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111話 「一難去って」

「うわぁぁああああ! マジかマジかマジかっ!! 」


ユリは、全速力で逃げていた。

数メートル先が闇に包まれた薄暗い坑道内をサイズの合わないローブを着たアフリーを担いで必死に走っていた。その前を今回臨時でパーティーを組んだルルル達が逃げており、ユリのすぐ後ろからは暗闇の中から真っ赤な瞳を光らせる何十体もの狂兵蟻(クレイジーアント)が追ってきていた。


ユリ達は、今まさに狂兵蟻の群れから必死に逃げていた。





「ア、ア、《土の壁(アースウォール)》! 」


ユリの肩に担がれたアフリーが迫ってくる巨大蟻たちに声を震わせながら必死に詠唱した魔法を発動する。

ユリ達の後ろの坑道の堅い地面が迫り上がり壁を作って道を塞ぎ狂兵蟻の行く手を阻んだ。


しかし、土壁が完全に道を塞ぐ前に先頭の何体かは越えて追いかけてきた。



「ス、《石の杭(ストーンパイル)》! 」


その越えてきた狂兵蟻を対象にアフリーは坑道の地面や壁から先端が鋭く尖った石の杭を複数生やして迎撃する。

その石の杭の威力では狂兵蟻の堅い甲殻を貫き効果的なダメージを与えることはできなかったが、障害物となって狂兵蟻たちの行く手を阻んだ。



しかし、それは異常種である狂兵蟻の群れを前にはホンの僅かな時間稼ぎにしかならなかった。

一分も経たない内に狂兵蟻たちは、障害物の尽くを破壊し追ってきた。


一体一体では、大したことのない狂兵蟻も何十体もの群れとなると手に負えるものではなかった。



故に、アフリーの土魔法で時間を稼ぎながらもユリ達は逃げる。


逃げて、逃げて、逃げて…………そして、ユリ達は坑道内の開けた場所に辿り着いた。


そこは、行き止まりだった。




「そ、そんな……! 行き止まりだなんて……」


広場の四方の壁を見て回って他に出口がないことに気付いたルルルは思わず壁に寄り掛かってへたり込む。


「しまったっ! 入口を蟻に占拠された。もう引き返せんぞ! 」


慌ててガノンドルフが引き返そうと入ってきた方へと振り返るが、その入り口から狂兵蟻が続々と溢れ出ているところだった。



「……これは、もう戦うしかないな」


「きゅ! 」


追い詰められたユリは覚悟を決めて、アフリーを肩から下ろすと狂兵蟻へと向き合い構えをとる。ユリの懐から出てきたクリスが肩へと昇って一声鳴く。


「《コール『羽根飾りの戦兜』》! ああ、ここで雌雄を決するしかないな。何、死んでも生き返るのだから問題ない」


ヴァルリーはユリの独り言に頷いた。彼女もまたアイテムボックスから呼び出した白い羽根飾りがついた緑色の兜を頭に被って、戦う覚悟を決めた。




「ふぇぇ……死にたくないよぉ」


ユリの傍で地面に座り込んだままのアフリーは泣きそうになっていた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「《剛脚》《疾脚》《柔拳》!! 」


目の前の狂兵蟻達を倒さなければ、生き残れない。そう覚悟を決めたユリは自身の攻撃力を強化するとMPポーションを割って一度回復して前へと飛び出す。


「ヴァルリーさん! ちょっと一暴れしてきます! 魔法の準備よろしくお願いします」


そう一言言い残してユリは、狂兵蟻の中へと単身飛び込んでいった。



「GIGIGIGIIIII!! 」


「お前なんか恐くねぇんだよ! 」


自分の恐怖を振り払う為にそう叫んでユリは、顎を鳴らして威嚇する狂兵蟻の頭を飛び上がって踏みつける。横から噛みついてきた狂兵蟻の側頭部を裏拳で殴り飛ばす。仲間を踏み台に正面から来た狂兵蟻の頭を下から掌底でかち上げる。


堅い甲殻で覆われた狂兵蟻とユリの相性は、一見不利に見えるかもしれないがユリの持つ岩をも砕く高い打撃力の【剛脚】や内部にダメージを貫通させる【柔拳】が有利に働いていた。そして狂兵蟻が、防御に優れる反面、攻撃は噛みつきくらいに限られているのもまたユリにとって有利に働いていた。


とは言っても、広場に溢れかえる何十体もの狂兵蟻を相手にユリ一人では多勢に無勢なのは変わりない。


しかし、ここにはユリ以外にも四人の仲間がいた。ユリは他の仲間の準備が出来るまでの時間稼ぎが出来れば良かった。


そして、ユリには側で一緒になって戦ってくれる心強い相棒(クリス)がいた。


クリスの口撃は、ここ数日でユリと共に幾度も死線を潜り抜けてきた結果、狂兵蟻相手にダメージを与えるほどに強力になっていた。



「チィ、こっちに来い! 《猫騙し》!! 」


ユリを無視して魔法の詠唱を行なうヴァルリー達の方へ向かおうとする一部の狂兵蟻たちの気をこちらに向けるためにユリは両手を打ち合わせて鳴らす。パァンという炸裂音が辺りに響き渡りヴァルリー達の方へ向かおうとしていた狂兵蟻たちの気がユリへと向き直る。


「おしっ! それでいいんだよ《多連脚》! 」


「きゅププププッ! 」


上手く行ったことに喜びながらユリは、目の前で響いた音に驚き怯んだ狂兵蟻たちを好機とばかりに蹴りまくる。クリスもまたユリの肩から木の実を狂兵蟻たちに乱れ撃ちする。



ヴァルリーとアフリーの魔法の準備が整うまでの三分間、ユリとクリスは狂兵蟻たちの注意を自分たちへと引きつけ続けた。



「ユリ! もう下がっていいぞ! 」


「ああ、わかった! 」


後方にいるヴァルリーの声で、ユリは、目の前の狂兵蟻の頭を踏み台にして飛び上がり狂兵蟻の囲いから抜け出して後方へと下がる。


「《風の乱舞》! 」


「ア、《大地の狂乱(アースフレンジ―)》! 」


それと同時に炸裂するヴァルリーとアフリーの範囲魔法は、ユリの後を追おうとした狂兵蟻たちを呑み込んだ。特に中級土魔法の範囲魔法を使用したアフリーの魔法は、狂兵蟻で溢れかえっていた広場の半分を呑み込み、地面から生えた何十もの石の杭が狂兵蟻たちの無防備の腹を貫き串刺しにした。


ユリを追おうとした狂兵蟻は全滅し、入口付近にいた無傷だった狂兵蟻たちもHPを大きく減少させた。



「おぉ、やっぱ魔法はすげぇな」


たった二発の魔法で、広場にいた狂兵蟻の半数が消えていくのを見てユリは感嘆の声をあげる。


ヴァルリーとアフリーの魔法によって半数の仲間をやられた狂兵蟻たちは、それでも逃げる様子もなくユリ達へと距離を詰めてきた。ヴァルリーとアフリー達の範囲魔法は強力だが、それ故に連射は出来ない。再び範囲魔法を使用するには、再使用までの冷却時間を含めて先程の倍の時間をまた稼ぐ必要があった。



「よし、もっぺん蟻の相手をしてやるか! 」


「ガハハハ! ユリ、俺も手伝うぞ! 女子供が命張って頑張ってるんだ。男である俺も頑張らんとな! 」


減ったHPとMPをそれぞれポーションを割って回復して時間を稼ぐために再び単身突っ込もうとするユリの隣にガノンドルフが並ぶ。先程はユリが前線を支えているのを見ることしか出来なかったガノンドルフだったが、今度はユリと共に戦うつもりだった。


「おう、頼りにしてるよおっさん! 」


「おう、任せろ! 」




そして、ユリは再びガノンドルフを連れ立って半数に減った狂兵蟻の群れの中へと突っ込んでいった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



結果から言えば、ユリ達は何とか狂兵蟻の群れとの戦いに勝利した。


二度範囲魔法を発動させ、最後は残り数体となった狂兵蟻をユリとガノンドルフと前に出てきたヴァルリーの三人で各個撃破し勝利した。


誰一人欠けることなく勝利できたという点で見れば完勝であるが、その為に消費したポーションの数や時間を考えると辛勝といったところだった。



「ふぅ……なんとか勝てたな」


「おう、お疲れさん」


戦闘が終わり、気が抜けたユリは狂兵蟻のいなくなった広場の床に倒れ込むように腰を下ろす。

ゲームの中なので肉体的疲労はそうでもなかったが、人並みに大きい蟻の群れとの戦いの精神的疲労は相当なものだった。隣に腰下ろしたガノンドルフとお互いの健闘を称え合って拳を突き合わせる。


ガノンドルフがニッと厳つい顔を破顔させて笑うので、ユリも口角を緩めて笑みを浮かべる。


「ップ、アハハハ! 」


「ック、ククク……ガハハハハ! 」


2人して何を言うのでもなく笑い声を上げながらお互いの背中や肩をバシバシと叩きあう。どうやら戦闘の熱が消えずにまだ気分が高揚しているようだった。


そんな感じで2人で盛り上がっていると、そこにルルルが駆け寄ってきた。

戦闘中、何もできずに見守っていたせいかどこかルルルは気後れしているようだった。


「ユリさん、ガノンドルフさん。お疲れ様でした。あの……えっと……足を引っ張ってしまってすみませんでした! 」


ルルルの突然の謝罪にユリとガノンドルフはお互いに顔を見合わせる。どちらも謝罪の意味が分からず若干困惑していた。


「何言ってんだ? 別に足なんて引っ張ってないだろ」


「そうだぞルルル。もしさっきの戦闘で役に立たなかったなんて思ってるならお前さんの気にし過ぎだぞ。お前さんは、戦闘がからっきしだから今回俺たちに廃坑の護衛を頼んできたんだろ。なら俺たちはお前さんを守って戦うの当然だ。姫さんは俺たちナイト(騎士)が守って戦っているところをどっしり構えて見守っとけばいいんだよ」


ガノンドルフは、ルルルの頭をポンポンと叩きながらそう言う。


「おっさん、騎士ってガラじゃないだろ」


最後のガノンドルフの軽口にユリがそう茶化すと、ガノンドルフは口を大きく開けて笑った。


「ガハハハ! 違いねぇ! 俺が騎士ってのはちょっと言い過ぎたな! 」


2人して笑いあうユリとガノンドルフにつられてルルルも吹き出した。


「ップ、アハハ! 確かにガノンドルフさんは騎士じゃないですね」


そう言って笑うルルルは、先程までの雰囲気は払しょくされていつものルルルに戻っていた。



「……でもそうですね。ガノンドルフさんは私の騎士というよりもお父さんって感じですね」


「ん? 何か言ったか? 」


「いーーえ、何でもないです! ユリさん、ガノンドルフさん! 私を守ってくれてありがとうございました!! 」



「「おう!! 」」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「外にも狂兵蟻の影はなかった。やはりここにいたので全てだったようだ」


ルルルがアフリーにお礼を兼ねたいつにも増した強烈なハグを敢行しているのを余所に、ゴツゴツとした床の上で胡坐を組んで寛ぎながら、太ももの上に乗るクリスにご褒美として木の実をやっていたユリと自分のドロップアイテムの確認を行っていたガノンドルフの元に偵察から戻ってきたヴァルリーがやって来てそう伝えてきた。


「そうか。ならしばらくここで休憩しても問題なさそうだな。ヴァルリー、お前さんも少し休憩を取った方がいいぞ。あの戦いの後じゃ疲れてるだろ」


「いや、私はほとんど詠唱してただけだからな。その間、蟻の注意を引いてくれていた2人ほど疲労はしてない」


ヴァルリーは小さく頭を振ってそう答えると、先程ユリ達に話したことと同じことを伝えにルルル達の元へとさっさと行ってしまった。



向かった先でルルルの魔の手からアフリーを救っているヴァルリーの姿を遠目に見えながらユリは、ヴァルリーさんってなんか真面目というか、何というかカッコいいなーと思った。





そんなこんなで広場で十分程の小休憩をとったユリ達は、護衛対象であるルルルを真ん中に配置してガノンドルフを先頭にヴァルリー、ルルル、アフリー、ユリといった並びで再び廃坑探索を再開した。


それからしばらく廃坑探索は狂兵蟻の群れに出会うことなく順調に進んでいた。

採掘ポイントと呼ばれる良質な鉱石が採れる地点を見つけては【採掘】スキルを持つルルルとガノンドルフがピッケルを振るって鉱石を採掘し、時折遭遇する1体から3体ほどの少数の狂兵蟻を仲間を呼ばれる前に倒しながら坑道の中を探索していた。


ユリは移動中や採掘中に【発見】に反応する坑道に転がる拳大の石を適当に見繕ってはアイテムボックスに放り込んでいた。それは鉱石などの素材としてではなく投擲用のタマとしての側面やただの収集癖に近いものがあった。現に、狂兵蟻が後ろから現れた時は躊躇いもなく足元の石を拾っては投げたりしていた。



最初の一件から群れとしてではなく散発的に少数で現れる狂兵蟻に、ユリが最初のアレはとんでもなくついてなかっただけなのかなーと思い始めた矢先。


そんなユリの甘い考えを嘲笑うかのように狂兵蟻が再び牙を剥いた。




「む? 誰かがこっちに近づいて来てないか? 」


「他のプレイヤーさんですかね? 」


前方から複数の足音が聞こえてくるのをガノンドルフが最初に気付く。ガノンドルフの言葉にルルルは自分の予想を呟く。



「待て、やけに足音が大きい。これは何かから逃げているのではないか? 」


腰から剣を抜いたヴァルリーの言葉に一同に緊張が走った。



ヴァルリーの予想は的中していた。


「おい、逃げろっ!! 蟻の群れがこっちに来てるぞ! 」


それから一分と経たずに姿を見せたプレイヤーの集団の戦闘を走る鎧を着た男が立ち止まることなくそうユリ達に言うとそのまま走り去っていった。


プレイヤー達が走り去っていった後、顔を見合わせるユリ達。



「逃げるぞ!! 」


前から迫ってくる狂兵蟻の姿を確認することなくユリ達は、ガノンドルフの言葉を合図に踵を返して逃げていったプレイヤー達の後を追った。


ユリ達の廃坑での苦難はまだ始まったばかりだった。

石の杭(ストーンパイル)

【中級土魔法】で覚える魔法

地面から先端が鋭く尖った人の腕ほどの太さの石柱が生える。

石の硬度は、土魔法のスキルレベルに依存し、地形の影響も多少受ける。

坑道のような周囲を土で囲まれたような地形の場合、地面だけでなく壁や天井から生やすこともできる。一度に生やせる石柱は一本。

アフリーが一度に数本生やすことができたのは、別のスキルを併用した結果。


大地の狂乱(アースフレンジ―)

【中級土魔法】で覚える範囲魔法

地面から何十もの石の杭が飛び出す勢いで生える。《石の杭(ストーンパイル)》の石の杭よりも2回りほど太い。石の杭の硬度はレベル依存で、地形の影響を加算式で受ける。

効果範囲は、風や火魔法の中級範囲魔法よりも広めに設定されている。


魔法によって出現した石の杭は、発動から三分程で自然消滅。それまでに攻撃を加えられて破壊された場合でも消滅する。




一難去ってまた一難。

トラウマ量産地と化した蟻地獄は、まだまだこれから。


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