102話 「老人の伝言」
「おう、お前ら話は終わったのか」
交渉を終えたユリとルルルの2人が部屋から出てくると、カウンターで何やら武器の鑑定を行っていたオルガンがこちらを振り返ることなく声をかけてきた。
「はい。オルガンさんありがとうございました。助かりました」
「ありがとうございました」
「おう、用が済んだならさっさと余所に行くんだな」
礼を言う2人にオルガンは、一度も顔も向けることなく手元の武器に視線を落としたまま素っ気なく言った。
「むー、冷たいですね。ついでに散らかってる部屋を片付けと言うのに」
「あのな……その部屋を使いたいといいだしたのは、お前だろ」
そんな態度が気に入らなかったのかルルルがオルガンに聞こえるくらいの声で文句を言うと、それは聞き逃せなかったのかオルガンは武器から目を離してルルルをジト目で睨んだ。だったら使うなよ、と目で語っていた。
「そうですけど、もう少し整理整頓した方がいいですよ。あと酒はもう少し控えた方がいいんじゃないんですか。体壊しますよ」
「あーはいはい、わかったわかった。その話はまた今度な」
耳の痛いお小言を言い始めたルルルにオルガンは、眉を顰めてさっさと出て行けとばかりにしっしっと手を払う仕草をした。
そんなルルルとオルガンのやり取りにユリは、仲良さげだなーと思いながらルルルを置いて一足先に店を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
オルガンの店を後にしたユリは、クエストを受けた南大通りで談笑するおばさんたちの元まで戻り、おばさんに無事に届けたことを伝えた。
「ああ、随分と早かったね。もう届けてきてくれたのかい。ありがとね。これはお礼だよ」
そう言って依頼主のおばさんは、ユリ半銀貨を一枚ユリに手渡した。
ユリがオルガンに貰った金額よりも随分と少なかったが、そういうもんなんだろうとユリは1人納得した。
「また機会があったら頼むよ。ありがとね! 」
「はい、またの機会に」
そう言っておばさんと別れたユリは、しばらく歩いてからクエスト欄を確認すると、おばさんの受けたクエストは無事にクリアしていた。
「うん、クリアになってる。確か、クエスト欄からも受け取れる報酬があるんだよな」
そう言いながらユリは、クリア済みの『街の配達屋さんになろう!』をタップして開くと、点滅する『報酬を受け取る』をタップした。
『500Gを手に入れました』
そのログと同時に自動で現れた仮想ウィンドウには所持金に500Gが新たに振り込まれたことを示すものだった。
「おばさんに貰った金額と一緒か。ついでに他のクエストの報酬も受け取っておくか」
ユリはついでとばかりに他のクリア済みのクエストの報酬も受け取った。
『200G、SP1を手に入れました』
『『モンスタークリスタル×1』、SP1を手に入れました』
『『撒き餌×10』、SP1を手に入れました』
『『伸び蜘蛛の銛×1』、2000G、SP2を手に入れました』
『『しなやかな釣竿×1』、SP2を手に入れました』
『1000G、SP5を手に入れました』
『『ガイドブック~始まりの町~』を手に入れました』
『『暴走する黒き欲望×1』『破損した紙束×1』2500G、SP3を手に入れました』
『『水精霊の結晶×3』、3000G、SP4を手に入れました』
次々と表示されるログと共に目の前で勝手に展開されていく仮想ウィドウに目を通しながらユリはイベントの【襲いかかる黒きモンスターの襲撃】以外の報酬を全て受け取った。それに伴い、クエストの横に付いていた『clear! 』と『NEW! 』の文字が消えて『済』の文字が新たに現れていた。
「思ったよりアイテムが一杯手に入ったな。銛がもう一つ手に入ったのは嬉しいな。他のは一体どんなのかな」
新たに手に入ったアイテムに喜びながら、ユリは新しく手に入ったアイテムの詳細を確認した。
新たに手に入れたアイテムの中でも最もユリの興味を引いたのが『門番にテイムモンスターだと証明しろ! 』の報酬で手に入った『モンスタークリスタル』だった。
『モンスタークリスタル』
別名:従魔結晶
登録した従魔を魔水晶の中に自由に出し入れができる。
従魔の名前を呼ぶことで召喚、送還が可能。
クリスタルの中にいると従魔のHP、MPの自然回復量が上昇する。
従魔のHPが0になった場合もMPを注ぐことで回復を促進させることができる。
※現在登録されてません。『 KURISU を登録しますか? Y/N 』
『モンスタークリスタル』の詳細を読むなりユリは、すぐにYesを押して従魔結晶にクリスを登録した。
登録すると『召喚:クリス』『送還:クリス』の文字が新たに表示された。
「《召喚:クリス》! 」
ユリは、従魔結晶をアイテムボックスから出すとすぐにクリスを呼んだ。
手に握り締めた従魔結晶がカッと輝くと結晶から漏れ出た無数の光の粒子が地面の1点に集まり形作られていき、光の粒子が消えるとそこにはクリスの姿があった。
「きゅ! 」
「おおっ! このアイテムがあればクリスの出し入れが楽になる」
地面に現れたクリスを見てユリは歓声を上げる。道行く周囲の奇異の目に気付くことなくユリは、クリスを抱え上げて1人感動に浸る。
握りしめていた従魔結晶を改めて見ると、ガラスのように透明な六角柱状の結晶の中にはクリスがモデルだろう立体絵が刻まれていた。クリスタルの片端は被せるように金具が取り付けられ紐が通されて首にかけられるペンダントになっていた。
一目で気に入ったユリは早速首にかけて満足そうに笑う。
いいものが手に入ったユリは、クリスを肩に乗せて南大通りを上機嫌に鼻歌を歌いながら歩いていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
上機嫌に鼻歌を歌いながらユリが向かった場所は、以前訪れたことのある丸底フラスコの看板がかけられた寂れた店だった。
その店のドアを開けてユリは中に入った。
―カランカラン
ドアにつけられた鐘の音が人の気配がない薄暗い店内に寂しく響く。
「すいませーん。爺さんいるー? 」
ドアが開いていたことから店内に引っ込んでいるだろうと判断したユリは、店の奥にも聞こえるように少し声を大きくして言った。
少しの間を置いて、店の奥から「はいはーい」と応える声が上がった。その声は若々しい女性の声だった。
「ん? 」
この店に似つかない声にユリは疑問の声を上げた。誰だろうか、そう思って待っているとしばらくしてパタパタと走る音が聞こえて店の奥から声の主が現れた。
現れたのは、三つ編みの髪をカチューシャのようにした髪型で明るい茶髪を肩まで髪を伸ばした、エメラルドのように綺麗な緑色の瞳を持った少女だった。身長はユリよりも頭半分低い。首には、狼が彫られたクリスタルのペンダントをかけていた。
「遅くなってすみません。マチルダさんは、今出掛けてていないので私が代わりに注文を受け付けます。今日の御用はなんでしょうか! 」
「ここに居候してる爺さんに用があるんだけど、爺さんはいる? 」
湖に建てた家を失った老人は、家を建て直すまでのしばらくの間昔からの知り合いであり、腐れ縁である老婆が店主をしてるこの店に居候させてもらっていた。
「お爺さん? ああ、ジーファンさんのことですか。ジーファンさんならマチルダさんと一緒に出掛けました」
「なんだいないのか……」
老人と老婆が一緒に出掛けてたことを聞いたユリは、老人に会えなかったことを残念がりつつイベントに関係することなのかなと考える。
そんなことを考えていると店番の少女がジーッと自分を見ていることにユリは気付いた。
「ん? なに? 」
「あっ、いえその……ジーファンさんの知り合いのユリさん、で合ってますか? 」
「たぶんそうだけど……」
恐る恐ると言った様子で尋ねてきた少女にユリは、ジーファンって爺さんのことだよな? と思いながら頷く。
「あっやっぱりそうですか! あのっジーファンさんがこの手紙をユリさんが来たら渡してほしいって頼まれたんですけど………」
そう言って少女が差し出したのは茶封筒に入れられた手紙だった。
「爺さんから? 」
少し驚きながらも手紙を受け取ったユリは、少女に礼を言って封筒の中から白い手紙を取り出した。
「………」
ペラリと手紙を開き、無言で見つめるユリ。少女も何が書かれているのか気になるのかチラチラと視線が手紙に向けられていた。
「なぁ……」
「はっ、はいぃ! 」
ユリに突然声をかけられて少女は体をビクゥ!とさせて慌てて返事をする。
そんな少女の様子を気にした様子もなくユリは難しい表情で少女が読めるように手紙を差し出した。
「この文字読めるか? 」
手紙に書かれていた文字は、日本語や英語ではないユリも見たことのない言語の文字だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ユリに聞かれた少女もまたその手紙の中身を読むことは出来なかった。
ユリにイーファと名乗った少女は、老婆の元で見習い薬師をしているプレイヤーなので、ゲームの言語はユリと同様に【言語学】系のスキルが無ければ読むことが出来なかった。
「何が書いてるんだろ……」
「さぁ……あの、良ければ知り合いのNPCの人に見てもらいますか? 」
「あ、その手があったか! うん、ぜひ頼む」
「わかりました。じゃあお隣の服屋をしてるミーチェさんに頼んでみますね! 連れてくるので少しここで待っててください! 」
「わかった。ありがと助かったよ」
ユリが礼を言うと、少女は、ハニカミながら「いえいえ」と手を振りながら店を出て行った。
イーファが店を出てから数分程して、彼女は新しい少女を連れて再び戻ってきた。
「ユリさん、ミーチェさんを連れてきました! 」
「で、イーファが読んで欲しいっていう手紙はそれ? 私も無理いって抜け出してきたら手短にお願いね」
「この手紙です。よろしくお願いします」
時間がないというミーチェにユリは、素早く手紙を渡す。
その手紙を受け取ったミーチェは、どれどれ……と手紙に目を向けると、少しして呆れを多分に含まれたため息をついた。
「はぁー……あんたたち、これくらいの文字も読めないの? 勉強した方がいいわよ」
わざわざ仕事中に抜け出してきたというのに程度の低い相談にミーチェはあからさまにうんざりとしていた。
「まっ、いいわ。この手紙には至急、『コエキ都市』の組合支部に顔を出すように書いてあったわよ。もう私仕事に戻っていい? 」
「うん、助かったよ。ありがとミーチェ! 」
「ありがとうございました」
「そっ、じゃあまたねイーファ」
ミーチェは、そう言って足早に店を出て行った。
「イーファ、ありがと。助かった」
「いえいえ! ユリさんはこれからすぐに『コエキ都市』に行くんですか? 」
「んーまぁ、そうだな。爺さんがすぐ来いって行ってるしな。どの道組合には行かないといけなかったし」
ユリは、イベントの際に支部長から依頼を受けていたので報酬を受け取るためにどの道近々ギルドには行く必要があった。老人の伝言は、その依頼とも無関係じゃないだろうなと思い、ユリは言われた通りこの後すぐに『コエキ都市』に向かうつもりだった。
「でも、まだイベントの影響で外では異常種がたくさんいるらしいですし1人で大丈夫ですか? 」
「大丈夫大丈夫。危なくなったら逃げればいいし。それに俺にはクリスもいるからな」
「きゅ! 」
肩に乗ったクリスをユリに応えるように鳴き声をあげた。
そんなクリスにイーファは目を向けてふんわりと微笑んだ。
「頼もしいですね。気をつけていってください。無事に辿り着けることを祈ってます」
「おう、いろいろとありがとな。じゃまた」
「はい! ご来店ありがとうございました! 」
『モンスタークリスタル』
別名:従魔結晶
登録した従魔を魔水晶クリスタルの中に自由に出し入れができる。
従魔の名前を呼ぶことで召喚、送還が可能。
クリスタルの中にいると従魔のHP、MPの自然回復量が上昇する。
従魔のHPが0になった場合もMPを注ぐことで回復を促進させることができる。
従魔を登録すると、クリスタルにそのモンスターの立体絵が刻まれる。
『撒き餌』
魚が好む餌が入った小袋。
水面に撒くことで魚をおびき寄せることが出来る。
『しなやかな釣り竿』
しなやかな木材で作られた釣り竿
丈夫で折れにくい。
『ガイドブック~始まりの町~』
始まりの町にある店と重要施設が記された地図
大通りに面した店のみが記されている。
『破損した紙束』
一部、破れて読めない部分がある紙束
古代デーモン語で記されている。
『水精霊の結晶』
透き通った淡い水色の結晶
水精霊の力が宿っているとされ、水魔法との親和性が高い。
水魔法で触媒として使われる。
水精霊の結晶石の劣化アイテム
『召喚:クリス』&『送還:クリス』
【召喚魔法】とは違う。
召喚でモンスタークリスタルからクリスを出し、送還でクリスをモンスタークリスタルの中に戻す。
その際にMPは消費しない。
久々の感想が嬉しくて思いの外、筆が進んだので更新しました。
勢いで書いちゃったところがあるので、おかしなところがあれば指摘お願いします。
ゲームの言語で書かかれた本や書類、手紙などは、【言語学】などのスキルの補助で日本語などに翻訳されない限りプレイヤーには読めないのですが、実のところ、今回のような伝言程度の手紙であれば、手紙を開封した状態でアイテムボックスに仕舞ってアイテムの詳細を確認すると、詳細のところに翻訳された手紙の内容が表示されるようになってたりします。
知ってれば便利程度の小技で、知名度はまだそれほどないのでユリは当然として、イーファも知りませんでした。
あと、老人たちNPCからすれば、これくらい読めて当然と思ってます。というか、まさか読めないとは思ってません。
今回はすらすらと書けたので更新が速かったですが、ストックとかないので、次回の更新は遅くなると思います。場合によっては今年の更新ももうないかもしれません。すみません。
すごく励みになるので感想欲しいです。更新の催促だったりしても励みになるので気軽に書いてください。
15/05/25
クエスト報酬に、SPの報酬も追加しました。記入漏れでした。すみません。




