137. ブラウニー
ユラの話では魔物を引き寄せるための結晶は川以外にも何か所かに撒いたらしい。その中でも最も多く撒いたのが先程ディレルが魔物の血を洗い流した川で、そしてその結晶はことごとくレアな魔物であるクレセントロックドラゴンに呑み込まれてしまった。
一つだけ、ディレルが水底の石の陰にころんと転がっていたと結晶を拾ってきた。その結晶は確かに魔力の塊で、ユラが飴みたいだと言っていた通り、水に濡れた表面は若干溶けてぬめっとしている。大きさも元の半分ほどに小さくなっているらしい。
「小さいとはいえ、魔力の塊を放置しておくわけにもいかないですよね。とりあえず持って帰ってセネシオさんにどうにかしてもらいましょうか…」
ディレルから結晶を受け取ったルルシアはそう言って、ポーチから小さな包みを取り出した。そして包みの中身をポイっと口の中に放り込む。
「えっ何でいきなり…っていうか何食べてんの」
「うあうにー」
「ああもう、返事は食べ終わってからにしなさい」
突然何かを食べ始めたルルシアにエリカはびくりと驚き、そして口の中がいっぱいのままもごもご喋る姿に思わず小さい子に言い聞かせるように叱りつけてしまった。
ディレルは苦笑しつつ少し焦ってもごもごしているルルシアに近づき、その手から結晶と包み紙を取り上げると、結晶をくるりと紙で包んでルルシアの手の中に戻した。
「…多分、結晶がぬるぬるしてるから包むものを探してて、ちょうどよく紙で包んだお菓子があるからその包み紙を使おうって思って中身を食べた…っていうところかな」
ディレルの的確な通訳にルルシアは両手で丸を作る。
前にディレルから受け取っていたメリッサ特製ブラウニーの包み紙がオイルペーパーだったことを思い出し、ちょうどこれなら水に強いしこれで包もう。でも中身は…食べればいいか! という思考回路をたどった末の行動である。
「よくあの人の行動の意味がわかるね…エルフってこんな変な人ばっかりなの?」
「えーと…どうかな。ってか、エルフだって聞いた?」
分かってもらえてご満悦のルルシアを呆れた顔で眺めるエリカの言葉に、ディレルは言葉を詰まらせた。
「さすがにあんなに魔力バンバン使ってたら誰だってわかるよ。どうせディレルさんも亜人なんでしょ? 力強すぎだもん」
「ああ、うん。…半分ね」
困ったように笑ったディレルに、エリカは「教えてくれればよかったのに」という言葉を呑み込んだ。エリカは彼らが秘密を打ち明けるほどの信用を勝ち得なかったのだ。そう思うと少しだけ苦い気持ちになった。
「エリカさん、ブラウニーおいしいですよ。食べます?」
ブラウニーを食べ終わったルルシアはやや落ち込んだような顔をしているエリカにも勧めた…が、彼女は顔をしかめた。
「…いらない」
「おいしいのに」
魔物の死体を目にした後だし、食欲がないのかもしれない。大型の場合慣れてないとえぐいもんね、とルルシアは勝手に納得する。
メリッサの作ったお菓子を食べたらメリッサの料理が食べたくなってしまった。早くテインツに帰りたいな…と思っているとマントをツンツンと引っ張られる。マントの裾をつまんでいたのはユラだ。
「あたし食べたい」
「どうぞ。…そういえばユラさん、こんな魔力の塊をたくさん持って歩いてたんですよね? 途中でかなり魔物に襲われませんでした?」
新しいブラウニーの包みをユラに渡し、ディレルが包んでくれた結晶をポーチのポケットに入れる。ユラはブラウニーを口に放り込み「うま!」と尻尾を大きく揺らしたあと、ルルシアを見た。
「魔力が漏れないように加工された瓶があって、それに入ってたの。ま、襲われても倒すの楽しいから全然問題ないけどね?」
「ああ…ユラさん戦闘狂でしたね。ちなみにその瓶は?」
「中身が空になったから捨てちゃった。そこの川のどっかにあるんじゃない」
あー…と川をちらりと見て、次にディレルに視線を向ける。が、ディレルは首を振った。さっき川に入ったときに見ていないならわざわざ探すのは時間がかかってしまう。
「ねえ、魔力に魔物が寄ってくるならその結晶持ってると危ないんじゃないの?」
エリカがルルシアのポーチの辺りを指さした。ルルシアは「ええ」と頷く。
「そうなんです。ユラさんの言う瓶があれば…と思いましたけど探すの大変そうなのでわたしが持ちます。…ええとですね、エルフが愛用してるマントは着てる人の魔力を隠す機能も搭載されてるので、魔物にも気づかれないと思います」
「魔力を隠す?」
「エルフって魔力が強いので、魔物からしたらおいしそうに見えるらしいんです。なのでこういうの着てないと襲われやすいんですよね」
「え、そのマントって見た目隠すためだけじゃないんだ。…色々大変なんだね」
「はい。長寿の癖にうっかり死んじゃう率高い種族ですからね」
うっかり死んじゃう率…とエリカが引き気味に呟く。
そこに、ユラが「あ」と口を開け、パチンと手を叩いた。
「そうそう。エルフ。ストラが合流する予定の仲間にもエルフがいるんだ」
「……は?」
え、聞き間違いかな? とルルシアは首をかしげる。
それに対してユラは「計画だとー」とにこりと笑った。
「グロッサの亜人保護過激派さんたちのメンバーで、エルフと獣人が一人ずつ。合流して、魔物に襲われたサイカで悪さする予定」
「…エルフと獣人」
「そ。特に人間嫌いな連中でねー。魔物に襲われたサイカの町で主要人物がちゃんと死んでるか確認したり殺したり、自分らに繋がる記録を処分したりとかする予定なんだ。ま、魔物の襲撃は失敗しちゃってるわけだから計画は大幅に変更すると思うけど、主要人物は殺そうとするかも」
そういう重要なことは早めに教えていただきたい。
苦情が喉まで出かかるが、ユラは別にルルシアたちの味方でも仲間でもない。なんだかよくわからないがくっついてきてたまにヒントをくれるボーナスキャラのようなものだ。
逆に気まぐれに教えてくれたことを感謝するべきだろう。
「じゃあ、シオン様が危ないんじゃ…」
主要人物でエリカは真っ先にシオンを思い浮かべたらしく、サイカのある方向に視線を向けた。今にも走り出しそうだが、ルルシアは首を振った。
「シオン様は狙われるかもですが、側にセネシオさんたちがついてるので大丈夫です。多分今現在、組織の拠点はサイカの中で一番安全だと思いますよ」
「あの人も亜人なの?」
「あー…そうです。私とは次元が違うレベルの強さなので心配無用ですよ。それよりも拠点以外の場所が心配ですね。壁の外とかは侵入を防ぐすべもありませんし…人が集まっているところを攻撃されてしまったら大変です。エルフも、獣人も、戦闘能力が高いので」
人が集まっているところ。今は昼間なので壁の外の人々の多くは畑に出ているか壁の内側で下働きをしているので一か所には集まっていないはずだ。
――ただし、一か所を除いて。エリカが顔色を変える。
「公民館…!」
「そうですね。急いで戻りましょう。…ただ、わたしはエルフの中ではよわよわなので…エルフ二人と獣人相手でどこまで戦えるかわかんないですけど…」
ルルシアは先程の戦闘で魔力をかなり使っている。ディレルもだいぶ消耗しているし、彼は魔力酔いの影響も気になるところだ。
エリカを戦力として数えるには無理があるし、ユラに関してはどこまで信用できるかが全く未知数である。この面子で人を守って戦うのはかなり自殺行為だ。
ルルシアはちらりとディレルの方を見る。
危険だと思ったらルルシアを連れて離脱しろ、とディレルはセネシオに言われていた。戻ることを反対されるかもしれない…と思ったのだが、彼は特に引き止めるつもりはなさそうだった。
その代わり。
「ルル、通信魔法で連絡して欲しいんだけど…」
「セネシオさんに?」
「さすがに俺らだけじゃ無理だし、早めに援軍を呼んでおいた方がいい。向こうもすぐには駆けつけられないだろうから」
「そうだね。どのみち状況は知らせとかないとだし…」
「伝えて欲しい内容は――」
ディレルの言った連絡内容に、ルルシアは目を丸くした。
気が付いたら10万PV達成していました。ありがとうございます!
そしていつも誤字報告ありがとうございます。助かっております<(_ _*)>




