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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
3章 エルフ代表者事務局員
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78. 魔力変種

「今のところ候補として残ってる木はナラとか、カヤの変種だな」

「変種ですか?」

「そう、魔力変種って言ってね。魔力濃度の高い場所で育てるとたまに突然変異した奴が現れるのさ。幹や枝に魔力を帯びてたり、魔力を含んだ実や種を付けるとか、そういう変異種なんだ」

「ということは、そういう変異種はそういうものとして現時点でも栽培されてるんですか?」

「いいや。 残念ながら変異種からとれた種を蒔いたり接ぎ木やなんかで増やそうとしても、魔力が安定して供給できない環境だとその形質が消えちゃうんだよ」

「消えるっていうことは、普通のナラとかカヤが生えてくるってことですね」

「その通り。だから現時点ではものすごく希少だし、木材として加工するなんて考えられないくらい高級素材なのさ」


 クラフトギルドのギルド長のビストート・ランバートは木工職人であるため、今回の植樹に多大なる期待を寄せているらしい。


「例えばカヤだったら実から油もとれるし、活用範囲も広い。林業として成立すればテインツはもう一段発展するだろうね。――しかし、魔力を含んだ素材なんて夢が広がるな……魔術文様を刻んで素材自体の魔力で維持できれば……」


 どうやらアイデアがあふれだしているらしく、ビストートはぶつぶつ言いながら手元のメモに色々と書きつけ始めた。こういうところは息子のディレルとそっくりである。


「もうビート! せっかくルルシアちゃんたちが来てくれてるのに!」

「あああ、もう少しだけ……」

「ギルド長!? 仕事中ですよね?」

「……はい、すみません」


 お茶を持ってきてくれたアンゼリカにメモを取り上げられたビストートは情けない声を上げる。だが妻からギッと睨まれ、強面のギルド長はしゅん……と肩を落とした。

 今いるこの場所はランバート邸の応接室である。場所が自宅で相手は顔見知りであるため、ビストートの気が緩むのも仕方がない。……が、ルルシアとユッカ、フォーレンの三人はクラフトギルド長への調査報告のためにこの場所へ来ているのだ。アンゼリカのほうが正しい。


 とはいえ、これまでに終了した箇所の調査結果は事前に文書で提出済み。土壌サンプルも既に栽培実験をしている技師のもとへ届けてあるということもあり、本来ならば調査報告は城にあるクラフトギルドの本部で行えばいい。それでもここにいる理由は、『一段落ついたのならここまでの労をねぎらうために晩餐を振る舞いたい』というアンゼリカの発案に因る。

 どちらかと言うとアンゼリカのほうが公私混同しているように思えるが、「メリッサの料理食べたい」というルルシアの主張により提案に乗ることになったのだ。


「はあ。で、何だったかな……そうそう、魔力変種だ。魔力の安定供給さえできれば挿し木や接ぎ木で同じ形質に成長することは分かってる。そして、その時の供給量が多ければ成長速度が速いという特徴もある。今は採取してもらった土壌サンプルに魔力を与えた状態で変種の木を定着させることが出来るかっていうのをやってるんだが、それで定着しやすいのがナラ、カヤを親とする変種だった、っていう報告を技師の方から受けてる」

「植えるのは一種類に絞るんですか?」

「ゆくゆくは増やせればいいが、まずは一・二種類に絞ってということになると思う。林業はホーソンの領分だから、色々手を出して変に睨まれちゃ困るしな」


 ホーソンとは、テインツ領の南東側に位置しており、林業と鉱業を基幹産業としている領地だ。木、金属、石という工業や工芸で欠かせない素材のほとんどをホーソンから仕入れているテインツとしては、そことの仲をこじらせたくない。

 そのため、現時点ではあくまでも『研究』という扱いで、実際に林業として動き出すときには、ホーソンとの共同事業という方向で進めることになっているらしい。

 細かい部分は商業ギルドと議会も関わってくるのだが、その辺りの説明を受けたルルシアは、ライノールから「その『全くわかんない』って顔で分かったって返事されるのはいっそ清々しい」と褒められた。


「報告を見る限り、場所は七箇所目でほぼ決まりだろうな。実験してる技師も大きな問題はないだろうっていう話をしてた。――まあ、ここにいる皆の気がかりは残り四箇所の候補地の調査を行うか否かってことだと思うんだが、それは今進んでる実験の結果が全部ダメだった!って事になってから再度検討でいいんじゃないかというのがクラフトギルドとしての意見だよ」


 ビストートがそうまとめると、ユッカはほっと息を吐いた。


「それは嬉しいですね。日帰り範囲の調査でも回数重なってくると結構堪えたので、……遠方の調査地なんて、どう頑張っても他の二人の足を引っ張って迷惑を掛けるだろうなと心配してたんです」


 そう言って困ったように笑ったユッカに、ルルシアはふるふると頭を振った。


「迷惑なんかじゃありません。相手の体調や体力に合わせてペース配分するのも護衛の仕事ですから。むしろ疲れとか痛みとかがあればどんどん言ってもらったほうがありがたいです。ユッカさんが無理をするような状況ってつまり、わたしやフォーレンが護衛対象に注意を払えてないってことですし、そういうときに襲われたり事故にあったりすると対処が遅れるかもしれないです」


 ルルシアが「ね?」とフォーレンの方を見ると、彼もこくんと頷いた。


「そういうものなんだ……そっか、じゃあ今度から無理する前に言うよ」

「はい」


 にこりと艶やかに微笑むユッカに、ルルシアもつられて笑顔になる。

 そのやり取りを見守っていたビストートが意外なものを見たとでも言わんばかりの顔で口を開いた。


「そういう話を聞くとルルシアちゃんは戦いをする人なんだなぁと思うよ……うちにいるときはあまりそういうイメージがないから」

「そうねぇ。ライノールさんもどちらかと言うと学者さんみたいな雰囲気だし」


 アンゼリカもそれに応えて続ける。

 むしろルルシアとしては、ここにいるときはどういうイメージを持たれているのかが気になるところではあるが、怖いのであえて聞くのはやめておく。

 多分、『美味しそうにご飯を食べる』とか『よくライノールにからかわれている』とかだろう。あまり『頼りになりそう』といった印象ではないことは確かだ。


 こういうときに茶々を入れてきそうなフォーレンの方をちらりと見ると、彼は背筋を伸ばして座ったまま、借りてきた猫状態でおとなしくしている。

 意外なことに彼はランバート邸を訪れるのも、アンゼリカに会うのもこれがはじめてなのだそうだ。今も緊張しているらしく、その大きな耳が細かくピルピルと動いている。

 それでも、始めに比べればだいぶ余裕はできてきたらしく、たまに小物や壁の彫刻を珍しそうにキョロキョロ見ている。緊張マックスだったのは、邸内に迎え入れられた時にアンゼリカから「フォーレンくん? 会えて嬉しいわ」と微笑まれ、「はいっ……」としっぽを逆立てた時だろう。

 その後フォーレンがぼそっと「めちゃ強い魔物と目があったときみたいな気分……」と呟いていたのはルルシアの心のなかにしまっておく。




 報告も終わり、アンゼリカが晩餐の準備のために下がったあと、ルルシアたちはビストートに案内されて倉庫の方へ向かった。彼が作ったという木工作品を見せてもらうという話になったのだ。

 「私の専門は家具なんだが、趣味の範囲で木彫りもやっててね」と見せてくれた木彫りの動物たちはどれも本物と見まごうほどに素晴らしく、毛並みまで丁寧に表現されていた。

 ルルシアは以前見せてもらったことがあるので驚きはなかったのだが、初めて見たユッカとフォーレンは、まさに『息を飲む』という表情をみせた。


「……えっ!? すげえ! これ本当に木で作ってんの!?」


 最初の衝撃が去ったあと、今までおとなしくしていたフォーレンがピン!としっぽを立てて、嬉しそうに瞳を輝かせた。非常に気に入ったらしくその後も「すげえ!」を連発する。ビストートはそんなフォーレンを見て、「そんなに褒めてもらえるとさすがに照れるね」と嬉しそうに目を細めた。

 ユッカも「これは……本当にすごいな……」と呆然と呟いていた。


(同じ木彫りの動物なのに我が父との差がすごいよね……)


 ルルシアは今にも跳ね出しそうな躍動感のあるウサギを手に取り、オーリスの森に置いてきた、自分の父が作ったウサギ(?)の姿を思い……出そうとしたが、そういえば直視すると呪われそうだったからなるべく見ないようにしてたんだったな……という悲しい事実を思い出した。

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