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第1話 新学期早々に!

新学期突入です

でも世間は夏休み到来


時期がズレ過ぎでしたね

2学期の始業式、冬菜は少しだけキリッとした表情で整列する生徒たちの中に居た。

竜輝に名前を呼ばれた程度で戸惑っていた自分に色々とケリを付けた、と彼女自身は思っている。それを確かめる意味もあって早速今日の放課後に竜輝の教室を訪ねるつもりだった。1年と2年では実は2年の方が速く始業式後のHRが終わるのはクラスメイトから聞き知っていた。友人は部活の先輩から聞いたそうだ。


始業式の最中、竜輝は冬菜に言いたいことがありどう言うべきか悩んでいた。実は彼、ようやく文明の利器を入手したのである。親が最近の若者には必須でしょうがと呆れ顔で無関心な竜輝に持たせたのだ。

しかし、竜輝はなぜかそれを冬菜に最初に言いたかった。理由は彼自身も理解していない。それは世間一般で恋とか呼ばれるものだが人付き合いが最近まで薄かった竜輝にはそこに思考が行きつかない。


そんな2人の思惑が交差しない始業式も終わり冬菜のクラスのHRが竜輝のクラスのHRの5分前に終わった。冬菜はこの後遊ぼうと言うクラスメイトに少しだけ用があるから後で合流すると言い竜輝のクラスの様子を見に行くと、丁度HRが終わったのか数人の生徒が連れ立って放課後にどこかに遊びに行こうと話していた。

何度も訪れている竜輝のクラスで冬菜は既に顔が知れている。これ幸いと冬菜が教室から出てきた生徒たちに竜輝が居るかと聞くと非常に緊張した様子で居ると答えてくれた。彼らには悪いことをしたと思う冬菜だがそれ以上気にすることは無く竜輝の席を見てみると竜輝が鞄を持ち上げ席を発ったところだった。


「こんにちは、竜輝君」


教室内が一気に騒がしくなった。

女子生徒が先に気付いたのだ。冬菜が竜輝のことを名前で呼んでいると。そこから先はひたすら生徒たちがコソコソと2人の関係を探るような話し合いが教室内を駆け巡ったが当人の竜輝は何の話か聞いていない。自分の話をどう切り出すかで頭が一杯で他のことなど考えている余裕が無い。


「お久しぶりです、冬菜先輩」


その瞬間、教室が沈黙に包まれた。

冬菜が竜輝の名前を呼んだのはまだ納得できる生徒が多かったのだが、竜輝が誰かのことを、それも女子生徒のことを名前で呼ぶことなど想定外で竜輝のクラスメイトたちは完全に硬直してしまった。

そして呼ばれた本人はどうか慌てずに竜輝に一言返した。


「うん、久しぶりだね。元気にしてた?」

「はい。それなりでした」


2人の会話でどうにか沈黙から脱した教室内では速く帰ろうと言う意見が一致したようで生徒たちが口早に今後の用事を決めて逃げるように教室から去って行く。

異様な光景に目を丸くして沈黙した2人だったがそれは冬菜の携帯にメールが入ったことで破られた。冬菜を問い詰めた友人からのそのメールには『後輩君と遊んできなよ。今日の冬菜に参加権は無いからねっ』との文面が可愛く絵文字まで付けて送られてきたのだ。それを見た冬菜は溜息を吐いて竜輝に向かい合った。


「今日の予定キャンセルされちゃった。どこかに遊びに行かない?」

「そうですか。じゃあ、お付き合いします」


一緒に遊ぶ間に報告のチャンスも巡ってくるかもしれない。そう思った竜輝にとって冬菜のお誘いは実に都合が良かった。

しかしこの2人で遊ぶと言ってもカラオケやボウリングは考えづらく、結局ファミレスでドリンクバーを片手に駄弁ることにしたのだった。


「そう言えば竜輝君は夏休みは何をしてたの?」

「司書の勉強とバイトです」

「バイト!?」


店内に入って20分ほど他愛も無い話をしていた冬菜は自分の質問に思わぬ答えが返ってきて驚いた。冬菜から見ると竜輝はとてもバイトをするようには見えないのだ。もしかしたら一般的ではないバイトではないかと疑った冬菜の様子をどんなバイトをしたのか疑問に思っていると解釈した竜輝は素直に何のバイトだか答えることにした。


「図書館の書庫整理や裏方です。黒岩さんが口利きをしてくれて、とりあえず司書の仕事がどんなものか少しだけでも経験させてもらっているんです」

「ああ、そういうことなのね。竜輝君のバイトって想像つかなくて焦っちゃった」

「そうですか?」


自分はそんなにバイトをするようには見えないだろうかと思った竜輝が首を傾げていると冬菜が苦笑し始めた。


「私の勝手なイメージよ。なんだか竜輝君ってお金とかに縛られない感じがしてバイトと結びつかないの」

「本を買うのに今月の残高は、と考えたりしますよ?」

「そうなんだろうね。だからこれは本当に私の勝手なイメージ、気にしないで」

「……そうですね」

「そうそう」


何とも中身の無い本当に駄弁るだけの会話の中で竜輝は冬菜に言い出すタイミングを掴めずにいた。そう、彼は携帯電話を買ったことを言い出せなかった。

しかし彼の想像とは別に事態は動き出す。


「そう言えば、結局黒岩さんとは何回かしかメールしてないや」

「メールですか?」

「そうそう。竜輝君は私のアドレス黒岩さんから聞いてるんでしょ?」

「はい……」


メールという単語に反応した竜輝に冬菜は夏休みに図書館に一緒に行ったことを思いだし苦笑した。その時に自分は竜輝が黒岩を好きなのではないかと勘繰ったのだ。それが大きな間違いだと気付いてからは相当恥ずかしかった。

しかし、今の竜輝は何か考えごとをしている。何を考えているかは知らないがまた驚かせてくれるんだろうかと思っていると竜輝が口を開いた。


「携帯でのメールの仕方を教えてくれませんか?」


そう言って携帯電話をポケットから取り出したのだ。




(いつ買ったの?)


竜輝が携帯電話を持っていることに驚いた冬菜だったが慌てはしなかった。彼の家族がこのご時世に持てと言っても不思議はないと思ったからだ。しかし竜輝は教室では携帯電話の話をしている様子は無かった。つまり、冬菜に最初に話そうとしていたのではないかと冬菜は自分に都合の良いと思う考えを展開した。


(これくらいの妄想は許されるよね)


自分の考えていることが実は正解だと知らない冬菜は気楽なものである。




(流石冬菜先輩、教えるのが上手い)


テーブル越しに携帯を2人で見ながら赤外線でアドレスを交換したりメールの打ち方を教わった竜輝は満足していた。予定通り携帯電話を買ったことを冬菜に最初に言えて達成感に満足しているのだ。自覚は無いだろうが、竜輝は結構なロマンチストだと言えた。


(あ、指が当たっている)


自分が分からないと思ったことを上手く説明してくれる先輩と指が当たるだけで少し意識してしまう初心な少年がそこにいた。


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