122話 「エリアボス前半戦」
クオッチの大群との戦いを制し小休憩を終えたユリ達は再び山を登っていた。
仕方ないことだったとはいえ、クオッチ戦で予定よりも時間がかかっているので、ユリ達は足早に進んでいた。
「ん? 」
そんな時、何気なく前の地面に視線を向けていたユリは、自分たちが行く先の道にかかるように大きな赤いサークルが地面に広がって点滅していることに気づいた。
「タク、ちょっとストップ」
「んあ? 突然どうした? 何か見つけたのか? 」
「ああ……その先の地面が何故か赤く点滅してる。踏まない方がいいと思う」
赤いサークルから何やら嫌な感じを受けとったユリはタクにそう警告した。
「地面が赤く点滅? ランちゃんは何か見えるか? 」
ユリの言葉を不思議そうに首を傾げたタクがランへと話を振るが、ランも首を振って否定する。
「あ、赤く点滅して見えるのは俺の持っている【発見】スキルの効果だ。普段は落ちてるアイテムとか素材の採集ポイントが視界で赤く点滅して分かるスキルなんだけど、素材の採集ポイントを示すにしても広範囲過ぎるから多分、何か別の反応なんだと思う」
「発見……発見か……。アイテム……素材……発見……」
ユリの説明にタクは、ふむ……と前方の地面を見つめて考え込む。
「もしかしたら罠に反応しているのかもしれないな」
「あ、そうかもしれない」
しばらく考えた末にタクはその結論に至る。ユリはその言葉を聞いて廃坑の崩落の直前に地面が赤く点滅していたことを思い出し、それをタク達に話した。
「なら、当たりだな。どこまでが範囲なんだ? そこを避けて通るぞ」
それで確信を得たタクはユリから赤く点滅している範囲を聞き、ユリ達はそこを遠回りするように通ることとなった。そして、通り切った後に確証を得る為にタクの指示でユリは、そのサークルの地面の上にアイテムボックスから取り出した岩を投げ入れた。
すると、ドンと重い音を立てて岩が地面に落ちた瞬間、赤く点滅していたサークルが消えてそこを中心に地面に亀裂が走った。そして、土埃を巻き上げながらあっという間に地面は崩れ落ちて大穴をあけた。
「おービンゴ! 」
「見事な落とし穴だ。ユリに指摘されなかったら間違いなく落ちてたなこりゃ」
穴の縁から中の様子を覗き込みながらタクが言う。幸いなことにその落とし穴は底が浅く、地表近くの坑道であるようで、新人蟻も現在廃坑で暴れている狂兵蟻の姿もないようであった。
「しっかし、【発見】が罠も見抜くスキルだったとは知らなかったな。次も似たように点滅する地面があったら教えてくれ。頼んだぞ」
「おう、わかった」
思わぬタイミングで、落とし穴の位置がわかるスキルをユリが有していることが発覚したユリ達は、その後も何度か道に仕掛けられた罠を避けて順調に進むことが出来た。
そして、ユリ達は山頂という折り返し地点へと差し掛かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【忘れ去られた山道】
そこはかつて様々な鉱石の鉱脈が眠る鉱山の発掘で賑わった山道であった。毎日多くの鉱夫が行き交い、鉱山のあちこちに掘った坑道の出入り口から掘り出された鉱石がトロッコで運び出される際に使われていた道だった。しかし、鉱石を目当てに鉱山に蟻が巣食うようになってからは使われなくなり、次第に人々の記憶からも忘れ去られた場所であった。蟻が無秩序に掘った穴により山道は虫食いのように地盤は脆くなり、長年使用されていなかったことで山道は荒れ果てていた。
そんな人々から忘れ去られた山道の周辺にはいつしか大量のクオッチが棲むようになっていた。彼らは外敵の少ないここを縄張りとしていた。
そして、その山の頂上の広場ではクオッチの上位種である『ジャイアントクオッチ』が棲みつき縄張りとしている場所であった。
「あー、やっぱりエリア越えするんだからボス戦はあるよな……」
「おっきいカラスだー! さっきより当てやすそう! 」
「クリス、今回も頼むぞ」
「きゅ! 」
【忘れ去られた山道】の折り返し地点である山頂まで辿り着いたユリ達は、石柱が並び立ちひび割れた石畳が敷かれた広場で、ボスらしき数メートル近くある大きな黒鳥『ジャイアントクオッチ』と対峙していた。
「オーアッ!! オーアッ!! 」
風化し、一部が崩れている石柱の一本の上に止まっていた大黒鳥は、ユリ達の存在に気づくと翼を大きく広げて鳴き声を上げて威嚇した。
それに対するユリ達の返答は、縦回転する剣の投擲だった。
「オアッ!? 」
威嚇の最中に投じられた剣は大黒鳥の片翼を斬りつけ、極僅かながら大黒鳥のHPを削った。それを合図にユリ達は広場へと飛び込み、悲鳴を上げてよろめく大黒鳥の元へと駆け寄った。
とは言っても大黒鳥は数メートルの高さのある石柱の上にいるので、ランの大剣やユリの拳は届かない。なので、大黒鳥を誘き出す為にユリはクリスへと命じた。
「クリス! 」
「きゅっ! 」
ユリの指示で肩に乗ったクリスから木の実が弾丸の速度でマシンガンの如く撃ち出される。
撃ち出された木の実は、石柱にもビシビシと当たりながらその上に止まっている大黒鳥の剥き出しの胴体へと当たり、HPを極々僅かに減少する。
「クォオオ……」
HPの減り具合からしたら何の痛痒も感じない取るに足りない攻撃だったが、煩わしいその攻撃に先程の先制攻撃もあって大黒鳥の敵意はユリとその肩に乗るクリスへと向けられた。
「ユリ! 敵さんお前にご執心だぞ! 」
大黒鳥の視線がユリに向けられていることに気づいたタクから注意が飛ぶ。それに答える前にユリは、その場から飛び退いた。
「オーアッ! 」
その直後に石柱から飛び降りてきた大黒鳥がその場に降り立った。大黒鳥の黒い瞳は飛び退いたユリに向けられていた。そんな隙をランが見逃す筈がなかった。
ランは両手にそれぞれ握られた色とりどりの光の粒子を纏った大剣を振り被って大黒鳥の死角から斬りかかった。
「たあっ! 《連撃》《連撃》! 」
「オアッ!? 」
《連撃》の発動で大剣が一際赤く輝き、畳まれていた大黒鳥の紺色の翼に二筋の赤い軌跡を刻んだ。そして、続け様に二筋の軌跡に沿うように追撃の2撃が叩きこまれる。横合いからの強烈な不意打ちに大黒鳥は、ひび割れた石畳の上に投げ出されて体を打ち付ける。大黒鳥のHPがガクッと3割近く減少した。
転倒し、鳥足で虚空を掻く大黒鳥に対し、ユリは好機とばかりに駆け寄って回し蹴りを放つ。
「おらぁ! 《岩砕脚》! 」
「オッ!? 」
一際黄色い光の粒子を輝かせて放たれた蹴りは、ちょうどいい位置にあった大黒鳥の頭部に直撃する。大黒鳥の頭に与えられた衝撃が全身を伝播して大黒鳥の体が半回転程しながら横滑りする。頭部という急所に強烈な蹴りをくらった大黒鳥のHPは更に2割近く減少した。
戦闘開始から一分と経たずに大黒鳥のHPは半分近く削られていた。
順調過ぎるくらいに順調であった。
これならすぐに終わりそうだ。
などとユリが考えていると、更に追撃を加えようとしていたタクが大黒鳥の翼の羽ばたきによって生じた突風で体を弾かれた。
「うおっ! 」
弾かれたタクのHPはほぼ減少しておらず、それ自体にそれほどダメージはないようだった。しかし、石畳の上でジタバタと翼を羽ばたかせる度に突風が生じて3人は近づけないでいた。
「オアァァ……! 」
そうしていると、大黒鳥は起き上がって自らの体勢を立て直した。興奮しているようで翼をバタバタと羽ばたかせる。よく見ると、先程と違って黒い瞳の縁がやや赤みがかっている。
「様子がおかしい! 何か来るぞ。距離を取れ! 」
いち早く大黒鳥の変化に気づいたのはたタクだった。
腕に取り付けたバックラーを正面に構えて2人に下がるように指示を出す。タクに言われてすぐに条件反射のようにユリが後ろへ飛び退き、距離を取る。強引に攻撃を行おうとしていたランも僅かな逡巡の後にタクの指示に従って後ろに下がった。
そのランの動きを大黒鳥が目で追う。翼を大きく広げてふわりと浮き上がった大黒鳥は、翼に銀色の光の粒子を纏わせて危険な兆候を見せる。
「どこ見てやがる!! お前の敵は俺だぞ! 」
――《戦士の雄叫び》
敵の注意を自分に向けさせる《戦士の雄叫び》でタクの怒声を間近でぶつけられ、大黒鳥の狙いはタクへと向けられる。
「オァァアア!! 」
大黒鳥の嘴から空気を震わす鳴き声が吐き出され、同時に力強い羽ばたきで強烈な烈風を生み出した。しかし、大黒鳥の攻撃はその烈風ではなかった。その烈風に乗って飛ばされた無数の黒い羽根こそが攻撃の要だった。
「《ガード》! 」
まるで雨のように矢の速度で飛んでくる無数の黒羽根をタクはバックラ―を正面に構えて出来るだけ身を縮ませて、自分の体を吹き飛ばそうとする烈風と黒羽根の雨に耐え忍ぶ。
「お兄ちゃん私の後ろにっ! 《ガード》! 」
狙いこそタクへと向いたが、範囲攻撃であった大黒鳥の攻撃はタクの背後にいたラン達にも届いた。ランは、2本の大剣を正面に交差させて突き刺してユリを背後に庇って黒羽根の雨を凌いだ。ユリもランの後ろで守られながらクリスを懐にしまって庇った。
「オーア! オーア! オアッ、オアッ、オアッ! 」
ユリ達に黒羽根の豪雨を浴びせた大黒鳥は、空に舞い上がって広場の石柱の一つに止まった。そして、誰かを呼ぶかのようにその場で鳴き始めた。
「タク! 回復! 」
「痛った!? でもサンキューユリ! 」
大黒鳥が攻撃の手を休めて鳴き始めた隙にユリは、自身の中級ポーションをタクに投げつけて半分にまで削れていたタクのHPを回復させた。後頭部に当たったのはわざとではない。
そして、ユリはポーションと一緒に取り出した伸び蜘蛛の銛を構えながらクリスに指示を出す。
「クリス、あいつを攻撃しろ! 」
「きゅ! 」
ユリの指示で懐から出たクリスは、肩に飛び乗って大黒鳥へと木の実を撃ち出した。しかし、距離が開け過ぎたためにクリスの攻撃は大黒鳥には届いていなかった。それに気づいたクリスは、ユリの肩から飛び降りた。
「あっ、おい!? 」
クリスの突然の行動にユリは思わず声を上げたが、クリスが近くの石柱を駆け上っていくのを見てクリスの意図に気づく。
「っ! クリス、無茶はするなよ! 」
「きゅきゅ! 」
クリスに激励の言葉をかけてユリは、自分に集中する。
「《一投入魂》! 喰らいやがれっ! 」
黄色の光を帯びた銛をユリは大黒鳥目掛けて投げる。その速度は弦から放たれた矢のように速く、射出された弾丸のように真っすぐであった。
投げられた銛は真っすぐに飛んでいき、大黒鳥の首に突き刺さった。
「オアアッ!? 」
大黒鳥の鳴き声が悲鳴へと変わり、体をよろめかせて踏鞴を踏む。首をしきりに振る大黒鳥だが、普通の槍とは違って返しがついている特殊な銛は、深く突き刺さったまま大黒鳥の首から抜けなかった。
「うしっ」
満足のいく結果にユリは銛に繋がれた白い紐を握りながら笑みを浮かべる。
「なんだありゃ! いや、しかしグッジョブだ! 」
「あ、伸びる銛だ! ナイスお姉ちゃん! 」
「ふふん、もうこれで逃げさねぇぞ」
2人から褒められ、はしゃぎ回る犬の手綱を掴んだかのようにユリは不敵な笑みを浮かべた。
そして、ユリは大黒鳥を石柱から引きずり降ろそうと白い紐を強く二度引っ張った。すると、伸びていた紐は元に戻ろうと勢いよく縮み始めた。
さて、ここで先に一つ確認しておきたいことがある。
例えば人間が犬の手綱を握っていた時、人間側が力の弱い老人や体格の小さい子供であり、犬側が元気な中型犬や大型犬だった場合にもしも手綱が引っ張られるようなことがあれば勝つのは一体どちらだろうか?
また、バンジージャンプをした時に伸びきったゴム紐が元の長さに戻る時、括り付けられている人間は一体どうなるのだろうか?
答えは簡単だった。
「オアッ? 」
「うおっ!? わあああああ!」
紐が元に戻ろうとする力がユリと大黒鳥の両者にかかった結果、その力に踏ん張ることができなかったユリが高々と宙を舞ったのだった。
「はあっ!? 」
「お姉ちゃん!? 」
予想もしない展開にタクとランの2人は武器を構えたまま素っ頓狂な声で、大黒鳥の方へとすっ飛んでいったユリを見送ることしかできなかったのだった。
何故かイケると思っていた




