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アルステナの箱庭~仮想世界で自由に~  作者: 神楽 弓楽
一章 始まりの4日間
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98話 「祝勝会」

――19:26


「……寒い」


目を覚ましたトウリは、肌を刺すような寒さに体を震わせた。

トウリは、クーラーをかけてログインしていたが、それにしても冷房が効き過ぎていた。


「タクの野郎……クーラーをガンガンに効かせやがって」


ベッドから起き上がったトウリは、タクヤが勝手に下げた部屋のクーラーの設定温度を上げながら腹いせに寝ているタクヤの体をゲシゲシと軽く蹴った。




「あっついというか、温かいな……」


部屋を出た途端、熱気がトウリの体を撫でたがトウリの冷え切った体には、心地よかった。


「ふわぁ……お腹は減ってないからご飯はいいとしても、風呂は入っとくか……」


あくびを一つしたトウリは大きく伸びをしながら階段を下りて、ダイニングルームに入った。

昼食の時トウリがいる間に降りてこなかったタクヤとカオルは、その後昼食をちゃんと食べたらしく2人分の冷やし中華はテーブルから消えて、食べ終えた食器は食洗機の中に入れてあった。

テーブルの上にあった置き手紙の片隅には、『結構うまく描けてるな』とランのイラストの感想と『昼食遅れてごめんね~』という謝罪の言葉が書かれていた。



それを横目に冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出したトウリは、自分のコップに水を注いで水分を取った。

喉が潤うまで二度、三度おかわりしたトウリは、ペットボトルを冷蔵庫に戻してコップを洗って仕舞うと、おもむろに風呂場に向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



――20:15


「はぁーいい湯だった」


湯を入れながら風呂に入ったトウリは、頭にタオルを乗せて風呂場から出てきた。

服装は、寝間着代わりにしている無地の白Tシャツにジャージズボンというラフな格好だった。


「んしょ……っと」


トウリはダイニングルームを横切ってカーペットが敷かれたリビングの床に腰を下ろすと、風呂上りのストレッチを始めた。



「う゛ー……ちょっと体が凝ってるなー」


股を広げ、体を前に倒して床にべたりと密着させたトウリは、ちょっと苦しげに呟いた。

二十秒間、その体勢をキープするとトウリは体を起こして、今度は左足の先を掴んで体を左に倒す。


大体二十秒間隔で、トウリは体勢を変えながら一日中寝て、凝り固まった体を解していった。


ストレッチは毎日やるというわけではないが、体をあまり動かさなかった日や逆に体を激しく動かした日などにトウリはするようにしていた。




――20:46


「ふわぁ……もう寝よ」


30分近く時間をかけてストレッチを終えたトウリは、風呂上りの心地よさとストレッチを終えた後の程よい疲労感で更に強まった眠気に抗えず、欲求に従ってフラフラと自分の部屋に戻った。


部屋の中は大分マシにはなったが、部屋の外よりもよく冷えていた。

半袖のTシャツしか着ていないトウリは、若干それを寒いと思いつつも、限界に達した眠気で意識を朦朧とさせながら自分のベッドに潜り込んだ。


「おやすみなさい……」


それから1分と経たず、ベッドからは小さな寝息が聞こえ始めた。



◆◇◆◇◆◇◆



――21:30



SMOからログアウトしたタクヤが目を覚ました。


「遅くなっちまったな」


頭からヘッドギアを外しながら起き上ったタクヤは、部屋の明かりを点けてベッドで寝ているトウリを見た。


「トウリはやっぱもう寝てるか。まぁ、普段21時22時に寝てる奴が、徹夜すればこんな風になるわな」


タクヤは、ランからトウリが眠気でイベントが終わって早々にログアウトしたことは聞いていた。

徹夜慣れしているタクヤからすれば、1日徹夜したぐらいではなんてことはないのだが、それをトウリに求めるのは酷だというのはわかっていた。


寝ているトウリの顔を覗き込んで気持ちよさそうに寝てんなーと思うタクヤは、ふと思い出したかのようにトウリの机のペン立てにある水性ペンを見た。


「あ、イラズラするなら今がチャンスじゃね? 」


タクヤは、ごく自然な動きでペン立てから黒ペンを取り出し、そのキャップを外した。


それから、しばらくタクヤの忍び笑いが絶えることはなかった。




――21:40



10分後タクヤは、部屋から出てきた。


「あー楽しかった」


部屋から出てきたタクヤは大変満足した表情をしていた。



「さて、飯でも食うか」


タクヤが下に降りると、ちょうどランが遅めの夕食を摂っていた。

トウリは、何も作らずに寝ていたので、ランはカップラーメンを食べていた。


「ふあ、はほにい」


タクヤが降りてきたのに気付いたランが、麺を啜りながらタクヤの方を振り向いた。


「おっす。あ、やっぱり今夜は、カップラーメンか」


「うん、お姉ちゃん――じゃなくてお兄ちゃん、食べずに寝たみたい。お風呂は入ったみたいだから、お風呂は出来てるよ」


「ふーん。そっかそっか。カップラーメンっていつもの場所か? 」


「そだよー。醤油味とシーフード味があるよ」


「はいはい、了解っと」


タクヤは、迷わず廊下の戸棚を開いてその中からカップラーメンを探す。

戸棚の中は、調味料やお菓子などのストックがトウリの性格を表すかのように整理されて収納されているので、目的のカップラーメンもすぐに見つかった。


タクヤは、その中からシーフード味を選んで取り出した。同じ味でもミニ、並、ビッグの3つの大きさがあったが迷わずビッグを選択した。


湯沸しポットからカップにお湯を注いだタクヤは、テーブルにカップラーメンと箸を置いてランの対面に座った。


「タク兄、イベントどうだった? 」


タクヤが椅子に座るなりランは尋ねてきた。かなり気になるようで、ランはテーブルから身を乗り出して聞いてきていた。


「ぼちぼちってとこだな。異常種はそこそこ倒してるからポイント(功績値)は溜ったけど、ボスを倒せなかったのが残念だ」


「ふんふん。タク兄は森で戦ってた言ってたけど、どの辺で戦ってたの? 」


「んー森の泉を拠点にその周辺って感じか? 泉の水飲めば回復できるから、ポーションの節約にもなるからな」


「あ、結構奥の方で戦ってたんだね。どうだった? 」


「見知った顔が多かったな。モンスターは街付近に集まってるせいか、そんなに多いって感じじゃなかったな。安全に狩れたが、思ったよりも歯応えがなかった。正直前哨戦の方が楽しかったなー」


タクヤが見知った顔というのは、要するに元βテスターのプレイヤーで、一度リセットされてるとはいえ、戦闘慣れしていて既に森の奥地まで行ける実力を持つプレイヤー達のことである。

しかも、街の防衛よりも異常種をより多く狩ることを優先するような者の集まりなので、周辺のモンスターを積極的に狩っていくせいで普段よりもモンスターが多く出現しているにも関わらず、タクヤのパーティーは連戦することもあまり無ければ、乱入してくることも滅多になく安定した狩りが出来た。


緊張の強いられる長時間の戦闘をあまり好まないチェルシは楽でよかったですーとほっとしていたが、もっと歯ごたえのあるゾクゾクするような戦いがしたかったタクヤからすれば、【豊かな森】のボスも他のパーティーに先を越されてしまったこともあり、今回のイベント戦は少々物足りないものとなった。


後は異常種を倒すことなどで得た功績値で変わる報酬が、今回のイベントでタクヤの最後の楽しみだった。




お湯を注いでから3分が経過し、タクヤはカップラーメンの蓋を剥がして、箸で麺を解した。


「ランちゃんの方はどうだったんだ? 」


一度麺を啜ってからタクヤは、楽しかったんだろうなーと思いながらランに尋ねた。


「楽しかったよー! 」


ランは、嬉しそうに答えて、タクヤにイベントが始まってから『アクネリア地下水湖』でサタンファントム(魔王の残滓)を倒すまでのことを話した。


自分の思うことをほとんど整理しないまま話すランの話には、ところどころ説明不足が見られたが、その話を聞いたタクヤはやっぱ俺もついてきゃ良かったなーと感想を抱いた。


「そかそか、楽しかったようで羨ましいな」


案の定、ランが満足するほどの戦いだったようでタクヤは羨ましそうにランを見た。

ついていけばよかったとタクヤは割と本気で後悔していた。


「まぁ、今更後悔しても遅いか。………で、トウリはどんな感じだったんだ? 話を聞いた限りだとパーティーに貢献してるようだが、正直なところどうなんだ? 」


タクヤは、ため息ひとつついて気持ちを切り替えると、ランにトウリのことを尋ねた。


「んー……お兄ちゃんかー。始めて4日ぐらいだと考えると、そこそこ……ううん、かなりいい動きしてると思うよ。まだ意識してというよりは体が反射的に動いてって感じだけど、防御は最低限出来てるし、攻撃を与えれてるね。最初に取ったのが【拳】や【脚】だったのがお兄ちゃんには良かったのかもね。タク兄のお蔭かもね」


「それは素直に喜べねーよ」


皮肉でもなく思ったことをそのまま言ったランの言葉に、日頃よくトウリに殴られたりされてるタクヤは苦笑するしかない。


「ただ、やっぱりまだプレイヤーとしての技量が足りないし、スキルの方もまだまだって感じかなー。連携もダメってわけじゃないけど、全然だね」


「ああ、やっぱりか。流石に下積みもなしに連携は流石に無理だったか」


タクヤは、トウリに頼まれて本当に基礎的なことを教えていたが、ランの評価を聞いて納得していた。


「そうだね。流石にタク兄と組んだ時よりも良くなってるけど、やっぱりまだパーティー経験が少なすぎるね。仲間のカバーとかも意識してるみたいだけど、戦闘に集中すると忘れがちになってるし、仲間との連携を考えない特攻もちょくちょくあったよ。お兄ちゃんとアル兄がよく一緒に行動していたけど、アル兄がお兄ちゃんのカバーをさりげなくしてくれてたみたい。パーティー内での評価は、初心者としては十分、実力も及第点、だけど仲間内での連携だと、まだまだって感じだったね」


「ほうほう。今回のようなボスを狙うようなパーティーメンバーとしてはどうかと思うが、ちょっと身内で狩りに行くくらいなら問題なさそうだな」


「そだねー。タク兄もお兄ちゃんと一緒にやりたいの? 」


「まぁな。ただ、アイツのことだししばらくはソロでやりたいって言いそうだけどな」


「カオル姉が頼んだら、お兄ちゃんも断れないんじゃない? 」


「確かにトウリは、姉ちゃんの頼みを断るのが苦手だからなー。……ていうか、姉ちゃんは2人の方がいいとか絶対言い出すだろ。俺が一緒にとか無理じゃん」


「そう言えばそうだね」


忘れてた、とランがクスッと笑うと、タクヤもつられて笑った。



◆◇◆◇◆◇◆


――21:56


「ただいまー」


タクヤとランの2人が話の花を咲かせて盛り上がっていると、廊下のドアが開き、そこから膨らんだビニール袋をぶら下げたカオルが部屋に入ってきた。



「おかえり……って姉ちゃんどこ行ってたんだ? 」


「おかえりー。何買ってきたのー」


どこからか帰ってきた様子のカオルに、ランとタクヤは揃って声をかけた。


「お酒よ。お酒。トウリちゃんが、イベントで大活躍だったっていうから、これはお祝いをしなきゃって思ってね。ちょっとコンビニまで行ってきたのよ。あら? トウリちゃんは? 」


「もう寝てるよ。てか酒は、姉ちゃんしかまだ飲めないだろ」


カオルは既に誕生日を迎えて20才になっているが、他のメンバーは未成年である。

にこやかに酒の入ったビニール袋を掲げるカオルにタクヤは、呆れた様子で指摘する。


「もちろんジュースも買ってきてるわよ」


「わーい! グレープだ! 」


タクヤの指摘にふふんと不敵に笑ってカオルが取り出したグレープ味の炭酸ジュースにランが椅子から飛び上がらんばかりに喜んだ。


「皆で乾杯しよー。乾杯! 」


「おーいいな、それ」


「じゃあ、トウリちゃんがいないのは残念だけど……タク、人数分コップを用意しなさい」


「へいへい、了解っと」


カオルとランがテーブルにコンビニで買ってきた酒のツマミやお菓子や何故かサラダを並べて、タクヤが食器棚から人数分のガラスコップを出してきた。


「姉ちゃん、氷はいるかー」


「そうね。お願い」


「私もいるー! 」


「はいはい。わかってるわかってるって。ランちゃんはグレープでいいとして、姉ちゃんは何がいいんだ」


「最初は、酎ハイでお願い。レモンよ」


「了解」


ついでに、タクヤは2人の注文通りにコップに氷と飲み物を注いで用意しテーブルに置いた。


全員が席に座ったのを見計らってランが、ジュースの入ったコップを持ち上げた。


「じゃあ、初めての大規模イベントを祝して」


「トウリちゃんに」


「無事に終わったことに」



「「「乾杯!! 」」」


こうして初イベントの成功を祝う夜中の祝勝会が始まった。












今後の予定


一区切りついたので、以前から予定していた他の作品の更新を優先していくことになります。ですので、次回の更新は遅くなると思います。

すみません。



感想待ってます。

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