断罪する慈悲の刃⑦
ほどなくして、シアの言っていた通りに有耶無耶に解放されて監獄の外に出る。
日差しの明るさや風の冷たさに眉を顰めていると、すぐそこにナルが待っていたのを見つける。
「待たせたか?」
「いえ、そんなに待ってませんよ」
そう言うナルだが、軽く手を握ってみると冷たくなっていて長い時間立っていたことが分かる。
「あ、あの……」
「とりあえず、宿に行くか」
「や、宿に!? そ、その……え、えっと、ふ、不手際が多いかもしれませんが……よ、よろしくお願いします」
「…………いや、とりあえず今後のことを話し合いたいから落ち着ける場所に行きたいだけなんだが……なんだと思ったんだ」
ナルはまるで予想外だったかのように「えっ」と口にしたあと、寒さであからんでいた顔をもっと赤くする。
「そ、それは、その……て、手を……出してもらえるのかと……」
「傷、開くぞ」
「……が、我慢します」
…………そんなにしたいのか。握っていたナルの手を引いて、揺れる長い黒髪を軽く手で押さえる。
「へ、えっ!」
そのままナルの柔らかな頬に唇をつけて、すぐに離す。
顔を真っ赤に染め上げたナルはパチパチと瞬きをして、それから耳まで真っ赤にして顔を俯かせる。
「……今日は、これで我慢してくれ」
「あぅ……あぅあぅ……」
「……いやだったか?」
「そ、そんなことは……び、びっくりして。聖女さまには、ずっとこんなことをしてたんですか?」
「……するのは初めてだ」
「えへへ、そうですか」
「…………ナルはもっと凛々しい印象だったんだが」
「ん、んん……。少し緩みすぎていましたか。あまり浮かれてばかりでもいけませんからね」
まぁこれからの生活はそんなに楽でもないだろうし、国も荒れるだろう。
気を引き締めていく必要がある……と、考えているとナルの腰に剣が提げられていることに気がつく。
「気を引き締めていきましょう。これから、王城に殴り込むんですもんね」
「……なんか、嫁が急に蛮族みたいなことを言い出した」
「行きますよね?」
「……ひとりで隠れていくつもりだった」
少なくとも怪我をしたナルを連れていくつもりはなく、顔でも隠してひとりで闇討ちするつもりだった。
「……私も行きます」
「…………惚れた女を助けにだぞ。……無理をするなとか、浮気をするなとか、そういうことを言う場面だろ」
「結婚しても、それでも私は貴方の右腕です。……右腕はありませんが」
申し訳なくなるぐらいに健気な目で俺を見る。
「……どちらにせよ、宿にいくか。荷物ぐらいはおきたいし、街中で相談出来る内容でもないだろ」
「はい。……一応作戦を考えてはきていますので、着いたらお話ししますね」
緊張した様子のナルに着いていき宿に入る。元々俺と泊まることを想定していなかったからかベッドはひとつだけで狭い部屋だ。
どこに腰掛けようか迷っていると、ナルは突然ハッとした表情を浮かべる。
「ち、ちが、違いますからね! こ、これはその、ベッドはひとつですけどわざとではなく……え、えっちなことを考えていたわけではないので!」
「いや……疑ってないけど。……考えていたのか?」
「考えてません! わ、私は床で寝ます!」
「いや、別に一緒でいいだろ。戦時中は一緒に寝ていたんだし」
「う……は、はい」
ナルは俺の手を引いてベッドのふちに腰掛け、俺も床に荷物を置いてから隣に座る。
こうして並ぶとナルが小さいということを感じてしまう。
「……そういや、家名をどっちかに合わせないとな。俺が名乗っていたのは、聖女のツテでもらったやつだから、ナルのクライエって家名をもらっていいか?」
「あ、は、はい。アルカディア・クライエですか。でへへ」
ナルって変な反応することあるよなぁと思いながら、おほんを軽く咳き込む。
「普通に正面から斬ろうと思っていたんだが、何か問題があるか?」
「……普通に足止めされて目的を達成出来ない可能性があります。アルさんは強いだけあって普通に戦えば負けませんが、正面からだと普通には戦えませんし、対象を逃がされます。まず、勝利条件を決めましょう」
「……シアを生きながらえさせる?」
「えっ、死ぬとかそういう話になってるんですか?」
「ああ、罪のない子供を処刑するから、責任を取るとか。……正直、俺って育ちが悪いからシアの感覚はよく分からないんだが……。まぁ、王族の子供を攫えばいいのか?」
ナルは「うーん」と腕を組んでから首を横に振る。
「現実的ではないですね。その場を切り抜けることは出来るでしょうが、何人もいる子供を養いながら追っ手を追い払うのは無理です」
「体制を元に戻させるか?」
「それも無理でしょうね。現実的な落とし所は……「幼い子供の命までは取らない」ぐらいが限度でしょう」
「……そもそもなんでわざわざ弱い子供まで殺すんだ?」
「再びひっくり返される可能性があるからです。王の血を引いているというのは本来なら王位の継承権があるので、幼い子供を担ぎ上げて反抗してくる人がいるかもしれない。と言うことを恐れているわけです」
なるほど。全然わからない。
まぁ分かるように説明されたら数日はかかると思うので、今は聞き流すとしよう。
「それで、どうするんだ?」
「そもそも、なんで処刑をする必要があると思います?」
「……殺すためだろ?」
「殺すだけなら城に押し入ったときにサックリとしてしまった方が手っ取り早いです。何故、そうではなく処刑という選択を取るかというと、そうしなければ「偽物の王族の子供」をでっちあげられて、それを祀りあげられる可能性があるからです」
偽物の子供? と俺が疑問に思っていると、ナルは話を続ける。
「子供を利用する人からすると、本物でも偽物でも変わらないので。つまり、多くの人の前でハッキリと「王の血筋は絶えた」ということを見せつけることが肝要なわけです」
「……なるほど、それで処刑か」
ナルはやっぱり賢いなぁと感心してから首を傾げる。
「それは分かったんだが……具体的にどうするんだ? 結局、むしろ、今、子供を助けても代役を立てられてそいつが処刑されるってだけで、どうしようもない気がするんだが」
「先程も言ったように「見せつける」ことが肝要です。あちら側は何が何でも「公開処刑」を敢行する必要があるのです」
「……つまり?」
「見せつけるんです。クーデターを起こした軍は大したことがないと。自分達で集めた人達に。そうすれば先程言ったような「子供を祀りあげたい人」……今回の場合は有力な貴族が保護のために動きます」
…………つまり色々と言ったが。
「処刑の日に暴れたらいいってことか?」
「そういうことです。けど、当然手筈を整える必要はあるので細かい調整や作戦を立てていきましょう」
まぁ、俺は馬鹿だから分かりやすいのはありがたい。暴れるのも、戦うのも、勝つのも大得意だ。




