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91. 後で根掘り葉掘り聞く

(旅の疲れを癒すんじゃなかったっけ?)


 教会を案内すると言われたのでちょっと周辺を歩き回るのかな、と思って了承した――のだが、やけに張り切った様子のルチアとカリンに応接間から連れ出されて、連れてこられたのはなぜか浴室だった。首を傾げたルルシアはタオルを渡されてとりあえず湯浴みをするように言われたのだ。

 釈然としないながらも、汗を流せるのは嬉しいのでありがたくお湯をいただくことにする。

 エフェドラはテインツとは違って水資源は豊富なため、大きな湯船にお湯を張って浸かることができる。足を伸ばして浸かれる風呂というのは元日本人としては非常にうれしい。実はエフェドラは湯治場としても人気があるそうだ。


 そして湯浴みを終えたルルシアを待っていたのは、何枚ものドレスだった。


「……普段の服でいいです」

「だーめー! ルルシアさん黒髪だからほんとは黒ゴスとかにしたかったけど……残念ながらエフェドラにはそういうフリフリ系存在しないみたいで」

「存在しなくてよかったです」

「ま、でもこれエフェドラの伝統的なドレスなんですけど、トルコのカフタンっぽくってかわいいですよね。どの色がいいかなぁ」


 ルルシアの意向を完全に無視したルチアは楽しそうにドレスを選んでいる。

 並べられているのはトルコの民族衣装に似た、ゆったりしたつくりの丈の長い上衣を帯で留める形のドレスだ。この種類の豊富さから考えると、おそらくルルシアのためにあつらえて用意したのではなく、ルチア自身が所有する衣装なのだろう。残念ながらこのタイプの服はサイズに融通が利くので、サイズが合わないという理由で拒否することは叶わなさそうである。

 ルチアがドレスに気を取られている間に逃げ出そうと、そろりそろり移動していたルルシアは涼しい顔のカリンに腕をつかまれた。


「ルルシアさんは青っぽい黒髪だから青系とか紫系に……緑や赤にするなら暗めの色ですかねー。ルルシアさんってば細身だけど意外と胸あるからデコルテが開いてるタイプで……」

「……?」


 ルルシアがせっかく湯上りに着直した服を無理やり脱がせていたカリンの手がぴたりと止まった。なんだろうかと思いつつルルシアがカリンの視線を追うと、彼女の視線はルルシアの鎖骨の辺りに縫い留められていた。自分ではよく見えない位置である。


(なんだろう……この辺りって……!)


 蘇った昨夜の記憶に、思わずその場所をバッと手で覆い隠す。かあっと頬に朱が上るのが自分でわかった。


「うん、なるほどー。夜は少し冷えるので、ドレスの下に着るのは首元まで襟があるワンピースにしましょうか」

「はい……それでお願いします……」


 ニコッと笑顔を浮かべたカリンに絞り出した声で答える。

 場所的にルルシアには見えないが、昨夜ディレルにキスされた位置だ。おそらくその跡が残っているのだろう。


(いわゆる話に聞くキスマーク……!)


 キスマークとは結局のところ内出血なので、別になんでもないという顔をしていればどこかでぶつけたくらいに思ってもらえたかもしれない。だが先程のルルシアの反応は、完全に心当たりがあると自ら主張しているようなものである。


「……死にたい……」

「まぁまぁ、誰にも言いませんよ。もちろん後で根掘り葉掘り聞くけど」

「うう……」

「え、ルルシアさんどうしたの?」


 肩に手をかけてきてニヤニヤするカリンに、ルルシアは思わず顔を覆ってうずくまった。ちょうどそのタイミングで振り向いたルチアは目を丸くして心配そうに声をかけてくる。

 ここで変に話を長引かせるのはどう考えても得策ではない。ルルシアは膝を抱えてしゃがみ込んだまま、ルチアとカリンを見上げた。


「何でもないです。さあ何を着たらいいんですか」

「あ、吹っ切れた」

「うーん? 具合悪いんじゃないならいいですけど……じゃあこのモスグリーンでいきましょう!」

「へい……」


 ルチアの選んだドレスは、さらりとした肌触りのモスグリーンの布地に金色の糸で花の刺繍が施されていた。白い薄手のワンピースの上にガウンのように羽織り、ドレスと揃いの刺繍が入った帯を結ぶ。先程カリンが言っていた通り、下に着ているワンピースはスタンドカラーで首の半ばまで隠れるタイプだった。そして最後に耳が隠れるように髪をゆるい編み込みにされる。


「完成! かわいい! ってか綺麗!」

「おー。やっぱり黒髪は映えますね」

「私にはちょっと大人っぽ過ぎて似合わないんですよねー」

「ルチア様は髪の色が明るいからこういう色難しいんですよね。にしてもルルシアさんめちゃくちゃ似合うなぁ」


 鏡を見せてもらうと、少しエキゾチックな雰囲気の女性が映っていた。服や髪形のせいで普段より少し大人びて見える気がする。

 ドレスの刺繍は胸元から足元へ行くにつれて小さなつぼみが開き大輪の花へと変わっていく。少しくすんだ金色の糸が使われているので、刺繍自体は豪華なのだが落ち着いて見える。確かに客観的に見て似合っている気がする。

 だが、ルルシアは普段パンツルックばかりなのでスカートは落ち着かない。

 それに丈の長いスカートが歩くたびにしゅるりと足にまとわりつく。どうしても咄嗟の回避行動への影響を考えてしまう。


「……で、わたしはなんでこのような格好をさせられているんでしょうか」


 こんなに着飾るということは、まさかこれからパーティーでもあるのだろうか。それにしては、この教会でパーティーがあるならどう考えても主役級の人物であるはずのルチアは、仕立てが良いとはいえ普段着の範疇の恰好をしている。


「え? 着せたかったから?」

「……はい?」

「可愛い恰好したルルシアさんを連れて歩きたかったから」

「……」


 キリッとした顔で言い切ったルチアに、ルルシアは天を仰いだ。



***



 応接間に戻る回廊を歩いていると、中庭の方から人のざわめきが響いてきた。


「? 何かあったんでしょうか……剣を打ち合う音がしますね」


 カリンが目を細め、警戒態勢をとった。イヌ科の半獣であるカリンは耳が非常にいい。大きな耳が広場の方に向けてじっとそばだてられる――が、その警戒態勢はすぐに解かれた。


「キンシェの声がします。やたら楽しそうなので模擬戦をしてるんでしょうね」

「模擬戦ですか?」


 教会の中で? と首をかしげたが、双子のお世話係のようなことをしているせいで忘れかけていたものの、キンシェは神の子の護衛である。当然日々の鍛錬が必要だ。ルルシアはそう納得したのだが、カリンは苦笑しつつ肩をすくめた。


「キンシェは軽い戦闘狂なの。ちょいちょい人を捕まえては対戦してるのよ」

「せんとうきょう」

「今回のターゲットはディレルさんでしょうね。ああいう大きい剣使う人ってあんまりいないから、キンシェ興味津々って感じだったし」

「あー、確かにあんまり見ないですね。ドワーフの人でたまにいるくらいで……護衛業務なら対人想定ですし、珍しい武器使う相手に慣れておきたいでしょうね」

「ま、そうねー」


 ルルシアとカリンがそんな話をしている横で、ルチアが「あれ?」と首を傾げた。


「ディレルさんって戦ってるとこ一回しか見てないですけど、あの時使ってたの普通の大きさの剣じゃなかったですか? あの、ライトセーバーの」


 ルルシアと双子たちが初めて出会った時の話だ。あの時は魔術具の納品のために出かけていた途中だったので、ディレルはいつもの武器を持っていなかったのだ。


「あれは、護身用の武器らしいです。短剣なんだけど魔術で長い刀身を作れるっていう。良いですよね、ライトセーバー……」

「ルルシアさんライトセーバー好きですよね。そう言えば、クラスの男子がライトセーバーだとか言って蛍光灯振り回して遊んで怒られたりしてましたよ。馬鹿ですよねぇ」

「……そうですね」


 その光景を思い出したのか、懐かしそうにくすくす笑うルチアに、妹と家で同じことをやって親に怒られた記憶を持つルルシアは静かに目をそらした。

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