49. 素材の良さを生かして
魔術工芸祭を明日に控えたテインツの町は喧騒に包まれていた。
魔術工芸と銘打っているだけあって、祭りのメインは魔術具や工芸品など、工業の発展しているテインツの主要商品を売り込むことにあるらしい。そのため周辺の領地や他国からも買い付けの商人がはるばる足を運んで来る。そしてその彼らも自分たちが持ち込んだ品を露店で販売するため、テインツでは普段お目にかかれないような珍しい品が店先に並ぶ。それを目当てに近隣の人々も集まるのだ。
ルルシアはテインツ城内のエルフ事務局の窓から人々がうごめく光景を眺めていた。
「見ろ、人がゴミのようだ――」
「え?」
お約束のセリフをぼそりと呟いたところを、よりにもよってなんとなく苦手意識を持っているユッカに聞かれてしまった。ルルシアはしまった、と頭をふるふる振った。
「…なんでもないです」
「そう?…毎年のことだけどすごい人だね。ルルシアは今まで魔工祭に来たことはある?」
「…いえ。依頼以外で外に出ることはなかったので、テインツに来たこと自体ありませんでした」
「ああ、オーリスは特に決まりに厳しいっていうもんね。じゃあ今年は楽しむといいよ。お祭り期間中はエルフ事務局は開店休業状態だからね」
「そうなんですか?」
「うん。冒険者も集まってくるから魔法が必要になるような場面も魔術師がやってくれるし、住民相談の窓口はお休みだしね」
エルフは村や町からくる魔物討伐やその他魔法が必要となる仕事の依頼を請け負っている。その依頼は一度テインツのエルフ事務局が受け取って、そこから依頼地に近かったり依頼に適した能力を持つ者が所属するエルフ集落へ振り分けられる。
だが、祭りの期間前後は各地から新しい魔術具や情報交換を目的とした冒険者が集まり、彼らがついでに討伐依頼等も請け負うためエルフの方にはほとんど仕事が回ってこないのだ。
ただ、エルフ事務局の仕事には種族間トラブルの仲裁もある。特に人が集まる期間中は依頼やトラブルが増えるのではないかとルルシアは考えていたのだが、意外とそうでもないらしい。
「人の目が多いと結構トラブルもこじれにくいんだよ。側にいる人が仲裁に入ったりするしね」
「まったくもって魔工祭さまさまよねー」
「ベロニカ」
ベロニカがユッカの反対側にやってくる。ルルシアを真ん中に、三人が窓辺に並び町の様子を眺める格好になった。そのまましばらく、どこに何の露店が出るといった雑談をする。ユッカの言うように仕事量が減っているため時間を持て余しているのだ。
「しかし魔工祭って何回聞いてもだっさい名前よね。何よ魔術工芸祭って」
魔工祭の始まった由来という話の流れでベロニカがそんなことを言い出した。
ルルシアもどことなく工業高校の文化祭のような名前だと思っていたし、華やかな祭に似合わないなとも思っていたのだが、テインツの外部から来た立場としては言いにくかった。だが割とテインツ内でも共通認識だったらしい。
「どうせドワーフが付けたのよ。あいつらいつも質実剛健とか言ってるけど要はネーミングセンスがないんだもん。だって、テインツ領の首都の名前がテインツで、この城の名前はテインツ城よ?テインツって名前だって国を興したドワーフの王様の名前らしいし。名前つけるの面倒だった感半端ないじゃない」
「そうだねぇ、モノ作りに関しては繊細ですごいのに、名前はなんていうか…素朴っていうか、えーと、素材の良さを生かしてる?」
ベロニカがまくしたて、ユッカが苦笑しつつフォローする。が、フォローしきれていないところが悲しい。
「素材を生かすっていうか素材そのままドンと置いてあるだけよ」
魔術具と工芸を扱う祭なので魔術工芸祭。確かに素材しかない。でも外から来る者からしたら変にひねった名前よりも理解しやすいのでいいのかもしれない。
「内容は分かりやすいね」
「うん。分かりやすいのは大事だよね」
「…まあ結局そこに落ち着くのよねー。っと、そうそう。今年はこっちにも討伐依頼来るかもって局長が言ってたよ」
忘れてたわー、とベロニカが持っていた書類を広げる。そこには『緊急要請について』という表題で、テインツの近隣で魔物の目撃例が増えていること、冒険者ギルドで対処しきれない場合テインツ周辺の討伐を緊急で要請する場合があることなどが書かれていた。
「冒険者たくさん来てるから大丈夫だとは思うけど一応声かかるかもしれないってさ。今までは私らあんまり戦えなかったから声かからなかったけど、今はルルシアたちがいるし。テインツ近辺だったら一番早く動けるのは事務局だからね」
「目撃例が増えてる…か」
ベロニカが説明を付け足す横で、ユッカが書類に目を通しながら呟いた。彼は少し考え込んだ後、顔をあげてルルシアを見た。
「…前に、普段襲ってこない魔物が襲って来たってライノールが言ってたね。ルルシアもその時一緒だったんだよね?」
「ああ、鹿の話ですね。普通は獲物を追いかけてまでは襲ってこないのに、結構な距離を追いかけて馬車を襲ってたんです。最近そういう案件が増えてるってギルドの人が言ってましたね…」
「ちょっときな臭い感じあるよね…今は冒険者が多いからいいけど、祭り期間が終わった後がちょっと大変かもな」
「うえぇ、今後定常的に討伐依頼来るかもしれないってこと?」
「ありうるかもね」
困ったように笑うユッカの言葉にベロニカが肩を落とす。
「私全然戦えないし、そうなるとルルシアたちに負担かかっちゃうね」
「…人とか町が襲われるのは困るけど、わたしは机に向かってるより討伐の方が嬉しい…」
思わず本音を漏らしたルルシアにユッカは「それは心強いな」と楽しそうに笑った。逆にベロニカは信じられないとばかりに目を丸くさせる。
「さすが戦闘系の集落出身。オーリスとかの人たちってみんなそういう感じなんだ?」
「ライはわかんないけど、そういう人の方が多いと思う」
「おっと、オーリスの脳筋たちの悪口はそこまでだ」
後ろから声が聞こえて振り返ると、若干疲れた顔をしたライノールが机の上に本を置くところだった。だいぶ前に資料室へ本を取りに行くと言って事務局を出て行ったはずだが、本を取りに行っただけにしては随分時間がかかっていた。
「…別に脳筋とは言ってない」
ルルシアは口をとがらせる。確かに頭脳労働者タイプではないとは思うが、脳筋というほどではない…と思いたい。
「お前も脳筋だもんな」
「ライにはそのうち天罰が下ると思う」
「もう下った。クラフトギルドの側通ったらアンゼリカさんに捕まって二時間近く愚痴を聞かされた」
二時間近く、ということは先程まで捕まっていたのだろう。道理で疲れた顔をしているわけである。
ベロニカが口に拳をあてて首をかしげる。
「アンゼリカさんってもしやクラフトギルド長の奥さんの?…そんな人と知り合い…あ、そういえば二人ってギルド長のお宅に滞在してたんだっけ」
「うん。少しの間だけど…でも、愚痴って何」
大体事務局の寮に入る前、一週間ほどお世話になっていた。だが、一体何の愚痴なのだろうか。
「あそこの息子がまた何も言わずに討伐出てったってさ」
「ああ…言わなかったんだ。まあ言ったら止められそうだよね」
滞在時のルルシアの部屋の使い方がひどかった、とかだろうかとちょっとドキドキしていたのでホッとする。反対にライノールは眉間のしわを深くする。
「あの奥さん、俺を愚痴聞かせる相手として認識してるみたいなんだが…お前行って機嫌とって来いよ。俺のために。着せ替え人形になってやればご機嫌だろ」
「絶対やだ…。なんでライのために着せ替えられなきゃいけないの。…あ、でもディレル、この間会った時にお祭りの頃には帰ってくるって言ってたからそろそろ帰ってるんじゃない?」
祭りの頃には帰るというのであれば、今日か明日くらいには戻る予定だったのだろう。単純に今日行き違いになっている可能性もある。
そこにベロニカが「ねぇねぇ」と入ってくる。
「あそこの息子さんってけっこう腕のいい魔術具職人だって聞いたことあるけど、討伐なんか行くの?」
「こだわりのある職人は素材を自分で採取するために魔物討伐に同行するって聞いたことがあるねえ。採取方法で素材の質が変わったりするらしいよ」
ユッカが先に説明してくれる。同行する、というか自分で討伐しているのだが、やはり自分でそこまでするのはあまり一般的ではないようだし説明が面倒なので黙っておく。
「へえ…職人も大変なのね…まあ何も言わずに討伐についていったらそりゃあ心配よね」
「心配するのはいいけど人を捕まえて長時間愚痴るのは迷惑すぎるだろ」
ライノールはそう言って、「お前ら暇なら手伝えよ」とため息とともに持ってきた本を開いた。




