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127. 全部なくして絶望するのを

 今、対峙していてもその半獣の女から魔力をほとんど感じない。おそらく彼女は魔力をほとんど持たないのだろう。ルルシアの探知は相手の持つ魔力を見ているので、彼女のような魔力が弱い相手を見つけるのは苦手なのだ。

 さらにその恐るべき身軽さ。彼女は壁を背にして立つこの建物に、壁の上から飛び移ってきたのだ。


 ディレルがエリカを背にかばう位置で女と向き合う。

 相手の姿が確認できている状態でディレルが後れを取ることはそうないとは思うが、壁などを使って立体的に動かれてしまうとやっかいだ。ルルシアも牽制の意味を込めていつでも射ることができるように弓に魔力を流しておく。


「そんな怖い顔しないでよ。あたしは結果発表に来ただけ。さすがに本職の冒険者二人とガチでやり合ったら無事じゃすまないもん」


 女は臨戦態勢だった構えを解き、へらへらした態度でしゃべりながら手に持っていた短剣を腰のベルトに戻した。

 あくまでも『無事じゃ済まない』であって『勝てない・敵わない』ではないあたり、自分の実力に相当自信があるのだろう。ルルシアは弓に通していた魔力を止め、作り出していた矢を霧散させた。


(長時間出力を維持できなかったと思ってくれた方がいい。腕輪の防壁があれば構え直す時間は稼げる)


 仮に構え直しが間に合わなくとも、威力は落ちるが最悪ノータイムで魔法を撃ち込むことだってできる。その瞬間までは、ルルシアは弓でサポートする冒険者のふりを続けることにする。


「結果…?」


 へらへらした女の言葉に対して、ディレルの背にかばわれたエリカが訝しげに眉を寄せて聞き返した。


「そう、ゲームの結果発表。お嬢ちゃんがストラから逃げられたら勝ちってヤツ。お嬢ちゃんは自力で逃げてはいないけど、お仲間に救出されて無事。で、対するストラは真っ青とか真っ赤になって怒ったり絶望したりして大変愉快でした。よって、お嬢ちゃんの勝ちです」

「……勝ち?」

「ほら言ったじゃん? あたしは楽しく生きたいって。で、ストラが出し抜かれて悔しがるのを見るのは最高に楽しいって」

「――それで、勝った彼女を襲いに来たのか」


 ディレルは油断なく剣を構え、女を睨み付けたまま低い声で話しかける。

 一方の女の方はそんなディレルにひるむことなくニッと笑って見せた。


「違う違う。ゲーム終了のお知らせに来ただけだよ。あたしにはお嬢ちゃん襲う理由ないしね」

「それにしてはずいぶん殺気立ってただろ」

「いやあ、たまたまタイミング良く見つけたからゲーム勝利の賞品あげようかなって思ったんだけどさー。お兄さんたちがあんまり弱いとあげても意味ないから、品定め? 的な感じだよ」


 弱いと意味がない賞品とはなんだろうか。『あたしと戦う権利』などと言われたら全力で拒否したいところだが。

 賞品が何にせよ、品定めをして、今は攻撃態勢をとっていないということは彼女の中で何らかの判定が出たのだろう。


「品定めは合格だったんですか?」


 ルルシアが首をかしげると「うーん?」と女も首をかしげた。


「一撃じゃわかんないけど二撃目はあたしが怪我しそうだったからやめといた!」

「…意味あるんですか? それ…」

「ま、あたしの趣味みたいなもんだからー」

「…襲いかかるのが?」

「戦うのが」


 教会に連れて行ってキンシェに会わせたら二人とも大喜びではないだろうか…と思っていると、女の尻尾がふりふりと南西の方角を示した。


「か…」


 わいい、という言葉をなんとか飲み込む。

 そして、女が続けた言葉は全くかわいげのないものだった。


「あっちの方に何軒か家があるんだけどね、サイカを襲う魔物の通り道になる予定なんだよ。今から行けば先手を打てるかもよ」

「魔物の通り道…」


 ディレルが視線をこちらに向けたのを感じて、ルルシアは微かに頷いた。

 確かに気配を探ったときに南西の方角に何かが集まっているのを感じた。だが距離があると魔力と瘴気の判別は付かないので、その『何か』が単に集落の住人かもしれないと考え、エリカにその方向に大きめの集落がないか確認しようとした――その矢先に女が襲ってきたのだ。

 表現の問題ではあるが、『何軒か』の家の住人だと言うには気配が多すぎる。ストラの関与あるなしは別としても、何がしかの異常が発生しているのは確かだ。

 ディレルが言ったように、ストラたちは本当に魔物にサイカを襲わせようとしていると考えてよさそうだ。


「なんであんたがそれを俺たちに教える? いくらゲームだ賞品だと言っても仲間を売るような真似をする理由にはならないだろ」

「ごもっともだけどもっともじゃないんだなあ。なぜならあたしはストラの仲間じゃないからです。どっちかって言うと敵?」

「…だからこっちに味方する? こちらがそれを信用するとでも?」

「別に味方はしないよ。あたしが味方するのは自分だけだから」


 戸惑いつつ、ディレルは構えを解いた。とはいえ、鞘にしまってはいないのでいつでも応戦はできる。だが女は満足げにうんうんと頷いた。


「貴方の目的は何? ストラの計画を邪魔すること? サイカをどうしたいの?」


 ディレルが警戒を解いたのでエリカがおずおずと女に声をかけた。


「お嬢ちゃんには前言ったでしょ? あたしはサイカも人間も亜人もどうでもいい。あっちにある家の連中が魔物に轢かれて全滅してもかまわない。でも、助かってもかまわない。そんで、助かった方がストラは悔しがるからその方が愉快」

「ストラが嫌いなの?」

「嫌いじゃないよー? ただ、悪いこと企んでるヤツが頑張って頑張って頑張ったのに最終的に失敗して全部なくして絶望するのを見るのが大好きなの」


(あ、ガチ目のやばい人だった)


 ルルシアの中の『関わらない方がいい人』レーダーが全力で反応している。

 対象が悪いこと企んでるヤツと限定されているのは救いかもしれないが、うっとりとした瞳は若干潤んでおり、真っ白な美しい尻尾がピンと立って喜びを表現していた。



 そのだいぶヤバい感じを醸し出していた白猫の半獣の女は『ユラ』と名乗り、他の誰でもない、彼女自身がストラに指示されて魔物の誘引剤を魔物の生息地からサイカまで繋ぐように設置したのだと言った。

 魔物の誘引剤は元々ストラの持っていたもので、それがどのように作られたのかについてはユラは知らなかった。ただ、「血みたいな匂いはした」そうなので、もしかしたらエルフの血がベースになっているのかもしれない。


 正直なところ、本当にユラを信じていいのか迷いはある。

 自分が誘引剤を設置したと告げたときに全く悪びれる様子はなく、罪悪感などは微塵も感じていないようだった。あまりに平然としているので、ユラがそういうことに罪の意識を抱かないタイプなのか、それとも嘘をついているからなのかの判断が付かない。――だが、ユラの示した場所に不自然に魔力が集まっている気配があるのは事実だった。


「行こう。本当に先手を打てるならその方がいいもん。元々ここへきたのは群れを確認するためだったんだし、他の方角にそれほど不自然な気配はないから。一応セネシオさんには連絡をしておくけど」


 ルルシアが耳打ちするとディレルはわずかの間躊躇った後頷いた。


「わかった。――エリカさん、悪いけどちょっと付き合ってもらえるかな。一人で置いてくわけにはいかないから」

「…わかりました」


 エリカもユラの方をチラチラ気にしながら頷いた。 


「でも、あなたは亜人でしょ…本当にサイカを助けるようなことしていいの?」


 エリカに投げかけられた質問に、ユラは目を丸くして耳をぴこぴこと動かした。そして心底不思議そうにルルシアとディレルを見て、それからエリカに視線を戻した。


「え、それあたしに聞くの? そこの二人の前で」

「二人? が、何か?」

「あー、はいはい。なるほどね…ま、世界はお嬢ちゃんが思ってるよりも驚きに満ちてるってことさ」


 本当に何を言っているのかわからないというエリカの様子に、ユラは事情を察したらしい。その上でそれを指摘するでもなくニヤリと笑って話を締めた。


(わたしたちが人間じゃないの、バレてる)


 どこで分かったのだろうか。種族が違うと匂いが違うとかだろうか。

 自分でわかるわけはないが、なんとなく自分の腕を鼻に近づけてみる――と、その腕をディレルにやんわりと掴まれた。


「とにかく行こう。…あと、匂いじゃないと思うよ?」

「…変な匂いだったらどうしようと思って…」

「ルルはいい匂いだから大丈夫。獣人系の人はたまにやたら勘の鋭い人がいるらしいから、彼女もそうじゃないかな」

「あ、うん…」


 何でもないような顔でさらりといい匂いだとか言わないで欲しい。

 なんとなく恥ずかしくて、ルルシアは「ちょっと通信送るためのメモ書くから待ってね」と言い訳をして顔を伏せた。

 頬が熱くなっている気がするのでしばらく顔を伏せておきたいが、今の事態を考えるとそんな悠長なことは言っていられない。出来るだけ急いで最低限の情報だけを走り書きしてセネシオに送った。何か問題があれば向こうから反応が返ってくるだろう。


「オッケー。行きましょう」

「おー!」

「ん?」


 ルルシアの呼びかけに、何故か真っ先に返事をしたのがユラだった。


「え、来るんですか」

「え、ダメ?」

「いやダメっていうか…え?」


 戸惑って思わずディレルの顔を見ると、彼は珍しく不快感を隠さずユラを睨んでいた。


「来るのは構わないけど、少しでもおかしな動きをしたら切るから」

「うわー、お兄さんこわーい。でも別にいいよ避けるから」


 避けるからいいのではなく、おかしな動きをしないで欲しいのだが。

 ディレルがため息をついた。どうやらルルシアがメモを書いている間に似たような問答をしていたらしい。


「さっきからこの調子だから…変に別行動して隙をつかれるよりは目の届くところにいるほうがマシだと思う…」

「そうだね…」


 ため息をついたディレルに頷き返したところに、早速先程送った通信の返事が届いた。手を振って受信すると、空中に文字が浮かぶ。

 了解、気を付けてという短い返事の後に、続きがあった。


『俺の知ってるユラと同一人物だとしたら、害は()()()からほっといても大丈夫』


(害は()()…じゃないんですね)

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