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155. 折衷案

 この国、イベリスではあまり盛大な結婚披露宴をやる風習はない。

 近親の者が集まって自宅でささやかな祝宴を開くのが基本で、それとは別に友人たちで集まって飲み会のようなことをするくらい。しかし最近は広い会場を借りたりして人を集めてガーデンパーティーなどを催す場合もあるらしい。

 会場として町の広場を使い、通りがかった人々も巻き込んで盛大に祝う…という式もたまに行われており、ルルシアも一度見かけたことがある。

 皆笑顔で、確かに幸せ溢れる光景であった。


「だから広場でやりましょう!!」

「絶対に嫌です!!!」


 案の定、ディレルの母のアンゼリカは町の噴水広場を貸し切る案を提案してきた。

 だが、ルルシアは即座に拒絶する。

 もとよりエルフは人の目を引かぬよう、目立たぬようにと暮らしてきた種族である。いくら種族の違いに対してゆるいテインツであろうとエルフが堂々と人前で式など挙げたら話題になってしまうのは避けられないだろう。

 特に規律に厳しい森の出身であるルルシアにしてみたら、広場で衆目に晒され、その後しばらく話題になるなど考えただけでストレスで倒れそうだ。


「そんな…ルルシアちゃんにきれいなドレス着せて見せびらかしたいのに。ディルはそう思わないの? 絶対きれいよ?」

「きれいだとは思うけど広場は俺も嫌だよ…。ルルがそうしたいなら考えるけど、こんなに嫌がってるんだし、普通でいいじゃん」


 アンゼリカは全面拒否で取りつく島のないルルシアからディレルに標的を変えてみたが、やはりにべもなく却下されてしまう。

 だが、普通の方法――近親者が集まって祝宴、と言ってもルルシアは天涯孤独の身。あえて呼ぶならばライノールくらいだ。それはもう、割とよくある日常の光景である。


「アンゼリカ、本人たちが嫌がってるものを無理やり押し付けたらだめだよ。とはいえ、君の言いたいこともわかるから…ここの庭で、知人を集めてパーティーを開くのはどうだい?」


 それなら色んな人を呼べるだろ? と折衷案を提案してきた自身の夫のビストートをちらりと見やり、アンゼリカはため息をついた。


「ええ、もう。どうせ嫌がるのはわかってましたからね。私はそれで構いません」

「分かっててあの勢いで提案してきたんだ…」


 あきれ顔のディレルに苦笑しながら、ビストートは未だに渋い表情を浮かべているルルシアに目を向けた。


「ルルシアさんはどうかな?」

「…あんまり大規模なのはちょっとアレですけど、外に出ないならいいです…」


 『本当は嫌だけど』という空気を醸しながらルルシアが不承不承頷くと、アンゼリカがきらりと目を光らせる。今にも鼻歌を歌いだしそうな晴れやかな表情で立ち上がった。


「じゃあ決まりね。さあドレスを用意しなくっちゃ! 何着作ろうかしら!」

「何着って…? そんなに必要ありませ…あ、ちょっと、アンゼリカさん!?」

「早速採寸しなきゃ。使ってみたい生地もあるし、レースは多めに使いたいし…」


 既に頭の中がドレスでいっぱいになってしまったアンゼリカにはもう言葉は届かず、なすすべもなくルルシアは採寸のためにアンゼリカの作業部屋に引きずられていった。



***



 約束通り二時間で起こしてくれたルルシアと話をして、まずディレルの両親に報告をすることにした。

 その結果が、前述の母の暴走である。まあ予想の範囲内ではあったが。

 何度かディレルが苦情を言ってから口出しはしてこなくなっていたが、アンゼリカはどうしてもルルシアを息子の嫁にしたかったらしい。

 ことあるごとに無言の圧力をかけられていたのだが、これでその圧からは解放されるだろう。

 ちなみに、ルルシアがエルフであることはまったく気にしていないようだ。アンゼリカ自身が人間でありながらドワーフを伴侶に選んでおり、種族の違いにこだわりがないらしい。それはありがたかった。


「でも人集めるのかあ…」


 ルルシアが母に攫われ、父と二人になった居間でディレルはため息をついた。

 噴水広場貸し切り案にルルシアが頷かなかったのは救いだが、それでもやっぱり面倒だ。ルルシアも了承こそしたが、明らかに乗り気ではなさそうだったというのもネックである。目立つことを嫌う彼女を、知人が主とはいってもわざわざ人目に晒すことになるのだから。


「不満そうだなディル」

「そりゃあね」

「だがな、お前たちのためでもあるんだぞ。お前には伝えてなかったが、今でもあちこちから娘さんの売り込みが続いてるんだからな」


 娘の売り込みとは、お宅の息子さんにうちの娘はいかがですか、というあれだ。


「懲りないなぁ。ギルドマスターの話断ってるのに」


 ディレルが次期クラフトギルド長の有力株と目されていた頃は本当にひっきりなしに話が舞い込んでいたのだが、本人がギルド長になるつもりはないと明言してからは減っていると聞いていた。最近はルルシアの存在が噂になっている(というよりも意図的に噂になるようにディレルが仕組んだ)のでもう来ていないのだと思っていたが、甘かったらしい。


「ルルシアさんも粉かけられたりしてるしな。出入り業者の若い男がナンパしてたってメリッサが怒ってたよ」

「みたいだね…ルル本人は気付いてなかったみたいだけど」

「知人を呼ぶってなればそこから話が広まって縁談はこなくなるだろ。…ナンパはなくならないかもしれないが一応減るだろうし」

「まあね…それにいちいち説明する手間も省けるか」


 そうだろ、とビストートは我が意を得たりと頷いた。


「…それとな、ディル。これも今まで話してなかったんだが」


 そう続けたビストートは表情を引き締める。雰囲気が変わった父の様子に、ディレルも僅かに居住まいをただした。


「俺もな、昔はお前と同じようにギルド長にはならないって宣言してたんだよ。自分の作業時間が削られるしな。…だが、結局担ぎ上げられた。だからお前も覚悟しておいた方がいいぞ」

「…ああ、やっぱり父さんも進んでなったわけじゃないんだ…」


 ビストートはディレルと同じく自分の作業に没頭したいタイプである。ギルド長となってしまえばギルドの仕事を優先的にこなさなければならない場面が出てくる。

 なぜビストートがそんな役職に就いたのか、ディレルは子供のころから疑問に思っていたのだ。


「お前もわかってるだろうが、職人ってのは頑固で厄介なやつばかりだ。実力を認めた相手でなければ話すら聞かないなんてざらだ。つまり、技術のあるやつでなければギルドマスターにはなれない」

「それはまあわかるよ。でも俺より優秀な職人はいくらでもいるだろ」

「そうだな。だが問題はここからだ。――優秀で、かつ誰とでもスムーズに会話ができて諍いの仲裁もできるような社交性のある人物となるとグッと人数が減る」

「…ああ…」


 自分の知っている『優秀な職人』のひととなりを思い出して、思わずうめく。

 往々にして意思疎通が難しい、だいぶ控えめに言っても変人と呼ばれるタイプの人物が多いのは事実だ。


「さらに、長となれば外部との交渉が必要になる。そういう人物となると更に絞られる…が、お前は奇しくも先日の商業ギルドとの折衝で自分の交渉力を証明してしまっただろう?」

「仕事押し付けられたけど」

「普通の奴なら支部長の店と専属契約させられてるところだとギルドで話題になってたよ」


 あの時の交渉を思い返してみれば、確かに話がそちらに転がりそうになった場面はあった。だが何とか自分への被害を減らすように持って行ったのだが…それがまさか巡り巡って自分の首を絞めるとは。


「まじか…」

「そんなこんなで他によっぽど優秀で社交的で口のまわる人物が現れない限り、お前は有力候補のままなんだよ。残念ながら俺の時と全く同じ状況だ」

「………」


 頭を抱えたディレルに、ビストートは苦笑しつつ酒の入ったグラスを差し出した。


「まあ、そうなるにしてもまだ先の話だし決まったわけじゃないからな。とりあえず覚悟だけはしておいた方がいいぞという先達からのアドバイスさ」

「…ご丁寧にどうも」


 グラスを受け取ったディレルは魔術灯の光を反射してキラキラと輝く琥珀色の液体を眺める。

 ふと、酔って抱きついてきたルルシアの寝顔を思い出して頬が緩んだ。

 その表情の緩みをどう受け取ったのか、ビストートは小さく笑って自分のグラスを高く掲げた。


「今はとりあえず、息子の結婚を祝わせてもらうよ。――おめでとう」

「……ありがとう」

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