47. 冒険者ギルド
折り方を覚えたばかりのライノールの作った鶴の方がくちばしの先までぴしりと綺麗に揃っていた。
悔しがるルルシアを笑いながら、ライノールは羽にサインを入れるとルルシアの頭の上に置いた。
「この一枚はライの願い事用にあげたんだよ」
ルルシアは頭の上に置かれた鶴を取り、そのとがったくちばしを指でつついた。
「家族とかと交換するもんなんだろ?別に俺は願掛けするようなこともないし」
「…まあいいや。くれるならもらっておく」
ルルシアは『家族とか』と言われたのが地味にうれしくて顔が緩むのを、折り紙を折るのに集中するふりをして顔を伏せて隠した。
「どこかのタイミングでルチア様たちと会えたら渡したいんだけど、無理かなぁ…教会までわざわざ行くほどじゃないしね」
「まあ、今もちょこちょこ視察とかスポンサー巡りはしてるみたいだから運が良ければどっかでかち合うかもな」
テインツ外から不特定多数が集まるようなこの時期に、わざわざルルシアたちを護衛として呼び出す必要があるほどの大きなイベントを計画するのは教会の派閥問題関係なしに危険が多すぎる。本当に偶然町で出会うくらいしかチャンスはなさそうだ。
――だが、そのチャンスは驚くほどすぐにやってきた。
「冒険者ギルドですか?」
翌日、ルルシアが資料の整理をしているところに、いつものように笑顔を浮かべたユーフォルビアがやってきた。
「うん。城内にある支部じゃなくて町中にある出張所の方ね。エルフが絡むような依頼とか陳情がそっちに届くこともあるから定期的にやり取りしてるんだ。ルルシア、今日はそろそろデスクワーク限界でしょ?」
「…はい。よくお分かりですね」
ユーフォルビアの指摘にルルシアは半笑いで思わず目をそらす。
「まあ慣れてないものは仕方ないからね。というわけでこっちの書類を届けて向こうから陳情書を受け取ってきて下さい。受付にエルフ事務局だっていえばわかるから」
「わかりました」
テインツに拠点を構える各ギルドの本部や支部は、今ルルシアのいる事務局と同様にテインツ城内にあるのだが、冒険者ギルドだけは城内の支部とは別に町中に出張所を持っている。城内にある支部は事務仕事を処理する場所であり、冒険者ギルドのメイン業務である住民からの依頼を受けたり冒険者に紹介したりする窓口は出張所の方なので、むしろ規模は出張所の方が大きいのだ。
「大丈夫?ルルシア、場所分かる?」
事務局の先輩であるユッカが声をかけてくるので、ルルシアはこくんと頷く。
ユッカは線が細く中性的な美貌の男性だ。抜けるような白い肌にゆるくウエーブのかかった赤銅色の髪と胡桃色の瞳。ライノールをクールな美男と称するなら、ユッカはミステリアスな色男といったところか。物腰優しく、気の良い人物なのだが、どうにもルルシアはこの人物が苦手だった。――なんというか、雰囲気が色っぽ過ぎて落ち着かないのだ。
彼がにっこり微笑むだけで周囲にバラの香りでも漂ってきそうな雰囲気がある。少女漫画なら彼が登場するコマには必ず背景にバラが咲き誇っているだろう。
「そっか。気を付けてね」
「はい」
もう一度頷いて、ルルシアは書類の入った封筒をもって事務局を後にした。
後に残ったユッカは、隣で書類に目を通していたライノールに若干落ち込んだような顔を向けた。
「僕ルルシアに嫌われてるのかなぁ…あんまりしゃべってくれないんだけど」
「いや、あいつ元々人見知りだし。今まで周りにいなかったタイプだから怖いんだろ。そのうち慣れる」
「怖いのかぁ…」
想定外の言葉に戸惑う。ユッカはどちらかというと女性には好意的な目を向けられるタイプなので、怖がられたことなど初めてだった。
「どうしたら気軽に話しかけてくれるかな…」
しょんぼりと肩を落とすユッカを見て、ライノールは「気軽に…」と考えを巡らせるように眉根を寄せた。
「…特に大人の男ってだけで苦手意識あるみたいで自分から話しかけることなんかめったにないな。俺の知る限りだとそこまで懐いてるのは集落の奴ら抜いたら一人だけしかいないし」
「へえ。じゃあその一人はどういうタイプなの?」
「物事に動じない…タイプ?とかかな」
ライノールはその一人のことを頭に思い浮かべる。なにせ、目の前でライノールがアニスに刺されそうになってるのを見ても平然としていた男だ。本気で刺すつもりがないのがわかっていたからだろうが、それにしても普通ならもう少し驚くだろうと思う。
「あとは鷹揚とか…ああそういや、どことなく雰囲気があいつの父親に似てるかもしれない」
「なるほど、父親ね。それは真似のしようがないやつだ」
ユッカが苦笑したところに、二人の話を聞いていたらしいベロニカがご機嫌な様子でやってくる。彼女はユッカに対して勝ち誇ったような笑みを向けた。
「私にはかなり気軽に接してくれてるわ!…もしかしてお母さんと似てるとか?」
「ああー、そうだな。ぐいぐい来てデリカシーない感じが似てるかもな」
ライノールは面倒くさそうに半眼で答える。それに対してベロニカはニコッと微笑む。微笑んでいるが、有無を言わせない迫力がある。
「…つまり積極的で些細なことにこだわらない素敵な人ってことね」
「よくもまあ即座に言い換えるなぁ。てか、単純に押しに弱いんだよ」
「つまり、素敵な人ってことね?」
「…」
「ね?」
「…はいはいもうそれでいいよ」
ため息を落とすライノールを前に、ベロニカは「勝ったわ!」と高笑いをする。
ユッカはぼそっと「なるほど…ぐいぐい来てデリカシーがない、ね」と苦笑を浮かべた。
***
冒険者ギルドの出張所は普段から人の出入りが多い。だが、祭りを控えたこの時期は特に人が増える。
品物を卸したり露店を出すためにやってくる商人たちの護衛、普段使われていない獣道を行き来したため発覚した新しい魔物の巣の掃除、果ては酔っ払いの喧嘩仲裁やスリの被害報告まで。
更に食堂と簡易宿泊施設も併設されており、様々な要件を抱えた人々がこの出張所に集まっているのだ。
(受付、受付…どこーっ?)
ルルシアは書類の入った封筒をなくさないように胸に抱え、ギルド内を彷徨っていた。
一言で受付と言っても、依頼人用受付、請負人用受付、報告用受付、登録者用受付、施設利用受付…etc.と、受付が乱立しているのだ。総合案内的な窓口や案内板のようなものがないか見回してみても、人が多過ぎて背がそれほど高くないルルシアは視界を遮られてしまい見つけられない。
ユッカが声をかけてくれたのはこの事態を予想していたのかもしれない。せめてちゃんと会話をしておくんだった…と後悔しても後の祭りである。こうなったらどこかの受付でどこに行けばいいか聞くしかない。が、どこも行列になっている。
「…今は手が空いてて…」
どこの列が一番早く進みそうか、とたくさんある受付を見比べているところに、とても聞き覚えのある声が耳に届いた。ぴくんっと耳がその声に反応する。咄嗟に声の主を探して見回すと、たくさん人がいるというのに、すっと目がその人物に引き寄せられた。
「ディレル!」
「あれ、ルルシア?どうしたのこんなところで」
「おールルシアじゃん。ギルドの依頼受けるの?」
駆け寄ってきたルルシアにいきなり袖をつかまれたディレルは、目を丸くしたものの、いつもの穏やかな調子で答えた。ちょうどディレルと話し中だったらしいフォーレンも耳をピルピルさせながら笑顔を向けてくる。
知っている顔を見つけたルルシアはほっと息をつきながら、フォーレンにふるふると頭を振った。
「ううん、事務局の用事で来たんだけど、受付がわかんなくて…」
「ああ…それなら住民相談受付だね。二階にあるよ」
「住民相談ってなんか文句ばっかり言うおっさんとかおばさんがよく窓口の人困らせてるとこだろ?」
「言い方。…まあ、陳情とかだから厄介ごとは多いだろうな。分かりにくい場所だから案内するよ」
「ありがとう、助かります…」
じゅうみんそうだん~と尻尾を揺らしながらフォーレンが奥の階段に向かって歩き出す。それについて歩き出そうとしたルルシアは、自分の手が無意識にディレルの服の袖をぎゅっと握っていたことに気づいて慌てて離した。ルルシアの不安な心境を表すように袖には深いシワがついてしまっていた。しまった…と軽くなでつけるが、多分洗濯やアイロンが必要なレベルである。
「ん?」
「袖がシワになっちゃった。ごめんね…」
「さっきのルル、ものすごい心細いって顔してたもんなぁ」
「えっ…わたしそんな顔してた…?」
「してた」
ディレルはくつくつと笑いながら、ルルシアの手を取って「おいで」と歩き出した。自然に手を繋がれたことにびっくりしていたルルシアは手を引かれてハッと我に返る。
(手…!手が…!…恋人繋ぎなんですけど…!)
顔が赤くなっている気がするが、今日は先日買った帽子をかぶっていてフードがないので顔を隠せない。旅装のマントで来ればよかった…と激しく後悔しながら手を引かれるまま二階へと向かった。




