112話 「崩落、そして横穴」
他プレイヤーがトレインしてきた狂兵蟻の群れに巻き込まれてしまったユリ達は、来た道を逆走する形で逃げていると、左右に道が分かれた分岐路に行き当たった。先行していたプレイヤー達の姿はどこにもなく、どちらに曲がったのかは分からなかった。
「分かれ道だ! 右、左どっち!? 」
先頭を走っていたユリが、足を止めて後ろを振り向き後続の仲間に判断を仰ぐ。アフリーの足止めが功を奏したのかアフリーを担いで殿を務めていたガノンドルフの後ろからはまだ狂兵蟻の姿はなかった。
「ユリ、逃げていったプレイヤーはどっちに曲がった!? 」
「分かんない! 」
ガノンドルフの怒鳴るような問いかけにユリは即答で応える。
「右です! 右に行きましょう!! 」
後方の暗闇から聞こえてくるカサカサという狂兵蟻の足音がだんだんと大きくなっていってることに焦りを感じながらもルルルが右の道を指差して断言する。
「よし、右だな! 」
ユリはルルルの言葉に従って右の道へと飛び込んだ。
他のメンバーもユリへと続いた。
それからしばらく、ユリ達は後ろから追ってきているかもしれない狂兵蟻の群れから遠ざからろうとただひたすら奥へ奥へと逃げ続けた。
そして、狂兵蟻が姿を見せなくなってしばらく経ちここまで逃げたら蟻ももう追ってこないだろうとユリが考え始めた折に、右に直角に曲がった曲がり角に差し当たった。
先程とは違って他の分岐点はなくユリは、他のメンバーの判断を仰ぐことなく曲がり角の向こう側を一切警戒せず曲がった。
「お? 」
その曲がった先の坑道の床は薄く赤色に明滅しているようにユリの目に映った。
その時になってユリは異変を感じとり減速したが、すでにユリが立っている場所はその赤く光る床の上だった。
ユリが立ち止まった瞬間、ふっと赤い光が消えた。
――ビキビキ
そして、ユリの足元を中心に床に罅が走る。それはユリが咄嗟の回避行動をとるよりも早く先程まで赤く光っていた坑道の床いっぱいに罅が広がり、そして砕けた。
砕けた床は床の下から顔を覗かせた底の見えない大穴へと落ちていく。
それは床の上に立っていたユリとクリスも同じだった。
「ぅわぁぁぁあああああああああああ!? 」
「ぅきゅぅううううううううううう!? 」
突然の崩落に巻き込まれた一人と一匹は為す術もなく、瓦礫と一緒に悲鳴を上げながら落ちていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――ぁぁあああああああああああああ!! ぶべっ」
坑道の床だった瓦礫と一緒に穴の底へと落ちたユリは、穴の底の地面に激突する瞬間に半ば反射的に受け身をとった。それが功をそうしたのか、それとも単にプレイヤーの体が頑丈なだけなのか。
HPが一気に9割近く吹き飛んだもののユリはギリギリ生きていた。
クリスも、ユリが底に落ちた衝撃で肩から投げ出されたもののそれで衝撃の大半は逃がせれたようで、穴の底の瓦礫の上を二転三転転んでHPを五割ほど減らしただけで済んだ。
「イテテテ……なんだったんだ今のは」
受け身をとった時に使った右腕を擦りながらユリは体を起こして周囲を見渡す。
穴の中は、ユリと一緒に落ちてきた瓦礫が積もっていて見通しが悪かったが目測十メートル四方といったところで意外にもかなり広かった。
「なんだここは? 落とし穴じゃあなかったのか? 」
ユリはそう疑問を口にしつつ自分が落ちてきた上へと顔を上げる。床が崩れた坑道も暗いせいかよく見えなかったので、ユリは腰に提げたランタンで穴の壁を照らして光の高さを上へとずらして高さを確認しようとしたが、途中でランタンの光が届かない高さまできてしまった。
「えっ、結構深いな……」
目測でもランタンで照らした壁の高さは十メートルは確実にあった。
この穴、城壁の高さと同じくらいあるんじゃないんだろうかとユリは思う。
「よく無事だったな俺……」
ユリは改めて視界の端に映るレッドゾーンに入っている自分のHPバーを見て思う。
このままだと瓦礫に躓いただけでも死にそうだったのでユリは、初級ポーションを二つ割ってHPを回復する。ついでにユリは瓦礫の中から顔を出したクリスのHPもポーションを割って回復させる。
『フレンドのRRRから通信が来てます。Y/N』
肩まで駆け上ってきたクリスを撫でながらさてどうやってこの穴を這いあがろうかと……とユリが考えているとルルルから通信が入った。
「お、ルルルからだ」
ユリはすぐにYESを押して通信に出た。
「もしもし」
『あ、ユリさんですか! よかった。無事だったんですね! 』
「うん、何とかギリギリでね。そっちは蟻とか大丈夫なのか? 」
『はい、アフリーさんが分岐点で壁を作ったのがよかったのか蟻は私たちのあとを追ってきてないようです。それよりユリさん。そこから自力で上がれそうですか? 』
「いや、この高さはちょっと厳しいかな」
『そうですか……んーどうしよう。あっ! ユリさん、周りに坑道のような横穴とかありませんか? 』
「横穴? えー? ちょっと瓦礫とかが邪魔ですぐには分からないから今から探してみる。一旦切ってこっちからかけ直すよ」
『はい。わかりました。蟻が出てくるかもしれないので気を付けてくださいね』
「おう、わかった」
――プツッ
『RRRからの通信が途切れました』
その言葉を最後にルルルとの通信は切れた。
「横穴かー、そんなのあるか? 」
展開された仮想ウィンドウを消しながらユリは、腰に提げたランタン以外に明かりのない真っ暗な穴の底で半信半疑で瓦礫の上を歩きながら横穴を探した。しかし、穴の側面を伝うように歩いたりしたがそれらしい横穴は見当たらなかった。
「やっぱないよな、うん」
そう1人でユリが頷いていると、突然肩に乗っていたクリスが飛び降りて、ランタンの光が届かない暗闇の中へと走り去っていった。
「あっ、おい。クリスっ! 」
突然のことに驚きつつもユリは慌ててクリスが消えた暗闇の方へと後を追いかけた。
突然ユリの前から走り去っていったクリスは、穴の側面に接するようにある大きな岩の近くにいた。
「あっいた。クリス急にどうしたんだ? 」
「きゅ、きゅう! 」
ユリが声をかけるとクリスは瓦礫と壁の隙間に出たり入ったりして、何かをアピールしてくる。
「んん? 」
そんなクリスの行動にユリは既視感を覚えて唇に手を当てて小首を傾げる。
「あっ、隠しドアの時だ! もしかしてこの岩の向こう側に横穴があるのか? 」
「きゅ! 」
思い出したユリがクリスに問いかけるとクリスはその通り! とばかりに鳴いた。
「よし、じゃあこの岩をどかして……どかせれるか? 」
横穴を隠していると思われる岩は、ユリが両手を横に広げても届かないくらいの巨岩だった。とてもユリは1人では動かせれる大きさではなかった。
「ふん! んぬぬぬぬぬぬぬぅ――――ぷぁ! ダメだ。ピクリとも動かない」
それでもものは試しとばかりに岩と地面との隙間に手を入れて動かそうとしたユリだったが岩はピクリとも動かなかった。
「この岩、重すぎだろ」
ユリは、愚痴をこぼしながら八つ当たり気味にガンッと岩に蹴りを入れた。
するとボロッと蹴った部分が岩から欠けて地面に落ちると光の粒子となって消えていった。
「お? 」
一瞬何が起きたかわからなかったユリだったが、すぐに自分の蹴りで岩の一部が欠けたことに気付いた。
「偶然か? いや、偶然じゃないだろ」
確認のために今度は岩を殴ってみると、ガッと音を立てて殴った部分の岩がボロボロと砕け落ちて光の粒子となって消えていった。
「なんだ。脆いじゃないかこの岩! どかすんじゃなくて壊せばいいってことか! 」
壊すのはユリの得意分野である。
そして、岩を壊すと言えばうってつけのアーツがあることをユリは持っていた。
「ぶっ壊れろ! 《岩砕脚》! 」
黄色い光を纏った右足の回し蹴りが岩に入った。右足を中心に波紋のような黄色いエフェクトが広がり、巨岩の表面はビキビキと罅割れ砕け崩れていった。
白い光の粒子となって砕けた岩の欠片が消えていく中、岩に隠されていた横穴がユリの前に姿を現した。
「おお、マジであった」
警戒しつつ、その横穴の中に入ってランタンの光で照らしてみると、ずっと奥の方まで続いているようだった。
それを確認したユリは早速ルルルに連絡をとった。
『もしもし。ユリさん横穴はありましたか? 』
「おう! あったぞ! 岩の陰に隠れてたけどクリスのおかげで見つかった! 」
『そうですか! じゃあ今から降りるので、少し待っててくださいね! 』
「え? 降りてくるってどういうこと……って切れたし」
ユリはすぐに聞き返したが、すでにルルルとの通信は向こうから一方的に切られた後だった。
「えっ、ホントに降りてくる気なのか? 」
そう呟きながらユリが視線を上を向けると、ちょうどヴァルリーが降ってきたところだった。
――ダァン!
ヴァルリーは大きな音を立てて瓦礫の上に着地した。ヴァルリーのHPバーが著しく減少した。
しかし、足から着地し、膝を折り曲げて最後には膝立ちになるような格好での着地となったヴァルリーは上手く落下の衝撃を殺せたのかHPバーを見る限りユリよりも減少したHPは少なそうだった。
いや、ユリよりは上手く着地できたというだけで成功とはほど遠かったみたいだ。一番負荷の大きかった両足が痛かったようで、ヴァルリーは膝立ちのまま足を抱え込んで痛みを堪えていた。
「だ、大丈夫か? 」
「……こんな痛み大したことはない」
心配になったユリが声をかけるとヴァルリーは大したことないとフルフルと首を左右に振ったが、立ち上がってこない以上やせ我慢なのは目に見えていた。
「取り敢えず、そこにいたらおっさんが落ちた時には潰されるから早く隅っこに移動しよう。肩を貸すから」
そう言ってユリは、言葉通りヴァルリーに肩を貸して隅っこの方へと移動させた。
「それにしても飛び降りてくるって随分と危ないことするな。下手すると死ぬかもしれないのに」
「ふっ、ここでは死んでも生き返る。それにこれが初めてじゃない。自信はあった。それとルルル達は私のように飛び降りてはこないだろ。大方、縄を垂らして降りてくるだろう」
ヴァルリーのその言葉通り、それから数分立って穴に垂らした縄を伝ってルルル、アフリー、そしておっさんの三人が穴の底へと降りてきた。
「ふぅー、結構深かったですね」
「恐かったですぅ」
穴の底に降りてきたルルルとアフリーがそう言う中、ガノンドルフは降りてくるなりユリとヴァルリーの2人に声をかけてきた。
「おう、お前ら生きてたか! よくあんな高さから落ちて無事だったなぁ。いやぁ良かった良かった」
そう言ってガノンドルフは、ガハハハと笑い声を穴の中で反響させる。
「何でおっさん達は俺に付き合ってわざわざ穴の下に降りてきたんだ? 」
「うん? ああ、そういやユリは廃坑初めてだったか」
ユリがそうガノンドルフに尋ねると、ガノンドルフは一瞬疑問の声を上げて、すぐにユリの顔を見て合点のいった表情になった。
「いいか。廃坑ではな、地下の深い場所ほど希少だったり質のいい鉱石が手に入るんだよ。だから道があるならこういう崩落で出来た縦穴はいいショートカットになるんだよ」
「へぇ、そうだったのか! 」
初耳の話にユリは、感嘆の声を上げる。それはユリだけでなく他の生産者ではないヴァルリーとアフリーの2人も同じだったようで、へぇーと感心した声を上げていた。
「だから、ユリにとっては災難だったかもしれないがお手柄だ。ほらルルルを見てみろ。蟻のことなんて忘れて目をキラキラさせとる」
「……確かに」
ガノンドルフに促されユリはルルルを見たが確かに上機嫌だった。
「さぁ、それではより良い鉱石の出会いを求めて頑張っていきましょー! もしかしたら手付かずの鉱脈とか見つかったりするかもです!」
期待からか若干テンションの高いルルルの声に従って、ユリ達は横穴へと入っていった。
廃坑深部に行くほどレアで質のいい鉱石が手にはいる。
手付かずの鉱脈→前人未到
蟻の異常種はイベントで打ち漏れた残党
蟻の巣は基本的に下へ下へ
次回113話「奇妙な共闘」……の予定




