116話 「皆で夕食」
――14:13
あの後、帰り道に狂兵蟻の群れに襲われながらもユリたちはなんとかアント廃坑を脱出することができ、ルルルから護衛料として幾ばくかのお金を受け取ったユリは、他のメンバーとの別れを済ませてログアウトをした。
「あ゛ー。酷い目にあった……」
ヘッドギア型のゲーム機を頭から外したトウリは、開口一番にそう口にした。
クーラーの効いた涼しい部屋で汗をびっしょりと掻いているトウリは、汗でべたつく服を弄りながら体を起こす。
「ん? 」
ふと視界の端で固まる異物に気づいたトウリは、そちらに視線を向ける。
そこには、人の収納棚を物色しているタクヤの姿があった。
「……」
トウリは、無言で傍にあった枕を掴んだ。
「よ、よぉトウリ起きたぐはぁ!? 」
トウリが投げた枕は、白々しく声をかけようとしたタクヤの顔面に直撃した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一階に降りたトウリとタクヤは、遅めの昼食を摂っていた。
朝に握っていたおにぎりをお互いに食べながらトウリは対面のタクヤを不機嫌そうに睨んでいた。
「ったく、エロ本なんかないって言ってんだろ」
「……その割には、反応が過敏だよな」
「 あ ゛? 」
「イエ、ナンデモアリマセン。ハイ」
いつものように自分から地雷を踏みに行ったタクヤは、底冷えするようなトウリの声音に視線を逸らしておかずの卵焼きを口にする。
「あ、ところでさ。お前この後どうする予定だ? 」
「……別に。鈍った体を少し動かそうと思ってる」
唐突に話を変えてきたタクヤにトウリはおかずのウインナーを噛み千切りながらぶっきらぼうに答える。
最近は、SMOにハマっている関係でクーラーの効いた部屋に一日いることが多く、ラジオ体操やストレッチをしているにしても体力が落ちるのをトウリは危惧していた。
「おっ奇遇だな。俺も似たようなことを思ってたところだ。何なら一緒にキャッチボールとかでもするか? 」
「……別に、いいけど」
ぶすーとしながらもトウリは頷く。
「そっか! じゃ、いつもの公園でな。あーグローブとかは、家に取りに行かねーとな」
パァァと顔を輝かせたタクヤは、残っていた自分の分のおかずとおにぎりをかきこむように食べるとお茶で無理やり押し込んで席を立った。
「じゃ、おさき! 早く来いよ」
そう言って生き生きとした顔で去っていったタクヤに、おにぎりを食べていたトウリはそっぽを向いたまま手をひらひらと振った。
バタンと玄関が閉まる音を聞きながらトウリはポツリとつぶやいた。
「……バーカ」
そっぽを向いたトウリの顔には微笑が浮かんでいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
運動用のラフな服に着替えたトウリは、帽子を目深に被って外に出た。
肩には、グローブとボール以外にタオルと飲み物などを入れたバックをかけていた。
玄関を開けて外に一歩出た途端に感じるむわっとした熱気がトウリを襲う。
「あちー……」
うんざりとしたような声音で、手を前に翳して空を仰ぐ。
今日は、雲一つない晴天で空の上では太陽がさんさんと輝いていた。
早まったかな、と早々に後悔しながらトウリは、カバンを背負い直して自転車に跨るとタクヤが待つ公園に向かった。
自転車を漕いで十分ほどしてトウリは目的の公園に到着した。
そこは、ちょっとした学校の運動場くらいある広さの公園で、整備された芝生が広がるキャッチボールするのにちょうどいい公園だった。近くの公園で一番大きいこの公園では、真夏の真昼間の平日だというのに夏休みに入った元気な小学生たちが遊びまわったり、トウリたちのように高校生くらいの男子たちがキャッチボールをしていたりチラホラと人影があった。
タクヤは、公園の入り口の木陰でトウリを待っていた。
「よぉ、やっと来たか」
そう言って、トウリに対して手を挙げるタクヤは、グローブとボール以外は何も持ってきていなかった。
「タクお前、やっぱり何も用意してこなかったな」
身軽な様子のタクヤにトウリは、ため息を吐くとカバンの中を漁って、タクヤにお茶の入った水筒とタオルを投げ渡した。
「おっ、気を使わせてすまんな」
タクヤは、それを受け取りながらトウリに礼を言う。
自転車を適当なところで止めてきたトウリは、バッグを近くのベンチに置くと中から取り出したグローブを右手にはめ込んで先に待つタクヤの方に向かう。
「今日は左か? 」
「まぁ、最初はな。一応右で投げれるように左も持ってきてるし」
「はー、相変わらず器用なもんだな」
そう言いながらタクヤがトウリに向けてボールを投げる。ふわりと弧を描いてボールはトウリのグローブの中に無事に収まる。パスンと音が鳴る。
「そうでもないぞ? どっちも使えても大して変わらないし」
返事を返しながらトウリがタクヤに向けてボールを投げる。緩やかな弧を描いてボールはタクヤのグローブの中に収まる。パスンと音が鳴る。
「でもお前包丁どっちでも使えるんだろ?」
「まぁな。つっても基本的に左だけどな」
「でも文字を書くときは大抵右だよな」
「そりゃ、文字は右利きに合わせてあるからな。習字とかも左だと書き難いからな」
「ふーん、そんなもんなのか」
2人は、会話をしながらキャッチボールを続ける。次第に2人の間で飛ぶボールの速度は増していっていた。
2人のグローブから出る音も次第にパンッという乾いた音が出るようになっていた。
「そう言えば、お前ってテニスとかバドミントンの時ってラケットを持つ手は左だよ、なっ。右でも使えるのに」
「左の方が相手が返し難いから、なっ。点を取り易いんだよ」
「あれ? でもお前サッカーとかは右で蹴ることが多いよ、なっ」
「足はどちらかというと右利き、だっ」
「へー利き足は右だったのか。初めてきいた、なっ! 」
肩が温まってきたタクヤが投げたボールが30メートル近く離れたトウリのグローブに一直線に突っ込んだ。
ズパン!という音が響く。
「っ。痛ってえ、なっ! 」
顔を顰めたトウリは、グローブから取り出したボールを握りしめてぶん投げた。
吸い込まれるように一直線に飛んでいったボールがパァン! という大きな音を立ててタクヤのグローブに入った。
ボールは、すぐに先程よりも速度を増して飛んで帰ってきた。
「っと」
少し右に逸れたボールを腕を伸ばして受け止める。上手くとったおかげで痛みはなかったが、会話をする余裕はなくなってきていた。トウリは、大きく腕を振り上げてぶん投げた。
全力で投げたせいか、コントロールに失敗したボールは、タクヤの手前で一度地面に接触し跳ねた。それを難なくとったタクヤも、大きく振りかぶって投げた。
全力で投擲されたボールは早い速度で一直線に飛ぶが、トウリの頭二つ分ほど高かった。
「高いっつのっ! 」
トウリは、悪態をつきながら膝を屈めて飛び上がった。高々と飛んだトウリのグローブにボールは無事に収まった。地面に着地したトウリは、わざとタクヤより左にずれた場所へとボールを投げ返した。
体三つ分ほど離れたとこに飛んでいく速球をタクヤは、横っ飛びでキャッチした。芝生の上で受け身をとって一回転するタクヤにトウリは、苦虫を潰したような顔になる。
「げっ、今のを捕るかよ」
座った状態から投げ返されてきたボールをトウリは受け取る。地味に取りにくい腹部を狙ってきていた。
立ち上がったタクヤに向けてトウリは、投げ返す。今度は少し右にずらしていたのだがタクヤは難なくキャッチする。
「いくぞー! しっかりとれよー! 」
そう叫んだタクヤは、大きく振りかぶってボールをあらぬ方向に空高くぶん投げた。
「ちょっ、おまっ! いくらなんでも無茶だっての! 」
頭上を悠々と超えて右へと大きく逸れていくボールにトウリは、悪態をつきながらも後ろへ振り返って走って追いかける。
「っだ! 」
手を伸ばして頭三つ分は離れているだろう距離から、いけると踏んだトウリは跳んだ。体を捩じって伸ばした右手のグローブにボールはすっぽりと収まった。
ボールの収まった右手を掲げたままトウリは、器用に空中で態勢を整えると無事に着地した。
「おーっ! おお、おー! 」
それを見ていた赤いボールを抱えた五歳くらいの子が感嘆の声を上げた。地面にボールを置いて小さな手でパチパチと一生懸命叩く子供にトウリは、照れたように頬をかく。
「おねーちゃ、すごい! 」
「お兄ちゃん、なっ! 」
トウリは、全力でボールをぶん投げた。
そうして公園で三時間くらいキャッチボールを行ったトウリたちは帰路についていた。
公園の水飲み場で頭を洗った2人はさっぱりとした様子で、どちらも服が汗と水で濡れて若干肌色が透けていた。
「いやー、久々に運動したなー。こりゃ明日は筋肉痛か? 」
「言ってろ馬鹿。最後まで元気だったじゃねえか」
「トウリこそずっと調子良かったじゃねぇか。結構無茶なとこ投げてたのに全部とりやがって」
「やっぱりあれはわざかよ……」
「そういうお前こそ。右に変えてからアンダースローで顔面や股間ばっかり狙ってきやがって鬼かよ」
「あれは、お前がからかってきたからだろ! 」
あれからしばらくトウリの捕球に見惚れた子供が観客となっていた。トウリがボールを捕る度に『おねーちゃ、すごいすごい!』とキャッキャッと歓声を上げているのを見たタクヤが、トウリのことを『そーら、お姉ちゃんいくぞー!』などとおちょくっていたのがトウリにはお気に召さなかったのだ。
「ところで、今日の夕飯は何にするんだ? 」
「んー、昨日買ってきたばかりだし、大抵のものなら作れると思うけど何がいい? 」
「おっ、それならハンバーグが食いたい! 」
「えーハンバーグは、この前作ったばかりだしなー」
ハンバーグは一週間前に作ったばかりなので、どうもトウリは乗り気ではないようだった。
「何だよー。俺は久しく食べてないからいーじゃねぇかよー」
乗り気ではないトウリの様子にタクヤは、けちーけちーと抗議の声をあげる。
「わーった。わーったよ。ったく、お前は駄々をこねる子供かよ」
「やりー! 駄々を捏ねて願いが叶うなら本望だ」
「屑野郎」
「褒めんな。照れるだろ」
自転車で轢いてやろうかなと思う程度にトウリはイラッとしつつ、ため息をつく。
タクヤに手伝わせるのは当然として、折角ならタネ作りにはランたちにも手伝ってもらおうかなーとトウリは考えるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――17:52
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
18時前に帰ってきたトウリたちは揃って帰宅する。
「いや、お邪魔しますって……いや、まぁ間違ってないか」
タクヤの言葉が納得できずトウリは、脱いだ靴を整えながら首を傾げる。ついでに少し踵がずれてるタクヤの靴もトウリは整える。
「トウリちゃんおかえりなさい! あ、タクおかえり」
トウリの声を聞きつけたのか廊下からカオルが出てきてトウリたちを出迎えた。
「ただいまー」
「姉ちゃんトウリとの温度差激しくないか? ――イエ、ナンデモアリマセン」
あまりにも弟にそっけないカオルにタクヤは、抗議をするもギロリと人を射殺しそうな冷たい目を向けられて目を背ける。昨日の落書きの一件をカオルはまだ根に持っているようだった。
「ところで、トウリちゃん今日のお夕飯何にするつもりなの? 私で手伝えることがあれば手伝いたいのだけど」
「それはちょうどよかった。今日はハンバーグを作るつもりだから一緒にタネ作りを手伝ってもらえるかな? 」
「わぁ! 今日はハンバーグなのね。わかったわ。微力ながら頑張るわ」
カオルがそう言ってやる気を見せていると、居間にも聞こえていたのかガタッと物音がすると、ダダダッと走る音とともにランが飛び出してきた。
「今日はハンバーグって本当!? 」
「ああ、本当だぞ」
「ぃやったぁぁぁぁぁ!! 」
トウリが肯定すると、ランはその場で飛び上がって全身で喜びを顕わにした。
「お前にもタネ作り手伝ってもらうからなー」
「――さーて、私はご飯ができるまでべんきょーしてこようかなー」
「おい、まてこら」
先程までお肉~♪ お肉~♪ と鼻歌を口ずさんでいた態度を一転してランは、踵を返して自室へと逃亡を図ろうとした。当然、予測していたトウリにすぐさま襟首をガシッと掴まれて捕まった。
「タネを作るくらいならランでもできるだろ。最初の力がいるところはタクがやってくれるから安心しろ」
「俺がするのかよ」
「何だよ。文句あるか? 元はと言えば、お前の要望だろ。それにやってくれれば三個までは目を瞑ろう」
「乗った! 」
めんどくさそうな顔をしたタクヤが即答で了承した。タクヤが大変な部分を受け持つと聞いたランもそれならいいと頷くのだった。
そんなこんなで今日の夕飯作りは、四人全員が協力して行った。
料理の最中は、おおむね和気あいあいと楽しくすることができ、途中今日のトウリと子供の出来事を面白おかしく話すタクヤにトウリが掴みかかることがあったり、味見と称してランが生のタネを食べようとしたりとドタバタがあったもののハンバーグは無事に完成した。
「「「「いただきます」」」」
四人は食卓について声を揃えて言った。
四人の食卓には、ハンバーグとご飯のほかに赤いトマトが目立つレタスやきゅうりのサラダにインスタントではあるがコーンスープが置かれていた。
最初にサラダを口にするトウリとカオルをよそに、ランとタクヤは早速ハンバーグに手を付けた。
「ん~~っ! 肉汁がジュワァってなってすごぉい! 」
豪快に大きなハンバーグを一つ掴んで齧りついたランは、ギュっと目を瞑り足をバタバタとさせておいしさを表現する。
「ああもうっ、そんな食べ方すると汚れるだろ」
ランの小さな口から滴り落ちる肉汁に、トウリが席を立って台所から布巾をとってくると、テーブルに垂れた肉汁をふき取りつつ、カオルにティッシュ箱を渡して代わりにランの口元と服の汚れた部分を拭ってもらう。
「あとで、その服つけとけよ……」
「らじゃー。ほにいひゃんとはほるねえありはとっ」
「口に物をいれたまま喋るな」
もきゅもきゅとハンバーグを頬張りながら喋るランにトウリが注意をしていると、それを見ていたカオルがランの服についた汚れを拭いながらクスクスと笑う。
「ふふっ、ランちゃんはいつまでも子供のように可愛いわね」
「カオル姉、それ遠回しな皮肉だよ……」
そんなやりとりをしている間、タクヤは無言で自分のハンバーグをかっ喰らっていた。ついでに、こっそりとトウリの皿からハンバーグをくすねようとしてカオルに足の脛を蹴り飛ばされていた。
「あだっ!? 」
「ん? どうした」
「……何でもない」
突然苦しみだしたタクヤを不思議そうな顔で見るトウリにばれないようにタクヤは何でもないように強がるのだった。
割とどうでもいい新情報
トウリは、両利き
元は左利きだったが、文字を書く手を右に矯正する過程で両利きになった。
包丁は主に左だが、右もいける。
文字と絵を描くときは右。消しゴムは左。
頭を洗う時に桶を掴む手は左。箸を持つ手も左。スプーンやフォークも左。だけど、右もできないわけではない。
ラケットの持つ手やボールを投げる手は、どちらもいける。ただし、左はパワー、右はコントロールの良さという傾向がある。
野球ボールを投げる時、左では上手投げ、右では下手投げが得意。
殴る時は、右がストレート、左がジャブだが、これは漫画を読んで見様見真似でしてた影響で、実は左右どちらでもいける。ゲームでは大差ないが、リアルだと左のストレートの方が大振りになるが威力がある。(手加減できない)右は、素早くストレートを放てる。(手加減できる)
片腕が使えなくなっても他の人と比べてそんなに生活に支障がでない。(料理ができない時点で東野家の一大事ではあるのだが)
足は右利き。
ちなみに、タクヤは右。カオルも右。ランは、生まれつきの両利きで、これは右、あれは左、これはどっちもいけるとしっちゃかめっちゃか。
(作品内の経過時間的に)
一週間ぶりのハンバーグ(プロローグ参照)
(話数的に)
116話ぶりのハンバーグ
(現実)
三年と八か月ぶりのハンバーグ
一週間ぶりなのに随分と懐かしく……うっ、頭が




