110話 「初めての廃坑探索」
『始まりの町』まで戻ってきたユリは、《ルルルの防具屋》へと向かった。何度か足を運んだので、迷路のような路地裏も迷わず辿り着くことが出来た。
「いらっしゃいませー! あ、ユリさんおはようございます。来てくれたんですね! 」
店に入るとすぐにルルルが駆け寄ってきた。いつもと変わらずつなぎのような灰色の作業衣を着用している。
「おはようございますルルルさん。もう他のメンバーは来てたりするのか? 」
「ああ、はい。すでに一人来てますよ」
ルルルは一度後ろを振り返って、こちらの様子を伺っている女性を確認してからそう答える。
ルルルに釣られてユリも目を向けると目があった。あ、どうもとユリが目礼すると女性もそれに応じて小さく頭を下げた。
「私から紹介しましょうか? 」
「はい。そうしてくれると助かります」
そんな2人のやり取りにルルルは微笑み、気の利いた提案をする。ユリは、一も二もなく頷いた。
「それじゃあまず先にヴァルリーさんから紹介しますね。ユリさん、こちらは私のβ時代から常連さんのヴァルリーさんです。風の魔法剣士です。そしてヴァルリーさん、こちらはルカさんの知り合いのユリさんです。拳闘士です」
ルルルの簡潔な紹介の後に先にヴァルリーと呼ばれた女性が自己紹介をする。
「ヴァルリーだ。紹介の通り、風魔法と剣を齧ってる魔法剣士だ。風魔法はまだ初級で、剣は【長剣】を覚えている。普段はソロで活動しているが、今回ルルルに誘われて参加することになった。よろしく頼む」
ヴァルリーから差し出された手をユリは握って答える。
「ユリです。えっと、つい最近始めたばかりの初心者です。【疾脚】、【剛脚】、【柔拳】それと【投擲】を覚えてます。足手まといにならないよう精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
ヴァルリーの固い自己紹介に距離感を計りかねたユリは、やや緊張した様子で自己紹介した。
「ああ、よろしく頼む」
ヴァルリーはそう言ってグッとユリの手を力強く握り返してきた。
ヴァルリーの容姿は金髪緑眼の凛々しい顔立ちをしている。円盾と剣を装備し緑色の軽鎧を身につけたその姿に、ユリは少しばかりの既視感を覚えるが明確な答えは出てこなかった。
「ところで、肩に乗っているそのククトリスはユリの従魔だろう。私に紹介してもらえないだろうか? 」
自己紹介が終わり、ふぅっと一息ついたユリにヴァルリーからそんな指摘が投げかけられる。
その指摘にクリスを紹介することを忘れていたことに気付いたユリは慌てて答える。
「あーっと、すみません。こいつは、クリスっていう名前の俺の相棒です。木の実の弾丸を飛ばして攻撃することが出来ます」
「きゅ! 」
ユリの紹介にクリスはよろしくとばかりに一声鳴く。
「ほう! 元βテスターでもないのに始めて一週間もしない内に従魔使いか。ルルルから話は聞いていたがやはり珍しい。それに、一昨日のイベントでは随分と活躍したと聞いている。残念ながら私はその日参加することは出来なかったが中々に厳しい戦いだったと聞く。今回向かう廃坑には、そのイベントの残党の蟻の異常種が蔓延っている。ユリの働きには期待しているぞ」
そういってヴァルリーは、バシバシとユリを肩を叩いた。
「あ、はい」
初対面である筈なのに、何故か妙に期待されているのをヴァルリーの言葉の節々から感じながらもユリはコクンと頷いた。
それからしばらくユリとヴァルリーは今回向かう廃坑の話で盛り上がっていると、店のドアが開いて新たな客が入ってきた。
「おーっす、ルルル来たぞー」
そう言って入ってきた客は、筋肉隆々の大男であった。スキンヘッドの頭に強面の顔と日に焼けたような褐色の肌を持ち、肩には巨大なハンマーを担いでいる見るからに怖そうな男であった。
「おはようございますーガノンドルフさん! 」
思わず身構えてしまうユリとヴァルリーの2人に対し、ルルルは嬉しそうな声を上げてその大男の元に駆け寄った。ガノンドルフと呼ばれた男は、強面の顔を破顔させて笑みを浮かべる。
「おーおー、相変わらずルルルは元気だな」
「はいっ! 今日は私の頼みを聞いてくれてありがとうございますっ! 」
「なーに、いいってことよ。ルルルにはいつも腕のいい職人を紹介してくれてるからな。お陰で順調にスキルを上げることが出来てるんだ。お前さんには感謝してるんだ。こういう時くらいその恩を返さねぇとな! 」
「ありがとうございますガノンドルフさん! あっ、そうだ。2人にも紹介しますね。こちらはガノンドルフさん、私と同じ生産者です。ですが私と違って戦闘スキルも鍛えてる戦える生産者でもあります。見ての通りハンマー使いです。そしてガノンドルフさん、こっちがユリさんで、こっちがヴァルリーさんです。ユリさんはファイターで、ヴァルリーさんが風の魔法剣士です」
ルルルが、ユリとヴァルリーの2人に手を差してガノンドルフに紹介する。
「ガノンドルフだ。長ったらしくて覚えにくかったらガノンでも、おっさんでもいい。ただしハゲとかはなしだ。ルルルの言うとおりメインで生産者をやっているが、蟻の餌にならない程度には戦える。こいつのようにまだ店は持っちゃいねぇ。普段は東門の通りで主に鈍器を取り扱った露店を開いてる。興味があればいつか見に来てくれ。ああ、それと俺の得物はこれだ」
そう言ってガノンドルフは、如何にも重そうな金属製のハンマーを軽々と持ち上げて示して見せた。
ガノンドルフの自己紹介に続いて、2人もヴァルリー、ユリという順番でガノンドルフに自己紹介した。
ガノンドルフとは早々に距離感が掴めたのかユリは、ヴァルリーとは違いガノンドルフに対して早くも砕けた口調で接するようになった。
「ご、ごめんなさーい。遅れましたー! 」
ルルルと約束した10時が過ぎた頃、店のドアから小柄な少女が転がり込んできた。
「ああ、良かった。アフリーさん。無事に来れたんですね! 」
約束していた10時を過ぎても来ないことにやきもきしていたルルルはホッと安心した様子で、ドアの前で恐縮した様子のアフリーと呼ばれた少女を抱きしめた。
「ひゃう! ぁ、あうぅ……ル、ルルルさん、離してくださぃー」
突然ルルルに抱きしめられたアフリーは、ルルルの腕の中でジタバタと暴れる。アフリーの小柄な体に対して着ているローブは大きすぎる為、アフリーが短い手でルルルの拘束する腕を叩くのに合わせて余った袖がペチペチとルルルの頬を叩く。抵抗というのにはあまりにも可愛らしい抵抗に、可愛い者に目がないルルルの相貌がにへらとだらしなく歪む。
「ああー、可愛いよ可愛いです。アフリーさん。ずっとずっと抱きしめていたいです! 」
「あぅぅ……! 」
そんな暴走するルルルの頭にガノンドルフの拳骨が落とされた。
「痛ったぁ!? 」
「その辺にしておけルルル。相手が嫌がってんだろ。はぁ……全くお前さん、チビッ子に対しては相変わらずだなぁ」
「うぅぅ……ガノンドルフさん、急に殴らなくてもいいじゃないですかぁ」
「お前さん口で言っても聞いた試しがねぇだろうが」
頭を抑えたルルルの抗議をガノンドルフはばっさりと斬り捨てる。後ろでは、ユリがガノンドルフに同意するようにうんうんと頷いていた。
そして、ガノンドルフがルルルの気を逸らしている内に、ヴァルリーがルルルの腕の中からアフリーを奪還して慰めていた。
こうして、今回の廃坑探索のメンバー5人全員がこの場に揃うこととなった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――【アント廃坑】
全員が揃ったことで、ユリ達は早速東門を出て【アント廃坑】へと来ていた。
「ここがアント廃坑かー」
木々が生い茂る山の中にぽっかりと開いた大きな石造りの廃坑への入り口を潜り抜けて、ユリ達は坑道内を歩いていた。坑道の壁には補強のための木枠と共に点々とランタンがぶら下がっていてそこそこ明るかった。横幅は優に十人並んで歩ける広さがあり、高さも三メートルほどあって、坑道というよりはトンネルのようだった。そんな広い坑道内をユリ達だけでなく多くのプレイヤーが行き交っていた。プレイヤー達が着込んだ鎧や武器から鳴る衣擦れの音や話し声が坑道内で反響してかなり騒々しい。
その騒音でクリスはユリの懐に引っ込んでしまい、ユリも興味深げに周りを見渡しながらもその煩い音には顔を顰めていた。
「皆さん、こっちです」
その言葉は周りの音で消されてしまったが、広い坑道の脇にある狭い坑道を指差してユリ達に向かってルルルが手招きしてくれたことでその意図は全員に伝わった。
ルルルの指示で入った狭い坑道には先程の広い坑道のようにランタンは設置されておらず、薄暗かった。廃坑に入る前にルルルから渡された五人の腰から提げたランタンだけが唯一の光源だった。
そんな狭い坑道を十メートルも進むと不思議なことにあんなに煩かった音がピタリと静まり、ユリ達が立てる足音以外には、どこか遠くから聞こえる水が滴り落ちる音しか聞こえなくなった。
「急に静かになったな……」
静かになったことで懐から出てきたクリスを肩へと誘導してあげながらユリは疑問を口にする。
「ああ、それはですね。廃坑内は坑道ごとに独立してるので音が伝わらないようになってるんですよ。じゃないとプレイヤーの声や戦闘音が廃坑内で響き渡ってうるさいですからね」
ユリの疑問に答えたのはルルルだった。その答えにユリはなるほどなと納得した。
「そういや、ユリは廃坑が初めてだっけな。ならこんな話は知ってるか? 」
そう言ってルルルとユリの会話に入ってきたのはガノンドルフだった。
「さっきの広い坑道は、ここがまだ廃坑じゃなかった時に使われていた坑道で、今俺たちが歩いてるこの狭い坑道は蟻たちが掘ったっていう話だ」
ガノンドルフが話した話をユリは知らなかった。ユリは素直に知らないと言って首を振る。対して他のメンバーは、ああそんな話もあったなと反応をして各々知っていることを口にし始めた。
「確かここが廃坑になったのも作業中に至る所から蟻が出てきたのが理由だと聞いたことがあるな」
「ギルドに依頼して蟻を駆除しようとしたけど、蟻が多い上に蟻が好き勝手掘った道で鉱山内が穴だらけということで安全上、ここは廃坑にせざる負えなかったっていう話ですね。だからまだいろんな鉱石が採掘できるけど偶に落盤や崩落があったり蟻と遭遇したりと危険だっていう」
「で、でもそれってそういう設定ってだけですよね? 」
「まぁ、そうだな。廃坑になったら普通立ち入り禁止となるし、利用料金などを一切払わずに一般に公開するメリットなんてないからな」
ガノンドルフの話をネタに盛り上がる女性三人。その話をユリはへーそうなのかと聞き入っていた。
「俺が話すつもりだったのに……」
「まぁまぁおっさん、そう拗ねんなって」
女性三人に話の続きを横から掻っ攫われたガノンドルフは、何やら少し拗ねた様子でブツブツと小声で愚痴っていたので、それに気づいたユリは背中を叩いて慰めた。
そんな狭い坑道の中で緩んだ雰囲気を醸し出しながら移動するユリ達の元に、坑道の壁を突き破って巨大な蟻が姿を現した。
「GIGIIII……! 」
壁から巨大な黒い頭を突き出してギチギチギチと鋭く大きな顎を擦り合わせて鳴き声を上げながら巨大な蟻は、グリグリと頭を動かして壁からこちらへと抜け出てこようとする。蟻の大きな目は赤く、黒い体表には紋様のような赤黒い模様が走っており、その蟻が新兵蟻の異常種、狂兵蟻であることを示していた。
「俺がやる! 」
突如現れた狂兵蟻に、全員が即座に臨戦態勢に入った。その中でも、先頭で剣を構えたヴァルリーを押しのけたガノンドルフが最初に狂兵蟻に先制攻撃をしかけた。
「《スマッシュ》!! 」
ガノンドルフが赤い光を纏った大きなハンマーを振り上げて、壁から突き出た狂兵蟻の頭に振り下ろした。
その大振りの一撃を壁に嵌った狂兵蟻が避けれる筈もなくドゴシャと鈍い音を響かせて直撃した。
狂兵蟻のHPが大きく減少するも半分も減らなかった。しかし、続けざまにガノンドルフが放った左右の横殴りの連撃に耐えられず、狂兵蟻は壁に嵌ったまま為す術もなくHPが0になりガラスが砕けたような音を響かせて消滅した。
「ふぅ、敵が馬鹿で助かった」
「お疲れ様ですガノンドルフさん! 」
自分が倒した狂兵蟻が消えていくのを見ながらハンマーを担ぎ直すガノンドルフにルルルが駆け寄って労いの言葉をかける。
「び、びっくりしました」
「おう、まさか壁を突き破って蟻が現れるとはなー」
そう言って胸に手をあてるアフリーに同意するユリ。
もう戦闘が終わったとばかりに臨戦態勢を解いて雑談を始める四人と違い、ヴァルリーは未だに剣を抜いたまま周囲を警戒していた。
「きゅぅ! きゅきゅう!! 」
そしてユリの肩に乗るクリスもまた何かを訴えるかのように頻りに鳴き声を上げていた。
「ん? どうしたクリス、お腹が減ったのか? 」
クリスに見当違いの反応を返すユリの横で、ヴァルリーがハッとした表情で先程の狂兵蟻が現れた壁の方へと剣を向けた。
「………まだだ。まだ壁の向こうに蟻がいるぞ! 」
そうヴァルリーが警告の声を上げるよりも早く、先程の狂兵蟻が空けた穴のすぐそばの壁を突き破って新手の狂兵蟻が顔を出した。
「っ! ルルル下がっとれ! 」
ガノンドルフが咄嗟にその太い腕でルルルを抱き寄せて壁から遠ざける間に、狂兵蟻はグリグリと頭を捻って抜け出そうと暴れる。壁は狂兵蟻が空けた二つの穴を基点にビシビシと亀裂を走らせてボロボロと崩れ落ちていき、崩れ落ちた瓦礫は積もらず光の粒子となって消えていく。瞬く間のうちに壁が消えて代わりに大きな穴が口を広げた。
その穴は新たな道へと通じていた。その道にぎっちりと詰まった無数の狂兵蟻たちとユリ達は対面した。
アフリー、ルルル、ユリの三人の絶叫が狭い坑道内に響き渡った。
ユリが生きて廃坑を出れるかは未定。早くも二度目かもしれない。




