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27. エフェドラ領内のもめごと

 通信魔法はネットゲームでいうところの個別チャットのように、対象の相手だけにメッセージを届けることができる。通信と一言で言っても形はいろいろで、メッセージは声でも文字でも、はたまた画像でもいい。リアルタイムに会話もできるし、記録しておいた言葉や文字を届けることもできる。

 ただ、よっぽど急いでいるとき以外は基本的に文字を使う人が多い。発信側が喋るときに周囲に通信内容が聞こえてしまうというのと、傍から見ると何もないところで一人で喋っているように見えるからだ。


 例によって工房にたむろしていたエルフたちのもとにそれが届いたのは双子と会った翌日だった。

 ルルシアとライノールそれぞれのそばに火が灯るようにポッと浮かび上がった光が、ゆっくりふよふよと空中を漂い始める。これは通信魔法でメッセージが届いた合図だ。対象の者だけが見ることのできるこの光に触れるとメッセージを受信できる。

 届いたのは文字で、発信者はエルフ事務局長のユーフォルビア。

 空中に浮かび上がった光る文字を見た二人のエルフは揃って難しい顔になった。


「何か面倒ごと?」


 通信魔法について事前に説明を受けていたのでディレルにもエルフたちが何か連絡を受け取ったのだということはわかったのだが、ジッと空中をにらんで黙り込んだ二人の様子にただならぬものを感じ、思わず声をかける。その声にライノールは肩をすくめ、ディレルの方を向いて『お手上げ』というジェスチャーをしてみせた。


「面倒なのかどうかも分からん。字が汚くて読めねえ」

「…事…局…て…願…んん、これは何?汚れ?文字?」


 読める文字だけ拾って読み上げながらルルシアは首をかしげる。最後の方にひじきが散らばったような物が書かれているが、もしや位置的に署名だろうか。それか、ひじきを紙の上にこぼしてしまったかのどちらかだ。こちらの世界でひじきが存在するのかは知らないが。


「事務局に来いってことだろうなぁ」

「…うーん、多分」


 ルルシアの頭の中で、前世の童謡の『手紙を食べてしまったヤギが手紙の内容を尋ねる手紙を出す』フレーズが流れている。この場合こちらからご用事なあに?と通信を返してもまた読めない手紙が来てしまいそうなので直接行って聞いた方が早そうだ。


「エルフの通信魔法って魔術具がいらないし、もっと便利なのかと思ってた」

「便利だよ。届く範囲が限られるのと、字が汚いと伝わらないこと以外はな」


 しみじみと呟くディレルの言葉に、ライノールが手を一振りして通信を消して顔をしかめる。

 今まで困ったことなかったな、と考えていたルルシアは「あ」と思い当たる。


「そういえば、オーリスでは森長が文字をちゃんときれいに書くように指導してるよね」

「ああ。作戦時に文字の解読でミスとか時間のロスが起きたら困るからな」

「作戦がこのうねった線みたいな文字で届いたら困るもんね…」


 もう一度浮かび上がった文字を眺めるが、やはり読めない。だが文章自体短いので、おそらく内容は『話があるから来い』で全てだろう。休暇だと思って好きにしていろと言ったばかりなのにわざわざ呼び出しということは――


(昨日の教会の双子の一件、かな…)



**********



「通信魔法使うなら文字をどうにかしてください」

「あー、ごめんね~。僕が書くとなんか不評だからいつもは代筆頼んでるんだけど、今日はみんな忙しくてさぁ」


 じっとりと睨むライノールに、ユーフォルビアは相変わらず締まらない顔で、ははは、と笑った。


「なんか不評というか普通に読めないから不評なんでしょうが」

「コツを押さえると読めるらしいよ?」

「…そうっすか」


 解読マスター目指してね、とニコニコされてライノールはため息とともに肩を落とす。

 ユーフォルビアはそのライノールの様子を気にした様子もなくニコニコしたまま「さて、」と呟き、コツンと机を指でたたいた。すると三人を包むようにドーム状の薄い光の壁が現れる。機密に関わる話をするときなどに使用する、範囲内の音と人の姿を周囲から遮断する結界だ。


「でねー、呼んだ理由なんだけどさ、ルルシア君はなんとなくわかってるだろうけど、教会に来ているお客様の件だね」

「教会のお客さん…」


 ライノールがちらりとルルシアの方を見た。口外してはいけない、ということだったのでライノールにも話していないのだ。


「うんうん、身内にも話さないのは素晴らしいね。ちょっと訳アリのお客さんでね?色々面倒なんだけどさ、端的に言うと彼らの護衛を二人に頼みたいんだ」

「護衛?」

「そ。まあ順を追って話すね。発端はお隣のエフェドラ領内のもめごとなんだ」


 国内の各領にはそれぞれ特色がある。テインツ領はクラフトギルドの勢力が強く工業に力を入れているように、隣接するエフェドラ領は国教として定められているアルセア教の総本山があり、教会の勢力が強い領地だ。


「ああ…エフェドラってだけでめんどくさいな…」


 ライノールの言葉にユーフォルビアが苦笑する。

 エフェドラは領内に総本山があるため元々アルセア教の力が強かったのだが、ここ十年くらいで急激に教会が勢力を増している。そうなると当然面白くない勢力もあるわけで、小さなもめごとが絶えないのだと世情に疎いルルシアですら聞いたことがある。


 近年勢力が増した原因は、癒しの力を持った『神の子』の出現だ。

 魔法や魔術は怪我や病気を癒すことはできない。この世界に回復魔法は存在しないのだ。

 そんな世界の中で、癒しの力を持った神の子は非常に特異的な存在である。数百年に一人現れると言われており、現在の神の子は初代のアルセアから数えて五人目だそうだ。


 ただ、癒しの力といっても不治の病をぱっと治せるというような便利なものではなく、怪我でも病気でも、現在の医療で治療不可能なくらいに重篤なものは癒やすことができないらしい。――のだが、それはそれとしてやはり人は奇跡にすがりたいものなのだろう。神の子の存在が表に出るとすぐにエフェドラの教会に信徒が詰めかけた。十数年経った今は初めのころほどではないそうだが、それでも絶大な支持を集めているのだ。


「昨日わたしが会った子供たちが、神の子なんですね…」

「そう。そしてルルシア君が見た通り、命を狙われている。実行犯はエルフの可能性があるというおまけ付き」

「エルフ!?」


 ライノールが驚きの声を上げた。


「うん。相手は使い魔を二体遠隔で操り、対象を襲うなんて膨大な魔力を必要とすることをやってのけたんだよ。ルルシア君の見立てでは力のある魔道士が複数、もしくはエルフ。僕もそれに同意だ。黒幕はエフェドラ領内の偉い方でほぼ決まりっぽいんだけど、実行犯としてエルフが動いている可能性がある」


 「エルフを巻き込むなんてあちらさんもやってくれるよねぇ」と続けるユーフォルビアは変わらずニコニコしているが、目は全く笑っていない。


「正直エフェドラのアルセア教総本山内部はもうグズグズの状態だ。今現在、あそこを牛耳っているのは神の子で金儲けしたい腐敗したお偉方だ。そして黒幕はそれに不満を持っていて、元凶である神の子を排除しようとしている。これには同調勢力も多くて、神の子にとっては内部に敵がわんさか潜り込んでいる状態。ただし、全員表向きはおとなしくしていて尻尾を出さないときた」

「それで神の子をテインツに避難させたと」

「そう。できれば神の子側は黒幕側とやり合いたくない。腐敗した現状をどうにかしたいのは同じだからね。どうにか話し合いを持って和解したい。そのへんの決着がつくまでの間、神の子を他領の教会への親善訪問の名目で逃がすことにした。テインツは教会の力がそこまで強くないからね、派閥争いとかそういうきな臭いのとは縁遠い、丁度いい避難場所だ」

 

 神の子側の目的は黒幕側との和解、そして腐敗した勢力の排除だ。その目的を排除される当事者であるお偉方には察知されたくない。幸運というべきか、神の子が狙われていることはまだ一部しか知らない。そのため、あくまで内々の親善訪問という形式で神の子を外に逃し、領内に残った者たちが秘密裏に黒幕側とコンタクトをとることにしたのだ。

 そうなってくると問題なのは神の子の警護だ。お偉方には『内々の親善訪問』という説明をしている以上、派手に周りを固めると違和感を持たれてしまう。だがすでに黒幕側の実行犯が動き出してしまった。しかもその実行犯はエルフの可能性がある。


「と、いうわけで、じゃあこっちもエルフくっつけようかーってことになってね?僕らテインツのメンバーは荒事向きじゃないんだけど、今だったらちょうど君たちがいるし、ルルシア君だったら侍女の一人みたいな感じで紛れ込んでてもわかんないでしょ?」


 確かに、悲しいかな、ルルシアが顔を出して街を歩いていても別にすれ違う人にエルフだと注目されたことはない。帽子をかぶって侍女のお仕着せを来ていれば見咎められることはないだろう。


「…わたしはいいですけど、ライは目立ちますよ」

「うん。ライノール君にはエルフとして表に出てもらいたいんだ。神の子の脇にエルフがいたら特別感が増すでしょ?性根の腐った連中はそういうの好きだから喜ぶのさ。警護も固められてお偉方も満足。win-winだろ?そんでついでに実行犯への抑止力にもなる」

「win-winねえ…エルフが宗教がらみの表舞台に出ていいんすか」


 ライノールは非常に嫌そうに顔をしかめている。表に出ないというエルフの決まりが身に染み付いているのだから、いきなり前に出ろと言われても戸惑いのほうが強いのだ。しかも宗教が絡んでくるとなればなおさらだ。

 そりゃあ、あまり愉快な話ではないけどね、とユーフォルビアは苦笑した。


「実行犯がエルフであったとして、それが明るみに出たらどうなると思う?今の時代、『エルフは人々の敵にまわらない』というお約束のもと平和に暮らしているというのにそれが乱される可能性があるのは非常に由々しき事態だよ。だからわかりやすいアイコンとして、守る側にエルフがいることを先手を取ってアピールしたいんだ。それにほら、相手がもしライノール君レベルの魔法を使うとしたら…生半可な手勢では太刀打ちできないからね。純粋に人命を守るための行動でもある」


 ライノールレベルの相手が敵にいて、少人数で対処しようとしたらこちらもエルフが当たるしかないだろう。近接戦ならばともかく、中遠距離戦のエルフは無双状態だ。


「そういうわけで、ライノールくんには表方として、ルルシアちゃんは裏方として神の子を守って欲しいんだ。期間は話し合いがつくまで、もしくは実行犯を排除できるまで」

「…了解です」

「了解」

 

 二人の返事にユーフォルビアはにっこり頷いて、再び机を指で叩いて結界を解いた。

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