25. 厄介ごとの匂い
双子だという二人組は、少年の方はハオル、少女の方はルチアと名乗った。
二人ともプラチナブロンドのウェーブした髪に、瞳の色は中心がオレンジで周りが緑という複雑な色合いをしている。ルルシアも実際に見るのは初めてだが、確かアースアイというものだ。その色合いも相まって、なんとなく神秘的な雰囲気を持った二人である。
彼らが一体何者で、なぜ魔術師の使い魔に襲われていたのかは非常に気になるところではあったのだが、教会にお世話になっている、と言っていたし何らかの形で宗教が絡んでいそうなので、ルルシアはあえて触れないことにした。
ディレルの方はどうやら彼らの正体が何となく分かっているらしいのだが、特に言及しないのでやはりあまり関わらない方がいいのだろう。
特に事情は聴かず、そして双子の方も語ることはないまま、とりあえず教会まで護衛代わりに同行することになった。ハオルの方は逃げている最中に足をひねって痛めていたらしく、ディレルがおぶっていく。
ルチアが「なんで隠してたの!」と怒ってハオルが「言ってもどうしようもなかっただろ!」と言い返すなど、ちょいちょい言い合いをしてにぎやかな道中であるのだが、その都度耳の近くで大きな声を出されるディレルは渋面になっていた。
教会まではそれなりに距離がある。ルルシアやディレルのように魔物狩りで駆けまわっている者たちならばともかく、どう見ても箱入りな雰囲気のある双子が、この距離を追手に追われながら行くつもりだったというのだから気が遠くなる。しかもハオルは足を痛めている。
あの時店の中で双子を見つけて、違和感に気づいていてよかった。
ただ、素性を明かさない、触れない、となるとなかなか会話ができない。どこに地雷が潜んでいるか分からないのだ。かといって黙って歩くのも居心地が悪く、ルルシアはディレルの横に並ぶ。
「ディレル、さっき使ってた武器って護身用の短剣って言ってたよね?魔術で刀身が伸びるの?」
「伸びるっていうか、短剣を芯にして魔力でコーティングしてるというか…」
「いいなぁ、ライトセーバー…浪漫…」
「ルルシアは剣使えるの?」
「使えない…力ないし…」
せっかくの剣と魔法の世界なのだが、エルフは筋力が低すぎてなかなか剣は使いこなせない。せいぜい、いざというときの護身用に短剣を持つくらいだ。それだって、魔法を発動する方が手っ取り早いし強かったりする。
がっくりと肩を落とすルルシアにディレルが笑う。
「特にあれは剣自体の重さがないから力がないと威力出ないんだよね。多分さっきのも、普通の魔物とか動物ならあんな風には切れなかったよ」
「ああー、なるほど…」
さっきの使い魔だって、ディレルの力だから切れたのだろう。ルルシアだったら表面をなぞっておしまいだったに違いない。浪漫武器は使い手を選ぶのだ。
「でもライくらい魔力強ければ刀身部分の威力を上げるとかもできる?」
「出来るだろうけど、それ直接魔力で攻撃した方が早くない?」
「…早いね」
その通りです、と再び肩を落としたルルシアにディレルはまた笑った。
ふと視線を感じて斜め後ろを見ると、ルルシアたちのやり取りをルチアが目を丸くして見ていた。そんなに驚くような内容だっただろうか、とルルシアは首をひねる。エルフ的NGワードなどはなかったと思うのだが。
「どうかしましたか?」
「ライトセーバーって…」
「あ、魔術具の剣の話です。さっきの」
ルルシアがかっこいいですよね、光るの。と言うと、ルチアは戸惑ったように「あ、そうですね…」と答える。
あの浪漫は彼女にはあまり響かなかったらしい。
(もしや、光るのかっこいいっていう発想がすでに前世の影響…?)
そもそも前世の感性というかルルシアおよび水森あかりの感性なだけなのかもしれないが。
「フォルなんかは短剣に速度強化の魔術使ってるし、ルルシアも使いたいならそっちのほうが向いてるんじゃないかな」
「このあいだの朝市で渡してた短剣?」
「そう。あれ」
ルルシアが工房で爆睡したときにディレルが手掛けていたものだ。あれは摩耗や傷があったので修繕作業をしていたらしい。
「フォーレンは双剣使いだったよね?あれは両方とも魔術具なの?」
「いや、片方だけ。流石に普通の魔力量じゃ二本いっぺんに魔力供給しながらは戦えないよ」
「あ、そっか…供給の問題があるんだ」
ルルシアならそのあたりは問題ないが、普通に考えて戦いに使うなら魔法のほうが良い。ディレルも『使いたいなら』という前提で話しているだけだ。ルルシアがそんな物を持っていたところでせいぜいがパンやハムを切るくらいにしか使わないだろう。
せめてもうちょっと筋力があればなー、とつぶやきながら、ルルシアは(うーむ、)と片手で頭を押さえる。
少し前から双子が二人共ルルシアをじっと見つめているのだ。居心地悪いことこの上ない。
ため息とともに手をおろして、口を開く。
「あの…わたしが何か、気になりますか」
ルルシアの言葉に、二人揃ってぱっと目をそらして「「なんでもないです」」と声を揃えた。さすが双子、全く同じ動きだった。
「そ…うですか」
どう考えてもなんでもない態度ではないのだが、特にルルシアの方はそんなふうに見つめられる心当たりがない。困ってディレルを見るが、彼もわからないようで軽く首を傾げた。
その後もチラチラと視線を感じながら約二十分弱の道のりを歩き、ようやく目的の教会が見え始めた。
――その教会は遠目から見ても明らかにざわついていた。
「……」
教会の様子が見え始めたあたりから明らかにルチアの足取りが鈍くなっていた。そして、完全に足を止めた。
ハオルをおぶったディレルも足を止め、彼女を見て一瞬躊躇った後口を開いた。
「…抜け出してきたなら、捜索隊が編成される前にできるだけ早く戻って謝ってしまったほうがまだ傷は浅いですよ」
「わ…私たちが何なのか知ってるの?」
ルチアは弾かれたように顔を上げた。ハオルも驚いたような顔をしていた。
「まあ少しだけ。ただ、あまり関わらないよう言われてるので説明はいらないです。怪我をしてたので滞在場所まで送るだけ、ですから」
やはりディレルは彼らのことを知っていたらしい。ということはクラフトギルドの上の方の話だろう。わざわざ関わらないように言われているあたり、本格的に厄介ごとの匂いがする。
この国では、魔術師は必ず冒険者ギルドに登録することが決められている。そして冒険者ギルドには、よほどの緊急時や特例の許可が降りている場合を除き、人(人間だけではなくエルフや獣人なども含む)を攻撃してはいけないという規則がある。これを破れば魔術を封じられた上でギルドから除名される決まりだ。つまり、どうあがいても先程の使い魔による襲撃は違法行為なのだ。
もし『特例の許可』が下りている場合は違法ではないが…それは怖いので考えたくない。
『くれぐれも問題を起こすなよ』という森長の言葉が脳裏に蘇ってくる。が、危険が迫った子供を見殺しにはできないので仕方がなかった。それに、どう考えても問題は起きているが、あくまでルルシア自身は問題を起こしていない。
(だから、許される。…はず)
そう無理やり自分を納得させ、ルルシアはとぼとぼ歩き出したルチアの背を追って教会へと向かった。




