29. 危険予知
キンシェは双子の頭に拳を載せたまま、警備って言えるほどの警備ができないのが頭痛の種なんですよと苦笑する。
「昨日だって、側に人をつけないにしてもせめて表側は張るべきだって提案したのにばばあに却下されたんですよねー。だから言ったのにって感じっすよ」
「そのおばさんは神の子が狙われてることを知らないのか」
「ええ。あのばばあは『教会派』で、親善訪問としか知らされていないはずなので」
『教会派』は神の子を金もうけに利用している腐敗した教会幹部を主とした人々を指している。対して、クーデターを起こし教会派を排除することによって教会組織の浄化を狙うのが『清浄派』。――清浄派はクーデターの手段として神の子を害する方針を執っているのが問題だ。
そして、センナたち『神の子派』は、教会派に従うふりをしつつ、裏で清浄派を説得して手を組み、神の子の安全と清浄な教会を取り戻したいと考えている。
教会派は親善訪問と信じているため、神の子の安全に対する配慮が全く足りていない。
これが今の状況である。こんな状況で神の子が護衛から離れてふらふらし始めたらそれは狙ってくださいと言っているようなものだ。ライノールもルルシアも「うわぁ…」という顔になるしかない。
「だから、『神秘の』エルフでしかも見た目がすこぶるいい人がいてくれると、護衛だとしても教会派は喜んで神の子の隣に置いてくれるでしょうし、それにもともと『護衛兼任』の名目でついてるカリンとは別の、可愛い新人世話係だって教会側に受けがいいと思うので、俺らよりこの子たちのそばにいられるはずです」
「まあおおむね事態は把握した。とりあえずもう脱走は考えないで戴きたいな」
キンシェの説明にライノールは頷く。双子は身を縮こませて、しゅんとうなだれた。
「ごめんなさい。あんなに危険だって知らなかったんです…」
「それは私たち神の子派の大人たちの責任です。どんな危険があるかきちんと理解してもらわないといけなかったんです」
しょぼくれた二人の様子に、カリンが庇うように言葉を挟んだ。だが、ライノールはそのカリンを一瞥して眉根を寄せた。
「正しく知らせなかったのは大人の責任だが、大人の目を盗んで自分たちの力で解決できない事態に飛び込んだのは本人たちの責任だ。命にかかわるところで甘やかすな」
「…そうですね。差し出口でした」
カリンの耳がペタンと伏せ、尻尾がしゅんと下に垂れる。ライノールは普段はいい加減だが、油断や慢心からくる不用意な行動には非常に厳しい。あの整った顔で淡々と怒るので本当に怖いのだ。ルルシアも散々叱られているのでカリンの気持ちがわかる。
空気が沈んでしまったので話を変えよう、とルルシアは口を開いた。
「…神の子の、ルチア様、は危険が近づくと警鐘が聞こえると言っていましたが、具体的な検知範囲などは教えていただけますか?あと、その他に特殊な能力はあるのでしょうか。機密に関わるのであれば仕方ありませんが、護衛対象の能力は出来るだけ把握しておきたいです」
「あ…えっと、言ってもかまわないよね?」
ルチアはキンシェとカリンの顔を見回した。護衛の二人が頷くのを確認し、先を続ける。
「まず、神の子と呼ばれる所以となっている癒しの力ですが、実際に癒しの力を持っているのは弟のハオルだけです。私の力は、警鐘のほかには、相手がハオル限定で念話と…癒しの力を僅かですが増幅出来るくらいです」
昨日襲われた後に『私よりもハオの方が大事』だとルチアが怒鳴っていたことを思い出す。人々が神の子に求めているのは癒しの力だ。それは自分よりも弟が生き残るべきだと考えるだろう。
「警鐘については、あまり試したことがないのでどこまでの距離で有効なのかはよくわかりません。始めは胸騒ぎくらいで、近づいてくると肌がチリチリするような気配を感じて、本当に危ない時は頭の中でジリリリリってベルが鳴り響きます。物理的というか、身体的な危険だけではなくて、相手の害意もなんとなく察知出来て――今回の清浄派の黒幕はこの能力で察知しました」
「僕は癒しの力だけです。あ、ルチアと同じで念話は出来ます」
「神の子が予知能力を持ってるって聞いたことがあるが、それは危険予知ってことか?」
「予知はルチアの方。危険予知のほかにも知らないはずのこと知ってたりするし」
ライノールはどこかで神の子の話を聞いたことがあったらしい。それに対してハオルが補足し、当のルチアは顔を曇らせた。
「ええと…周りの人は予知能力と呼ぶ人もいるんですけど、危険な気配を察知しているだけで、予知とは根本的に違うんです…」
ルチアは考え込むように少しうつむいて目を閉じ、そして顔を上げるとルルシアの方を見つめた。
「あの、ルルシアさん確認したいことがあるんですけど」
「私ですか?」
急に名指しされて首をかしげるルルシアに頷いたものの、なかなか言葉が出ないようでルチアは口をはくはくとさせる。
「……ルーク・スカイウォーカーをご存じですか?」
ようやく絞り出すように出てきた言葉に、ルルシアは大きく瞬きをした。
もちろん知っている。とても有名だ。――ただしこの世界ではないところで。
「……ジェダイの…?」
息をつめてルルシアの反応を見守っていたルチアはホッとしたように破顔した。
「そうです。――そういうことです」
それで昨日彼女は『ライトセーバー』に反応したのだ。確かに、この世界で今のところサーベルなどを指してセーバーと呼んでいるのは聞いたことがない。
「ああそれは確かに…予知ではないですね」
「はい」
知らないはずのことを知っているのではなく、『前世で予習済み』なのだ。
満足げに頷くルチアとは対照的に、他のメンツはよくわからないという顔をしている。
「ルル、何がどういうことだ」
「私が小さい頃、よくおかしな行動したり教えてないはずのことを知ってたりした、って言ってたでしょ?それと同じ現象」
ルルシアがはっきりと前世を思い出したのは本当に最近だが、幼い頃から前世で獲得した知識自体はなんとなく頭に入っていて、初めて見たものを使いこなしてみせたり、買い物の仕方を教わっていないのに行商人から物を買っていたりと、周囲の大人を驚かせることを繰り返していた…と、ライノールやアニスから聞いていた。
エルフの世界だと長く生きているがゆえに達観している人が多いためか「まあそういうこともあるよね」くらいで流されてしまったようなのだが、人間の世界ではそうはいかなかったのだろう。
「あれか…まあお前の行動は今もおかしいけどな」
「あの、不必要な悪口混ぜ込むのやめてくれます?」
ライノールは「ふーん」くらいの反応だが、ハオルと護衛の二人は目を真ん丸にしてルルシアを見ていた。
「…まあ、それはそれで個人的に聞きたいことはありますが、とりあえず今は無関係なので置いておきましょう。――ええと、話を戻しますが、危険予知できる距離について確認させてください」
「えっ戻すの!?」
ハオルが驚いた声を上げるが、そうはいってもルルシア自身動揺しているのでちょっと落ち着きたいのと、ルチアがどこまで前世のことをオープンにしているのかがわからないので不用意に触れられない。
というわけでスルーだ。
「戻します。…例えばこの部屋の中だとしたら、部屋の外や建物の外でも察知できるかどうかって分かりますか?つまり複数の壁が間に挟まっていても分かるかどうか」
「え、えーと…この建物の外くらいまでなら多分大丈夫です。ただ危険の度合いが低いと反応も弱いので気付かないかもしれません」
「ということは、何か察知した時は対象が建物の外にいる場合もあるってことですよね」
「はい」
「では、確認しておきたいのは以上です。あとは世話係や護衛の立ち回りについてですけど…」
「えーと待って…ルークなんちゃらってやつすごい気になるんだけど…」
話を進めるルルシアにキンシェがストップをかける。が、ルチアが「気にしないで」と切り捨てた。
「分かる人だけわかる呪文だから…ルルシアさんは後で二人でお話しましょ」
「了解です」
そのまま今後の護衛や行事についての打ち合わせに移行し、その間ハオルはルチアに「僕は?僕は話に入れてくれないの?」と詰め寄っていた。




