105話 「打ち上げ」
ランから逃げるようにSMOにログインしたユリは、待ち合わせよりも20分早く『バンリーの酒場』に訪れた。
「ちょっと早く来過ぎたかな……」
そう思いながら店内をキョロキョロと見渡しているとユリは、奥のテーブルに見知った立派な青い全身鎧を着こんだ人物を見つけた。ジッとそのプレイヤーの頭上を見つめて表示された名前を確認したユリは、自分の探し人の1人であることを確信した。
「アル! 」
アルへと駆け寄るユリは、テーブルについて食事をしながら談笑する他のプレイヤーやNPCたちの喧騒に負けないように声を張り上げた。
途中でアルも近づいてくるユリに気付き、席を立った。
「ユリさん! こんにちわ。随分と早いですね」
「アルこそ、俺より早いじゃないか」
ユリの早い到着に少し驚いた様子のアルにユリは苦笑する。
「いやー、実はボスと戦わなくてもこの街に来れるようになったことをまだ知らなくてですね。『始まりの町』にいたのでボスと戦わないといけないとてっきり思っていまして……待ち合わせよりも早く出発したんですが、ボスと戦うことなく異常種とも出会わず、思っていたよりもかなり早く街についてしまったので、ここで昼食を取りながら待ってました」
アルが早く来た理由を説明するとユリは、納得して頷いた。
「あーなるほど。俺も今朝ここに来た時、ボスと戦わずに行けるようになったのを知らなくって無駄な出費をしたよ。ほら、この街指針。持ってなかったから4000Gで買ったけど必要なかったな」
大袈裟にため息をついて首を左右に振ったユリは、耳につけたイヤリング型の街指針をアルに指差した。アルは僅かに目を細めてユリの耳についたイヤリングを興味深げに眺めた。
「へぇ……イヤリング型はあまり見たことないですね。プレイヤーメイドかな? 今回は役に立たなかったかもしれませんが街指針は今後も使う機会は多いですからそんなに気を落とすことはありませんよ。それに、ユリさんによく似合ってますよ。うん、より女性らしく見えます」
「………アル、それは男の俺に対する皮肉か? 」
アルの最後の発言にユリはジロリと睨み返した。
「おっと、失言でしたね。すみません。でも本当によく似合ってると思いますよ」
「はぁ……うん、ありがと」
ユリに睨まれてもアルは、ニコニコと笑っていた。アルに毒気を抜かれたユリは、アルが悪気があって言ったのではないことは伝わったので、アルの発言を褒め言葉として好意的に受け止めることにして席に着いた。実際、気に入ってるので似合っていると言われて悪い気分ではなかった。
テーブルには、先程までアルが食べていたのか骨付き肉と人参、ジャガイモ、豆の三種の野菜が盛りつけられた皿とミルクらしき白い液体の入った木のコップが置いてあった。
その料理から漂ってくる匂いは、先程食べたばっかりにも関わらずお腹が空きそうな匂いだった。
少なくともテーブルについたユリの視線は、食べかけの骨付き肉に釘付けになっていた。
「……旨そう」
「………ユリさん、なんなら同じものを頼みましょうか? 」
「頼む」
ユリの視線は骨付き肉から離れず、しかしアルの提案には即答だった。
「うまっ! 兎は串焼きもいいけど、こういうのもいいんだな! 」
アルが店員に頼んで運ばれてきた『剣兎の骨付き肉』に齧り付いたユリは、口の中で広がるタレと肉汁の旨みに感嘆の声を上げた。表面をこんがりと焼かされた骨付き肉の中は、うっすらと赤いミディアムで串焼きとは違い噛み応えがあり、骨付き肉に絡んだタレは塩気が強く胡椒もよく効いていたが、それがまたおいしかった。
「濃い味だけど、それがまたいいのかもな」
骨を掴んで男らしく齧り付くユリは汚れを気にせず嬉しそうに食べている。味覚や嗅覚が再現され料理の味や匂いが分かるほど現実に遜色ない程再現されてはいるが、汚れまでは再現されておらず骨を握る手や口元には脂やタレといった汚れがつくことはなかった。そんなところはゲームだった。
「ふぅ……おいしかった」
夢中になって骨だけになるまで食べつくしたユリは、ミルクを一杯飲みながら人心地着く。
肉はもちろん、添えられていた野菜もまたおいしかったらしくユリは満足そうに背もたれに寄り掛かった。
ゲームであって現実ではないので、満腹感らしきものは得られても食べ過ぎでお腹が苦しいといった弊害はなく。満腹感もまた数分もすれば消えてしまうものではあったが、ユリにとっては十分満足いく食事だった。
「いい食べっぷりでしたね」
そんなユリの様子を見てアルは、見た目は女らしくても、言動はやっぱり男らしいなぁと面白そうに笑った。
ユリがミルクを飲んでいると約束の時間の10分前にフーとリンが『バンリーの酒場』に姿を現した。それから少しばかり遅れてシオンとランも姿を現した。4人ともアルを目印にすぐに集まった。
「よっ! 昨日はお疲れ。よく眠れたか? 」
「昨日はお疲れ様でした」
フーとリンはユリにそう声をかけながら席につき、ランはユリをジト目で睨みながらユリの隣に座り、シオンは無言でアルの隣に座った。丸テーブルをグルリと囲んで座った6人は席順としては、時計回りにアル、リン、フー、ラン、ユリ、シオンの順になった。
「これが今回の報酬」
挨拶もそこそこに、全員が席についたことを確認したシオンはアイテムボックスからお金が入った皮袋と6人分の指輪を取り出し、テーブルの中央に置いた。全員の視線が自然とテーブルの中央に置かれた報酬に集中した。
「今回の報酬は、24万Gと6人分の指輪。報酬は約束通り山分け、1人当たり4万Gと指輪」
そう言ってシオンは、ジャラジャラと皮袋から24枚の金貨を無造作にテーブルの上にぶちまけて、それを均等に6等分して、指輪と一緒に5人に手渡した。
「この時期の依頼にしては随分と破格だな」
「この指輪、あの地下水湖に行くための通行証みたいですね。あっすごい結晶の中に紋章が刻まれてますね」
「しかも水魔法の補正と耐性がありますよ! 」
「やったね! 」
受け取った4枚の金貨を見てリンは思わず口笛を吹き、アルは指輪に嵌めこまれた透き通るような水色の結晶の中で青白く輝く紋章を見て感心し、フーはその指輪の説明文を読んで歓喜し、ランは無邪気に喜んだ。
先に知っていたユリは、特にどうということなく自分の分の報酬をアイテムボックスにしまった。
その後は、組合支部長のガユンとの会談で得た情報をシオンがその場にいなかった4人に話した。シオンだけだと説明不足なので、その場にいたユリも捕捉を入れたりした。ユリが先んじて同行していたことにランはまだ納得していない様子だったが、他のメンバーは特に気にした様子はなかった。
そうして一通り情報の共有が終わると始まるのは打ち上げだった。
むしろ今日のメインは、打ち上げだった。
依頼の報酬で会話が弾む4人を横目にシオンが店員に全員分の飲み物を頼み、それが全員に行き渡るとランが席を立ってノリノリで音頭をとった。
「イベントの成功と依頼の達成を祝して!! 」
「…乾杯」
「「「「「乾杯! 」」」」」
シオンの乾杯に5人が唱和し、掲げた木製のコップを互いにぶつけ合った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『バンリーの酒場』は、名前の通り店内の壁際には大きな酒樽が何十個も横倒しに積み重ねられて並んであるが、ゲームの中とは言え酒を出すのには問題があったのかプレイヤーが頼めるメニューに酒類は一切入っていない。しかし、その代わりなのか何種類もの果物を絞った果汁ジュースが揃っていて、カクテルのように何通りにも組み合わせてミックスジュースが作れるとあって『バンリーの酒場』は、プレイヤーの女性陣に受けの良い店だった。料理もそんなジュースに合う果物を使ったパイなどのデザート類から先程ユリやアルが食べたような居酒屋で出てきそうな味の濃い目の料理も多く取り揃えてあった。
「はーい、『リニッシュパイ』と『オレオノンカクテル』、『剣兎の照り焼き』をお持ちしましたー! 」
すでに料理や飲み物によって埋め尽くされつつある丸テーブルに残った僅かな隙間に店員が運んできた料理と飲み物が置かれる。空になって積み上げられた食器類をささっと回収して去ろうとする店員に、ランは追加の注文をした。
「あ、店員さん『フルーツ盛り』追加でお願いしまーす」
「ならもう残り少ないし、『大熊の干し肉』のお代わりも頼む」
「はいはーい、かしこまりましたー! 」
追加の注文にNPCの店員はにこやかに笑いながら颯爽と去って行った。
その後ろ姿を見送りながらユリはぐびりと『オレオノンカクテル』、ミックスオレンジジュースを飲む。
「ん? これもいけるな」
爽やかなオレンジの甘味と微かなパイナップルの風味、レモンの酸味のするミックスジュースだった。中々悪くない味に、ユリはテーブルにあるポテトチップスもどきを摘まみながら他のメンバーの会話に耳を傾ける。元βテスターたちとユリの間には、知識に大きな隔たりがあるのでユリは会話に参加できず、黙々とテーブルの料理を食べるシオンと同じで聞き役に徹していた。
「『大賢者』に聞いてみましたが、魔王の残滓は、名前の通り過去に倒された魔王の残りカスらしいです。人や物を憑代にしなければ力を発揮できない矮小な存在で、その力も魔王本来の力の1%にも満たないほどの力らしいですよ。本来ならアクネリアのような名持ちの精霊を操ることなんて出来ないそうですけど、乗り移った魔術師の力を使って薬や魔法で雁字搦めにしたんじゃないかっていうのが『大賢者』の見解みたいです」
アルは、ポテトチップスもどきをポリポリと摘まみながら自分の知った情報を話す。
「賢者の奴、相変わらず何でも知ってんだな。つーか、アクネリアの存在も知ってたのか? 」
「みたいですよ。聞いて見たらβの時からいたらしいです。地下水湖の存在も大賢者の読んだ文献には乗ってたそうです」
「マジか。あ、このアップルパイうめ」
驚きながらも口にした『リニッシュパイ』にリンの気が逸れた。
「SMOのことならあの人に聞けば何でも知ってそうですね。因みにアルさん、あの魔術師の従魔にしてた兎のことは聞いてみたりしましたか? 」
フーは、手掴みでパイを食べるリンとは対照的にナイフとフォークを使って上品に『剣兎の照り焼き』を食べながらアルに問いかけた。
「ええ、大賢者には今回のイベントの経験したことを洗いざらい聞き出される代わりにいろいろ聞き出してますよ。あの兎は光兎と呼ばれる角兎の希少種らしいです。光魔法を扱えて幻獣にも分類されるみたいです。深い森の奥地に棲んでいて心の清い者にしか姿を見せず、心を許さないそうです。プレイヤーの中で従魔にした例はないそうですが、あの魔術師のようにNPCや文献の中には例があるそうです。僕たちがみた魔術師は、ちょっとアレでしたが本来はいい人だったのかもしれませんね」
「兎と一緒に逃げ出したんだし、また別のイベントとかで出てくんじゃねえの? 敵か味方かしんねーけど」
パイを食べきったリンがやや投げやりに言う。リンは、魔術師にはあまり興味がないようだった。
「今度は味方だったらいいねー」
反対に魔術師、というか光兎に大いに興味があるランは、また会えることをしているようだった。
「ええ、そうですね。そして、機会があればあのもふもふとした体を触ってみたいですね! 」
フーは、やや興奮気味に手を握りながら言った。またか、と呆れたリンの視線が向けられるがフー自身全く気にしてないようだった。
「あ、そう言えばユリさん。クリスちゃんを触る約束してましたよね! 触らせてください! 」
「えっ? ………ああ、そう言えばしてたな」
話しかけられるとは思ってなかったユリはポテトチップスもどきを口元に運んだ姿で一瞬硬直し、数拍置いてフーと交わした約束を思い出した。
「今ここでか? 」
「もちろんです! 」
「仕方ないか……『召喚:クリス』」
待ちきれないと言った様子のフーにユリは約束は守らないとな、と思い仕方なく首にかけたモンスタークリスタルを軽く握ってクリスを呼びだした。
クリスタルが光り輝き、光の粒子が溢れだすとそれはユリの太ももの上に集まり形作られると、そこからクリスが現れた。
「きゅ? 」
現れた二足立ちでクリスは、ユリを見上げた。
ユリが手に持ったポテトチップスもどきをクリスの口元に持っていくと、クリスはクンクンと嗅いだ後、小さな両手でポテトチップスもどきをがっしりと掴んでカリカリカリッと食べ始めた。
ユリは、クリスを両手で包み込むように抱え上げるとテーブルの上の僅かな隙間にそっとクリスを置いた。
「きゃー! 可愛い! 」
フーは、クリスの愛くるしさに心を鷲掴みされて黄色い歓声を上げた。
「栗鼠がポテトチップス食べてる! 」
「やっぱり可愛いですねー」
他のメンバーも、フーほどでもないがクリスの可愛らしい様子に口元を緩めた。
シオンは相変わらず表情が変わっていなかったが、視線はクリスに釘付けで薄く削られた『大熊の干し肉』の一切れを静かに握りしめていた。
「クリス人気ものだな」
我先にとテーブルの料理をクリスに与え始める五人を見ながらユリは1人苦笑する。
その後の話題は終始クリスや従魔に限定したものばかりになってしまったのは、クリスの魅力を考えると仕方がないことなのかもしれない。
計らずともユリは、元βテスターの4人から(シオン除く)従魔に関連した有用な情報を聞くことが出来てユリにとっても有意義な時間となった。
『水精霊の指輪』
水精霊の結晶がはめ込まれた銀の指輪。
クリスタルの中に、青白く光る紋章が刻まれている。
装備すると水魔法の使用に僅かに補正がかかり水魔法に対する耐性が僅かにつく。
『リニッシュ』
乳白色の果物で、味などは林檎。
『オレオ』
オレンジ色の果物で、味などはオレンジ。
この作品のヒロインは、クリスかもしれない。
老若男女問わず籠絡させて、貢がせるクリスは、悪女の素質があるのかもしれない。傾国の美女




