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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
3章 エルフ代表者事務局員
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76. 身から出た錆

 ルルシアはフォーレンに腕をつかまれ、引きずり戻された。


「で、知り合いなの?」

「ううん。魔工祭の一週間くらい前に、エルムっていう村を過ぎたあたりにある休息地に寄ったことがあるんだけど、そこで見かけた商隊の中にいた」

「商隊? あのほくろのおっさんだけ? 他の奴らは」

「……わたし、顔覚えるの苦手で他の人はわかんない……あのおじさんはほくろと、あと時々眉ひそめる癖が特徴的だったから覚えてた」


 ルルシアたちがぼそぼそと話を始めたのを好機と見たのか、そのほくろの男が大きな声を出した。


「なあそこのエルフの嬢ちゃん、俺がいた商隊がわかるんなら商隊主を知らないか。俺らはあいつに騙されたんだ!」


 商隊主と言われても、どの人物が主だったかなど意識してみていない。それにたまたま行き会っただけの相手の動向など把握しているわけもない。おそらくそれは男もわかっているのだろうが、彼もこの事態を切り抜けたくて必死なのだろう。ルルシアは相手に期待を持たせたのは申し訳なかったな……と思いながら、表面上は淡々と冷たい声で言い返した。


「……悪いけど覚えてないしその商隊のその後も知らない」

「……くそっ」


 期待させるのは可哀そうだからとルルシアは離れようとしたのだが、逆にフォーレンは男の話に興味を持ったらしい。耳がピコピコと動いている。


「騙された、ねぇ。盗賊行為をしろって命じられたの?」


 ほくろの男は力なく首を振った。


「違う……テインツについたら仕事を斡旋してもらえるはずだったんだ。なのにあいつら姿消しやがった……働いた分の給料も払わずにだ」


 それで口火を切ったように周りの男たちも口を開いて事情を話し始めた。


「そうなんだ、俺らは仕事を探してて……それであの商隊の奴に声かけられて……雑用したら給料払うしテインツまで行ったら仕事の口利きしてくれるって話だったのに、テインツの手前で野営して、寝て起きたら商隊が姿を消してた」

「仕事を探そうにも身分証明ができない外国の奴は雇えないってどこも門前払いされて……」

「外国?」


 国内の他の領から来たのではなく、そもそも別の国から来ていたらしい。

 それだと確かにテインツでは就職の難易度が上がる。国内の者であれば議会がその人物のざっくりした犯罪歴などをおおむね把握している。なので人を雇うときはその人物に大きな犯罪歴や経歴詐称などの問題がないかどうか議会に照会することができる。だが国外の者の場合それができない。信用ある者の紹介でもないと雇いたがらない雇用主が多いのだ。


「……オズテイルが内乱状態なのは知ってるだろ。俺らのいた職場のボスが別の地域のスパイだったとかで、捕まって……職場は解体、俺らももろとも投獄されそうだったけどボスがかばってくれて……って言っても一度嫌疑がかけられたらまともな扱いなんてされない。仕事もなくなったし、あそこじゃもう生きていけないから国を出たんだ。イベリスで仕事を探そうって……」


 またオズテイルか……と顔をしかめたルルシアの横で、フォーレンが呆れたように鼻で笑った。


「で、騙されたと」

「…………そうだ」

「それで? 食うに困って盗賊か」

「…………」

「一回やってみたらうまくいったからいけると思ったんだろ」


 その通りなのだろう。男たちはうつむいてフォーレンの視線から逃げた。

 その様子にフォーレンはため息とともに肩をすくめた。


「まあ、命拾いしたな。本業に見つかってたら皆殺しだったぜ」

「……え?」


 思いもかけないことを言われた、という反応にルルシアは逆に驚く。


「素人の同業者なんて、プロからしたら邪魔なだけでしょう? 作法も知らない奴らに変に縄張り荒らされて、それが原因で自分たちにまで取り締まりの目が向いたら困るから、そりゃあ早めに始末しようとするよ」

「……そんなことも分からないのに犯罪に手を出すなよ……」


 呆れ果てた、という顔のフォーレンを、男のうちの一人がキッと睨みつけた。


「じゃ、じゃあどうしたらよかったんだよ!金もない、宿もない、仕事もできない、国にだって帰れない!……それなら持ってるやつから奪い取らなきゃ死ぬだけだろ!」

「死ぬ覚悟もないくせに人から奪うなよ。殺されて当然で、文句も言えないようなことやってんだぜ、あんたらは」

「……! ……そう、だが……」

「てか、他にもやりようがあっただろ。商隊に騙されたなら商業ギルドに訴えるとか議会に保護求めるとか……なんでそんな極端な発想になったのかがわからん」


 本当に不思議らしく、フォーレンは首をかしげている。

 イベリスで生まれ育ったフォーレンからすればそうなのだろう。

 だが、オズテイルは国内が三勢力に別れて紛争を続けている国だ。ルルシアもそういう政治の安定しない国で暮らしたことがないので、テレビや本で見聞きした程度の知識から推測するしかないのだが――


「うーんと、オズテイルはずっと紛争状態だし、ギルドが正常に機能してないんじゃないかな。職場が解体されたのだって商業ギルドが噛んでたかもしれないし……公の組織に助けを求めるって判断はオズテイルの人には難しいのかも」


 通信魔法を使うために少し離れていたユッカが戻って来て、ルルシアの言葉を引き継ぐ形で話に加わる。


「議会はイベリスの独自の制度だしね。隣って言っても他所の国の内政事情はなかなか伝わってないものだよ。それに議会って言ったら完全なる『国』の機関だしね。自分の『国』から逃げ出してきた人にはちょっと近寄りがたい場所だと思うよ」

「……なるほど、国が乱れるってそういうことか……」


 呟いたフォーレンの尻尾は微妙に垂れて、耳もぺしょんと下がり気味だ。事情を知らなかったとはいえ言い過ぎたと思ったのだろう。それを慰めるように、ユッカが柔らかい手つきでフォーレンの頭に手を置いた。


「ひとまず局長に連絡したんだけどね、相手がオズテイルだってことですぐ冒険者ギルドの回収が来るってさ。で、それまで見張ってなさいって話になりました」


 フォーレンは気まずそうに身をよじってユッカの手から逃れながら「例の町襲撃関係か」と呟いた。ルルシアも「やっぱり……」と肩を落とす。


「オズテイルって聞いた時点でそうなるかもって思ってました……」

「そうだね、ちょっと今その名前は聞きたくなかったよねぇ」


 苦笑しつつユッカは男たちの方へ向き直り、彼らの顔を見回す。


「……というわけで君たちは連行されることになります。最近オズテイルがテインツで騒ぎを起こしたのは知ってるかな?」


 にこりと、老若男女問わず陥落してしまいそうな魅惑的な微笑みを浮かべ、ユッカが男たちに声をかけた。男たちは微妙に頬を染めつつ、戸惑ったように顔を見合わせ、そして「知らない」と首を振った。


「そうか。本当に知らないならいいんだけど……まあそういうことがあったので、今テインツはオズテイルの人に対してかなり警戒してるんだよね。そして万が一逃げられたりすると困るので僕らが見張ることになりました。だから逃げようとか考えないでね」

「逃げられるくらいなら殺した方が楽だからな。六人もいるし、一人二人欠けても問題ないだろ」

「フォーレン、それ完全に悪役のセリフ……」


 男たちのさっきまで赤く染まっていた頬から、一気に血の気が引いていった。



***



 冒険者ギルドから護送のための馬車が到着するまで、おそらく数時間はかかる。それまでぽっかりと時間が空いてしまったルルシアたちは男たちから少し離れた場所でお湯を沸かしてお茶の時間だ。


「しばらく足止めか。魔物でも来ないかな。素材採ってディルに売りつけるのに」

「そっか、冒険者ギルドだから素材採れるんだ。いいなぁ……」

「エルフはギルドに入れないからねぇ」


 商売したいエルフだっているだろうに、ギルドに所属できないので商売もできない。そもそもエルフというのは金儲けに興味を持たない種族ということになっている。ユーフォルビア曰く、「美形で戦ったら強くて極めつけに金持ってたら嫌悪の対象になりやすいでしょ」だそうだ。


「むぅ……そういえば、フォーレンは……っていうか、普通のギルド員とか町の人たちって今回のオズテイルの襲撃のことってどこまで知ってるの?」

「んん? ギルド員ならオズテイルから来た連中が魔物集めてテインツを襲おうとしてたってのと、あと、敵側にエルフがいるっていうのは知らされてた。エルフが敵に回るなんてヤバいからな……警戒してどうにか出来るもんじゃないけど、まあ事前に情報があれば逃げられるかもしれんから」

「まあ敵わなかろうが相手の情報は出来るだけ欲しいからね」

「そ。で、冒険者ギルド員以外は『なんかやばい奴らが町を襲おうとして失敗した』くらいの認識だと思う。でも噂好きの奴ならギルド員と同じくらいのことは知ってるだろうけど」

「オズテイルの人たちの目的は?」

「それは知らない。祭りで浮かれてるところだったら襲いやすいと思われたんじゃないかって言ってるやつはいたけど」


 オズテイルの目的は神の子の排除。そしてアルセア教会の力を削いでアルセアが力を持っているエフェドラ領を弱体化させた後、一気に攻め込んで支配下に置く……という、風が吹けば桶屋が儲かるというような話である。

 神の子が襲われた事件を『なかったこと』にする以上、その目的もほとんど『なかったこと』になってしまう。

 オズテイルの工作員は何故かオズテイルと隣接するエフェドラ領ではなく、そのさらに隣のテインツ領を突如襲った謎の集団となってしまうのだ。

 テインツの人々は細かいことにこだわらない性質らしいので、上層部はそのちょっと無理がある説明で通すつもりなのだろう。ルルシアはここのところ重大な出来事の中心にがっつり食い込んでしまっているので、話をしている相手がどこまで知ってるのかを把握しておかないとうっかり地雷を踏みかねない。


(だからもうオズテイルとは関わりたくなかったのに……)


 だがほくろの男を知っていると言って足を止めたのはルルシアである。


「身から出た錆かぁ……」

「へ?」

「……何でもないです」


 または、自業自得。ルルシアはそっとため息を落とした。

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