113話 「奇妙な共闘」
カァン――カァン――カァン!
壁の亀裂にピッケルを振るう度に甲高い金属音が薄暗い坑道内に反響する。
「ふぅ、ここのポイントはこれで最後みたいですね」
ピッケルを振るう手を止めたルルルは、ピッケルを壁に立て掛けると壁の亀裂から零れ落ちた鉱石を手に取って吟味する。
「ぐふふふふっ。……これだけあればアレが……」
ルルルの抑えきれない欲望が緩み切った口元から笑いとともに零れ落ちている。
その笑い声に側で周囲を蟻を警戒するヴァルリーは眉一つ動かしてなかったが、隣のアフリーは気味が悪そうにビクビクと怯えていた。
「おーい、ルルル、こっちも終わったぞー」
「あっ、はーい! わかりました。じゃあ、次のポイントを探しに行きましょー! 」
ガノンドルフの声にはっと我に返ったルルルは、鉱石を全て自分のアイテムボックスに仕舞うと立て掛けていたピッケルを手に取って返事を返した。そして、坑道の奥でこちらを待っているガノンドルフとユリの元へ駆け寄っていった。
「ガノンドルフさん、見てくださいよこれ! 魔鉄ですよ! 魔鉄! しかもこんなにあります! 」
「おぉ、すげぇ! だがこっちもすげぇぞ! 重金鉄に、軽金銀だ! 」
「きゃー! めっちゃ当たりじゃないですか! 」
「だろう! 」
次の採掘ポイントに向かう道中、【採掘】スキルを持つ2人はお互いに掘り当てた鉱石を見せ合いながら盛り上がっていた。
崩落で出来た穴の底から通じていた横穴へと入ってからルルルとガノンドルフの興奮は留まるところを知らなかった。なにせ、先程から鉱石を扱う生産者にとっては欲しくて堪らない特殊な特性を持つ魔鉱石ばかりがゴロゴロ掘れているからだ。
今後ゲームが進行していけば、大して珍しくなくなる鉱石の類だが、今の時点では市場に滅多に出ることがない程希少な鉱石であり、例え出たとしてもその価値は有りえない程に高騰しているものだった。
そんな希少で高価で利用価値の高い鉱石が、掘れば掘る程ゴロゴロ出てくるのだから生産者であるルルル達に興奮するなというのが無理があった。
ユリが見つけた横穴は、余計な分岐点はなく下へと降っていく一本道だった。
その道に点々と存在する採掘ポイントをルルル達が片っ端から掘り尽くしながら新たな採掘ポイントを目指して奥へ奥へと下に降っていた。
採掘の作業の最中は手持ち無沙汰のユリ達が周囲の警戒を行なっていたが、幸いなことに近くに狂兵蟻の群れがいないのか、ルルルの興奮した叫び声や採掘の最中の作業音が坑道内に反響してもモンスターが現れることはなかった。
だが、現状で二度も蟻の群れに襲われているユリ達は、希少鉱石で周りが見えなくなってる2人を除き気を緩めてはいなかった。
『―――ギィィイイイイイイイイイ!!! 』
「っ! きたか! 」
「全員戦闘準備! 」
坑道の奥から蟻の鳴き声が響き聞こえた時、ユリはすぐにいつでも動けるように身構え、アフリーは詠唱準備に入り、ヴァルリーは剣を抜刀して全員に指示を出した。
「わっ、わわわっ!? 」
そして3人にだいぶ遅れて鉱石を見せ合っていたルルルとガノンドルフがわたわたと手間取りながら戦闘体勢に入った。
すぐに狂兵蟻がくるものだと考えてその場に留まり戦闘体勢に入った五人だったが、五人の予想とは裏腹に坑道の奥から時折蟻の鳴き声が聞こえてくるがいつまで経っても姿を現さなかった。
「……どういうことだ? なんで蟻はこないんだ? 」
仲間を庇う形で前に出て身構えていたユリは、いつまで経っても現れない蟻に痺れを切らして疑問を口にする。
「なにか様子がおかしいですね……」
「ひょっとすると他と交戦中じゃないか? 」
同意するようにルルルも何かがおかしいと呟き、それに続いて呟かれたガノンドルフの思いつきに四人が全員になるほどと理解を示した。
「ってことは、戦闘はなし? 」
「いや、向かう先から聞こえてきてる以上そういうわけにはいかないだろう。他のプレイヤーと交戦中というなら私は警戒しながら向かうべきだと思う。苦戦しているなら手を貸すのもありだ」
そこまで言ってヴァルリーは、「それでどうする? 」と最終的な判断をルルルに促した。
「ん~、そうですね。加勢するかは実際に見て見ないとわかりませんし、取りあえず行って見ましょう」
ルルルのその判断に反対する者はなく、ユリ達は警戒しながら坑道の奥へと進んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「GIGIIIIIIIIIIッ! 」
「ギィィイッ! 」
そこでユリたちが目にしたのは、蟻同士が争う奇妙な戦いだった。
片方は目が赤く顔周辺の赤く光る紋様が特徴の狂兵蟻、もう片方は目が黒く体に紋様はなく狂兵蟻よりも体が一回り小さく小柄な新兵蟻だった。
いや、新兵蟻の方の陣営の後方へと視線を向けると他にも新兵蟻とは違う、前足に盾のような甲殻を持つゴツゴツとして新兵蟻よりも堅そうな蟻や腹部が風船のように膨れ上がった蟻や一際図体がデカく腹部が大きく膨れ上がったまるで女王蟻のような見た目の蟻などがいた。
狂兵蟻と新兵蟻たちが争っている場所は、ユリたちが先の戦いで戦った広場よりも広い空間だった。
ドーム状の天井には蛍光灯のようにキラキラと光る巨大な鉱石が埋まっていて薄暗いながらも広場で蠢く蟻の全容がわかるくらいには明るかった。
そして、ユリたちは蟻たちが戦っている広場の壁に点々と空いた穴の一つの中にいた。高さは数メートルと言ったところで蟻で犇めき合う広場全体を見渡すことができた。
数は狂兵蟻の方が多く戦況も狂兵蟻が圧倒しているようだった。
目の前の新兵蟻をその大きな顎で噛み付き振り回し、千切っては投げ、千切っては投げの無双状態だった。
新兵蟻も負けじと噛み付いているが、体格の違いから力負けして結局投げられていた。
新兵蟻よりもごつい蟻は女王蟻とみられる一体の蟻の周りを固めていて加勢する様子はなく、腹部が風船のように膨れ上がった蟻はその見た目通りの鈍重さでパニックになったように後方で右往左往しているだけだった。
このままだと、狂兵蟻たちは新兵蟻を蹴散らして後方の女王蟻たちにも牙を剥けることだろう。
そんな戦いを目にしたユリは、まるでテレビで見る生き物たちの生存競争を目の当たりにしているような気分になった。しかし、ここはゲームの中であり今目の前で争っている蟻たちはモンスターたちであった。
人並みの大きさの蟻たちがぶつかり合う戦いは、どちらかといえば怪獣映画の一場面だった。
そんな風にまだSMOに馴染んでいないユリは初めて見たモンスター同士の争いに目を奪われていたが、他のメンバーはユリとは別の反応を見せた。
「あっ! やっぱりありました! クエストが発生してます! 」
「俺も確認した。『アント廃坑の奇妙な共闘』か、ってことはどっちかの加勢すればいいってことだな」
モンスターの集団同士が争うという普通であればあまり目にしない状況に居合わせたルルル達は、すぐに何らかのクエストだと感づきメニューを開いてクエスト欄の確認をした。
そして、その予想通りクエスト欄には新しく『アント廃坑の奇妙な共闘』というクエストが現れていた。
ルルルの声で我に返ったユリは全員がメニューを展開してクエスト欄を確認していることに気づき、慌てて自分も確認を行う。
「明記されてないが、狂兵蟻が先のイベントの残党であることを考えれば恐らく女王蟻のいる方に助太刀するべきだ」
「わ、私もそう思います」
ざっとクエストの内容を確認したヴァルリーがそう推測し、それにアフリーが同意した。
「勝利条件は敵陣営の全滅ってことは、この場にいる赤目の蟻を倒せば達成ってことですかね? 」
「もしくは廃坑内に潜む敵陣営の全滅だな。だが、どの道目の前のあいつらは全員倒しちまえばいいんだ。それで終わりかはその時になればわかるだろ。それよりも味方する側の蟻がこっちを攻撃してこないかが不安だな。こっちには戦えない姫さんがいるわけだし、味方だと思ってたら後ろからガブリとか笑えねぇぞ」
「どうでしょうね? 戦えない手負いだったり幼いモンスターの保護は聞いたことがありますけど、共闘というのは聞いたことないですし」
ガノンドルフの心配は最もであり、前例があまりないクエストのせいで安易に攻撃してこないとはルルルは考えれなかった。
「助太刀にきた! って言えば……伝わるか? 」
やっとクエストの内容を確認し、状況を把握できたユリがあまり深く考えずにそんなことを呟く。
ユリとしてはクリスとの日頃のやり取りからある程度は伝わるんじゃないかと思っていたが、それがすべてのモンスターに適応されているとまでは考えてはいなかった。だから語尾が疑問形になっていた。
「いやぁ、伝わらないじゃねぇの? 」
「……人の言葉がわかるとはあまり考えれないな」
案の定、他のメンバーからの反応は芳しくなかった。
しかし、他に何か案があるかと言えばなかった。
しばらく五人は考え、とりあえず新兵蟻の方も警戒しながら狂兵蟻だけを絞って戦う方針でいくことに決まった。そして、ユリとヴァルリーの二人は広場で狂兵蟻を直接叩き、アフリーは魔法攻撃を行い、その護衛としてガノンドルフと非戦闘員のルルルの三人が穴の上に残ることとなった。
「よし、ユリいくぞ! 」
「おう! クリス、しっかり掴まってろよ。振り落とされんなよ」
「きゅ! 」
ヴァルリーが穴から飛び降り、それに続いてユリもクリスを落とさないように懐に押し込んで飛び降り、蟻が犇めき合う戦いへと身を投じるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「助太刀に来たぞー! って言っても伝わらないんだったなっ! っと」
「GIGAッ!? 」
狂兵蟻しかいない場所に降り立ったユリは、着地早々に目についた狂兵蟻の顔を蹴り、僅かに上がった顎に抉りこむように肘を叩き込む。そして再び蹴りを入れ、狂兵蟻が踏鞴を踏んだところを下へ潜り込んで狂兵蟻を下から掴んだ。
「ぁぁあああああああっ! 」
「GI、GAッ!? 」
そして、気合の入った声とともに投げた。
体勢が崩れて足の踏ん張りがうまく効かなかった狂兵蟻は下からユリの肩が強引に胸部を押し上げたこともあって、綺麗に背負い投げをされた。
「それ、もう一発! 」
仰向けに倒れて無防備な狂兵蟻の複眼を容赦なく蹴り飛ばした。事前に《剛脚》のアーツで威力を上げていたユリの蹴りは、眼が狂兵蟻の弱点であったこともあってその狂兵蟻のHPを残り一割のところまで削った。
「きゅ! 」
止めとばかりにユリの懐から顔を出したクリスが木の実の弾丸を狂兵蟻に撃ち込み、狂兵蟻は断末魔の声を上げて消滅した。
「よしっ! 」
二十秒とかからず狂兵蟻の一体を倒せたことにユリは、グッと拳を握りしめて喜びを表現するがその直後に横合いから別の狂兵蟻が噛み付いてきた。
「おっと、っと! 」
「GIィッ!? 」
噛み付きを後ろに飛び退き躱したユリは、狂兵蟻の胸部に回し蹴りを浴びせた。狂兵蟻は悲鳴を上げながらユリを襲おうとしていた狂兵蟻の集団の前へと投げ出される。
狂兵蟻同士で縺れ合っている隙に一緒に飛び降りたヴァルリーの方を見ると、ヴァルリーは四方を狂兵蟻に囲まれて五体近くの狂兵蟻を一度に相手取って戦っている様子が目に入った。
「ヴァルリー! 大丈夫か!? 」
「心配するな! 問題ない! 」
心配したユリが思わず声をかけると、ヴァルリーの方からは落ち着いた様子で返事が返ってきた。
それは、やせ我慢とかではなくヴァルリーは危なげなく狂兵蟻達の噛みつきを躱しては隙を見つけて剣で斬りつけ狂兵蟻達のHPを順調に削っていっていた。
ユリからそれは見えていなかったが、ヴァルリーが時折際どい噛みつきからステップを踏んで躱す度に地面に白く光る足跡が一瞬残る現象が起きていた。
【歩く】というスキルで覚える《ラビットステップ》という一定時間回避速度が上がるアーツだった。
回避速度の上がっているヴァルリーのフットワークは軽快で、噛み付いてくる狂兵蟻たちをするりするりと躱していく。躱しながらヴァルリーは朗々とした声で魔法の詠唱をする。
魔法の準備段階に入りヴァルリーの周りには緑色の光り輝く粒子が集まり始める。
「ユリ、近づいてくるなよ! 《風の乱舞》! 」
詠唱を終えたヴァルリーは少し離れた場所で戦うユリへとそう忠告して魔法を発動させた。
瞬間、ヴァルリーを起点に地面に魔法陣が展開され、そこから発生した風の刃の嵐がヴァルリーとその周辺の狂兵蟻達を飲み込んだ。
「ヴァルリー! 」
「GII! 」
その瞬間を目にしたユリが声を上げた。その隙を突い狂兵蟻はユリの脇腹に噛み付いた。
「ぐっ、っそがぁ! 邪魔すんな! 」
脇腹に食い込む顎の痛みにユリは顔を顰める。すぐに怒りが湧き上がり噛み付いた狂兵蟻の顎を両手で掴むと強引に抉じ開けようとするが、ユリの力と狂兵蟻の咬筋力は拮抗していてなかなか振り解けなかった。
「GIIIIッ! 」
「げっ、やばっ!」
そうして、ユリが手間取っていると別の狂兵蟻たちが襲い掛かってきた。
「きゅ! 」
前方の狂兵蟻はクリスが木の実を飛ばして牽制できたが、後ろの狂兵蟻はその無防備なユリの背中に噛み付こうとしていた。
「――《スラッシュ》」
「GIGIィ!? 」
その狂兵蟻を助けに入ったヴァルリーが斬り捨てた。返す刀でユリに噛み付いている狂兵蟻の弱点である首筋を切り裂いた。その痛みに堪らず狂兵蟻は顎の力を緩めてユリは解放される。
「ヴァルリー無事だったか! ってか助かった! ありがとう! 」
「礼はいらない! それより場所が悪い! 少し移動するぞ! 私についてきてくれ! 」
「ああ、わかった! 」
そう言ってヴァルリーは、より狂兵蟻がいる新兵蟻たちと激突している乱戦地帯へと向かっていき、ユリは周囲の近寄る狂兵蟻を殴っては蹴り倒し、時に投げ捨てながらその後を追っていった。
新兵蟻たちが果たして味方してくれるのか、それはまだわかっていなかった。
『魔鉱石』
所謂、ファンタジー鉱石の総称で、魔力が宿った鉱石のことを指す。
有名どころで言えば、ミスリルやオリハルコンやアダマンタイトなどがある。
今回、ルルル達が発掘した『魔鉄』や『重金鉄』や『軽金銀』は、現在は始まったばかりということで数が少なく高騰しているが、一月もすれば大半のプレイヤーの装備に一度は使われるだろうと考えられるくらい大して珍しくない魔鉱石。アント廃坑の深い場所で掘れる。
純粋な攻撃力や防御力で言えば鋼鉄で作られた武器や防具の方が高いが、使用した魔鉱石によって確定で追加効果が発生するので、ただの鋼鉄の剣よりも上位の武器として認識されている。魔鉱石は合金で使われることが多い。
《ラビットステップ》
【歩く】スキルで覚えるアーツ
一定時間、ステップでの移動速度に補正がかかることで回避速度が上がる。
補正値はそれほど高くないがその分効果時間は3分と長く、冷却時間は10秒ほどとかなり短い。しかし、消費MPはそこそこ。
・SMOでは味方の魔法でもダメージを受けるが、自分の魔法なら例え効果範囲内だったりしてもダメージを受けない使用です。
・詠唱中に言葉を途切れさせたり、ダメージを受けると自動失敗になるが、動いても問題ないし、敵を殴ったり武器で攻撃したりしても大丈夫です。
その仕様を活かした戦法で、神風や自爆特攻と呼ばれるヴァルリーのように敵陣の中で自分ごと広範囲魔法で敵を攻撃するなんてのがあります。
そのためには敵の攻撃を避けながら詠唱をするということが要求されます。
アフリーはもちろんのこと、風鈴姉妹やルカ(カオル姉)もまだできないプレイヤースキルです。




