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五話目

 みるみる顔をこわばらせたわたしの手から、かき氷が滑り落ちた。

 ぐしゃり、と氷が飛び散り、サンダル履きだったわたしの親指に氷とシロップがかかった。

 もう、誰がなんといっても修羅場一歩手前といった状況だったと思う。

 わたしはお姉ちゃんとセンパイが一緒にいるってだけでものすごい動揺していたし、お姉ちゃんは何をかんがえているんだか「アカリちゃん……」とつぶやいたきり、センパイの袖をつかんだまま。センパイはというと……、正直、顔は見られなかった。

 痛いほどの沈黙を打ち破ったのは、やっぱり青木だった。

 3人が黙り込んだままのときも、一人でかき氷をシャクシャク食べ続け、終わると同時にわたしの手を取って立ち上がった。


「アカリ、行こう」


 青木がわたしの名前を呼ぶ。

 わたしはのそのそと立ち上がると、彼に引っ張られるように大通りにむかって歩き出した。

 ずんずんと歩いて、そしてセンパイの横を通り過ぎる。と、その時だ。


「アカリちゃん、ちょっと待って」


 センパイがふいに腕をつかむ。

 だけど、すぐさまセンパイの手を、青木がつかんで引き剥がした。


「あの、オレたち今、デート中なんです。遠慮してもらえませんか?」


 たたきつけるようにいって、青木がわたしの手をぐいっと引いた。

 しっかりした足取りと、強い口調にわたしはなぜだか無償に泣きたくなってしまった。

 それからどこをどう歩いたかわからない。

 気が付くと、学校と家の中間にある公園にたどりついていた。


「……青木、ご、ごめ……」


 必死に涙をこらえようとするけど、涙はわたしの言うことなんて聞いちゃくれない。

 ぼろぼろと零れ落ちる涙を、何度も何度もぬぐった。


「……わたし、やっぱり」

「伊藤さー」


 青木がぽつり、とつぶやく。


「やっぱり、オレにしといたほーがいいよ」

「あおきぃ……でも、わたしさぁ……」


 この気持ちのままで青木と付き合ったら、わたしは一番嫌な奴になる。

 自分がこうなりたくない人になってしまう。

 うつむいたまま、ぶんぶんとかぶりをふるわたしに、青木は小さく息を吐く。


「……前からいってんだろ。オレはお前の今の状況を利用してんだって。弱っているところをツケこんで、オチてくるの待ってるんだって」

「お、おちる、予定、ないけど……」

「大丈夫、オレ、計画たてんのうまいから」


 そういった青木が一瞬息をのんだ気がした。


「だからお前は安心してればいいーんだよ」

「青木……」


 ああ、ダメだ。

 わたしも結局はお姉ちゃんと同じか。腕が引き寄せられ、青木に抱きしめられる。

 目をつむると、柔軟剤だろうか。やわらかな香りがした。

 アホだな。わたし……

 青木ってすごいいいやつだってわかってんのになー。

 こうやって青木の気持ちを利用したら、本当にセンパイのことをわすれられるんだろうか。

ふと、背中にまわされた青木の手にぐっと力がこもる。と、その時だ。


「アカリちゃん」


 後ろから聞こえてきた声に、わたしは一瞬にして体中が凍り付いた。

 センパイだ。でも、どうして。

 思わず振り返りそうになるが、青木の手がそれを許さない。


「……しつこいですね。遠慮してくださいって言ったと思うんですけど」

「それは君が決めることじゃないと思うんだけど」


 ざっと足音がきこえ、そして背中に回された腕がほどける。

 わたしはゆっくりと振りかえり、そして視線をあげた。


「……話なんてないと思うんですけど」

「オレにはあるよ、アカリちゃん」


 センパイはいつものちょっと困ったような笑みを浮かべる。

 それはわたしが、いつもワガママや突拍子もないことをいったときにする癖だ。

 センパイはわたしのワガママや文句は聞いてくれるが、自分がこうときめたことは決して曲げない。ここで嫌だといっても、のちのち面倒なことになるのは目に見えていた。

 わたしは小さく息をはき、青木を振り返る。


「青木、ごめん」

「大丈夫か?」


 心配そうにのぞき込む青木に、わたしはにっと笑う。


「大丈夫。ありがとうね」

「いや」


 そういって青木はぐしゃっとわたしの頭をなでる。

 大きくて、ちょっと乱暴なその手の動きに、わたしは思わず笑みを漏らした。

 青木はわたしの頭から手を離し、そして公園の入り口へとむかう。と、その途中、センパイの横を通り過ぎる瞬間、ぴたと足をとめた。


「泣かせたら承知しませんから」

「……わかってるよ」


 青木は肩をすくめ、そのまま公園を後にした。

 遠くに祭りの喧騒がきこえる。センパイは青木がいなくなっても、何かを考えこむように黙り込んだままだった。

 話があるっていったけど、なんだろう。

 そういえば、とあたりを見回すが、お姉ちゃんの姿は見えなかった。

 どこかで待っているのだろうか。

 そんなことを考えていたら、ふと先輩が笑った。


「……さっきの子のこと考えてるの?」

「え?」


 驚いて見つめたわたしに、センパイはしまったというように顔をしかめた。


「ごめん。そりゃそうだよね。無理やり帰したようなものだし」

「……それは、……」


 その通りだけど。


「あの……、話ってなんですか?」

「え? あ、ああ……話、話ね。えっと……」


 少し言いづらそうに言葉を探すセンパイに、わたしはああ、と小さくうなずいた。


「お姉ちゃんとうまく行ったんですね」

「え?」


 センパイはわたしの言葉に驚いたように目を丸くする。

 そりゃそうだろう。まさかうまくいくなんて、本人だって思っていなかっただろうから。

 わたしは今にも泣いてわめきたい気持ちをなんとかこらえて、にっこりと笑う。


「よかったじゃないですか。センパイ、3年越しに恋を成就させられて。うまくいきましたね! その報告にわざわざ?」

「え? いや、アカリちゃん、」

「別にわざわざ律儀に報告してくれなくていいんですよ」


 わたしは半ばやけくそになって叫ぶ。


「わたしだって、もうセンパイのこと見なくていいとおもったらせいせいしま」


 その瞬間、センパイの両手がわたしを引き寄せた。


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