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131. 加速

 クレセントロックドラゴン。

 ルルシアたち一行は、この希少な魔物の素材を手に入れるためにテインツからはるばるサイカまで来た――という建前でサイカに入り込んでいる。

 サイカ入りする前に受けた説明では、確かロックドラゴンという岩場に住むトカゲ型魔物の一種で、三日月のような背びれがあるのが特徴。この背びれと鱗が素材として高値で取引されている。

 その他に『大きいトカゲ』という説明を受けていたルルシアは、頭の中で大きめのコモドオオトカゲを想像していたのだが…ゆったりとした足取りでこちら向かってくる個体は、トカゲというよりも巨大なイグアナだった。

 どのくらい巨大かと言えば、普通に地を這う姿勢の状態で目が大体ルルシアと同じくらいの高さにある。瞳の大きさはルルシアの腕で丸を作ったくらいに大きく、鱗に覆われた前肢はルルシアの体よりも太いかもしれない。

 前世の記憶ではイグアナは草食寄りの生物だったと思うのだが、目の前のイグアナは口の周りが何らかの血で汚れているし、むしろ現在進行系で何かをくちゃくちゃ食べているし、…見間違えでなければ獣の足のようなものが覗いていたのでガッツリ肉食のようだ。

 ちなみにエリカによれば獲物を襲うために水に潜ることはあるが、別に水棲というわけではないらしい。


 いくら建前でも、探しに来たと言いつつ相手が水棲なのに全く水辺に足を向けないなどありえない。ディレルやセネシオがそんな初歩的なミスを!? と思って驚いたのだが、さすがにそんな訳はなかった。

 

 イグアナ…もといロックドラゴンはディレルからまだ離れた位置で足を止め、じっとこちらを観察している。おそらく大量の魔物を食って十分瘴気を体内に取り込んだため、それほど積極的に獲物を狙っていないのだろう。ただ、爬虫類系は襲いかかってくるときの動きが恐ろしく早いので油断はできない。

 視界の端にエリカが剣を構えるのが見えたが、その切っ先は小刻みに震えていた。


「エリカさん、できるだけわたしから離れないでくださいね。場所が離れるとディルの防御がカバーしきれないので」

「…うん」


 緊張した面持ちでロックドラゴンを睨みながら、エリカは小さく頷いた。

 彼女は剣を使えるし魔物の相手もしているようだが、さすがにここまで大きな相手と向き合ったことはないはずだ。ルルシアは彼女が怯えて急に逃げ出したり大きな声をあげて魔物を刺激してしまうのを心配したのだが、どうやら杞憂だったようだ。怯えている様子ではあるが、落ち着いている。

 ユラに関しては、先程襲って来た時の力量からしてこちらが心配する必要はないだろう。危なければ自力で逃げ出すだろうし、今はちゃっかりルルシアの後ろ側に隠れている。


 ――さて、どう戦うか。

 ロックドラゴンからは魔力と瘴気の混じった奇妙な気配が漂ってくる。

 おそらく、ユラの撒いた魔力の結晶のほとんどをこの個体が呑み込んでしまったのだろう。周囲の状況から見て、ユラの倒した魔物の死体や、その他魔力に引き寄せられ集まった魔物も全てこいつに食べられてしまったのかもしれない。

 魔物にとっては体にため込んだ瘴気の強さがそのまま強さになる。他の魔物を食らったのならばこの魔物はかなり強くなっているだろう。今はまだ魔力の結晶が瘴気に変換しきれていないが、時間が経てばそれも瘴気としてエネルギーになってしまう。

 ここで倒しておかねば、下手をすれば魔獣化してしまうかもしれない。シオンの話から推測するに、今のサイカで魔獣と戦える者はほとんどいないのだ。


「背中側の鱗は固そうだし攻撃通らなそうだね…」


 ルルシアは弓を構え、矢はつがえずに攻撃ポイントを探る。ルルシアの矢は魔力の塊なため、相手を刺激しかねないからだ。


「うん。小さい個体ならそれでも力任せに、ってこともできなくはないみたいだけど…あそこまで大きいと俺でも刃が通らないだろうね」


 ディレルの力で駄目ならばまず通常の攻撃は通じないと考えたほうがいい。

 固そうな鱗はロックドラゴンの背中側を完全に覆っている。斬りつけるならば比較的柔らかそうな顎から腹側だが、そのためには相手の懐に飛び込んで行く必要がある。しかもロックドラゴンは地面に張り付くように低い体勢なので、まずひっくり返すかのけ反らせるかして柔らかい部分を露出させる必要がある。


「矢の威力上げれば背中側でも鱗何枚か剥がすことはできるかもだけど」

「あー…うーん」


 ルルシアがいつもよりも矢に込める魔力量を増やして表皮をなぞるように射てば、鱗を数枚弾き飛ばすことくらいはできそうだ。鱗がはがれた場所ならばおそらく斬撃も通るだろう。

 そう思って提案したのだが、ディレルの返事はあまり芳しくない。


「?…ああ…鱗、傷つけたくないんだね」


 なぜなら、貴重な素材だから。


「………まさか。そんなわけないですよ」


 背を向けているので表情はわからないが、返答にかかった間が彼の葛藤だろう。


「まあ、攻撃が通るくらい剥がせればいいけど中途半端だと怒らせて逆に近づきにくくなっちゃうってのもありそうだから最終手段かな…のけぞりとかバランス崩す方を狙っていきます」


 ピクリとロックドラゴンの指が動いた。

 ルルシアの位置からは見えないが、どこかでざりざりと先程から音がしているのはロックドラゴンが尻尾を振っているからだろう。多分攻撃の予兆だ。


「了解――エリカさんは周りから魔物が来ないか警戒してて」

「わ、わかった」


 ディレルは体勢をわずかに低くしながらエリカに声をかける。エリカが返事をして周囲に注意を払い始めたのを感じながら、ルルシアは魔力で矢を作り出す。

 射る準備ができるのとほぼ同時に、ロックドラゴンの足元で木の枝がバキンッと折れる音が響いた。――来る。

 大きな爪を地面に食い込ませるほどに強く踏み切った勢いで一気に距離を詰め、ロックドラゴンがディレルを一飲みにしようと大口を開けて襲い掛かった。

 ディレルはその攻撃を受けるつもりはないらしく、剣を低く構えた。そして、ロックドラゴンが到達する直前に身を沈めながら大きく踏み込む。切っ先が地面を擦るような低い位置から、大きく振り上げられた。


「チッ…よろけるぐらいしろよ」


 下顎から打ち上げるようにゴッと鈍い音を響かせ、完全に攻撃が決まったはずだというのに、残念ながら固い鱗に守られてほとんどダメージはなかったようだ。

 それでもロックドラゴンは反撃されたのが面白くなかったらしい。噛り付くのはやめ、少し目を眇めて体の向きを変えた。

 体をくの字に曲げた後方では、尻尾がゆらゆらと振り子のように揺れている。


(尻尾で薙ぎ払い…!)


 このサイズの尻尾が鞭のようにしなって叩きつけてきたら、完全に受け止めたとしてもかなりの衝撃を受ける。ディレルは後ろのルルシアたちのことを考えて受け止めるつもりだろうが、できればそんなことをさせたくない。ルルシアは弓で狙いをつける。

 剣を防御のために構えたディレルの前でロックドラゴンが前肢に力を入れた。その足で上体を支え、続けて後肢を前に出して体を大きく曲げ――勢いの付いた尻尾がうねりをあげてディレルを襲う。


 ――という一連の動きは、後肢が前に出るのと同時にルルシアの矢が着弾したことで果たされなかった。

 ルルシアの放った一本の矢は途中で二筋に分かれ、上体を支える前肢と前に出るはずだった後肢の両方に同時に突き刺さり、その動きを妨げたのだ。

 続けてもう一撃、再び前肢を狙って矢を射る。先程よりも魔力を込められた矢は、一撃目と全く同じ場所に着弾して固く覆う鱗を数枚弾き飛ばした。


「さすが!」


 狙いの正確さにディレルは口の中で感嘆の声をあげながら、ルルシアの作り出した鱗の隙間に剣を強く叩きこむ。先程打ち上げた時の手が痺れるような固い衝撃とは違う、肉に食い込む感覚が手に伝わって来た。だが、動きを封じるにも体勢を崩すにもこれでは足りない。

 もう一度、今度は魔術で加速させて斬り込めばもう少し行けるはず。

 ロックドラゴンが自分の手に食い込んでいる剣を振り払おうと身じろぎする気配を感じてディレルは一度距離を取るために飛び退った。

 そのディレルと入れ替わるように、一筋の光を曳いた矢が飛び――吸い込まれるようにロックドラゴンの左目に刺さる。


 痛みなのか衝撃に対する反射なのか、ロックドラゴンは目を強く瞑ってビクンと首を大きくのけぞらせた。その比較的柔らかそうな首の皮膚がディレルの目の前に晒される。

 絶好のタイミング。剣を構え直しながら強く踏み込んだ。

 全身全霊の力を込めて、振る。


「……加速(アクセレア)!」


 同時に魔術を発動させた。刀身が淡く緑色の光を纏う。

 バキバキッと鱗の砕ける鈍い衝撃が混じりつつ、肉に刃が沈み込んで切り裂いていく手ごたえを感じた。

 振り切った剣の切っ先から赤いしぶきが飛ぶ。

 ばたた…と首の切り口から大量の血が地面に落ち、土に吸い込まれていく。


 ディレルは地面に剣を突き立て、寄りかかって肩で息をした。集中していたせいで呼吸を止めていたらしい。さらに、魔力を使ったことで軽い眩暈を感じていた。

 ――まだ、絶命してるかどうか確認してない。のに、眩暈が。


 ロックドラゴンは首を大きく裂かれたことで、命はほぼ尽きていた。だが、身の中に入り込んだ魔力の塊がエネルギーを送り続けるせいで死にきることができなかった。個体としての意識はもうないまま、それでも敵を喰らおうと大きく口を開けてディレルに迫る。

 ディレルはそれに気付いたが、避けるのは間に合いそうもなかった。何とか剣で受け止めるしかない、そう思った瞬間。


「しつっこい!!!」


 怒鳴り声と共に、一筋の光の奔流がバチバチと音を立てながらロックドラゴンの口の中に突き刺さった。膨大な魔力が込められたその光は、大きく開けられた口から喉を貫き、首の後ろへ突き抜けて消えた。


「あ……魔力の調節…まちが…」


 ロックドラゴンの体がずしんと倒れるのとほとんど同時に、ルルシアはへろへろとその場に倒れた。

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