121話 「黒鳥との戦い」
戦闘エリア【アント廃坑】の向こう側の街『カジバの街』を目指すユリ達3人は、現在棄てられた山道を駆け上っていた。
「うわっ、空の一部が真っ黒に染まってきてるぞ」
「もしかしたらこの辺り一帯のクオッチが集まってるのかもしれないな」
「わぁ、百は超えてそうだねお姉ちゃん! 」
「何でお前はそんなに嬉しそうなんだよ! タクっ、その広場ってのはまだなのかっ。もうすぐそこだぞ! 」
「わかってるよ! もう少しだっ。広場の近くには打ち捨てられたトロッコがある筈なんだ」
瀕死のクオッチの断末魔を聞きつけて、どこから集まってきたかと言わんばかりの黒雲の如く背後の空を黒く染め上げたクオッチの一群は、山を駆け上るユリ達へと刻一刻と迫ってきていた。
「見えた! トロッコだ! 」
間近にまで迫るクオッチの一群に焦りを見せ始めていたタクの目に道の端に打ち捨てられた壊れたトロッコが目に入る。
「あの先に広場があるんだな」
「舞台はあそこってことだね! 」
ユリ達は打ち捨てられたトロッコの横を通り過ぎて開けた場所へと出た。
そこはかつて、アント廃坑が廃坑ではなかった頃に坑道で採掘して出たものを集める集積所の一つであった場所だった。今では広場の隅に崩れた屑石の山が残っているだけの荒れた広場であった。しかし、今までの道とは違ってそれなりに均された地盤のしっかりとした場所だった。空から迫ってくるクオッチの一群を迎え撃つのに先程までの道と比べれば申し分ない場所であった。
「お前ら準備は大丈夫か! 連携だなんて小難しいことは言わねぇから自分の身は自分でしっかり守れよ! 」
「おう! 」
「りょうかーい! 」
タクの掛け声に拳を構えたユリと大剣を背中から抜刀したランが答えた。
「まるでムクドリの大群だな」
迫ってくる黒い靄にも見えるクオッチの大群を見て、ユリは学校帰りの夕方によく見るムクドリの大群を連想する。しかし、宿を探すムクドリの大群と違ってクオッチの大群の目的はユリ達である。
「どちらかというとスズメバチの大群だな。一撃は軽くてもあの数で襲われたらあっという間に全損するぞ。気をつけろよ」
「そっちこそな。ヘマすんなよ」
「はっ! 言ってくれるぜ」
ユリの挑戦的な言い方にタクは口角を釣り上げて好戦的な笑みを浮かべた。そして、胸を張って大きく息を吸う動きをとった。
「すぅ――おらぁぁああああ!! 俺にまとめてかかってこいよっ!! 」
――《戦士の雄叫び》
「クオッ!? 」「クオーア! クオーア! 」「クオックオッ! 」「クオーア! 」「クオックオッ! 」「クオーア! 」
放たれたタクの雄叫びはアーツとなって迫ってきていたクォッチたちに影響を与えた。タクの雄叫びの届いたクオッチたちの動きに乱れが生じて俄かに騒がしくなる。そして、黒い靄が形を変えてタクに向かって一部が突出して伸びる。
「おー! そういうことね。なら、私も頑張らないとね! 《剣舞『火・山』》! 《パワーアップ》と《パンプアップ》! 」
タクの意図を理解したランは気合を入れて、赤と黄色の入り混じった光の粒子を身に纏う。
「クリス、気合入れてやるぞ! でも危ないからそっから外に出るなよ」
「きゅ! 」
ユリもクオッチとの戦いに備えてクリスを懐に入れて念を押す。クリスは胸元から顔だけ覗かせて元気よく鳴いた。
そうして、準備の整ったユリ達の元にクオッチの群れが辿り着き、ついにクオッチの群れとの戦闘が始まった。
「クオッ」「クオッ」「クオーア」「クオッ」「クオッ」「クオーア」「クオッ」「クオッ」「クオーア」「クオーア」「クオーア」「クオッ」「クオッ」
ユリ達に辿り着いたクオッチの群れはそのままユリ達へと突っ込んできて、ユリ達を呑み込んだ。【盾】スキル持ちのランとタクがそれぞれ円盾や大剣を前に出すことで身を守る中、ユリは正面で腕を十字に交差させて耐えていた。一度に減る量こそ少ないものの、数が馬鹿にならないのでユリのHPはガリガリと削れていっていた。
「いてっ、いててっ! あーもうっ! クリス片っ端から撃っていけ! 」
「きゅププププッ! 」
「クオアッ!? 」「クアッ!? 」「クアックアッ!」
腕で胸を庇うユリの胸元から顔を出したクリスが、腕の隙間から向かってくるクオッチ達に向けて口から木の実を連続で撃ち出す。クリスの撃ち出した木の実が当たったクオッチ達は、悲鳴を上げてバタバタと地面へと落ちていく。
「そんで《猫騙し》! 」
クリスの攻撃で正面から迫ってくるクオッチ達の数がほんの少しだけ和らいだ隙にユリは、腕の位置をずらして手を打ち鳴らした。
――パァァンッ!!
その瞬間、炸裂音がユリを中心に発せられた。
周囲のクオッチを怯ませてその隙に反撃に出る程度のつもりで行ったユリの行動は、クオッチの大群に予想以上の効果を発揮した。
「クアッ!? 」「クアックアッ! 」「クオーア! クオーア! 」「クオックオックオッ! 」
効果範囲内にいたクオッチ達はその音に驚いて一時パニックになり、蜘蛛の子を散らすように散り散りになって空へと逃げ出したのだ。
「あれ? 」
クオッチ達が空へと逃げる間に互いにぶつかり合って地面へと落ちていったり、音に驚いて地面に落ちてもがくなど大混乱する中、ユリはポカンと呆気に取られて一瞬固まった。
「あいつら音に弱いのか! ナイスだユリ! 今のうちに地面に落ちたのは仕留めとけ! 」
「りょ、了解! 」
「あはははっ! 逃がさないよっ! 」
タクはクオッチ達が音に驚いて体勢を崩している隙に地面の上でもがいているクオッチ達に手早く剣で止めをさしていく。タクの声で再起動したユリはその指示に従って足元に落ちたクオッチ達を蹴飛ばしていく。脆弱なクオッチ達はそれだけでHPを全損させて黒い光の粒子を周囲にばら撒いた。
ランは背を向けて逃げ出すクオッチ達の後ろ姿目掛けて大剣を振るい、一度に3体近くのクオッチ達を薙ぎ払って大量の黒い光の粒子をばら撒いた。
「クオッチ達が混乱している内に体力を回復させとけ! あれは全滅するまでしつこく追ってくるから気を抜くなよ! 」
タクの言葉で、ユリは初級ポーションをアイテムボックスから取り出して減ったHPを回復させた。そして、ついでに錆びた鉄の剣を出せるだけ出して地面に次々と突き刺していく。
「おいユリ、何か変なことを考えているようだけどそろそろ第二波が来るぞ! 」
そうこうしていると立て直したクオッチ達が再び黒い靄のような大きな集まりを作って、接近してきていた。
「わかってる、よっ! 」
ユリは地面に突き刺した剣の1本の柄を握るとそれを接近してくるクオッチ達に投げつけた。縦に勢いよく回転しながら飛んでいった剣は、先頭を飛んでいたクオッチの1体に当たってHPを消し飛ばし、さらにその後ろを飛んでいたクオッチ2体を切り裂き、地面へと墜落させた。
「よしっ! クリス! お前もどんどん撃ってけ! 」
「きゅ! 」
狙い通りにいき、満面の笑みを浮かべたユリはすぐに次の剣の柄を握って、クオッチ達へと投げつける。横に勢いよく回転しながら飛んでいく剣と一緒にクリスが撃ち出した木の実の弾丸がクオッチ達へと次々と命中する。先頭のクオッチ達は攻撃を受けて数を減らし、ダメージを受けて生き残ったクオッチはユリ達の射程から逃れようと取り乱す。
先頭のクオッチ達の足並みが乱れ始める中、クオッチ達はそのままユリ達を呑み込まんと突っ込んできた。
その時、ランが自ら呑み込まれるかのように前へと飛び出した。
「はぁぁぁ! 《剣舞『旋風』》! 」
「クアッ!? 」「クオッ!? 」「クオッ!? 」「クオアッ!? 」
緑色の光を帯びた一対の大剣を振るってランはコマのように激しく舞った。緑の軌跡が幾筋も空中に残る。
その成果はランが斬り捨てたクオッチ達が散らした黒い光の粒子の奔流で一瞬、ランが姿を消した程だった。ランが突っ込んだ部分が山をくり抜いたトンネルのようにぽっかりと黒いクオッチ達の群れの中に穴を空けていた。
「とんでもねぇなランちゃん!? 」
ランの攻撃が届かなかったクオッチ達に集られながらタクはランの殲滅力に呻いた。
「だああ! 拳じゃキリがないな! さっさと散れ! 《猫騙し》! 」
その一方で周りを見る余裕のないユリは群がるクオッチ達を片っ端から殴り飛ばしていたが、そのキリのなさに早々に耐えれなくなって《猫騙し》の音で群がるクオッチ達を蹴散らした。
「クアッ!? 」「クアアッ!? 」「クオックオックオッ! 」
パニックになってクオッチ達は上空へと逃げだしていく。
「逃がすか、よっ! 」
「きゅっ!! 」
逃げ出すクオッチ達の背を目掛けてユリは地面に突き刺した剣を握って次々と投げた。それに従ってクリスもまたクオッチ達に追撃をして、いくらか仕留めることに成功する。
そして、クオッチ達の体勢が整う前にユリ達は、回復と地面でもがくクオッチの止めをさしていく。
それをクオッチ達が全滅するまでユリ達は、何度も繰り返すのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「クオーア! クオーア! クオ……」
「うるせぇ! これで終わりだ! 」
「クアッ!? 」
最後の一体がユリの裏拳で殴り飛ばされたことで、ユリ達とクオッチ達の戦闘はようやく決着した。
戦闘開始から実に30分もの時間が経っていた。
「はぁぁ、やっと終わった」
「きゅぅぅ」
周囲に生き残りがいないことを確認したユリは、疲れたかのようにその場に座り込んだ。クリスも疲労を感じているのか、ユリの胸元で服の縁にもたれこんでいた。
「お姉ちゃんお疲れ様。疲れたねー」
「おう、お疲れ。ああ、疲れた」
ランにそう答えながらユリは、自分の胸元からクリスを摘み上げて自分の肩へと乗せてやる。クリスはユリの肩の上でくてーと伸びた。ユリが、アイテムボックスから出した木の実を与えるともそもそと食べ始めるが、いつもよりもそのペースはゆっくりだった。
「お疲れさん」
そうしていると、周囲を警戒していたタクがユリ達へと近づいてきて労いの言葉をかけてきた。
「もうおかわりはないみたいだ。10分程ここで休憩しようと思うが問題ないよな」
「異議なーし」
「ああ、そうしてくれると助かる」
タクの提案に2人は賛成し、ユリ達は小休憩を取ることが決定した。
「いやー、話に聞いてたよりも群れの規模が大きくて参った参った。ここまで手間取るとは思わなかったな」
「そうだな。楽勝かと思ったけど、的が小さい上にすばしっこくて殴るとなったら面倒だった。これなら駿角兎を相手取る方が楽だったな」
「どっちが楽かは何とも言えないが、お前の《猫騙し》だったっけ? あれのお陰で大分楽になった。ありがとな」
「うんうん。助かったよお兄ちゃん! あ、今はお姉ちゃんだった」
「そんな大したことじゃねぇよ」
2人から礼を言われてユリは少し照れたようにそっぽを向いた。
「ところで、その《猫騙し》は何のアーツなんだ? 【拳】系か? それとも【挑発】とかか? 」
「【柔拳】っていう【拳】の派生スキルのアーツだよ。MPの消費も少なめだし、近くの敵を怯ませるから敵が多い時は重宝する」
「へー、【柔拳】ってそんなアーツもあるんだ。知らなかった」
「なるほどね。そういや、スキルはどれくらい育ったんだ? 何か新しく取得したスキルとかあるのか? 」
「どうだろ。そういや、しばらく見てなかったな」
タクに聞かれてユリは、そう言えば最近見てないな……と首を傾げた。
「おいおい、スキル制のゲームで把握できてないって大丈夫かよ」
「まぁ、お姉ちゃんだしね」
呆れるタクにランが訳知り顔で答える。そして、それでタクは納得する。
「それもそうか。初めたばっかだしな」
ユリがゲームに未だに慣れてないぺーぺーであることは言い訳しようのない事実であった。しかし、眼前でそんなやり取りをされて気分がいいものではない。
ユリはぐぬぬ……と唸りながら、メニュー画面を操作してステータス画面を出現させた。
スキル
【柔拳Lv6】6UP↑【剛脚Lv13】6UP↑【投擲Lv10】7UP↑【関節Lv31】5UP↑
【調理Lv8】2UP↑【泳ぎLv33】1UP↑【発見Lv35】4UP↑【調教Lv20】8UP↑【疾脚Lv9】5UP↑
控え
【脚Lv--】【投Lv--】【拳Lv--】
称号
【無謀な拳闘家】【ラビットキラー】【見習い料理人】【見習いテイムマスター】【漁師】【魔を祓いし者】
「うーん、前よりも上がっているようなそうでもないような? 」
ちゃんと見たのは3日前であり、最後に見たのはタクにレクチャーを受けた2日前でちょっと見ただけであったので、ユリの記憶は朧気であった。スキルレベルにあまり頓着をしていなかったこともあってその記憶はかなり曖昧で、辛うじて【調教】・【投擲】・【剛脚】の3つが結構伸びてるなと認識できるレベルであった。
「なんだそりゃ? ちょっと見せてみろよ」
「あ、私も見せて見せてー」
「別にいいぞ。えっと……これでよかったか? 」
2人に乞われてユリは、対して迷わず2人に見えるようにウィンドウを操作して展開した。
「どれどれ……」
「ふんふん……」
2人が仲良くユリのステータス画面を覗き込む。
「おおー、結構頑張ってるねお姉ちゃん」
「相変わらず出鱈目なスキル構成をしてるな。よくこんなんでまともに戦えるな。……ああ、そんなにまともでもないか」
ランはユリのスキルレベルに感心して、タクはスキル構成に呆れた様子を見せる。
「失礼な。っと、そう言えばSPがそれなりに溜まってるな」
「ん? 何か取るのか? 」
「ああ、前に取ろうとして取れなかったのをな。っと、あったあった。取得っと」
タクの疑問に答えながらユリは、スキルリストを出して目当てのスキルを見つけると、迷わず取得した。
「何を取ったんだ? 」
「んー? 【剛拳】っていう【柔拳】とは別の【拳】の派生スキル」
忘れない内に取得したばかりの【剛拳】をセットしながらユリは答えた。
「あー……って、これ以上攻撃に偏るつもりかよ。……まぁ、お前の好きなようにすればいいか。行き詰ったら相談しにこいよ。アドバイスしてやるから」
「あー、うん。そん時は頼むわ」
「はいはい! 私にも聞いてもいいんだよお姉ちゃん! 」
「はいはい。聞きたいことが出来たらな」
そうして、ユリが新しく取得した【剛拳】を確認している間に10分の小休憩は終わったのだった。
【剛拳】
武器など不要。
立ち塞がる障害は己の拳で打ち砕く
ちなみにクオッチの群れは、耐久力が紙なので範囲魔法で一掃出来ます。
今回の苦戦は、魔法を使える仲間がいなかったのが原因です。ルカことカオルがいれば、数分で全滅できてました。




