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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
3章 エルフ代表者事務局員
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58. 三人目の男

 ルルシアが目を開いて、まず初めにぼんやり霞む視界へ飛び込んできたのは真っ白な天井だった。自分が倒れた自覚はあったので、ここは病院の病室だろうか、とぼんやりと考える。

 ――が、だんだんと目の霞みが収まってくると、平坦な真っ白に見えた天井には繊細な彫刻が施されているのが見えてくる。どう見ても一般的な病院の病室ではありえない豪華さだ。政治家がスキャンダルを起こした時に急病で緊急入院する病室だったらありえるのかもしれないが、残念ながらルルシアは要人ではないしスキャンダルを起こした記憶もない。


「どこ、ここ…」


 もう少し周りを見ようと体を起こそうとするが、手足にあまり力が入らない。ベッドの上でもごもごもがいていると、おそらくドアがあるであろう方向からノックの音が響き、すぐにカチャリと控えめにドアが開く音がした。


「ルルシアさん!目が覚めたんですね?…ああ、まだ体を起こさないでください。もう三日も寝たきりだったんですよ。急に動くと体に障ります」

「…メリッサさん…?…え?」


 入ってきたのはディレルの家、ランバート邸のハウスキーパーであるメリッサだった。彼女は手に持っていたタオルや水桶をサイドボードに置くと駆け寄ってきて、起きようともがいていたルルシアの肩を押し、毛布を掛け直した。


「え???…ここ、ランバート邸なんですか?この部屋は?前お世話になってた時と違いすぎませんか?」


 もがいてもなかなか降りることのできなかったベッドは非常に大きい。キングサイズとかクイーンサイズというものだろう。そんなベッドが入ってもなお部屋の広さには余裕がある。どう見ても以前滞在していた客室の倍近くの広さだ。


「前のお部屋は客室棟でしたけど、今いるここは主屋で、家族用に用意されているお部屋なんです」

「はあ…すごい豪華ですね…」

「ええ。ルルシアさんの容体が心配だということで、離れにある客間ではなくてすぐに様子が見られるこちらの部屋を用意するようにという奥様の采配です」


 どういう流れでそうなったのかはわからないが、ルルシアはまたこの家に運び込まれて看病を受けてしまったらしい。しかもわざわざこんなに豪華な部屋を使わせてもらっている。


「え、あ…すみません、またご迷惑を…ええと、でも、そもそもなんでわたしはこちらにお世話になってるんでしょうか…」


 鼻血を出してめちゃくちゃ叱られながら木陰に連れていかれて、横になった途端にすこんと意識を失った――ところまでは覚えている。そのあと、夢うつつの状態でたまに目を覚ましたりしていた気はするが、ほぼ何も覚えていない。なぜ病院などの医療施設ではなく他人の家にいるのだろうか。


「倒れたルルシアさんを診察したお医者様の見立ては『極度の疲労』だったんです。入院の必要まではないけれど、数日は起き上がれないだろうからお世話をする必要がある、と。――ルルシアさんは今お一人で暮らしていますし、それに魔物の襲撃があったので病院も診療所も混みあっていて十分なケアができない可能性が高いという話で…それを聞きつけた奥様が問答無用で連れてきてしまわれまして」

「問答無用で」

「ええ。ここなら私がお世話につくことができますし、…ついでに外堀も埋められて一石二鳥ね、と」

「…外堀?」

「いずれうちの娘になるんだから、と宣言して連れてきたと」


 メリッサは、笑いをこらえているのと憐れみが半々といった顔でアンゼリカの言った言葉を教えてくれた。ルルシアは体調が悪いのとは別種の眩暈を感じながら、すがるような気持ちで口を開く。


「…それは、養子縁組的なことを考えてるとか…」

「違うでしょうねぇ…少なくともそれを聞いた方々はそうは思わなかったでしょうし」


 さすがにルルシアにだって言っている意味は分かる。初めて会った時から、アンゼリカは息子の嫁候補を探していたのだから。なんとなく狙われている気はしていたのだが、まさか対外的に宣言されるとは思わなかった。


「…それを聞いた方々って、誰かわかりますか…」

「旦那様とライノールさんと、あとは冒険者ギルドの支部長様、エルフ事務局の皆さまだと聞いてます」


 旦那様…アンゼリカの夫のビストートは(妻の暴走をいさめてほしかったという気持ちは過分にあるが)置いておく。問題はそのほかの人々だ。支部長のグラッドも面食らっただろうが、それより事務局の()()()とは一体どの皆さまなのだろう。あとでライノールに確認しておかねばならない。頭を押さえるルルシアに、メリッサは憐憫のこもった笑顔で続ける。


「ディレルさんはその時そこにいなかったらしくて、後からライノールさんに聞かされて頭を抱えていました」

「……」


 ライノールが大笑いしながらディレルに話す姿が目に浮かぶようだ。


「いっそ割り切ってここで暮らしたらどうですか?ルルシアさんがいると手伝ってもらえるうえにランバート家の皆さんご機嫌良くなりますし、私の職場環境が非常に良くなります」

「メリッサさん…面白がってますね…」

「それに毎日おいしいお肉が食べられますよ?あ、あと前にルルシアさんが言ってた揚げパンというのも何回か試作してみたので体調がよくなったら食べてみますか?」

「く…食べ物で釣るのは卑怯です…!でも揚げパンは食べます…!」

「うふふ、じゃあまず体力の回復からですね」



***



 メリッサが別の仕事に戻って一人になった。

 ルルシアが気絶している間にアドは助かったのか、シャロの処遇はどうなったのか、それにセネシオは何者なのか…など、確認したい事柄は山積みなのだがメリッサに聞いてもわかるわけがない。通信魔法でライノールを呼び出そうかとも考えたが、メリッサによればたまにルルシアの様子を確認に来ているらしいので、わざわざ呼び出さなくともおそらくそのうちライノールかディレルが来るだろう。そのとき説明してくれると思うのでそれまで待つことにする。

 それまでははっきり言って暇である。数日間体を動かしていないせいで鈍った体をリハビリしようと、広いベッドの上を転がったり手足をバタバタさせたりさせていたところで再び部屋のドアがノックされた。


「はい」


 ルルシアは慌てて乱れた毛布や着衣を整えてから返事をする。がちゃりとドアを開けて入ってきたのはライノールとディレル、あともう一人、見覚えのない男の三人だった。


「よお。やっと起きたか。お前そろそろ自分が使える魔力の加減覚えろよな」

「ルル、座ったままでいいよ」


 ベッドから立ち上がり椅子の方へ行こうとしたルルシアはディレルにやんわりと押し戻され、ベットのふちに腰掛ける。ディレルはルルシアから少しだけ離れたベッドの端の方に座り、ライノールは書き物机の椅子を引っ張り出して座る。そして、最後に入ってきた三人目の男は三人掛けサイズのソファの真ん中に座ってニコニコしている。

 ルルシアはその男に見覚えはないのだが、何故か妙に既視感がある。光の加減でグリーンに見える黒髪は緩くみつあみにしてあり、瞳はエメラルドをはめ込んだようなきらきらした緑。そしてどう見てもエルフな、恐ろしく整った顔立ち。銀髪でアメジストの瞳のライノールとまるで対の彫像のようだ。


「やあルルシアちゃん、思ったより元気そうでよかった。でもそんなに見つめられると照れるなぁ」

「…ああ、なんだ。セネシオさんか」


 口を開いた瞬間既視感の正体がわかった。見た目は全く違うが、魔力の気配が似ているし、喋り方は完全にハーフリングのセネシオだった。


「なんだって言われた…」

「今のそれが本当の姿?」

「そうだよ。ハーフリングのセネシオさんは世を忍ぶ仮の姿さ」

「はあ…」

「期待してたよりリアクションが薄い!」

「古代種エルフだって言ってたし転移したりしてるとこ見てるので、姿変えるくらいのことは普通かなって…」

「あー、ばらす順序がねー。ライノールくんが気付いちゃうのは予想外だったんだよねー」


 現代のエルフは多かれ少なかれ大体どこかしらで別の種族の血が混じっている。それに対して古代種エルフは純血種のエルフなのだ。遠い昔から生き続けており、現在では両手の指で足りるくらいの人数しかいないと言われている。うち四名がエルフ全体をまとめる組織の長として君臨しており、残りは隠遁して生死不明という扱い――まずもって、そうそう巡り合える相手ではないはずなのだ。

 だが、


「まあセネシオさんのことは後でいいです…それより、アド?さんは助かったんですか?シャロは?」

「えっ冷たい」

「あの男なら、命はとりとめたってとこだな。…助かったって言えるかどうかはわからんけど。重傷で意識は戻ってないし、瘴気にやられすぎて手足は元のようには動かんだろうって話だ。で、意識が戻ったら取り調べだろうな」


 ルルシアの問いに答えてくれたのはライノールだった。シャロたちに関してはエルフ事務局が指揮を執っていたので事後処理に立ち会えたらしい。

 しかし、アドはルルシアが見た時点でやはり手遅れだったのだ。手は真っ黒になっていたし、あの時は見えなかった足も同様だったのだろう。彼がどんな人物なのかもわからないし、『助かってよかった』と言っていいのか分からないがひとまず生きていれば選択肢は増える――そう思いたい。


「白髪娘は魔力の枯渇と、瘴気にやられて弱ってたが、ルルが瘴気抜いたから大した影響は受けなかったらしい。――今はそこの古代種に魔力を封じられて、処遇が決まるまでのあいだ城の拘留施設に入れられてる」

「…魔術師が魔術を封じられるっていうのは聞いたことあるけど、エルフの魔法って封じることできるの?あれ、魔法じゃなくて魔力そのものを封じるの?」


 魔術師が魔術で罪を犯した場合、魔術の発動を妨害する文様を体に刻まれるらしい。ただそれはあくまでも魔術文様を使えなくする方法で、魔術文様を必要としないエルフの魔法には適用できないはずだ。

 なので、ルルシア(に限らず、おそらくほとんどのエルフ)は『魔法を悪用すれば死罪になると思え』と教えられている。封じられないのであれば元を絶つしかないという考え方だ。


「出来るよ。現にルルシアちゃんだって封じられてるし」


 セネシオが何でもないことのようにとんでもないことを言い出した。

 ルルシアはぽかんと口を開いたまま「へ?」と間抜けな声を漏らす。


「解けかかってるけどね、その魔法。小さなころにかけられたみたいだけど」

「まほう?え?」


 封じられている、解けかかっていると言われてもルルシアには何の自覚もない。

 小さなころ、ということはライノールは知っていたのだろうか。そう思ってライノールの方を見ると、彼は書き物机に頬杖をついたまま、少し目を逸らした。


「…術者が死んでからだいぶ時間がたってるからな。よく保った方だろ」

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