124話 「闘技場デビュー」
エリアボスであるジャイアントクオッチをテイムするというとんでもない事態を起こしつつもユリ達は、無事に山頂を越えて反対側へと山を下っていた。こちらの山道も人々から忘れられて久しいのか、行きと似たり寄ったりな荒廃具合であった。
しかし、ボスエリアを越えたことで『初心者の草原』のように出現するモンスターが変わったようで、空を飛んでいた黒い魔鳥の代わりに岩蜥蜴と呼ばれるワニ並みの大きな蜥蜴が地面をのったりと歩いていた。
岩蜥蜴はノンアクティブモンスターであったためにユリ達は岩蜥蜴を無視して、幾分気を抜いた足取りで山を下りていた。
「まったく、エリアボスがテイムできるなんて情報を流したらしばらく荒れるぞ」
タクは何度目かもわからない呆れた視線をユリへと向けた。
正式稼働を迎えてまだ8日目のSMOでは明らかになっていないことの方が遥かに多い。しかし、モンスターのテイムはβ時代でもほとんど明らかになっておらず、成功させたプレイヤーもβ時代含めて限られた数であり、成功した例もノンアクティブモンスターのテイムしか一般的に知られていなかった。
そんな中でプレイヤーがアクティブモンスターで、なおかつエリアボスをテイムしたという情報が流れたら荒れると考えるのは容易だった。それも人を乗せての飛行も可能となれば、欲するプレイヤーは後を絶たないことは間違いない。
「ユリ、お前のことだからわかってないと思うが、そのジャイアントクオッチは人前であまり見せないようにしろよ」
「わかってるよ。でも、そんなにやばいことなのか? 」
エリアボスであるレイヴンをテイムした時のタクとランの反応からありえないことしたという自覚はあるユリだったが、具体的にどれだけまずいのかまでは掴み切れていなかった。
「ばれたら最後、骨の髄までしゃぶりとられるぞ」
「そ、そんなにか? 」
真顔でそう言い切ったタクを見てユリは不安げに眉を潜める。
「人の妬みって恐いもんねー」
「ルルルさんが今あんな場所に店構えて一見さんお断りしてるのは、どうもβの時に性質の悪いプレイヤーたちに目をつけられちまったせいらしいしな」
「え、そうなのか? 」
タクがポロッと零した言葉にユリは驚く。
そして、そう言えばルカ姉が店に行く前にルルルが軽い人見知りになっていると言っていたことを思い出す。
「詳細は俺もよく知らないけどな。生産者の間では結構な騒動になってたらしい。ほら、ルルルさんの作る武器や防具って超一級品だろ? それ目当てで囲い込もうとした悪質なグループや製造方法を知ろうと迫ってくる輩が後を絶たなかったみたいなんだ」
「そんなことがあったのか……」
「リアルでも、こっちでも目立てばそういう煩わしいことは起こるってことだ。だから、本当に気をつけろよ。条件がわかってるならともかく、分かってないのに隠すな教えろって詰め寄られることもあるから他の誰かが見つけるまでなるべく隠してた方がいい」
「わかった。気を付ける」
そう忠告するタクにユリは、神妙な顔で頷いた。
「おっ、見えてきたぞ。あれが『カジバの街』だ」
「あれが……あの煙は何の煙なんだ? 」
鉱山を降りたユリ達の視界に次の街である『カジバの街』が見えてきた。始まりの街のように高い壁に囲まれている街だが、その壁の向こうから幾筋もの煙が立ち昇っていた。
「工房の煙だ。名前のとおり、あの街は鍛冶を中心とした生産が盛んな街なんだよ。金属系の武器や防具ならこの辺りで一番品ぞろえがいいな。それ目当てに冒険者も集まるから闘技場もあったりと中々血気盛んな街だ。他の街にはないような突発クエストとかもあって結構面白いぞ」
「あー、あれね! 私もβの時に何度かあった! スカッとするよね! 」
「スカッと? 」
「まぁそれは人によるな。うちのチェルシとかはアレ苦手でカジバの街に行きたがらなかったからな。多分、お前なら好きだと思うけどよ」
「お姉ちゃんなら大好きだよきっと! 」
意味深な笑みを浮かべるタクとランにユリは何故だか否定したい気持ちになるのだった。
そうして、道中色々なアクシデントに見舞われながらも無事に『カジバの街』の門を潜ることができた。カジバの街は、タクの言うように生産が盛んな街なようで、露店には様々な武器、防具が並べられ、あちらこちらから金槌を打つ音や煙が空に立ち昇っていた。そして、街で見かける人も『始まりの街』よりも武装したガラの悪い人が目立っていた。
ユリ達は、新たに訪れた街の観光をそこそこに今回の目的地である闘技場へと足を運んだ。
「ここが闘技場だ」
迷いのない足取りで人混みを掻き分けて辿り着いた闘技場は、ローマのコロッセオを彷彿とさせる円形闘技場だった。闘技場の中からは、一際大きな歓声が聞こえていた。
「すごい歓声だな」
「一種のスポーツのような娯楽みたいなものだからな。ここの住人が結構、観戦しにくるそうだぞ」
「人前で戦うのか……」
タクに言われてユリは、嫌そうに顔を顰める。
「大会じゃ無理だろうけど、見られたくなければ制限かけれるから、フレンド限定とか非公開とかにもできるぞ」
「あ、そうなのか」
非公開にできると言われてユリは一安心する。
「どうする? 早速、試しに俺と戦ってみるか? 」
「うーん、そうだな。闘技場の利用の仕方もよくわからないし、一度やってみるか。やり方教えてもらえるかタク? 」
「ああ、任せろ」
ユリに頼られたタクは、少し嬉しそうに声音を高くしてユリに闘技場の利用の手順をレクチャーしたのだった。
「あれ? そう言えば、ランはどこいったんだ? 」
「ランちゃん? そう言えば、闘技場についてから姿見てないな」
「こっちでも迷子かあいつ……」
ふとランの不在に気づいたユリがげんなりとしていると、わっという一際大きな歓声が闘技場に響いた。
「何だか外が騒がしいな」
「まさか……」
盛り上がってるみたいだな。と思う横でタクはもしかして、と思い至り、空中に展開していた仮想ウィンドウに指を走らせた。
「ユリ、ランちゃんの居場所わかったぞ。今まさにランちゃん闘技場で戦ってるみたいだ」
「はぁっ!? いないと思ったら何やってるんだあいつ! 」
まだSMOでのランの行動を把握し切れていないユリは考えてもいなかったタクの言葉に目を剥く。
「ランちゃんも闘技場で戦いたくて来たんだしな。いきなり戦い始めてるとは思わなかったけど……おっ!
ランちゃんが勝ったみたいだな。戦闘時間2分切ってるよ。流石だなランちゃん」
ランの試合結果を見て、タクは感心したように顎を撫でる。ユリもランが完勝したと聞いてほっと息を吐く。
「ランちゃんも楽しんでるようだし、俺たちもやりますか。
試合形式は、制限時間15分の三本勝負。
勝敗は、どちらかのHPが全損するか、降参するかで決定。
アイテムボックスの使用は有りで、回復アイテムの使用は不可。それ以外のアイテムは可。スキル制限なしでアーツと魔法の使用も可。痛覚は個人設定準拠。そんで、テイムモンスターは取り合えず参加不可で、非公開ってことでいいな」
「ああ、それでいい」
丁寧に設定した項目を読み上げて確認してくるタクにユリは同意する。
「なら、決定っと」
タクが仮想ウィンドウをタップすると、ポーンという機械音と共にユリの目の前に仮想ウィンドウが展開した。
『フレンドの『TAKU』から試合が申し込まれました。Y/N』
その文章の下には、先程タクが述べていた試合形式がつらつらと書かれていた。ユリは、それをもう一度確認してからYESを押した。
すると、『あなたの試合会場は『A12Z326』です。Aゲートから向かってください』の文章と共にMAPが勝手に開かれて案内板のように矢印が表示されていた。
「ここに向かえばいいのか? 」
「ああ、その指示されたゲートを潜って行けば会場が用意されてるから、そこで試合だ。試合の申し込みは闘技場の中だったらどこからでも出来るからな。間違ったゲートを潜ろうとしてもスタッフみたいな人に止められるから心配しなくても大丈夫だぞ。まぁ、地図でも案内してくれるし、慣れれば間違わないけどな。そんじゃ、行くか」
「そうだな。絶対負けないからな」
「こっちこそ手は抜かねぇからな」
「はっ、上等」
タクの啖呵にユリは、口角を釣り上げてとても楽しそうであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
Aゲート潜ったユリ達は、学校のグラウンドよりも広い闘技場の一角で相対する。非公開の仕様で開始のカウントダウンが始まると共に周囲から隔離するように透明な膜に包まれる。中のユリ達からはプレイヤーの姿が消えた闘技場が広がっていたが、外の人達からは黒いドームに包まれてユリ達の姿は見えていなかった。そして、ユリの肩に乗っていたクリスが光の粒子へと変わり、自動的にユリの首に下げた従魔結晶の中へと吸い込まれていった。
「なぁ、これって本当に見えてないのか? 」
「大丈夫だ。さっきまで見えていたプレイヤーの姿がないだろ。ちゃんと非公開になってるって」
少し離れたところで不安そうに視線を周囲に向けるユリにタクが苦笑しながら答える。2人の間には、透明な仕切りが生まれていて、試合開始まで一定の距離以上近づけれないようになっていた。
そうこうしていると、カウントダウンが10を切る。
そうなるとユリも目の前の試合に意識が向くようになり、タクだけを見るようになる。その様子にタクも問題なさそうだなと思い、腰から剣を抜き、腕に嵌めた円盾を体の正面に構えた。
『……3……2……1……Fight! 』
ユリとタクの間で大きな『Fight! 』という赤文字のフォントが現れると同時に、タクとユリとの間にあった透明な壁が消え去った。
「おらぁ! 《岩砕脚》! 」
ユリとタクは壁が消え去ると同時に前へと走り出したが、最初に仕掛けたのはユリだった。
何歩か走って助走をつけたユリは、脚力に物を言わせて地面を蹴り出し、正面から走っているタク目掛けて黄色の光を纏わせた飛び蹴りをかました。
「いきなりかよっ! 《ガード》! 」
タクは左腕の盾で受けようと、胸の正面に盾を構えた。
そこにユリの右足がぶち当たった。
瞬間、衝撃波のような黄色い波紋のエフェクトと青い六角形のエフェクトが接触した部分を起点に互いに生じた。そして、青い六角形が砕けると同時にタクが衝撃を受けたかのように背後に吹き飛んだ。
「おわっ、マジか!? 」
《ガード》を突破するとは思っていなかったタクは、ガード失敗のペナルティとしてスタンが入り、地面に仰向けに倒れたまま体が硬直する。
「はっはー! 油断したなこの野郎! 《震脚》! 」
「ちょっ、ぐはぁっ!? 」
そんな好機をユリは見逃すはずもなく、飛び上がってタクの腹の上に両足で着地する。震脚をもろに腹に受けたタクは、その衝撃に顔を顰めて悲鳴をあげた。
ユリは、そのまま剣を持つタクの右腕を抱き込むように掴むと両足を腕に絡ませて肘関節を思いっきり逆に伸ばした。
「いでででで! おまっ、十字固めとかありかよっ!? 」
「ありに決まってんだろ! モンスターに締め技が効くんだから、人間にも当然関節技は効くだろ! 」
「SMOで何やってんだよ! くっっそ、振り解けねぇ! STR、どんだけ高いだよ! 」
「えすてぃーあーる? 何だか知らんが、こっちの方があっちより力あるんだからそう簡単に解けるかよ! 」
「そんなナリして筋力俺並みとかありかよっ! なのに胸はしっかりあるしよ! 柔らかいなおい! ちくしょう! 」
関節を極められたタクの苦し紛れの言葉を聞いたユリは、タクの腕にかける力がより強くなる。
「いででででっ!! ちょっ、怒んなって、冗談だから……! ってお前のこれ、シャレになんないぞ! マジで抜け出せねぇ! ってか、そんなに曲げたら折れる折れる折れる! 」
「大丈夫だ! ゲームだから例え折れてもすぐ治るって!! 」
「そんな問題じゃ……ぎっ!? 」
ゴキンという何かが折れたような感触がユリに手に伝わる。
本当に折れるとは思っていなかったユリは、その感触に驚いて一瞬力を緩ませると、苦悶の顔をしていたタクがその隙に拘束から抜け出した。タクの右腕は肩から下がダランと垂れさがっていた。
「あーもう、こうなるかもしれないから黙ってたのにマジで折りやがったなこの野郎」
タクは悪態を突きながら盾をアイテムボックスに仕舞って、剣を左手に持ち直す。
「おい、大丈夫なのか!? 」
「自分で折っておきながらそれを聞くかっ!? ったく、大したことねぇよ。一種の部位破壊だ。少しの間、腕が使えなくなるだけで痛みとかは最初以外はない。この辺のモンスターにはそんな設定はないけど、もっと先に進んだら部位破壊が出来るエリアボスとかが出てくる。プレイヤーには、まだ闘技場での試合くらいでしか適応されてないけどな」
そう語るタクをユリは心配そうな目で見つめる。その視線に気づいたタクが口角を釣り上げる。
「どうした? 止めるか? たかが腕一本使えなくなったくらい、お前を相手するのには十分なハンデだぞ」
タクのHPはユリの攻撃ですでに半分を切っている。その上に利き手である右腕は使えなくなっていた。
それなのに、タクは飄々とした様子でユリを挑発した。
その挑発にユリははじめ、きょとんとしていたが段々と笑みを浮かべて片方の拳を構えた。
「そっか。なら、遠慮なくいかせてもらうぞっ! 」
その時、ユリは何気なくもう片方の手を腰の革袋の中に入れていた。
ユリは再び距離を取ったタクへと走り出す。
ユリはMP温存のために何のバフもかかっていない状態だったが、これでもβ時代にPVPを何度も繰り返しているタクの目から見てもその間合いを詰めてくる足は、並みの冒険者よりも早かった。
(こいつ、速度上昇系のパッシブ持ってなかったよな……! )
タクは、鳩尾を狙ってきたユリの蹴りを躱しながらユリの身体能力に対して上方修正をかける。おかしなスキルの取り方をしているせいなのか、ユリの身体能力、少なくとも速度と筋力に関しての地力は高いようであった。
だが、そんな相手はβ時代にはゴロゴロいた。
「《十字斬り》! 」
ユリが踏み込んだのに合わせてタクは踏み込み、ユリの胴体を斬り払う。そして、返す刀で下からかちあげるように長剣を振り上げた。
「いっ! がっ!? 」
一撃目の横払いで腹を一文字に斬られたユリは痛みで動きが一瞬止まる。その硬直を見越したかのようにタクの長剣がユリの胴体を縦に切り裂き、ユリの顎をかちあげた。
ユリのHPはその2撃で半分近く吹き飛んだ。
顎をかちあげられたのとユリが反射的にダメージを流そうと後ろに重心が寄っていたことで、ユリは倒れそうになりよろめく。
ここでいつもであれば追撃をするタクだったが初戦であるユリにするのは酷かと思い、追撃の手を緩めた。
緩めてしまった。
この時、タクは失念していた。
喧嘩の時のユリは、自分の損耗よりも相手を負かすことに意識が向いているということを。
不意にタクの顔を目掛けて下から石が飛んできた。
「うおっ」
それはユリが手に握り込んでいた石を手首のスナップで投げたものだった。
虚を突かれたことと人が認識しにくい下からの攻撃にタクの注意はほんの少しの間だが、飛んできた石へと向いた。
飛んできた石は少し顔を逸らしただけで躱せるくらいだった。しかし、ほんのわずかでもタクの注意を逸らせたのならそれでよかった。
「《旋風脚》! 」
タクの攻撃を受けて後ろによろめいたユリだったが、同時に技を放つ最適な間合いを取っていた。そして、投石でわずかな時間を稼いだユリは、右足に緑色の光の粒子を纏わせてその場で回る。
一筋の緑色の光の軌跡が螺旋を描き、タクの右肩を狙ったユリの後ろ回し蹴りが放たれた。
「っ!? 」
タクは反射的にダメージを減らそうと右腕で受けようとしたが、部位破壊された右腕は当然動くはずもなく、その意識と現実の齟齬が隙となって、碌な回避もできずにタクはユリの旋風脚をモロに受けて錐もみ回転しながら地面に叩きつけられた。
「もらった! 」
「させっかよ! 」
ユリは躊躇いもなくこの好機にマウントを取りにいき、タクはそれを読んでダメージが抜けきらない中、牽制で直剣を腰だめに構えた。
その結果、迂闊に飛びかかったユリは牽制で構えていたタクの直剣に自ら刺さりにいった。
「あっ」
といったのはどちらだったか。ぐっさりとタクの剣はユリのお腹に突き刺さった。
「いってぇ!! 」
流石に直剣で貫かれるともなると、いくら軽減されているとはいえ、ユリがSMOで今まで経験した痛みの中で1、2を争う痛みであった。自分から棒に刺さりにいったような奥に浸透する鋭い痛みにユリは顔を顰める。
「馬鹿かお前! いや、馬鹿だろお前! 」
苦悶の表情をするユリに対してタクも軽くパニックになった様子で叫ぶ。意図せず、兄弟のような相手を刺したタクは、ここがゲームだということを一瞬忘れるほどの衝撃だった。
そんなタクの胸にユリが手を置いた。
そして、タクを見てにっこりと笑った。
「チェックメイトだ。《破岩突き》」
ゼロ距離から赤い燐光を纏った掌底を食らったタクの残り少なったHPは吹き飛び、全損した。
こうして、ユリはタクから初戦の勝利をもぎ取ったのだった。
《旋風脚》
【疾脚】で覚えるアーツ
ようは、強力な回し蹴り。回った回数が多いほど威力を増す。つまり、回し蹴りより後ろ回し蹴りの方が威力は高い。
また、吹っ飛び率が高く、回転しながら飛ぶので相手のスキが生まれやすく。追撃が狙いやすい。
《破岩突き》
【剛拳】で覚えるアーツ
ようは、強力な突き。普通に正拳突きでもいいが、掌底でも使える。
ほぼゼロ距離での発動も可能だが、当然威力は落ちる。貫通技なので、《柔拳》との相性も悪くなく、相乗効果を狙える。
追撃を躊躇うタクに対して、嬉々としてマウントを取りに行くユリ。




