99話 「落書き」
――07:05
「どういうことだよ……」
朝、いつもより遅く目覚めたトウリは寝起き早々困惑していた。
「スース―」
体を起こしたトウリの傍に寄り添うようにカオルが寝ていた。
前例がないわけではないのでトウリはすぐに落ち着きを取り戻したが、ベッドに充満した酒の匂いに顔を顰めた。
「あー……カオル姉、昨日酒飲んだな」
酔っ払って間違えて入ってきたのかなーとトウリは1人納得し、トウリの腰に回っているカオルの両手を起こさないようにそっと外してベッドから抜け出した。
「タクはいないのか」
もう起きているのか床に敷かれた布団にはタクヤはいなかった。
喉の渇きを覚えたトウリは、部屋を出て1階に下りた。
台所は、クーラーが効いていて涼しかった。
おかしいな? そう思ってトウリが周囲を見渡すと、リビングのソファの上でタクヤが横になって寝ていた。
「何でコイツこんなところで寝てるんだ? 」
タクヤがこんな場所で寝ている理由が分からずトウリは首を傾げたが、ぐっすり眠っているタクヤを起こしてまで聞くことでもないとも思い、取りあえず冷蔵庫から水を取り出して喉の渇きを潤した。
「ふぅ……しっかし、あいつら昨日片づけせずに寝たな」
空になったコップを片手に持ってキッチンにもたれかかったトウリは、テーブルに散乱したゴミや食べかすを見て、ため息をついた。
「食べたならちゃんと片づけろよな」
愚痴を零しつつもトウリは、コップを置くと1人でテーブルの片づけを始めた。
◆◇◆◇◆◇◆
「タクぅぅぅううう!!! 」
10分ほどで片づけを終えたトウリは、顔を洗おうと思い洗面所に向かい鏡を前にして叫び声を上げた。
額に「女」、顎に「男」、両頬に「母性」「父性」と水性のマジックで書かれたトウリは、即座に犯人をタクヤと断定した。
「アイツいつの間に……というか殺す! ぶち殺す! 」
文字だけでなく、顔に髭や眉毛、目やまつ毛を書かれたトウリは、タクヤに殺意を募らせながらすぐに温水で顔を濡らして化粧落としや洗顔料を使用してごしごしと顔の落書きを落としに取りかかった。
「くそっ……まだ微妙に残ってる」
落書きを落とすのに20分近くかかったが、それでもトウリの顔には薄らと落書きの跡が残っていた。
鏡の前で念入りに確認したトウリは、苛立ちを隠さずに足音を立てながら早足でリビングに戻ると、ソファで横になって寝ているタクヤに圧し掛かって両頬を思いっきり抓りあげた。
「んー……いふぁいいふぁいいふぁい」
「おい、さっさと目を覚ませよ」
「ぅん? ぉー……トウリか」
頬の痛みで目を覚ましたタクヤは、寝ぼけ眼で怒りを露わにしたトウリを目にした。
「タク、お前俺になんか言うことあんだろ」
「てぇはなして」
「そーじゃーないよなー? 」
トウリは、タクヤの要求を無視してさらに手に力を入れながら、にっこりと深い笑みを浮かべてタクヤに顔を近づけた。
「はなして、くだふぁい」
「だ か ら そーいうことじゃないよな? ほかに俺に言うべきことがあるだろ? なっ? 」
丁寧に要求するも余計に力一杯頬を抓られ、タクヤは痛みからソファをタップして中断を求めるも無視された。
ここまで来てようやくタクヤは、トウリの顔がいつもと違うことに気が付いた。そして、トウリが怒っている理由にも気づいた。
「あー! 上手い感じに描けたろ」
「んなわけあるかぁ!! 」
「おごぉ!? 」
トウリの怒りの頭突きがタクヤの額に直撃し、ドゴッという鈍い音が響いた。そして、二度三度とトウリの怒りの度合を表すように鈍い音がリビングに連続して響いた。
手加減抜きの頭突きを何度も額に受けたタクヤは額を両手で押さえてソファの上で悶絶し、タクヤに手加減抜きの頭突きを何度もしたトウリも荒い息遣いでタクヤから降りると自分の赤くなった額を押さえてその場にしゃがみ込んだ。
「いてー……タク。朝食、お前が作れよ」
しばらくして痛む額を押さえながら覚束ない足取りで立ち上がったトウリがタクヤにそんなことを言った。
「あ? 何だよ急に」
「いいから、今日の朝食はお前が作れ。それで落書きは許してやるよ。嫌だって言うなら今度は骨格が変わるまで殴ってやるぞ」
「あー………はいはい。わかったわかった。やりますやります。やらせていただきます」
それを聞いたタクヤは、痛む頭を手で押さえながらソファから体を起こした。
「で、何を作ればいいんだ? 」
「サンドイッチ。具は昨日の残りがあるからそれで適当に人数分作って」
「りょーかい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――08:30
トウリが洗濯物をベランダに干し終えて、タクヤが人数分のサンドイッチを作り終えてもランとカオルの2人は一階に降りてこなかった。
そのことにトウリは少し気になったが、タクヤは全く気にしてなかった。
「昨日は1時くらいまで宴会してたからなー。2人ともまだまだ起きないんじゃないか? そうじゃくてもここ数日は徹夜続きだったりするし」
「あの後からそんな時間まで起きてたのかよ。よくやるな」
タクヤの言葉にトウリは呆れつつも納得した。
「まぁ、そんなわけで姉ちゃんもランちゃんもすぐに起きてこないだろうし、俺らで先に食べようぜ」
「そうだな」
タクヤの提案にトウリも賛同し、自分のサンドイッチに齧りついた。
オーブントースターでこんがり焼いたパンに、レタス、トマト、刻み卵、ハムを挟んだサンドイッチは、齧るとしゃきしゃきとしたレタスの歯ごたえとカリッとしたパンの食感を伝え、卵の香りとハムのうま味が口いっぱいに広がって、刻み卵についたマヨネーズと胡椒が味を調え、トマトの酸味が味を引き締めていた。
トウリがいつも作る東野家がつくるサンドイッチとは少し違う荒沢家のサンドイッチを食べて、トウリは昔を思い出し、懐かしそうにした。
「そう言えば、タクの作ったサンドイッチを食べるのは久々だな」
「自分の家だと作ったりするけど、トウリがいるといつも作るのを手伝うくらいしかしないからな」
「前にタクの家に泊まったのいつだっけ? 」
「さぁな。受験のお泊り勉強会は基本ここだったしな。あ、中二の時の夏祭りが最後じゃなかったか? 確かアヤネとかとも一緒に」
「あー、あったあった。確かにあの時は、母さんが家で仕事したいっていう理由で放り出されてしばらくタクの家に泊まることになったんだよな。夏祭りか……昨年はいかなかったけど今年はどうする? 」
「んー、SMOの方で夏祭りがありそうだし、どうせなら俺はそっちに行くかなー」
「え? ゲームの中で祭りがあんの? 」
「おう、『盛夏祭』っていう各街が順番にやる街を挙げての盛大な祭りがあるらしい。NPCが情報源でHPにはまだそれらしい知らせはないけどな。廃坑を抜けた先にある街に、それに合わせて大会もあるって話だ」
「ふーん。大会って何するんだ? 」
「あ? そんなの武器あり魔法ありのバトル大会に決まってるじゃねえか。多分だけど正式稼働からは初めてのPVPの大会になるんじゃないか? βの時と一緒なら個人戦とパーティー戦があるだろうし、トウリも出てみるか? 」
「うーん……いつあるかってのはわかってるのか? 」
「それが全然。この時期にあるとか、そろそろあるってだけで正確な日がまだ分からねぇ。まぁ、八月の頭か中ごろにあるんじゃないかっていう大凡の見当はついてるんだけどな」
「そっか……うーん、ゲームの夏祭りってのは興味あるから俺も行ってみたいな。その大会も興味はあるけど、参加するからもう少し考えてから決めるよ。……あ、そうだ」
「ん、どうした? 」
何か思い出した様子のトウリにタクヤは油断するとポロポロと中身が零れるサンドイッチから視線を上げた。タクヤと目が合うとトウリは、食べかけのサンドイッチを皿に置いて、突然パンッと両手を合わせた。
「タク、この後俺に付き合ってはくれないか? ゲームのことでお前に相談したいことがあるんだ」
「俺に? お前が? 」
意表を突かれたタクヤは、確認するように自分を人差し指で指して、トウリを指した。
その確認にトウリは、コクコクと首を振った。
「ああ、チュートリアルで習うような基礎的なところだけでいいから俺にゲームのことを教えてくれ」
その言葉に、あの時中途半端に終わったのはこれが理由か。とタクヤは納得の色を示した。
「いいよ。頼れって言ったのは俺だしそのくらいなら教えてやるよ」
まっ、これであれがチャラになるっていうなら安いか。タクヤはそう思ってトウリの頼みを二つ返事で引き受けた。
「あっ、カオル姉にばれても俺は知らないからな」
「あ゛っ!? 」
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