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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
3章 エルフ代表者事務局員
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53. 周辺国家のお勉強

 テインツの町はちょうど中央に位置する城が一番高い位置にあり、そこから南に向かって土地が低くなっていく。

 城から少し南に下りた場所が商店の並ぶ中心街。その東側が工房や工場などが立ち並ぶ工業地で、西側が住宅地。住宅地からさらに奥まったところに教会があり、その南が目的の採石場だ。ただし採石場として機能していたのはかなり昔のことで、現在は立ち入り禁止になっている。

 

 距離があるのでランバート家の馬を借りて二人乗りで向かう。一人乗りのほうが圧倒的に早いのだが、自分の馬ならばまだしも、他人の家の馬に乗って、薄暗い中出歩く人々を避けつつ走らせる自信も土地勘もルルシアにはなかった。ルルシアはディレルの前に乗り、魔法で灯りを作る役目に徹することにする。

 祭りのため、普段なら馬を走らせやすい広い通りには人がたくさん歩いている。そのため比較的人のいない路地を選んで行くのだが、当然速度は出せない。ジリジリしながら進み、なんとか住宅街を抜けて林道までたどり着く。

 このまま西に向かうと教会で、南に向かうと採石場がある。


「やっぱりもっと南。採石場の方だね」

「了解。もう少し近づこう」


 さすがに林道に人影はほぼなかったので馬の速度を上げて一気に駆け抜ける。石畳で舗装された道が終わり、土の道にかわった辺りで馬の速度が少しずつ落ち始めた。やがて、嫌がるように嘶きを上げて完全に足を止めてしまう。

 周囲は木々が茂っていて見通しが悪い。採石場周辺は立ち入り禁止となっているためきちんと舗装された道はない。周辺を行き来する狩人や旅人たちが作ったと思われる、最低限通れる程度の道が頼りなく続いていた。


「…こっから先嫌がってる。馬はここまでだな」

「そうだね、もうだいぶ近いし、わたし様子見てくるからディルは…」


 ルルシアが飛び降りてそう言うと、ディレルも降りて近くの木に馬の手綱を結ぶ。強く引くと解ける結び方だ。


「一緒に行くよ。こいつなら危なくなったら自分で帰れるから」


 頬をポンと撫でられた栗色の毛並みの馬はじっと耳を立て、道の奥を見つめている。そちら側に良くないものがいるということがわかっているのだろう。

 ルルシアもそちらに意識を凝らしてみるが、やはりざわつく嫌な気配がするという感覚だけで、はっきりと『瘴気が湧いている』と言い切れない。言い切ることができるならば事前に冒険者ギルドに動いてもらうこともできるのだが。


 祭り期間中は警備員代わりにギルドの冒険者たちによる町の見回りが強化されている。更にディレルが以前言っていたように、町の外の魔物討伐依頼が増えている。つまり、人手不足である。

 こんな状況下で、『なんとなく嫌な感じがする』で動いてくれというのは難しい。せめて瘴気であるという確信が得たい。


「あれぇ、ルルシアちゃんじゃん?」


 さて行こうか、というところに後ろから間延びした声が投げかけられた。ビクッとルルシアの肩が跳ねる。


「…誰だ」


 ディレルが低い声で誰何した。手は剣の柄にかかり、声からは警戒心がにじみ出している。それもそのはず、今まで後ろに人の気配など全くなかったのだ。

 だが、そんなディレルの様子はお構いなしに、声をかけてきた人物は「あれ、逢引き中?」とカラカラ笑った。

 その人物を確認したルルシアは眉をひそめる。


「セネシオさん…どうしてこんなところに」

「んー?多分君らと一緒だよ。変な気配がしたから見に来たんだ」


 まるで警戒するそぶりも見せずに普通に歩み寄ってきたのはハーフリングの馴れ馴れしい男、セネシオだった。


「…そういえば魔力の気配がわかるんでしたっけ」

「そうそう。ところで神の子ってこの辺にいるのかな」

「神の子?」

「うん。神の子の双子ちゃん」


 セネシオは最近テインツに来たばかりだ。確かに神の子はここしばらくスポンサー巡りで出歩くことがあると聞いていたし、冒険者ギルドで会ってもいるが、彼らが『神の子』であると宣伝して回っているわけではない。どこかから情報が漏れることはあるだろう、が、この町に来たばかりのセネシオがそれを知り、なおかつ彼らが滞在する教会の側でその名前を出すということは。

 ――何らかの意図を持って情報を集めたうえでここにいる可能性が高い、ということだ。


 ルルシアは手に持った弓に魔力を込める。


「あれ!?いやいやいきなり殺気立たないでよ!確かに神の子を探してはいるけど、別に襲いに来たわけじゃないから!」


 セネシオはルルシアの様子を見て慌てて手を振った。が、


「わたしにはそれを信じる理由がない」

「それはそうだね!?――ええと、まず一旦落ち着いて話そう。ね?この森の中の状況も確認した方がいいし。ほらお兄さんも武器しまって」


 ほら俺今武器持ってないでしょ?を両手を広げてみせる。確かに彼は武器を手に持っていない。だが彼の得意とする武器の種類は知らないし、暗器や魔術具で攻撃してくる可能性だって十分ある。

 ディレルがセネシオを睨みつけたまま呆れたように答える。


「いや、十分落ち着いてるけど。落ち着いて考えてあんたが怪しすぎるんだよ」

「まあそうだね。お兄さんの言う通りだ。うーん、困ったな。多分このまま瘴気があふれて集まった魔物が飛び出して来たら危険だと思うんだよね。で、そいつらは間違いなく神の子を狙う。その前に止めたい」


 出てくる前に止めたいというのは同じなのだが、なぜそこでいきなり神の子が出てくるのだろう。


「神の子を狙う根拠があるの?」

「アルセア教の弱体化を狙うのに効果的だから。そんで、アルセア教が弱体化したらエフェドラも弱体化するでしょ?そしたら次はどうなると思う?はいルルシアちゃん」


 どうなると思うか。エフェドラが弱ると困る。それはわかる。逆に言うとそれしかわからないのでルルシアはこてんと首をかしげる。かわりにディレルが答えた。


「オズテイルか」

「正解。ルルシアちゃんはもう少し周辺国家のお勉強をしようね」

「…名前は知ってるもん」


 隣国オズテイルはエフェドラ領と隣接する国である。元々あまり安定した国家ではなかったのだが、三十年ほど前ついに国内が三つの勢力に分裂してそれぞれ首長を立て、以来ずっと小競り合いを続けている。

 ルルシアは一般教養としてオーリスの森長からそれを教えられたとき(リアル三国志だ!)などと思ったことだけは覚えていた。


「ルルシアちゃんにもわかるように言うと、オズテイルの一勢力が、平和ボケしたイベリスの一部、つまりエフェドラ領をぶんどって領土と勢力の拡大を図ろうとしてるんだよ。俺は少し前までオズテイルにいたんだけど出身はエフェドラでさ。エフェドラにもアルセア教にもそれなりに思い入れがあるわけよ。だから、そういうたくらみは邪魔してやろうと思ってイベリスに帰ってきたんだ」


 もっと平和ボケした国から転生してきたのでまったくそんな感覚がなかったのだが、どうやら長い期間紛争などが起こっていないイベリスは周辺諸国からは平和ボケしている国と評されているらしい。

 急に領土や勢力という戦争につながる単語が出てきて、ルルシアは戸惑ってディレルを見る。その視線に気づいたディレルは少し肩をすくめた。

 

「…残念だけどオズテイルがエフェドラを狙ってるっていう噂はだいぶ前からある。そんな状況なのにエフェドラがアルセア教関係で内輪もめを始めたのが二年くらい前から。きな臭いとは思ってたし、それがオズテイルの手引きだったとしても不思議はない…というかその方が自然だね」

「えっと、教会の内部分裂を誘発させた…それと、内部分裂を利用して神の子を始末して弱体化を図ろうとした?」

「そう。ルルシアちゃん正解。…というわけで今はここでもめている場合ではないということです」


 ざわざわする嫌な気配はまだ少し遠い。だが、教会の襲撃の時と同様であれば一気に襲い掛かってくるかもしれない。


(あの時は『シャロ』が瘴気を使って魔物を誘導したのかも…それなら、同じように瘴気を使って教会を狙うこともできるってことだ)


 ルルシアは弓に込めた魔力を霧散させる。


「分かった。…ライが来る前にある程度現状把握しておきたいから、行こう」

「お、俺の言ったこと信じてくれるの」

「…エフェドラの人なのは嘘じゃないと思う。エフェドラの人とよく似た気配がするから」

「よく似た気配…」


 セネシオはそう呟いた時、一瞬だけ泣き笑いのような顔をした。が、次の瞬間にはいつもの馴れ馴れしい笑みを浮かべていた。

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