118話 「黒血鮫討伐とご褒美」
「うーん、改めて考えると水中で戦えるようなアイテムがないな」
湖面を我が物顔で泳いでいる血鮫の異常種である黒血鮫の攻略を考えていたが、ユリは中々有効な手段を思いつくことが出来ないでいた。
「水中だと声を出せないってのも難点だよな。アーツが使えないし」
以前、老人が水中でも普通に喋っていたことから【泳ぐ】スキルなどのレベルを上げることで水中での発声ができるようになるのではないかとはユリは見当をつけていた。しかし、【泳ぐ】スキルのレベルを上げるためには水中での泳ぐ必要があり、湖面を黒血鮫が陣取っている現状ではレベルを上げるのは困難だった。
「血鮫と似てるなら陸に上げてしまえば、こっちのもんだろうけど……」
血鮫が空を飛んで襲ってきたことを思い出したユリはブルりと体を震わせた。ユリにとって軽いトラウマになっている出来事だった。
黒血鮫を陸へと誘き出す方法は、過去の血鮫との戦闘経験から心当たりがあったユリだが、それはユリのトラウマと密接に関わっていた。
桟橋の上で膝を抱え込んで丸くなったユリは、「はぁ……」と大きなため息をつく。心臓に悪いので可能ならば取りたくない手段なだけにユリは乗り気ではなかった。
「でも、その方が手っ取り早いよなぁ……」
そして、それ以外の手段もユリは思いつくことが出来なかった。自分の膝の隙間に顔を埋めていたユリは、ゴロリと桟橋の上に仰向けに寝転がった。
ユリは、しばらく頭を空っぽにして桟橋の上で日光浴を行った。その横では、クリスもユリの真似をして桟橋に寝転がって日光浴をしていた。空から燦々と降り注ぐ温かい陽射しにクリスは、くりくりとした丸い目を細くして気持ちよさそうだった。
「よしっ、やるか」
それから数分ほどして、むくりと起き上がったユリは気持ちの整理がついたのか前向きな表情になっていた。
「クリス」
「きゅ? 」
腹を出して寝転がっていたクリスは、その声でコロンと横に転がって起き上がった。なに? とばかりに首を傾げてユリを見る。
「これからあの黒い鮫を陸に誘き出す。その為にクリスにも手伝ってもらう。……できるよな? 」
「きゅっ! 」
「うん。いい返事だ。上手くいったら腹一杯ご飯食べさせてやるからな」
「きゅーきゅきゅっ! 」
ユリがそう約束すると、クリスは言葉を理解しているかのように先程よりも一層やる気に満ちた鳴き声を上げた。
「よしっ。それじゃあ、リベンジマッチを始めようかっ! 」
「きゅー! 」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
手始めにユリは、これまでアイテムボックスに溜め込んでいた岩石の類を吐き出して、いくつかの地点に小山を作った。
ランからもらった小袋にも石を入るだけ入れて、腰にぶら下げる。そして、別に失っても惜しくないゴブリンがドロップする錆びた剣や槍も全て吐き出して何か所かに平積みにした。
「こうしてみると結構溜め込んでたな……」
これだけアイテムボックスから出しても、石の類は、宝石の原石や鉱石の類も放出すれば同じ量を出すことが出来たし、武器も精鋭ゴブリンなどからドロップした質のいい剣や槍などがまだ残っていた。
「一度ルルルさんに手伝ってもらってアイテムボックスの中身を整理した方がいいかもな」
《鑑定》スキルの類を【発見】の《簡易鑑定》しか所持してないユリでは、所有しているアイテムの実に八割が十分な鑑定ができていない未鑑定のアイテムが存在した。整理をするにしてもルルルのようなユリよりも高性能な《鑑定》持ちの人に手伝ってもらう必要があった。
「さて、準備はできたな。クリス、まずはあそこにいるサメを狙って攻撃だ! 」
「きゅ! 」
ユリは、最初の標的として桟橋からほど近い場所を泳いでいる黒血鮫を選んだ。
「きゅププププププッ!! 」
ユリの指示に従ってユリの肩に乗るクリスは、口から木の実を撃ちだす攻撃を始めた。クリスの撃ち出した木の実は、バチャバチャと黒血鮫がいる水面を叩いた。
すると、水面を顔を出している背鰭の頭上に攻撃するまでは出てなかったHPバーが出現して、クリスの撃ち出した木の実が水面を叩く度に微妙にHPが削れているのが見て取れた。
「よい、しょっ! 」
それを確認したユリは、足元に積まれた頭ほどある大きな石を片手で持ち上げて、その黒血鮫目掛けてぶん投げた。
ユリの投げた大石は、大きな弧を描いて水面に顔を出す背鰭へと落ちた。ドゴっという肉を叩く鈍い音の後にドボンという水に落ちた音が聞こえた。どうやら直撃したようだった。
見れば、黒血鮫のHPが1割近く削れていた。
「おっ、やった! 」
精々こちらに意識を向ける程度の気持ちだったユリは、望外の結果に喜んだ。
大石が直撃した黒血鮫が底へと潜ったのか水面から背鰭が水面から消えた。
「逃げた……わけないよな。多分、くるな」
過去に血鮫が飛び出してきた時のことを思い出しながらユリは、桟橋の近くにわざと大石を投げ入れて音を出す。自分はここにいるぞと水中にいる黒血鮫にアピールしながらユリは、肩に乗せていたクリスを懐に入れていつでも逃げ出せるように足に力を込めていた。手には、いつでも投げれるように錆びた槍を握りしめていた。
そして、待ちに待った瞬間が訪れた。
桟橋のすぐ近くの湖面が黒く染まったかと思うと、そこから大口を開けた黒血鮫が現れて桟橋の縁に立つユリへと飛び上がってきた。
「おらぁぁあああああ!!! 」
「GISyaaAAAAAA!!? 」
この瞬間を待っていたユリは、水面に黒血鮫が浮かび上がった時には手元の槍を思いっきり黒血鮫に投げつけた。ユリが投じた槍は、水面を突き破って大口開けて飛び出してきた黒血鮫の口内へと深く突き刺さった。黒血鮫は絶叫を上げながら桟橋の上へとその身を投げ出し、山積みされた石をなぎ倒しながらその上を滑った。
「うわぁぁああああっ!! 」
槍を投げたユリは、すぐに身を翻して桟橋の上を走った。後ろから迫ってくる黒血鮫の巨体に悲鳴を上げながら必死に陸地まで逃亡した。
「どうだっ! 」
陸地まで逃げたユリは、後ろを振り返って桟橋へと打ち上げられた全長五メートルに達する巨大な黒血鮫の姿を確認する。
黒血鮫のHPは残り3割まで削れて、ビクンビクンと痙攣するようにその巨体を震えさせていた。
「うんっしょ! 」
好機と見たユリは、予め近くに山積みしていた石の中から大石を拾って、大きく振りかぶって桟橋の上で痙攣する黒血鮫へとぶん投げた。
「GAッ!? 」
真っ直ぐに飛んでいった大石は、ゴッという鈍い音を立てて黒血鮫の鼻面に直撃した。
「おらおらおらおらぁ! 」
ユリはチャンスを逃すまいと続けざまに大石を投げて、黒血鮫へと立て続けにぶつけた。
陸に上がった黒血鮫はその猛攻に為す術もなくやられてHPが0になった。
「ハァハァ……」
極度の緊張から視野が狭くなっていたユリが、黒血鮫が倒れたことに気付いたのはガラスが砕けるような音と共に黒血鮫の体が黒い光の粒子へと変わり始めた瞬間だった。
黒血鮫が死んだことに気付かずに投じた大石が、黒い光の粒子へと変わった黒血鮫を素通りして桟橋の上に落ちて、そのまま2、3度床を跳ねて湖へと落ちた。
「ぃよしっ! 」
黒い光の粒子となって四散した黒血鮫を見届けたユリは、張り詰めた緊張が解けた反動で大きくガッツポーズをとって喜びを露わにするのだった。
「クリス、この調子で湖にいる黒いサメを全部倒してしまうぞ! 」
「きゅっ! 」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからユリは、同じ手法で黒血鮫を何体も陸へと誘き出すことに成功した。
血鮫よりも好戦的な黒血鮫は、まんまとユリの誘いに乗って桟橋へと自ら打ち上げられて、反撃もままならずに投石によって狩られていった。時には、桟橋を這って陸地にいるユリに迫る黒血鮫もいたが、動きを制限される地上での戦闘はユリの土俵であり、拳と蹴りを体のあちこちに叩き込まれてその命を散らした。
そして、いつしか桟橋から見渡せる範囲の水面に黒血鮫の背鰭は見えなくなっていた。
「クリス、お疲れさま。今回は大分助かったよ。ありがとな」
「きゅう」
ユリが労いの言葉をかけると、クリスはえっへんとばかりに誇らしげな鳴き声を上げた。ユリが、木の実を差し出すとささっと奪い取って口へと頬張った。
「今日は……まだいいかな。よし、折角だし今日は料理もするか。最近こっちでは全くしてなかったからな」
時間を確認したユリは、そう言うとアイテムボックスから『初級料理セット』と『調味料セット』を出した。初級料理セットを手早く組み立てて調理台とコンロを用意して、『見習い包丁』と『見習いエプロン』を装備した。
「さて、どうしようか……。多分、スキルレベルからして焼く以外のことは止めた方がいいよな。ってことはやっぱり焼肉かな。肉は何にしようかな」
アイテムボックスの一覧をスクロールしながら、ユリは肉を探す。肉は、角兎以外にも森で戦った木鹿や大熊があり、魚肉だと先のイベントの前哨戦で戦ったことでたくさん入っていた。
「魚……いや、ここは手堅く鹿肉で行ってみるか」
少し迷ったユリだったが、今回使う肉は『木鹿の肉』に決定した。早速アイテムボックスから一つだけ出した。
まな板の上に、大きな肉の塊がデンと現れた。『角兎の肉』よりもその肉塊は二回りくらい大きかった。
「おお、これくらいあればクリスも一杯食べれそうだな」
早速、ユリはその肉塊を切り出しにかかった。筋を切りながら肉の筋肉に沿って肉を切り出していき、そこから更に薄く一切れサイズに切っていく。
全て切り終えたユリは、まず試しに一切れだけ焼いてみた。体は覚えているもので、肉を焦がすようなことはなかった。
軽く塩コショウを振って出来たものを口にする。
「ふむ、淡白な兎のとは違って少し臭みがあってちょっと硬いな。塩コショウはきつめの方がいいかも……。あと、軽く叩いてから焼いた方が良さそうだな」
モグモグとよく噛んで木鹿の焼肉を味わったユリはそんな感想を抱いて、数切れ、思いついた処理を行ってもう一度焼いてみる。
「うん、うん……おっ、これがちょうどいいかも」
試したものの中の一つに、丁度いい塩加減と硬さの焼肉があった。ユリは、それを参考に残りの肉切れの処理を行った。
そうして、完成したのが『木鹿の焼肉』の評価がこれだった。
木鹿の焼肉
食べやすい大きさに切られたチュジィーアの焼肉
叩かれたことで程よい柔らかさに仕上がっている。
きつめの塩コショウがチュジィーアの肉の臭みを紛らわしている。
評価4
ユリの工夫が功を奏して『木鹿の焼肉』の平均評価は4と高めだった。中には、焼き加減まで上手くいって評価が5になっているものも出来上がっていた。
「うん、悪くないんじゃないだろうか。焦がしてしまうことも減ったし」
料理の出来栄えにユリは、満足気に頷いた。焼き上がった焼肉を木皿にこれでもかと山盛りに積み上げてユリは、クリスの目の前にそっと置いた。出来上がったばかりの焼肉は、白い湯気を立ち昇らせていた。
「クリス、お待たせ。今日はよく頑張ってくれたからご褒美だよ。これ全部食べていいからな」
「きゅ~♪ 」
クリスは、歓喜の鳴き声を上げるとスンスンと鼻をひくつかせて焼肉の匂いを嗅いで、その肉に齧り付いた。クリスは、小さな手で肉に爪を立ててもきゅもきゅと口を動かしながら頬袋に焼肉を詰め込んでいく。
クリスの口にあったのか、その手と口は一向に止まることなく頬袋がどんどんと膨らんでいく。頬袋がパンパンに膨らむとクリスは、口の中身を呑み込んで、空っぽになった頬袋に再び焼肉を詰め込んでいく。
クリスの胃袋は異次元に繋がっているのではないかと、傍でクリスの食べっぷりを見ていたユリが改めて思うほどクリスは小さい体に見合わない量を食べていき、あっという間に皿に盛られた焼肉は食べつくされてしまった。
「きゅー」
食べ終わったクリスは、仰向けに寝転がってぽっこりと膨らんだお腹をユリに見せつけながら満足気に目を細めた。
「お粗末様でした。それじゃあ、おやすみクリス」
「きゅー」
「《送還:クリス》」
ユリが首に下げた首飾りを握って唱えると、クリスは光の粒子となってその首飾りのクリスタルの中に吸い込まれていった。
「ふわぁ、俺もそろそろ寝るか」
クリスを仕舞ったユリは一度湖へと目を向けた後、ログアウトするために街へと戻っていった。
この度、第五回ネット小説大賞の一次選考の中に選ばれました。
これを機に、少し過去にあげた話の改稿作業を行っています。
現在は、20話済んでいます。その以降の話も順次手を加えていけたらと思ってます。
改稿の内容としては、おかしな文の手直しと誤字脱字の修正が主となります。
それと、書くつもりだったものの当時の技量の問題などでダイジェストのようになったり、省略されていた部分を書き加えたりもしています。
追加された部分についてその後の展開に影響が出る類ではないので、特に読み直す必要はありません。
もし今後、仮に影響がでるような変更があった場合は、活動報告や最新話の後書きなどに報告するようにします。




