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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
3章 エルフ代表者事務局員
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74. 冒険者ギルドの新人

「じゃあ今日はよろしくねルルシア」

「こちらこそよろしくお願いします」


 町の入口でユッカと落ち合う。

 ユッカはマントを羽織っているが、フードは軽くかぶっているだけで顔はほとんど出していた。その代わり眼鏡をかけている。軽い認識阻害の効果がある魔法をかけているそうだ。フードで視界を覆ってもマント自体に織り込まれた魔法の効果で周りは見えるのだが、ユッカはその状態だと魔力の気配を読みにくくなるらしい。

 ルルシアに関してはいつもの旅装で、フードもきっちりかぶっている。

 正直なところ、ルルシアはテインツでも顔見知りが増えてきているので別に姿を隠す必要はなくなってきている。そもそもテインツはユーフォルビアが『エルフはもっと世間に歩み寄るべき』という持論を持っているため局員もそれほど姿を隠していないのだ。

 ユッカが認識阻害の眼鏡をかけているのは、彼が美形すぎて耳目を集めてしまうのでそれを避けるためである。町を出たら眼鏡を外すらしい。


 そういう状況でもルルシアが頑なにフードをかぶっているのは、あまり表情を見られたくないからだった。ユッカと二人で行動するのはこれが初めてなルルシアはがちがちに緊張しているのである。

 普段の任務でも大抵はライノールが一緒にいて、彼を介して人とやり取りをしていた。一人で任務にあたることもあったが、大抵は個人で対処できるレベルの討伐で、コミュニケーションなど不要な案件だったのだ。

 知っている相手とはいえ相手は苦手意識のあるユッカ。そしてこれから冒険者ギルドの新人が合流する手はずになっている。複数人での護衛となると連携をとる必要があるので打ち合わせは欠かせない。特にルルシアの戦い方は少し特殊なので説明は必須だ。それを考えるとどんどんと気が重くなってくる。その顔を見せたくないが故のフードだった。


(話しやすい人が来てくれればいいけど…)


「どうも!冒険者ギルドから派遣されてきました!」


 憂鬱な気分に浸っていたルルシアの耳に、明るい少年の声が響いた。


「て、あれ?フォーレン?」

「よ、ルルシア。えーと、ユッカさん?ですよね。俺はフォーレンといいます」

「初めましてフォーレンさん。ルルシアと知り合いなんだね」


 ネコ科系獣人の少年、フォーレンが耳をぴんと立ててニカッと笑う。可愛い。

 ルルシアの視線は思わずネコ耳に持っていかれてしまったが、フォーレンは確かまだ正式に冒険者ギルド登録をしていなかったはずである。その場合、ギルドに所属している冒険者が後見人となって一緒に行動する必要があるはずだが、後見人であるウッドラフの姿はない。


「新人さんって聞いてたけど…フォーレンが?」

「そうだよ。やっとギルドに登録できる歳になったんだ。だからやっとウッドラフがいなくても一人で任務受けられるようになったんだよ」

「そっか、おめでとう! じゃあ十五歳になったんだ。最近誕生日だったんだね」

「そう。先週だった。ありがと。――で、護衛の方だけど、ルルシアの戦い方は知ってるし、そっちも俺の立ち回りもわかるよな? その辺の打ち合わせは不要ってことでOK?」

「うん。よかった…一から説明するの大変だなって思ってたから」

「あれはなかなか言葉で説明しづらいよなー」


 早速フォーレンが仕事の話を始める。新人と言ってもウッドラフに連れられて場数は踏んでいるらしいのでお手の物なのだろう。話が早くて非常に助かる。

 一方で、ルルシアの戦闘スタイルを知らないユッカは首を傾げた。


「ルルシアはそんなに特殊な戦い方をするの?」

「んー、わたしは魔弓使いなんですけど、普通は金属製の矢に魔術効果を付与して射掛けるらしいんです。でもわたしは矢も魔力で作っちゃうので射った後もある程度自分の意志で操作できるんですよね」

「俺も討伐の時に魔弓使いは何回か見たことあるけど、ルルシアみたいに矢が分裂したり軌道変えたりするのは初めて見たな。口で言われても自分の目で見ないとうまく理解できないと思う」

「へえ…それは是非見てみたいなぁ」

「本当は披露する場がない方が安全ですけどね…じゃあ出発しましょうか」



***



「そういやあルルシア、ディルんとこ出てったんだって?」

「え? あ、うん。体調回復したから」


 一つ目の候補地へ向かい始めてしばらく経ったところでフォーレンがルルシアに話しかけてきた。『出てった』と言われるとなんだか語弊がある気はするが、確かにランバート邸から出て自宅に戻っている。


「一部で話題になってるよ。ディルがやっと嫁を貰うかと思ったら逃げられたって」

「は!?」


 思わず大きな声が出てしまった。また嫁。しかも逃げられたとはどういうことだろうか。なぜ本人たちが何も言っていないのに周りで話が進んでいるのだろう。


「なんでそんな話に…」

「んー、あいつ実力的には次期クラフトギルド長とか言われてるし、あいつのとこに娘を嫁にやって親戚になりたい連中って結構多いんだよ。だから今まで本人置いてけぼりで周りが水面下でバチバチしてたのに、急に女の子が現れて一緒に住み始めたら普通に注目されるよ」

「住むっていうか一時的に宿泊してただけだし、ほぼライも一緒だし…それに、次期ギルド長って?」

「ああ、聞いたことあるよ。現ギルド長の息子さんの腕がよくて、史上初の二世代連続でギルド長になるんじゃないかって噂」


 ルルシアは初耳の内容だったが、ユッカが知っているということはかなり有名な話なのだろう。だが、ランバート家ではそういう話は一切聞かなかった。いずれ継ぐ可能性があるならそういう話が出ていてもおかしくはない気がするが。特にアンゼリカ辺りは普通に会話に混ぜ込んできそうだ。


「そうそれ。ルルシアは知らなかったか。…でも、ギルド長になるとモノづくり以外の仕事が増えて制作時間が取れなくなるから絶対嫌だって本人が言ってたし、それにあいつ集中すると人の話聞かないから組織の長とか絶対向いてないじゃん? 多分選ばれても本人が辞退するよ。…だけどいまだに噂自体はなくなってはいないし、そうでなくても腕がいいのは確かだから喰うには困らないだろうし、旦那にするならうってつけって思われてるんだよ」

「…確かにディルの腕なら喰うには困らないだろうね…簡単に作ったっていうこれもあちこちで褒められるし」


 そう言いながらルルシアは腕につけたブレスレットに触れる。試作品で、時間がないから作りが荒いようなことを言っていたがそれでも一般的に市販されている量産品の魔術具に比べたら格段に出来がいい。


「それもさ、ルルシアはそれ貰ったっていう時点で特別なんだよ」

「…試作品だっていってたよ?」

「…昔、ディルが作ったアミュレットを、職人仲間の女の人から『参考にしたいから譲ってくれ』って言われて、習作だしあげるよって渡したことがあるらしいんだけどさ」

「うん」

「その人の親が、うちの娘はギルド長の息子からアクセサリー…アミュレットはペンダントだったらしいんだけど…を、貰うくらい特別な関係だって周りに吹聴して」

「えっ」

「うわ…」

「二人とも否定したんだけど、その女の人、そのせいで恋人との関係がこじれて」

「「…」」

「何とか周りの仲裁もあって誤解は解けたんだけど、結局気まずくなって破局したっていう事件があって」


 悲惨すぎて、ルルシアもユッカも「うわぁ…」としか言いようがない。


「だからディル、基本的に人に、特に女の人に無償で作品を渡すことないんだよ」

「そんなことがあったらトラウマになるね…」

「これ、特にクラフトギルド界隈では割と知られてる話なんだ。――なのに、家に出入りしてる上にどう見てもディルの作ったアクセサリーつけてる女の子なんていた日には当然噂になるでしょ」

「…それは…そうかもね…」


 でもそういう理由で作品を渡さないというのが有名な話なら、そこでルルシアにあえてブレスレットを渡すというのがどういう意味で周りから見られるのか、ディレルがそれを分かっていない…などということがあるだろうか。


「ねえフォーレン…それって、ディルもそういうこと分かってるってことだよね…?」


 ルルシアがやや低い声で問うと、フォーレンが『しまった』というような顔で微妙に目をそらした。


「あー…うん、分かってると思うよ。あいつそういうとこあるから、嫌ならさっさと逃げたほうがいいぜ」


 ディレルはどちらかというと考えてから行動に移すタイプだし、自分の行動が周りからどう見えるのかは分かっているのだろう。そのうえでの搦め手なわけだ。

 気付いていなかったのはルルシアだけ…蜘蛛の巣にかかった獲物の気分である。

 これが外堀を埋めるというやつか…とルルシアはこめかみを押さえた。


 いっそ、嫌だったら逃げて解決だったのだけれど。

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