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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
3章 エルフ代表者事務局員
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75. 一つ目の候補地

 一つ目の候補地はテインツを出て少し西へ向かった場所だった。

 なだらかな丘のふもとで、茶色い地面が露出して雑草などはあまり生えていない。角の取れた大きな岩がゴロゴロしているので大昔には大きな川が流れていたのかもしれないが、現在はその面影もない。


「分かりやすく『不毛の地』って感じだな」


 フォーレンが岩の一つに上って周囲に魔物がいないか視線を走らせつつ呟いた。岩が多いので下にいると視界があまりよくないのだ。

 どちらかと言うと魔物よりも盗賊が潜んでいそうな雰囲気の場所である。

 フォーレンは岩の下を覗き込むようにユッカの方を見下ろした。


「ユッカさん、どういう場所が良くてどういう場所がダメなんすか」

「もともと別の霊脈がある場所とか、近い場所は干渉を受けやすいからダメだね。あと、なんだか原因はわかんないけど妙に魔力濃度が高い場所とか」

「へえ…そんな場所があるんだ。まあそういうのだと俺には分かんないな」

「獣人の人たちは環境中の魔力には疎いタイプの人が多いって聞くね。僕みたいに変化に敏感だとそういう妙に魔力濃度が高い場所ってちょっとめまいがしたりするんだよね。ちなみに、ルルシアはそういうの分かる?」


 ユッカに話を振られてつま先で地面をえぐっていたルルシアは顔を上げる。


「多分分かります。魔力酔いですよね…なんか…うわーっ!てなります」

「うわー、か。ふふ、そうだね。まあそういうところはもともと魔物が集まりやすいから候補地には入ってないと思うけど、一応気にして見てみてね」

「はい」

「ところでルルシアは何で地面掘ってるんだ」


 ルルシアの足元には掘り起こした赤茶色い土がゴロゴロ転がっていた。それを拾って指で潰してみると固くてぼろぼろと崩れる。


「地面が粘土質だなって思って」

「ねんどしつ?」


 言葉の意味が分からなかったようで、フォーレンは首をこてりと傾げた。一緒に尻尾も同じ方向に倒れるのがなんともかわいらしい。だが彼は可愛いと言うと怒るらしいので、ルルシアは喉まで出かかった言葉をぐっと呑み込む。


「…粘土っぽい土で固いから、地盤がしっかりしてて雨でも崩れにくそう」

「逆に言うと水はけが悪いから、木を植えたりするならちょっと厳しそうだね」


 ユッカが頷きながら続ける。確かに粘土質の土地は植樹に向かないだろう。それに、何をするにしても岩が多すぎる。


「根が張れなさそうですよね。あと、もし魔物が集まるようなことになったら、視界も動線も悪くて討伐に手がかかりそうです」


 そのルルシアの言葉に、しなやかな動きで岩から飛び降りてきたフォーレンが「そうそう」と頷いた。


「ここって隣村とテインツを結んだ直線状にあるから、行き来するときに突っ切ると便利な場所なんだけど…雨が降るとめっちゃぬかるむし、視界も悪いから道としてはほとんど使われてない場所なんだよ」

「まあテインツから近くてアクセスがいい場所なのに旅人が使ってないってことはそういう理由があるってことだよね…」

「でも地図上では近道に見えるから時々迷い込む奴らはいるらしい」


 ニィっと笑ったフォーレンは準備体操のように体を伸ばしつつ、ある方向を指差した。指がさし示した方向からかすかに足音が聞こえてくる。普通に歩いているのではなく、足音を忍ばせるような歩き方をしているので旅や行商の途中ではないだろう。

 その気配に、あまり荒事に慣れていないユッカが眉を下げた。


「そういう、土地に不案内な旅人を狙って盗賊が湧く…っていうこと?」

「そゆこと。ルルシア、雑魚お願い」

「分かった」


 先手必勝!とつぶやいてフォーレンが駆け出す。


「ユッカさんは私の側にいてください。近くにいてくれる方が守りやすいです」

「うん」


 ルルシアはブレスレットに魔力を通して自分とユッカの二人をぐるりと取り囲む円筒状の防壁を作る。淡く青い光を放つ壁は、範囲をかなり狭めたので魔力消費は殆どない。これなら普段どおりに弓が使えるだろう。


「それ、魔術具だったんだ…すごい便利そうだね」

「便利ですよ。魔力消費も抑えてくれますし」

「へえ…僕みたいに魔力少なくても使えるかな…こういう時にあると安心だよね」

「そうですね…セネシオさんも欲しがってましたし、相談すれば使う人に合わせて作ってくれると思いますよ……えっと、でもさっきの話になりますけどわたしはタダで貰ってしまったので、どのくらいのお値段なのか知らないんです…」

「買うとなると相当高級品だろうねぇ」

「ですよね…作りを簡単にして価格を抑えるとかも出来るのかもですけど」


 喋りながら弓の弦を引き、矢を放つ。

 キンッと甲高い音を立てて放たれた魔力の矢は幾筋もの光に分かれた後、先を走るフォーレンを避けて追い越し、岩陰から姿を表した襲撃者たちの手や足を次々撃ち抜いていった。

 

「痛てぇ!!!」

「何だよこれ!?」

「え!?どうした!?」


 突然手足を押さえて武器を取り落したり転んだりする仲間を見て、矢が当たらなかった盗賊たちが戸惑った様子を見せた。何が起こったのかよくわからなかったのだろう。戸惑って怯んだ数人をフォーレンが次々倒していく。


 ――そして、戦闘はほんの一呼吸で終わってしまい、そこには気絶して倒れた男たちとうずくまってうめき声をあげる男たちが合わせて八名転がっていた。


「うわ…二人共強いね。文字通り瞬殺じゃないか」

「うーん…、わたしなんて完全にエルフの格好してるのに、まともな魔法の対策もしないで襲ってくるってことは、この方たちあまりこのお仕事慣れてないんだと思います…さすがにわたしもこんなに当たるとは思ってませんでしたし…」


 むしろ弱すぎてこちらが戸惑うレベルである。

 プロの盗賊――という表現が適切かどうかは置いておいて――であれば初めのルルシアの矢だってそれなりに避けただろうし、たとえ仲間が倒れてもあそこまでわかりやすく怯んだりもしなかっただろう。

 彼らはあまりにも対人戦闘や盗賊行為に慣れていない。


 男たちを後ろ手に縛り上げ、つなげて転がしたあと、フォーレンはリーダー格と思しき男のもとへ近づくと、おもむろに目の前の地面に剣をドスッと突き立てた。


「ヒッ」

「…おっさんたち、本職じゃねえな。手を出す相手は考えたほうがいいぜ」


 突き立てたのは男たちの一人が持っていた剣だった。刀身はあまり手入れされているとは言い難く、刃こぼれが目立つ。それに、地面に刺しただけなのに怯え過ぎである。


「…お、お前子供二人って言っただろ!? 獣人とエルフなんて聞いてねえよ!」

「だって小さいし…そんなに強いと思わなかったんだよ!」

「思わなくてもせめて言えよ!」


 男たちが仲間内で言い争いを始める。声を抑えてはいるが、内容は丸聞こえだ。 

 獣人もエルフも一般的に戦闘能力が高いと言われている種族である。それが揃っているのに、斥候役は『体が小さい』という理由でいけると思ってしまったらしい。相手の戦闘力が推し量れない者を斥候役にしている辺りで素人感が溢れている。おそらく、『目や耳がいい』くらいの理由で選ばれたのではないだろうか。


 フォーレンが剣の柄に手をかけ、刀身を蹴り飛ばした。もともと刃こぼれして脆くなっていた剣はその蹴りでバキンッと真っ二つに折れてしまう。折れやすいところに力を加えたのだから折れるのは当然なのだが、男たちへの脅し効果は抜群だったらしい。全員口を閉じ、沈黙が落ちる。


「こっちは漫才聞くつもりはねえんだよ」


 冷たく言い放ったフォーレンが手に持っていた剣の柄を投げ捨てる。ついでに折れた刀身も遠くに蹴飛ばした。そして身を翻すとルルシアたちのもとへ戻って来て「さ、行こう」といつもの明るい調子で言った。


「まっ…待ってくれ! このまま放置するつもりか!?」


 縛られた男の一人が真っ青な顔で怒鳴る。フォーレンは面倒くさそうに振り返ると、舌打ちをした。


「はあ?そりゃそうだろ…連れて歩くわけないだろうが。解放するわけもないし」

「魔物が来たらどうするんだ!」

「どうするんだって、知らねえよ。自業自得だろ。ギルドには連絡するから回収の奴らが来るまで生き延びられるといいな」


 フォーレンがそう言って手をひらひらと振ると、男たちは「待ってくれ」「助けてくれ」「だからやめようって言ったんだ」と思い思いに嘆きの言葉を口にし始めた。

 

「なんだろうなこいつら。人襲うにしたって息も合ってないし覚悟も足りてねえ。かといって商人とか農民って感じでもねえし」

「…なんだか事情があって身をやつしたって感じだね。せめて通信魔法で事務局経由して冒険者ギルドに連絡つけようか」


 ため息交じりのフォーレンにユッカが答える。通信魔法を使った方が、ルルシアたちがテインツに戻ってギルドに報告するよりは早く回収班がやってくるだろう。それでも半日程度は身動きできないままここに放置されることになるが。


「そうっすね。時間がかかって万が一食い荒らされてたら片付け大変だろうし」

「あーうん。じゃあ連絡するね…ってルルシア? さっきからなんか考え込んでるけど、どうしたの?」

「うーん」

「ルルシア?」

「あの目の上にほくろがある人、見覚えがある気がするんだけど…」


 比較的最近見かけた記憶があるのだが、思い出せない。遠目に見ていてもよくわからないのでルルシアはてこてこと男の方へ歩み寄り、じっくり顔を眺める。


「な…何だよお前…」


 フードを完全にかぶって顔を隠した人物が近寄って来て、目の前にじっと突っ立っているのが相当不気味だったらしく、男の声はひどく震えていた。


「あ! そうだ思い出した。魔工祭の前、商隊で働いてた人だ」


 思い出せたことが嬉しくてルルシアは胸の前でぱんっと手を合わせる。その動きと言葉に男たちは「…へ…?」と、あっけにとられた顔をした。

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