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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
3章 エルフ代表者事務局員
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77. ……茄子

 冒険者ギルドから派遣されてきた護送用の馬車に盗賊の男たちが乗せられていく。その馬車の一行をまとめていたのは、ルルシアにとっては比較的馴染みがあり、そして因縁の相手だった。


「な……茄子……ナスターさん!」

「やったなルルシアちゃん! やっと覚えたな!」

「やった!!」


 ルルシアが思わずバンザイをすると、おもむろにナスターがルルシアの両わきに手を差し入れて体を持ち上げた。「ギャー!!」と悲鳴を上げるルルシアにはお構いなしに、ナスターは勢いよく高い高いをする。


「やめ……!」


 空中で足をばたつかせているルルシアを、ナスターはニコニコ眺める。

 そのうちに、手の空いた冒険者達が「楽しそう」「私もやりたい」と集まり始めて来た。しばらく見守っていたフォーレンは、さすがにそろそろ……と声をかける。


「……何やってんのさ」

「おー、期待のルーキーじゃないか。……ぐふっ!」


 後ろからフォーレンに声をかけられたナスターが振り向いた瞬間を逃さず、ぶらりと宙吊り状態だったルルシアはナスターの両腕を掴んだ。

 素早く両足でナスターの膝、鳩尾、胸と駆け上がるように蹴りつけながら逆上がりの要領で体をぐっと丸め、最後に肩を強く蹴ると、くるりと一回転しながら後ろへ飛んだ。

 そして少し離れたところに着地したルルシアは即座にユッカの後ろに隠れる。

 ルルシアにへばりつかれたユッカは若干嬉しそうにルルシアの頭をなでた。


「……嫌われてんじゃん」

「ゲホッ……フォーレン並に身軽だな、ルルシアちゃん……か弱いと思って油断してた。いやぁ、名前覚えてくれたのが嬉しすぎてつい」

「ルルシアは怖い保護者がいるから、あんまり嫌われるとライノール(魔力)()ランバート(権力)に潰されるぜ」

「うわー、あながち大げさとも言えない辺りが怖いな」

「っていうか、そもそもルルシアは護衛役でここにいるんだから、そこまでか弱いわけ無いじゃんか。魔獣とも戦ってるんだし」

「そりゃそうなんだけど、なにかとぶっ倒れてるイメージが強くて」


 ナスターが知る限り、浄水場と採石場の二箇所で倒れてどちらも数日寝込んでいる。だがむしろ、ルルシアがここ数年で気絶しているのはその二回だけなのだが、その両方に行き当たっているナスターには彼女が儚い少女に見えてしまうのだ。

 その儚げな少女は今、ユッカの後ろで彼のマントを掴んでナスターをじっとりと睨みつけている。フォーレンのような耳や尻尾があったら見事に逆立っていただろう。


「ルルシアちゃん、おじさんが悪かったから機嫌直しておくれ……。まあ、しかし三人とも災難だったなぁ。よりにもよって今話題のオズテイルの盗賊に絡まれるとは。例の調査中だろ? 進んでるのか?」

「まだ一箇所目なのに奇跡の引きの良さだよ。道のりは遠いね」


 肩をすくめたフォーレンに、ユッカが苦笑する。


「そうだねぇ。まあ実際に計画が動くまではまだ時間があるから、それまでにはなんとかなるんじゃないかな」

「こんなこと、そうそうないだろうしな……町の近くで何組も盗賊がうろついてたら困るよ」


 そう言いながらナスターは馬車の方へ視線を向けた。既に乗り込みは終わって出発準備が整っている。どうやらナスター待ちらしい。彼は慌てる様子もなく、「さて護送任務に戻るかー」と伸びをしながら馬車の方へと向かっていった。


「じゃあ僕らも次の目的地行こうか」

「はい」


 二つ目の目的地はここからそう離れていない。本当は日帰りで三箇所行くはずだったのだが、数時間の足止めを食ってしまったので二箇所で打ち止めである。残り一箇所は次回以降に回すことになった。


 二箇所目は一箇所目とは対象的に砂質で、踏むと軽く沈むくらいに柔らかい土だった。そして細い霊脈が既に通っているらしく、候補から外すことになりそうだ。

 結局、調査一日目は二か所とも微妙。

 そして厄介ごとは一件追加という、なんとも悲しい結果だった。



***



 同様に、調査二日目、三日目といまいちぱっとしない結果が続いた。三日間で回った調査地は六ケ所。候補地は全部で十一か所あるので約半分が終わったところだ。ただし、そのうちの四か所は候補には挙がっているけれどだいぶ遠い、出来れば行きたくない場所である。

 つまり、実質七か所のうちどれかで決めておきたいのだ。


 四日目の本日は、一日目に盗賊騒ぎなどで時間が押して延期になった場所だ。ここが空振りだったら遠くまで足を延ばすことになってしまう。


「残りはどこも遠いので、何日か休息をはさんで準備してからの方がいいんじゃないでしょうか。……栽培実験も並行してやってるから、その状況を確認してからのほうが効率いいかもしれませんし」


 魔力を吸って成長し、なおかつ蓄積していく木というのは数種類あるそうで、その中で更に乾燥に強いとか木材利用の適性だとかを考慮して候補を絞って栽培実験をして……という工程をクラフトギルドで進めている。これまでに回った候補地から採ってきた土壌サンプルを使って実験しているので、ある程度土質の向き不向きが分かってくるかもしれない。


「うん、二人には申し訳ないけど、そうさせてもらえると正直助かるよ」


 本当に申し訳なさそうにユッカが微笑む。ルルシアとフォーレンは基本的に動き回れれば元気なので構わないのだが、もともとデスクワークタイプのユッカはそうはいかない。近場を回っている現時点でも目に見えて疲労が蓄積してきているのだ。これで間を置かずに遠征など酷すぎる。

 候補地が決まらないとその先の段取りも決まらないので、出来れば調査は早めに終わらせておきたいところだが、仮にそれが数日ずれたとて、大きな影響が出るというほどではない。



 本日の調査は一か所だけ、ということでゆったりと移動して、目的地である窪地に着いたのは昼過ぎだった。ちなみにちょいちょい道を逸れてたっぷり薬草や魔物素材を採集できたフォーレンはご機嫌である。

 「索敵~」と鼻歌交じりに先行するフォーレンの背を見送りながら、窪地の淵に立って全体を見渡して、ルルシアは思わず呟く。


「ここは……」


 すり鉢状になっている窪地の側面には申し訳程度の草しか生えていないのだが、底面には低木が青々と茂っていた。それほど植物種が豊かではないのは、降水量が少なく乾燥に強い種しか育たないテインツ周辺でよく見る光景である。それは他の場所と共通しているのだが。


「なんか、木が妙に生き生きしてるんだけどー」


 窪地の底に降りたフォーレンが不思議そうに首をひねっていた。

 彼の言う通り、離れたところからでも緑に勢いがあるのが見て取れる。


「……ちょっとだけエルフの集落に空気が似てるね」


 隣で同じように見下ろしているユッカの言葉に、ルルシアはこくりと頷いた。

 エルフの集落は基本的に森の中にあるのだが、それはどの森でもいいというわけではない。言い伝えによれば、集落が作られている場所は『神によって祝福を与えられた地』なのだそうだ。

 単純に条件がいい土地に住み着いただけなのに、特別感を出したいがためにそういう逸話を後付けしたのではないかとルルシアは思っているのだが――もし、本当に祝福を受けた土地だというなら、ここはその一つだろう。そう思ってしまうほどに空気の質が似ていた。


「過去に集落があったのかもしれませんね……」

「ありうるね……」


 魔物の姿はほぼないらしく、フォーレンの若干不満そうな声が聞こえる。低木ばかりで大きな魔物や動物は身を隠せないからだろう。下に降りると、空気中に微かに魔力が揺蕩っているのを肌で感じた。

 茂っている低木は近くで改めて見てみても緑が濃く、枝ぶりもしっかりしている。周囲の植物の少なさと比べると、妙に生き生きしているというのはぴったりの表現だ。


 そこへ、周囲を確認し終えたフォーレンが戻って来てもう一度首をひねる。


「でも、魔物もいないし、テインツからもわりと近いのに……いっそ切り開いて休息地でも作られてそうな場所なのに、ぽかんと空地になってるのはなんでだろうな」

「うーん……もし、ここが過去にエルフの集落があった跡地だとしたら……エルフの集落って、基本的に住人以外には認識し辛いように魔法をかけてあるんだ。その魔法が残ってるのかもしれないね」


 ユッカの返答に、フォーレンはぱっとルルシアの方を見た。


「え、てことはルルシアのいた……モーリス?」

「オーリス」

「そうそれ、オーリスも、俺とかが近くまで行っても集落には辿り着けないの?」

「そこにあるって知ってれば辿り着けるよ。偶然迷い込むっていうのは少ないけど、まったくないわけじゃないみたい。なんか、なんとなく足が向かないようになってるらしいよ」

「ふーん……その魔法って集落を移動させるときに解いて行ったりしないんだ? 跡地が使えなくなっちゃうじゃん」

「魔法をかけたのは神様ってことになってて……それが本当かウソかは知らないけど、今生きてるエルフにはかけ方も解き方も伝わってないんだ」

「神様って、いきなりおとぎ話か」


 『魔族』が瘴気を作り出してしまうエルフだったのだから、『神様』も魔法の得意なエルフだったのかもしれない。セネシオは魔獣の発生過程の話をしたときに、昔と今で知識の断絶があると言っていたので、『エルフの神様=すごいつよいエルフ』の可能性が全くないとも言えない。


「ま、集落を移動させるってこと自体がまずないから、そんな魔法をかける機会も解く機会もないんだよね。すでに魔法で守られてる土地をわざわざ捨てるなんてもったいないでしょ? ……今ここに何もないってことは、そこにあった集落が何かの理由で消滅したってことだよ。最近だと、魔獣に襲われて壊滅したフロリアみたいにね」

「ああ……なるほど」

「……じゃあ、改めて霊脈を見ていこうか。多分ここがそういう土地なら何の問題もない安定した土地だろうけど」


 フォーレンは他にも色々聞きたそうだったが、ユッカがそこで流れを切った。ルルシアの両親がフロリアで命を落としていることを知っているのでわざと話を変えたのだろう。


 ユッカが魔法で地中の魔力の流れを探り始める。

 彼は土魔法が得意だそうで、彼が魔法を使うと枯山水の砂紋のような美しい跡が浮かび上がる。ルルシアはその光景を見守るのが好きで、いつもじっと見ているのがユッカからするとちょっと恥ずかしいらしい。


(ディルからも嫌がられたし、もしやわたしって人の作業を妨害するオーラでも出てるんだろうか……)


 そんなことを考えていると、ルルシアの隣で暇つぶしに木の枝を使って地面にネコの絵を描いていたフォーレンが「でもさぁ」と口を開いた。

 彼は何気に絵が上手い。


「一日目にあのおっさんたちに邪魔されてなかったら一日目で大当たり引けてたってことだよな……」

「ああー……確かに。でもまあ、ほら、フォーレン素材集め出来たじゃん。わたしは運動不足の解消できたし……それに、結局他の候補地も念のため確認しておこうってことにはなってたよ」

「そうだけどさ。でもやっぱあのおっさんたち全員殴っときゃよかった……」


 勤労少年からすると、犯罪に走った大人は許せないらしい。地面に描かれたネコも怒っているらしく、ネコパンチを繰り出していて大層かわいらしかった。……(…………)

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