弾かれ、その衝撃で体勢を崩された。その瞬間を狙ってタクが一歩踏み込んできた。当に《獣の走り》は効果を終了とさせていたが、ユリはタクが懐に入ってくるのをわかっていながら防げなかった。


「《スラッシュ》! 」


「あぐっ」


 下から振り上げた長剣がユリの胴体を斬った。


「《盾打(シールドバッシュ)》! 」


 重ねるようにタクは動きを止めずにユリの体を盾で打つ。それによってユリの体は再び硬直する。


「《騎士の一撃(ナイツブロウ)》! 」


 振り下ろされた剣が硬直したユリの体を再び斬った。ユリの残りHPが5割を切った。


「《十字斬り》! 」


 そして、最後にユリは体に十字の太刀筋を刻まれてHPを全損させた。


 3試合目の戦いもタクの勝利に終わったのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「また負けた」


 戦いが終わり、闘技場にあぐらを組んで座り込んだユリは憮然とした表情で呟いた。


「対人戦初めての奴にそう何度も負けてたまるかよ」


 不貞腐れているユリはタクは長剣を鞘に納めながら呆れたように返した。


「これでもβの時の大会で入賞したんだぞ。スキルは一度リセットしてるが、それでもお前に負け越す気はない」


 最初は言い様にやられた癖に……


 と内心で吐くユリだが、確かに今のままタクと戦って勝つのは難しいことを2試合目と3試合目の戦いで実感していた。いや、1試合目から感じていたからこそ、ユリは奇策を乱用していた。


「……最後のコンボはなんだったんだ? 普通、アーツはあんなに重ねて連発できないだろ? 」


「あれか? あれは、スキル連携とかアーツチェインって呼ばれるプレイヤースキルの一種だな。知っての通り、アーツを繋げた連続攻撃だ。繋げるタイミングには慣れが必要だが、出来るようになると重宝するぞ」


「うわっ、ずっりい」


「俺の汗と血の結晶だ。ずるくない。……まぁ、初心者のお前に使うのはちょっと大人げなかったとは思うが」


 ジト目で睨むユリからタクは、気まずそうについっと視線を逸らした。


「俺にもすぐに出来るようになるのか? 」


「さてな。難易度は結構高いが、案外お前ならすぐにできるようになるかもな」


「ちなみにタクはどれくらいかかったんだ? 」


「始めてから2週間くらいだが、なんとなくやってみたら出来たから何とも言えない」


「役に立たねぇ……」


 




騎士の一撃(ナイツブロウ)

【長剣】で覚えるアーツ

ほとんど《スラッシュ》の上位互換。


相手と真正面から対峙した状態で発動するとさらに威力が上がり、逆に背後からだと威力が下がる。



獣の走り(ビーストランニング)

【走法】で覚えるアーツ

5分間、敏捷性がかなり上昇する。感覚としては急勾配の坂を全力で走る感覚。なので、急な制止や方向転換は非常に困難。無理に行おうとすれば、転倒するほど。タクのとっていた地面に手をつく行為はそのため。また、動体視力は向上しないので慣れないと距離間が狂って自爆する。





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