109話 「木の実採集、ルルルの頼み事」
アヤネと再会し久々に一緒に食事を摂った夜、トウリはお風呂で念入りに顔を洗った後さっさと就寝した。ぐっすりと寝たトウリは朝の六時に目を覚ますと庭でラジオ体操を行ない、ここ数日疎かになっていた家の掃除を1人で済ませた。八時になり起きてきたラン達の為に朝食を用意し、自分も一緒に食事を摂り、その日の家事のほとんどを終わらせてしまうとトウリは、自室に入ってSMOにログインした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――『始まりの町』
「《召喚:クリス》」
SMOにログインしたユリは早速、従魔結晶からクリスを呼び出す。
ユリの掌に現れたクリスは、一度大きく体をブルブルと震わせる。
「おはようクリス」
「きゅ! 」
ユリの挨拶にクリスも挨拶らしき鳴き声を返す。ユリはクリスに空いた手の人差し指を近づけ、クリスは差し出された人差し指に鼻を近づけて頻りに匂いを嗅ぐ。その仕草は餌かどうか確認しているようだった。そして、餌でないことが分かるとクリスは興味失ったのかプイッと指から顔を背けて、どこか他の所に餌がないか探すようにユリの掌の上であちこちで匂いを嗅ぐ。
「なんだ。お腹が減ったのか? 」
その様子にクスッと笑ったユリは、アイテムボックスから残り少ない木の実を出してクリスに与える。
「今日は森で木の実集めしようかな」
木の実を次々と頬張るクリスを見ながらユリは、その足を森がある西門へと向けた。
『始まりの町』は、二日前にモンスターの襲撃があったと思わせないほどの変わらない賑わいを見せていたが、それでもそこらかしこに街に侵入したモンスターによる破壊の爪痕があり、復興を行なう大工職人らしき人たちがあちこちで見られた。街の中で巡回する衛兵の数も以前よりも増えていた。特にユリが向かう西門の付近は、森から多数のモンスターが城壁を乗り越え侵入してきた場所でその被害の爪痕も他と比べて大きいものだった。モンスターが未だ街に潜伏している可能性が高い場所として、西大通りや西門付近では武装したプレイヤーが大勢行き交う姿が見られた。
「今の【豊かな森】では本来奥地にいる危険度の高いモンスターの異常種が浅い所まで降りてきている。いらぬ心配かもしれぬが気をつけられよ」
ユリが外へと出る時、西門の門番が心配して声をかけてきた。
「そうなんですか。教えてくれてありがとうございます」
【初心者の草原】ではユリが油断して角兎の異常種に殺されたのは記憶に新しい。ユリは助言をしてくれた門番に感謝を込めて礼を言う。ユリのお礼に門番は気にするなと言わんばかりに腕を伸ばして手をヒラヒラと振ったが、満更でもなさそうな様子だった。
「あれ? 森ってあんなに遠い所にあったっけ? 」
西門を出たユリは、以前と変わった景色に首を傾げる。
以前ユリが訪れた時は西門の間近まで広がっていた森は、争いの影響で大きく後退していた。
すぐに修正が入る地面などに対し、木々の再生成には時間がかかるため森が元の姿を取り戻すにはもうしばらくの時間が必要だった。
しかし、今のユリにはそんなことは大して関係ない。森の木々は常に実をつけ、木の実を地面の下に落としているので、森の中に入れば目的の木の実は採取可能だった。
「お、木の実発見」
森に入って早速ユリは、地面に落ちた丸っこいドングリのような木の実を見つける。
「クリス、これ喰えそうか? 」
「きゅきゅっ! 」
ユリが拾った木の実に鼻を近づけてしばらく匂いを嗅いでいたクリスは、小さな手でヒシッと掴み、体に見合わぬ力強さでユリの手から木の実を奪うと口に頬張る。
「うん、大丈夫そうだな」
クリスが木の実を奪って食べたことにユリは怒るでもなくクリスのHPに変化がないのを確認すると一つ頷き、地面に落ちた同じ形状の木の実を採っていく。ユリの【発見】では鑑定レベルが低いので採取した木々の実は全て『木の実』という名称でしか判断できず、この木の実が具体的に何の木の実なのかは分からないが、全てクリスの餌用なので毒物でなければ問題なかった。
そんな感じで順調にユリは森の恵みを採集していく。【発見】スキルを持っているので木の実自体を見つけるのには然程苦労せず、【発見】に反応する木の実以外のアイテムも採集していく。
「このキノコは何だか毒キノコっぽいなぁ……」
【発見】に反応するものは、アイテムになるという一点で反応しているので、毒の有無や物の価値に関わらないため採集したものの中にはゴミとしか思えないようなものや毒物っぽいものが多くある。しかし、それでも何かに使えるかもしれないと思い取りあえずアイテムボックスに放り込むユリは、馬鹿と言えば馬鹿である。ユリのアイテムボックスの中に収められたアイテムの数と種類は、数だけを見れば結構な量だが、価値のあるものとなると半分程で、2割から3割くらいはゴミ同然のゴミアイテムだった。
今回もまた使い道のなさそうな赤とオレンジの極彩色のキノコをアイテムボックスに放り込む。
「木の苔? これは何に使えるんだろ。まっ、取りあえず採って置けばいいか」
いい加減、選別する為にももっと詳細に調べれる【鑑定】スキルを取得すべきなのかもしれない。しかし、それをユリに助言する者は今この場にはいなかった。
――キキィ、キキィ
「むっ、出たか猿め」
アイテムの採集に夢中になっているとユリの耳が、忌々しい隠猿の鳴き声を捉える。地面に落ちた木の実や薬草を採るために屈んでいたユリは、上にいるであろう隠猿に対して臨戦態勢をとる。隠猿が樹上に身を潜めているのは分かるが、それがどの方角にいるかまでは分からない。
ユリは耳を澄ませながら全方位を警戒する。
「きゅプッ! 」
その時、地面で木の実を漁っていたクリスが、ある方向の樹の上に向かって口から木の実の弾丸を飛ばした。
「ウキィ!? 」
クリスの飛ばした木の実が身を潜めていた隠猿に当たって、隠猿が悲鳴を上げる。そして、クリスの攻撃が当たったことで隠猿のHPバーが隠猿の傍に現れユリも隠猿の居場所に気付く。
「そこかぁ! 《震脚》! 」
駆け寄って隠猿がいる木の幹に《震脚》を叩き込む。ズズン、という音共に木が大きく身を震わせる。
その衝撃で隠猿が木から落ちてくる。
「ウギッ」
隠猿は尻から落ちて苦しげな悲鳴を漏らす。しかし、すぐに隠猿は飛び跳ねるようにして立ち上がってキョロキョロと忙しなく辺りを見渡す。その視線はユリとクリスに向けておらず周囲の木々に向かっていた。逃げる気満々であった。しかし、それをユリがみすみす見逃す筈がない。
「よっ、と」
地面を蹴って隠猿に接近したユリは軽い調子で、しかし強烈な蹴りを隠猿に喰らわせる。
「ウギッ、キィィィ……」
吹き飛んだ隠猿は、飛んで行った先の樹の幹に叩きつけられ、か細い鳴き声を上げながらその体を光の粒子へと変えて消滅した。
「よし、邪魔者は滅びた」
「きゅ! 」
地面を駆け寄ってきたクリスに腰を屈めて手を差しだして肩まで駆け登らせてユリは満足げに頷く。そして、相槌を打つように肩に立ったクリスが一声鳴いた。
森での木の実採集は順調だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
30分程、アイテムの採集を続けていると、突然ユリの視界に仮想ウィンドウが現れた。
『フレンドのRRRから通信が来てます。Y/N 』
「ん? ルルルさんから? 」
突然のフレンド通信に若干驚きつつもユリは木の実を拾う作業を中断して、近くにモンスターがいないか警戒しながらYESを押して通信に出た。地面にいたクリスがユリの変化に気付いて足を伝って背中から肩へとよじ登ってくる。
「はい、もしもし東野……じゃなかった。ユリです」
いつもの家の電話に出る感覚で出て、思わず家名を零しかける。
『あ、はい。もしもしルルルです。突然の連絡すみません』
「ああ、いいよ。いいよ。それでどうしたんですか? 」
『単刀直入に聞くのですが、ユリさん今から廃坑に行く気はありませんか? 』
「はいこう? はいこうってどこのことだ? 」
聞き慣れない単語にユリの頭の中で漢字変換が行なわれなかった。
『えっ、ああ、えーっと。東門を出たところにある蟻が出る鉱山のことです。もしかしてユリさんまだ行ったことなかったですか? 』
ルルルの説明にユリは、合点がいったと大きく頷く。
「ああ、廃坑ね。あそこのことか。うん、まだ行ったことないよ。あ、でも前にアルから暗い迷路のような坑道の中におっきな蟻がうじゃうじゃいる場所って聞いたことがあるかな」
『そうなんですか。それでユリさん、今回私と一緒に行く気はありませんか? 』
「あーまぁいいけど、何しに行くんだ? 」
改めて聞かれたルルルの頼みに異常種の蟻で溢れかえった今の廃坑の事情を知らないユリは軽く考えて答える。
『鉱石を採掘しに行くんです。でも、今の廃坑は蟻で溢れかえっててちょっと危険で……それで、私はあんまり戦えないのでパーティーメンバーを探してるんです』
「ん? それじゃあ、俺だけじゃなくて他にもくるのか? 」
『はい。今の所三人くらいOKをもらってます』
「3人か……3人もいるなら問題ないんじゃないか? それに行ったことのない初心者の俺がいると足手まといだろ」
先程のイベントで自分が仲間や老人の足手まといになっていたという自覚があったユリは、ルルルの話を聞いて躊躇いを見せる。
『そんなことないですよ! ユリさんのようなファイターは心強いです。 それにユリさんが会ったことのない人達ですが、皆さん気のいい人達なので初心者だからって気にしませんよ』
「そうなのか? ………それなら俺も参加してもいいか? 」
『はい、もちろんです! ありがとうございます。ユリさん! それじゃあ10時に私のお店に来てもらってもいいですか? 』
「うん、わかった。10時ね」
『はい、宜しくお願いします』
時間を確認すると9時半をちょっと過ぎたくらいだ。ここからなら約束の10時には間に合いそうだった。
ユリは、ルルルの頼み事を受け取った。
――プツッ
『RRRからの通信が途切れました』
耳元で切れる音がして、ルルルとの通信が終わったことを知らせる。
ユリは、肩に乗るクリスを一撫でして、メニューからマップを開いた。
「よし、クリス。街に戻って廃坑に行くぞ」
「きゅ! 」
ユリは森での木の実採集を切り上げて、マップを頼りに街へと帰還した。
クリスの餌兼弾薬を補充。これであと10年は戦える!
最近クリスさん、敵の察知能力が上がってきてる気がする。
おお、爺さんや。あのユリが、地図を見てるわ。なんということじゃ
感想欲しいなー。(チラッチラッ




