38. 広場
エフェドラから和解成立の連絡が入り、次いで清浄派のトップであるアルボレスから襲撃計画の停止命令が下ってから二日。
停止命令が末端まで行き届いているかどうかは分からないものの、一応のところ神の子への襲撃の気配は見られない。また、あのシャロと呼ばれたエルフたちもあれきり姿を見せていなかった。
「清浄派内部、しかも実際に組織を動かせる地位に神の子またはアルセア教へ害意を抱く者が入り込んでいるのは確かなようです。その人物の特定ができていない現状では、襲撃の停止命令が出ているとしても気軽に外を出歩くなどということは許可できません」
「センナのけちー!」
「センナのはげー!」
「禿げてはいません!」
アルボレスにより清浄派暴走の原因となった人物の特定作業が行われているらしいが、どうやら姿を消し消息不明となっている人物が複数いるらしく調査は難航しているそうだ。そのため神の子の双子たちはまだしばらくの間、現時点では最も安全と考えられるテインツの教会に滞在することとなった。
――とはいうものの、安全であったとしても、それほど大きくない教会のしかも賓客用スペースのみが主な行動範囲。外に出ても教会の敷地内。そんな状況で子供たちが満足できるはずもない。
「さすがにもう一週間ちかくこの教会から出てないんだよ!」
「ちょっと町を見るくらいいいでしょ?絶対キンシェ達から離れないから!」
「許可できません」
「あほー!」
「はげー!」
「禿げではありません!」
(センナさん、禿って言われるのだけは嫌なのか…)
センナは別に禿げてはいないのだが、本人的には微妙なラインなのかもしれない。双子もそれを感じ取ったらしくもう禿げとしか口にしなくなってきた。その光景を眺めていたルルシアは苦笑する。ルルシアも彼らに付き合って教会内に滞在しているため、外に出たがる双子の気持ちはよくわかる。
特に双子はエフェドラでも教会の限られた敷地から出られない(ただし、敷地の規模は数倍あるらしいが)そうで、せっかく知らない土地を訪れたのだから少しでも見ておきたいという気持ちが強いようだ。
「テインツだと土地柄冒険者ギルドの連中がうろついてるんで、他の土地よりは安全だと思いますよ」
「しかし…」
ライノールが双子の援護に回る。彼は今朝がた、教会内のめぼしい本は読み終わってしまったと愚痴っていたので、おそらく双子たち同様にじっとしていることに飽きてきたのだろう。
「土地柄もありますけど、ライノールさんやルルシアさんがついてくれてる今が一番安全かもしれませんね」
「そうですねぇ。センナさんもそんなに心配ばかりせずにちょっと休息をとった方がいいですよ」
キンシェとカリンも援護に入り、センナは渋面で「…しかし…」としばらく抵抗を続け、
「――絶対に、護衛から離れないこと。何かするときは必ずキンシェに伺いを立てること。…分かりましたか」
「「はい!」」
結局最終的には折れ、外出を許可したのだった。
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双子のリクエストは『商店街をみてみたい』。
彼らは農村の生まれで、しかも幼いうちに教会に引き取られ、その後ほぼ外に出ていないので人が雑多に行き来する商店街というものをまともに見たことがないという。そのため、馬車で広場近くまで行って広場と大通りの商店を少し覗く…ということになった。
広場は、以前ルルシアがディレルに連れてきてもらった噴水のある場所だが、今は市が立つ時間ではないので人通りは前回ほど多くないはずだ。
馬車に揺られながら窓に張り付いて外を眺める双子はごきげんだった。前回馬車に乗ったときは窓際は危険だということで両端には護衛が座り、さらにカーテンが引かれて外を見ることを禁じられていたそうで、窓から見える風景すら楽しいらしい。
今回は片側の窓際に向かい合わせに双子が座り、それぞれの隣にキンシェとカリン、反対側の窓際がライノールとルルシアという配置。
ルルシアとカリンが隣同士。半獣人であるカリンのフサフサの尻尾がすぐ真横にある。
(く…いっそ偶然を装って触りたい…)
だがそれはやっぱり駄目だろう。ルルシアは自分の意識を尻尾から逸らすために窓の外へ目を向ける。そこに、カリンの忍び笑いが聞こえた。
「ルルシアさん、尻尾触っていいよ?」
「へ…!?は?え?いいんですか!?」
「どうぞどうぞ。ルルシアさんってばよく耳と尻尾を目で追ってるから、触りたいんだろうなーって」
失礼に当たるだろうからとなるべく見ないように気をつけていたつもりだったが、バレバレだったらしい。
「す…すみません…」
「いいよいいよ。そういう人多いし。ネコ科系の人は嫌がったりすることも多いみたいだけど私は気にしないし。いきなり無遠慮に触られるのはやだけどさ」
カリンはイヌ科系の獣人で、イヌ科系は比較的触られることを嫌がらない人が多いそうだ。ディレルに尻尾を掴まれて悲鳴を上げていたフォーレンはネコ科系なので、気軽に触らせてなどと言ったら怒られていたかもしれない。
「あああ、ふわふわ…」
「ふふ、くすぐったい」
ルルシアは念願の尻尾を膝の上に乗せてなるべく優しく撫でる。ここにブラシがあればブラッシングをしたいくらいである。
真面目な顔でそのルルシアたちを見ていたキンシェが、隣のライノールにだけ聞こえる程度の声で話しかける。
「ふむ、見ようによってはなかなかに淫靡な感じでいい光景っすね。そう思いません?ライノールさん」
「俺はセンナがお前を信頼して双子にくっつけてる理由が謎だって思ってるところだよ」
「俺、センナさんの前ではいい子にしてるんで」
「…センナの心労の程が知れるな」
ライノールが肩をすくめると、ちょうどガタガタ揺れていた馬車がガコンと音を立てて止まった。
「あ、ついた!?」
「早く外出たい!」
「待ってください。ライノールさんたちの後です」
ライノールもルルシアも、一応帽子で尖った耳は隠している。が、ライノールは容貌が整いすぎているので人目を引きやすい。なのでいっそそれを利用して周囲の注意を引きつけておけば襲撃しにくいだろう…という発想に基づき、エルフ組が先に出て周囲をチェック、その後双子と護衛が出るという話になっている。
完全に止まり、御者から声がかかった。ルルシアは扉を開けてトンッと飛び降りると、目を閉じて周囲の気配を探る。
「お前、ステップがついてるんだから飛び降りるなよ。子供の動きだぞ、それ」
呆れを含んだ声でそう言いながらライノールも下りてきた。ルルシアは目を開けてライノールを振り仰ぎ、むうっと眉を寄せて「気をつける」と返した。
「周辺、異常なしです」
「りょうかーい」
馬車内に呼びかけるとすぐに待ちかねた双子が飛び出してくる。双子もステップを使わずに飛び降りた。――確かに、これは少なくとも大人っぽい動きとは言えない。子供扱いされたくないお年頃のルルシアとしては重要なポイントだ。
「ほらな?」
「…気をつける」
広場へ向かうと、市もなく、休日でもないため予想通り人の数は少なかった。噴水やベンチに腰掛けている者もちらほらいるが、ほとんどは広場で足を止めることなく通り過ぎていく。そして、男女問わず通り過ぎていくほぼ全員の視線が一瞬ライノールで止まる。
(さすが…モブ顔のわたしとは格が違う…でも羨ましくない)
ジロジロ見られているというほどではないのだが、往く人往く人に視線を投げ掛けられるのは居心地が悪いらしい。ライノールは若干不機嫌そうな雰囲気を漂わせていた。
そのライノールの様子にキンシェとカリンは苦笑いをしているが、双子は気にせず噴水に向かって駆け出していった。慌ててその後をキンシェが追っていく。
「あれ、ルルシアだ!」
ルルシアも追おうとしたところに、聞き覚えのある声がかかった。
声の方を振り向くと、ピコピコと動く耳が目に飛び込んでくる。
「フォーレン。と、あと、…」
「ウッドラフ」
名前が出てこないルルシアの代わりに、ライノールが名を呼んだ。
「おお、討伐のときのお嬢ちゃんか。ってことはそっちの兄さんがライノールか?」
そこにいたのは、小柄な獣人の少年フォーレンと、大柄な中年男(おそらく人間)のウッドラフだった。




