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98. 戻ったら勉強する

「ルルシアちゃんと見張りだ!――って思ってたのに、アドニスくんと交代してるってひどくない? っていうか、俺だけ仲間外れ感あるんだけど!」

「黙って歩け」


 ブーブーと文句を言い続けるセネシオに、アドニスが冷たく言い放つ。

 そこに、大きな岩の上に登っていたルルシアが、ふわりと飛び降りてきた。


「魔物っぽい気配はちらほらあるけど、近くに人の気配はないです」


 魔力の動きを探って、魔力を持った生き物――つまり魔物や人の気配を確認していたのだが、見つかるのは魔物の気配ばかりだった。

 盗賊はいないと思ってよさそうだ。

 だが、アドニスは眉をひそめて難しい顔をしていた。


「……このあたりには、小さい集落があったはずなんだが」

「集落かぁ……でも、俺がこの間通ったときにも、人は見かけなかったけどな」


 セネシオはそう言いながら周囲を見回した。

 彼も魔力の気配を見ることができるので、ざっくりと確認したのだろう。ただ、感知範囲はルルシアのほうが広い。特に何も見つからなかったはずだ。


「別の場所に移動したのかもね。でかいのはいないとはいえ、魔物の数は多いし」


 肩をすくめつつ、ディレルは預かっていたバッグをルルシアに差し出した。

 ディレルの言う通り、特別強い魔物がいるというわけではないのだが……エンカウントの回数は、サイカ側に進むほど多くなってきている。

 エフェドラの近隣は定期的に魔物討伐が行われているが、サイカ側ではそういう事が行われていないのだ。

 エフェドラ側の討伐から逃れた魔物が、サイカ側に逃げ込む。そしてどんどん数が増える、という悪循環である。


「襲われて全滅した、とかじゃないといいけどねー」

「……ありえない話ではないが、こんな場所に住んでる連中なんだから、基本的に自分たちで魔物退治はできる奴らだ。全滅する前に、この場所に見切りをつけて離れたって方が現実味があるな」

「どちらにせよ、この辺はもう人が住める場所じゃないってことですね」


 ルルシアは喋りながら、弓につがえた矢を放つ。

 キュンッ、と細く高い音とともに放たれた光の矢は、上空から滑空して襲いかかってくる鳥の首を貫いて消えた。

 数拍おいて、絶命した鳥型の魔物がドサリと地面に落下する。


「いい腕だな」

「どうも。……うーん、魔物じゃなくて普通の鳥なら食べられるのになぁ」

「ルル……」

「ああ、昔魔物食べて吐いたんだっけ?」

「食べようとしたけどライに邪魔されたんです」


 苦笑交じりのセネシオの言葉に、ルルシアはツンと顎をそらして言い返す。

 実際は一度普通に食べてお腹を壊して寝込んでいる。ライノールに無理やり吐かされたのは二回目の挑戦の時だが、それを説明する気はない。

 その話を初めて聞いたアドニスは眉をひそめ、信じられないものを見るような目をルルシアに向けていた。エルフと長い期間行動をともにしていただけあってエルフの食生活には詳しいのだろう。


「なあ、エルフって普通、肉自体ほぼ食べないよな? なんで魔物なんか食べようって思ったんだよ」

「……エルフの集落はお肉が流通してないんです。でもお肉食べたかったんです。草食の魔物ならいけるかなって思ったんです」

「シャロは肉を食べると体調崩したりしてたんだが……」

「……身体強化魔法使えば、霜降り牛肉でも平気でいけるんです」


 身体強化……? とますます眉をひそめたアドニスの背をルルシアは両手で強く押し、歩くように促した。


「はいはい、いいから進みましょう。今日中にサイカの中心に近づくんですよね」

「あ、ああ……」

「あ、一応集落があったあたり確認します? わたし、魔力の動きで確認してるから魔力が極端に少ない人だと、居ても見落としてるかもしれないし」


 アドニスの背中を押していた手を離し、ルルシアは全員の顔を見回した。

 サイカの住民とコンタクトをとるのが、いいのか悪いのかがルルシアにはよくわからないが、もし人がいるなら最近のサイカの事情くらいは聞けるかも? と、思って言ったのだが、頷いたディレルの見解は違うものだった。


「確認しておこう。遠回りじゃないならだけど。……もし魔物に襲われて集落が壊滅してた、なんていったら、エフェドラ側に知らせた方がいいだろうし」


 エフェドラ側の山際の集落は、直線距離ならばここからそう遠くない場所に位置している。

 人の足でたどり着くには迂回しなければならないが、魔物であれば斜面を駆け上ることも、駆け降りること出来るかもしれない。

 村が壊滅するほどの被害が出ているのなら、警戒しておく必要がある。


「ルートからそれほど外れてはいない。少しだけ横にそれる形にはなるが」

「じゃあ行こう。――あ、セネシオもそれでいい?」

「うん。エフェドラに被害出ても嫌だからね」


(あー、近隣への被害か…考える担当はライだったからなぁ……)


 ここにライノールがいれば、絶対に見抜かれていただろうが、幸運なことに今は彼はいない。

 ルルシアはいかにも「わたしもそう思っていました」という顔をして頷いた。



***



 結論から言うと、人は誰も残っていなかった。

 そして、村が壊滅するほどの被害が出た、というわけでもなさそうだった。


「多分、戦える奴が死んだんだな。それで残った連中はこの場所に見切りをつけたんだろう」


 墓標、なのだろう。人の名を刻まれた剣が二本並んで地面に突き刺してあった。

 刃こぼれした刀身からは、激しい戦闘の痕跡がうかがえる。

 集落の建物自体は、大きく崩れたり傷がついたりしている様子はなく、ところどころ窓が割れたり入口のドアが壊れたりしている程度だった。

 割れた板のささくれたところに獣の体毛が引っかかっていたので、おそらく人がいなくなった後に、魔物か動物がやったのだろう。


「……本当に、オズテイルはサイカのために討伐隊を組んだりしないんですね」

「もう、ずっと前から一つの国としては機能してないからね。三十年もだらだらと仲違いし続けてるわけだし、地域ごとにやるにしても、その体力がすでにサイカにはないってことだね」

「国として機能してないって、冒険者ギルドはどうなってるんですか? 冒険者ギルドは保安活動も仕事の一部ですよね」


 冒険者、クラフト、商業ギルドなど、世界中のギルドは協定で結ばれていて、各国で制度に細かい違いはあるものの基本的な役割は変わらない。

 そのため、どこかの国でメンバーとして登録していれば、別の国でも同じように活動できるようになっている。ギルドからの依頼を受けたり、物資の支援をしてもらえたりもするらしい。

 ルルシアの疑問に答えたのは、ディレルだった。


「オズテイルのギルドは、もうずいぶん前に世界の協定から外れてるんだよ」

「ああー、国として機能してないってことは、ギルドも機能してないんだ」

「そういうこと」

「……ちなみにそれって割と一般常識だったり?」

「……そうだね。まあ、エルフはギルドとは別枠の存在だし、知らなくても仕方ないんじゃないかな」


 苦笑しつつディレルがフォローしてくれるが、苦笑している時点で、あまりフォローになっていない。


「テインツに戻ったら勉強する……」

「うん。がんばれ」


 口をとがらせてしょんぼり言ったルルシアの頭を、ディレルが撫でる。

 その横で、セネシオが頬に指をあててこてんと首を傾げた。


「俺が教えてあげようか? 古今東西リアルタイムで見てきてるから、それなりに物知りだよ?」


 エルフの時は、そういう仕草が腹立たしくも絵になっていたのだが……、今の人間の姿だと、単に可愛い子ぶっている成人男性、にしか見えないので普通にイラっとする。

 ちょうどそこに周囲を確認していたアドニスが戻って来て、呆れを含んだ目をセネシオに向けた。


「あんたがそういうこと言うと、なんかいかがわしいことを教えそうだな」

「アドニス君、それは偏見だよ。俺ほど真面目な男は他にはそういないよ?」

「あ、お気になさらず。セネシオさんのお手を煩わせるなんて申し訳ないですし、普通にライに教えてもらうので大丈夫です」

「えー。遠慮することないのにルルシアちゃん」

「――で、何か見つかったの?」


 先ほどのルルシアの真似をして口をとがらせたセネシオを無視して、ディレルはアドニスに声をかけた。

 建物の中で見つけたのだろう、アドニスは手に一冊のノートを持っていた。

 彼はそれをパラパラとめくって、最後の記述があるページを開いて示す。


「日記みたいな簡単な記録だ。予想通り、村の防衛の要だった奴が死んで、これ以上の犠牲を出す前にふもとの方に移動したらしい」

「……魔物の数が増えたせいっていうよりも、継続的に襲われたせいで疲弊してたってところかな」

「流通が減って、食料も足りなかったとも書いてあった。サイカ全体が本格的に貧しくなってきてる感じはするな」

「貧しい、か……」


 ルルシアはもう一度村の様子を見回してみる。

 アドニスが言うには、去年の今頃は人が住んでいたらしい。

 人が住まなくなった建物の劣化は早いとは聞くが、それにしても、傷みが激しいように見える。人が住んでいた頃から、修復がままならなかったようだ。

 ルルシアは貧しさというものをあまり知らない。

 前世は日本の一般家庭で育ったし、エルフの社会は大きな共同体のようなもので、暮らしで困ることはなかった。

 同じ時代の日本で生きていたらしき転生者は、貧しくて治安が悪い、と言われているサイカで何を感じているのだろう。


「よし、じゃあ山を下りようか。もしかしたらこの村の元住人もいるかもだし」

「――そうですね」


 ルルシアは頷いて、ふもとを目指すため踵を返した。

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