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114話 「蟻地獄」



「ユリ! お前一人でも戦えるか!? 」


「ああ! 問題ない! 」


「そうか! なら、別行動だ! 二手に分かれて戦おう! 」


「えっ、はぁ!? 」


「お互いソロで活動してるんだ。一人の方が気兼ねなく暴れられるだろう! それにやはり敵の数が多くて手が足りない。ここは同じ場所で戦わず別々の場所で戦ったほうが効率がいい! 」


「おまっ、本気か!? 」


「本気だ! 」


「っ! ああもうっ! わかった、やってやるよ! 」



しばらくユリとヴァルリーは行動を共にしていたが、埒が明かないと思ったヴァルリーの提案でユリは、何百といる狂兵蟻たちと一人と一匹で戦うことになった。



「だらっしゃあああ!! 」


背中、腰、足と全身を使って捻りを加えて放ったユリの回し蹴りは、後ろを追ってきていた狂兵蟻の頭を正確に捉える。首が捥げそうになるほどの強烈な蹴りに狂兵蟻の頭は大きく上に弾かれる。

続けざまに大きく振りかぶったユリの拳が無防備になった狂兵蟻の腹を直に叩いた。

《柔拳》のアーツで衝撃は、内部にまで伝わり狂兵蟻は苦悶の声を上げて後ろに倒れていきながら消滅した。


倒した狂兵蟻が消滅しきる前に死骸はほんの数秒ほど障害物となって後ろに控えていた狂兵蟻たちの邪魔をする。

その数拍の間にユリは、体勢を整えて次の攻撃に備える。


狂兵蟻の死骸が完全に光の粒子となって消滅した時、ユリはこちらにこようとしてきた狂兵蟻の顔に左でジャブを放つ。続けざまに右のストレートを放ってワンツーを決める。狂兵蟻が僅かに痛みで硬直させたところを全身の力を使った強烈な回し蹴りを浴びせて、大きく体勢を崩した狂兵蟻の腹をユリは再び足を振り被りボールのように思いっきり蹴り飛ばした。【剛脚】のアーツで攻撃力が上がっているユリの蹴りで、狂兵蟻はカチカチと顎を鳴らして断末魔の悲鳴を上げながら消滅する。


『GIIIIッ! 』


息つく間もなく新手の狂兵蟻たちが我先にと四方から群がってくる。懐から顔を出すクリスが木の実の弾丸を飛ばして牽制を試みるも、一度に来る数が先程とは違って多すぎて全体の効果としては薄かった。


「おっと、これはやばい。クリスしっかり掴まってろよ! 《猫騙し》! 」


「きゅっ! 」


ユリは分が悪いと感じると否や、懐から顔を出していたクリスを懐に押し込んで、《猫騙し》を使用し周囲の狂兵蟻たちを一瞬怯ませると近くにいた狂兵蟻の頭の上に足をかけて飛び上がった。


狂兵蟻の頭を踏み台に飛びあがったユリを硬直の解けた周囲の狂兵蟻たちが一斉に顔を上げて視線で追う。


「よっ、ほっ、おっ」


川の上の飛び石の上を飛ぶようにユリは軽快な動きで、器用に狂兵蟻たちの噛みつきを躱しながら体を踏み台にして手近な場所へと移動する。狂兵蟻たちの噛みつきは、攻撃速度が遅い上にモーションが大きい為慣れたユリには避けやすかった。そして、【剛脚】持ちのユリが体を踏み台にするだけで狂兵蟻たちはダメージを受けて注意をユリへと向けていく。新兵蟻と狂兵蟻が入り乱れあう混戦地帯近くの狂兵蟻たちを次々と踏み台にして数十メートルほど移動したユリは、今いる大空洞の壁まで辿り着く。


そこまで来たユリは、狂兵蟻を踏み台に思いっきり壁に飛びかかった。


「ぃよいしょ! っと、ったぁ! 」


デコボコとした壁の突起を足場に驚くほどに柔軟な関節(・・)と脚力でほとんど垂直の壁を駆け上がり、数メートルほど登ったところで一瞬力を溜めるようにその場に留まり狂兵蟻が密集している場所を見定めると壁を蹴って飛んだ。


「が ん さ い――」


くるんと空中で器用に一回転するユリの右足にオレンジ色の光が纏わりつく。


放物線を描くように落下するユリの着地点には、落下してくるユリに気付いてない狂兵蟻たちの姿があった。その一体の胸部をユリの右足の踵が捉えた。


「《岩砕脚》! 」


ドグシャ!という堅い殻に包まれた果実が殻ごと潰されたような鈍い音がして、哀れな狂兵蟻の体がくの字に折れる。一撃で絶命した狂兵蟻は光の粒子と化し、それだけでは勢いを殺しきれなかったユリの右足は硬い地面に叩きつけられる。ドゴォン!という腹に響く重低音が辺りに響き、その衝撃で起きた地揺れに周囲の狂兵蟻たちは僅かにたたらを踏んで硬直する。


「っ! 」


高所からの落下攻撃と奇襲でいつもより強力な威力を発揮した《岩砕脚》だったが、それはユリの右足に大きな負担をかけてユリのHPにもダメージを与えた。右足の脹脛から走った痛みをユリは堪えて、これは幻痛だと自分に言い聞かせる。

すぐに立ち上がったユリは、痛みを紛らわすかのようにプラプラと右足を軽く振り、硬直が解けて動き出そうとした目の前の狂兵蟻の首を蹴り飛ばした。

そして、そのまま流れるように地につけた右足を軸にした左後ろ回し蹴りで隣の狂兵蟻の頭を蹴り飛ばし、更に体に捻りを加えて右の回し蹴りでその隣の狂兵蟻の頭を上にかち上げ、最後に空中で一回転しながら左の回し蹴りをその更に隣の狂兵蟻の頭に当て地面に叩き込んだ。


「おおっ!? 出来た」


しゅたっと着地したユリは、何気なくした四連続回し蹴りが成功したことに自分で驚く。

それが一瞬の気の緩みとなって、蹴りが入ったものの浅かった狂兵蟻が噛みついてきた。


「うおっ!? 」


ユリは咄嗟に後ろに飛び退いたが、後ろには別の狂兵蟻がいた。


「GIIッ! 」


自分から飛び込んできたユリの細首に狂兵蟻は噛みついた。


「痛ッ!? 」


突然首に走った鋭い痛みと圧迫感にユリは、一瞬動揺するがすぐに狂兵蟻に噛みつかれたとわかると腕を後ろに回して頭を掴んだ。


「てめぇ……イテェじゃねぇか」


周りを狂兵蟻で囲まれているユリに時間をかけてる余裕はないので、ユリは痛みが増すのを我慢して強引に体を反転させる。その動作で狂兵蟻の顎はユリの首から外れた。

ズキズキと痛む首の痛みのお返しとしてユリは、強引に頭を下げさせて狂兵蟻の頭に膝を叩き込む。


「GIIッ!? 」


堪らず悲鳴を上げる狂兵蟻の頭をユリはパッと離すと、横に回り込んで両手を合わせて掌底を当てる。

《柔拳》の効果はまだ継続していたので、衝撃波堅い甲殻を貫通して内部に届いた。狂兵蟻は沈み込むようにその場に崩れ落ち消滅した。


『GIII! 』


「《猫騙し》! 」


後ろから噛みつこうとした狂兵蟻に目を向けることなくユリは大きな破裂音が鳴る拍手を一つして、狂兵蟻たちを怯ませ、攻撃を中断させた。


そして、ユリはポーションを握りつぶしてHPを回復しながら狂兵蟻を足場に再び場所を変えるのだった。



二度、三度、四度、五度、六度―――


ユリがそんな戦闘を何度も熟した結果、いつしか半数を超える狂兵蟻たちの注意がユリに向けられるようになっていた。それは狂兵蟻たちの群れが、新兵蟻との争いを続ける最前線とユリを狙う後方との間で二つに分かれる程に大きな偏りとなって現れ始めていた。



「ユリの野郎、うまいことやるもんだぜ」


「ナイスですユリさーん! さぁ、アフリーちゃんあそこに魔法を叩き込みましょう! 」


「は、はいぃ……! 」


その光景を上から見ることが出来たルルルとガノンドルフとアフリーの三人は、称賛の声をあげる。



けれど、その渦中にいるユリは、そんな意図は全くなかった。


「おいおいおいおい!! 流石にこの数は捌き切れないって!! 」


《猫騙し》を多用し、狂兵蟻たちを不用意に足場にした結果、ユリは地面に降りることすらできなくなり、狂兵蟻たちの上を飛び跳ね続けていた。

ユリがその場に留まり続けることで後続の狂兵蟻たちは、前の狂兵蟻たちの上によじ登ってでも前に行こうとし、狂兵蟻の上に狂兵蟻が乗りより密度を増して行っていた。


それは、ユリが意図しない結果であったが、結果から言えばルルル達にとって望ましい状況になっていた。





『フレンドのRRRから通信が来てます。Y/N』


「何ですかっ!? 見えてると思うけど、今めちゃくちゃ忙しいんですけどっ!? 」


視界を遮るようにに現れた邪魔な仮想ウィンドウを視界の端に振り払いながらユリは、若干声を荒げてルルルの通信に応答する。


『ばっちり見えてますよ。ユリさんご苦労様です。長々と話している暇はないのでしょうから端的に用件を伝えます。今から十秒後にそちらにアフリーちゃんの魔法を叩き込みますので、逃げてください』


「えっ、なっ、は? 」


『数えますよー。10……9……8……』


通信越しに聞こえてくるルルルのカウントダウンと共に狂兵蟻たちの下から光が漏れだしてきていた。


「ちょっ、まじかよ!? 《猫騙し》! 」


ユリは、慌ててその場からの離脱を始めた。《猫騙し》で狂兵蟻たちの動きを一瞬止めるとその隙にユリは、中心から抜ける。


『……6……5……4……』


「《猫騙し》!! 」


ユリを追おうと俄かに蠢き始めた狂兵蟻たちにユリは再度《猫騙し》を使用し、動きを止める。


『……2……1……』


「《猫騙し》ぃ!! 」


一番端にいた狂兵蟻の頭を踏んで大きく跳躍したユリは、最後のダメ押しと《猫騙し》を使用し、狂兵蟻たちの動きを止めた。


『……0』



大地の狂乱(アースフレンジー)



アフリーの小さな声が、ユリの耳に届くことはなかった。

しかし、ルルルのカウントダウン終了と同時に狂兵蟻たちの群れがいる地面の下から無数の石の杭が生えて狂兵蟻たちを串刺しにしていた。


《風の乱舞》


そして、アフリーの魔法に合わすように別の場所で戦っていたヴァルリーもまた魔法をそこに叩き込んだ。

剣山のようになった狂兵蟻たちの中心に風の刃の嵐が吹き荒れる。

石の杭に串刺しにされた狂兵蟻たちが為す術もなく風の刃に切り刻まれていく。



「ハハッ、やっぱ魔法はすげぇなぁ……」


煙幕が広がったと錯覚するほどの膨大な光の粒子が立ち昇る光景にユリは乾いた笑い声をあげる。



先ほどまでユリに群がっていた二百を超える数の狂兵蟻たちは、2人が放った二発の魔法で五十近くまで数を減らしていた。

今度魔法を覚えてみようかな、とユリが本気で思った瞬間だった。




遅くなりました。



お気づきかと思いますが、SMOのユリの身体能力はこの段階でそろそろ人間を辞めてきてます。

身体能力に関してだけで言うなら、ユリくらいの前線プレイヤーなら多少劣りますが似た感じです。

肉体の拳や足を武器にして戦っているので、プレイヤーの身体能力は他の武器職よりバランスよく高いです。

【怪力】などの身体能力を強化するスキルを持っているプレイヤーは、ランを見たらわかりますが力などの強化されている部分に関しては既に人間辞めてます。


プレイ時間の長いランはともかく現実よりも高い身体能力をプレイ時間の浅いユリが十全とはいかないまでも上手い感じに使っているのは、ユリのセンスが為すところです。誰しもすぐにできるようになるわけではないですし、ユリもまだまだ待て余してます。

逆に魔法系統のスキルを鍛えても、身体能力はそれほど高くなりません。カオルレベルで精々五十キロの米袋を両手で持ち上げれる程度です。

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