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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
1章 オーリスの森の住人
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12. 石造りの小屋

 さすがギルド長の家のハウスキーパーというべきか。

 ギルド長が帰宅した後の晩餐の席で供されたのは、突然訪れたというのに見事にエルフに合わせられたヘルシーな食事。

 完璧なもてなしだった。


 完璧すぎて、ライノールに割り当てられた部屋のベッドの上を占領したルルシアはむくれていた。

 テインツの郷土料理はエスニック系統である。当然そういうものが出てくると期待していた分、ルルシアの落胆は大きかったのだ。


「お肉が! スパイスが! 脂っこいものが食べたかったの!」

「料理を見たときのお前の顔が面白すぎて笑わないようにするのが大変だった」

「うぐ……いいもん。わたし、絶対明日の朝市行くんだから」

「お前なら耳隠しときゃエルフだと思われないだろうしな」

「どうせ人間とかによくいる顔ですよ」


 森にたまに来る行商人にも、「ここの集落は美男美女が多いから、ルルシアちゃんみたいな子を見るとホッとするよ」と言われた事があるくらいだ。

 逆に考えれば、ルルシアがライノールレベルの美女だったら、エルフであることを隠して市になど行けなかっただろう。

 エルフです、というのがわかるような格好で肉や香辛料を買うのはイメージが悪いということで、森長にバレれば激怒される案件である。

 だからこれはこれで良かったのだ。

 モブ顔で良かった。


「まあ朝市行くつもりなら早めに寝ろよ。お膳立てしてもらって爆睡とか笑えないからな」

「まだ寝るような時間じゃないし」


 夕食の時に、話の流れで市場を見に行きたいと思っていると話をしたら、アンゼリカがノリノリで「それなら城下町の町娘風の服を用意する」と言い出したのだ。

 テインツは冒険者ギルドがあることもあって、各地から冒険者が集まっている。

 そのため、ルルシアは普通にマントを外し帽子をかぶって行けばいいかなと考えていたのだが、アンゼリカはどうしても着せかえをしたいらしく、熱く説得されてしまい押し切られた。

 ちなみに、ライノールは同行しない。

 朝市に行かないライノールはその間何をするのかといえば、ディレルから借りた魔術紋様の本を読むつもりらしい。

 今も楽しそうに本を開いている彼は、ルルシアに目も向けずに「良いから寝なさい」と言って手で追い払う仕草をした。

 机に山積みにしている本を、明日の出立――ルルシアが朝市から帰ってくるまでの間に読めるだけ読みたいらしく、さっきからベッドに陣取って管を巻くルルシアを追い出そうとしているのだ。


「魔法オタクめ」

「はいはい」


 ぶー、とむくれて部屋を出る。

 ルルシアに割り当てられた部屋はすぐ隣なのだが、気がくさくさしてすぐに眠れそうにない。

 なんとなく廊下の窓から外を見ると、昼に客間から見た庭に魔術灯が浮いているのが見えた。

 防犯の意味もあって、夜はライトアップされると言っていたな、と思い出す。

 いつでも散策していいと言われているし、せっかくなのでお言葉に甘えて庭に出ることにする。

 外階段を使い庭に下り、タイルの地面を踏みしめると、足元からひんやりした空気が登ってきた。

 少し冷えた夜の空気に、何か羽織ってくればよかったな……と、少し後悔しながら庭の中央を走る水路に沿って歩き出した。

 宙に浮いたオレンジ色の魔術灯の光が、闇の色に染まった水路の水に反射して、夢のように美しい。


 このギルド長の家はモデルハウスのようなもので、特に客間とこの庭は、セットでクラフトギルドの技術力を宣伝するために設けられている。

 テインツの周辺は空気が乾燥していて、元々水の乏しい土地だった。水質浄化のために魔獣結晶を使っているということは、その乏しい水資源を、人工的な技術でカバーして成り立っているのだろう。

 本来豊富に使えないはずの水を庭園のメインにして、そして周りを繊細なモザイクや彫刻、建築で彩り、魔術の灯で照らし出す。……なんとも分かりやすい技術アピールである。

 そんな意図が分かってしまうと、せっかく美しく煌めく水路の水面もなんだか味気なく見えてくる。


(きれいな景色なのに、楽しめないなんて。勿体無いことしたな)


 少し苦笑いしながら歩き、一番奥の噴水にたどり着くと東屋にベンチが置かれていた。

 そこに腰掛け、そういえば奥まった木陰に工房があったな……と、思い出して視線を彷徨わせると、木々の陰にひっそりと建つ石造りの小屋が見えた。

 庭にいると絶妙に見えにくい位置になっているので、本当に作業用に建てられたものらしい。


(明かりがついてる……)


 小屋がよく見える位置まで行くと、窓から光が漏れているのが見えた。

 ディレルが使っていると言っていたので、今も中で何か作業しているのだろう。

 魔術具を作る作業に興味はあるのだが、こんな時間に急に約束もなく訪ねるのは迷惑だろうか。

 ルルシアは少し迷ってから、脅かせないようにわざと足音を立てて小屋へ向かった。


***


 ノックをして少し待つと、内側から扉が開かれて、ディレルが顔を出した。


「あれ、ルルシアさん? どうかしましたか、こんなところに……」

「庭を歩いていたら明かりがついていたので。ご迷惑でなければ少し見学させてもらってもいいですか?」

「それは構いませんけど……面白いものはないですよ?」


 どうぞ、と通された小屋の中はそれほど広くない。

 半分が鍛冶スペース、もう半分が細工スペースとなっているようだが、鍛冶スペースは使っておらず、物置にしているらしい。


「道具本体を作るわけじゃないんですね」

「ええ、依頼を受けて紋様を刻むのが主です。こういう、木や銀細工の小さい装飾品なら作ることもありますけど」


 そう言いながら見せてくれたのは、バングルや髪留めのような身に着けるタイプの魔術具だった。

 こういうものなら、冒険者だけではなく、普通の農村の人でもお守りとして身に着けているのを見たことがある。

 ただし一般的に、そういうものは一見してそれと知れるような、デザイン性はあまりよろしくないものが多い。

 ……のだが、ここにある透かし彫りの髪留めは普通のおしゃれな装飾品にしか見えないのに、実は細かく魔術の紋様が組み込まれている。不器用なルルシアからしたら気が遠くなるほど繊細な仕事である。


「すごい……きれいですね」

「ありがとうございます」


 思わず口から出た感嘆の言葉に、ディレルは嬉しそうに微笑んだ。


「知り合いに、奥さんの誕生日に贈りたいから、とにかくきれいなの作れって言われてて。試行錯誤中なので褒めてもらえると嬉しいです」

「こんなにきれいなもの貰ったら、その人も喜ぶでしょうね」


 装飾品にはそれほど興味のないルルシアですら、いいな、と思うのだ。これほどのものを誕生日に夫からプレゼントされたら、間違いなく喜ぶだろう。

 だが、オーダーメイドでここまで手が込んでいて、しかも魔術具としての効果もある……となると、値段を付けたらすさまじいのではないだろうか。

 ルルシアとしては触れるのも恐れ多い。一体どんな人物の奥様に贈られるのだろう。


「……そうだ、奥さんといえば……ディレルさんずっとすごく丁寧な敬語ですけど、出来れば普通にしゃべってもらえませんか? 討伐の時フォーレンさんと話してたみたいに。多分私の方が年下ですし」

「え」


 ルルシアの「年下」という言葉に、ディレルは心底不思議そうな顔をした。

 そのディレルの反応に、ルルシアも「え?」と瞬く。

 昼間、アンゼリカがディレルに「嫁が来ない」という話をしていたので年上なのかと思ったのだが……。

 もしかしてドワーフ社会には若年結婚の風習でもあるのだろうか。お互い首を傾げ、一拍置いてディレルが「あ!」と声を上げた。


「すみません……エルフは長生きだから、ルルシアさんは年上だって勝手に思ってました……」

「ああ! そっか、そうですね、エルフの年齢なんてわからないですよね。百歳越えが普通みたいな空気ありますし……でも残念ながら、わたしは十七です」


 確かに、前世だったら『エルフ』と言われたらそれがどんな幼児だろうと、もしやこの人結構な年なのでは……? と思ってしまっただろう。

 だがこの世界の実際のエルフは、二十歳くらいまでは人間と同じように成長する。そこから一気に外見の変化が緩やかになっていくのだ。

 二十歳くらいがそのボーダーラインになっているため、ルルシアとライノールはどちらも同じような年齢に見えて、その実かなり年齢が離れている。


「十七歳!? えっと……もしかしてライノールさんもそのくらい?」

「ライは七十くらいです。年齢の割に大人げないし口が悪いので年上に見えませんけど」

「七十……うちの親より上……エルフわかんねぇ……」

「エルフ同士だとなんとなくわかるんですけどね」

「そういうものなんですね……そういえばなんで『奥さんといえば』なんですか?」


 なんとも複雑そうな表情で聞いてくるディレルに、昼アンゼリカが言っていた嫁云々という話を伝える。

 あの時彼もそこにいたはずだが、弓に夢中で聞いていなかったらしい。


「あの人はまたそういうことを外の人に。……私は二十一です。職人だと十八、十九で結婚する事が多いんですよ。二十前が普通というか……そのせいで最近周りがうるさくて」


 ディレルはうんざり、といった表情を浮かべた。

 この世界でも親や親戚からの『結婚まだか』攻撃があるらしい。平均寿命が短めの世界なので仕方がない、と言えなくもないが。


「あ、わたしとそれほど変わりませんね……どっちにしても呼び捨てに、ため口で構いません」

「……それならお言葉に甘えさせてもらおうかな。ええと、ルルシア……も、ため口でいいよ」

「わかった。……わたし、いつも敬語とエルフの言葉遣いがごちゃごちゃになっちゃうから、その方がありがたい」


 エルフの言葉遣いはもともと苦手だったというのに、そこに前世の敬語の記憶まで混じってしまい、今のルルシアの言語系統は大混乱なのだ。

 そんなルルシアに対し、なるほどと笑うディレルはまさにいま仕事中だったらしい。

 木で出来た頑丈そうな机の上には細工に使う道具が広げられたままになっていた。

 手前に短剣が置かれており、その柄から刀身にかけて、魔術紋様が刻まれていた。先程まで彫っていたものだろう。


「そういえば今更だけど、さっきまでお仕事してたんでしょう? 邪魔してごめんなさい。作業、ちょっと見ててもいい?」

「急ぐ仕事は来てないから平気だよ。でも、ひたすら彫ってくだけだから見てても退屈だと思うよ? まあ構わないけど……そこの椅子使っていいよ」


 彫金というのだろうか。

 タガネと槌を使い、どんどん模様が刻まれていく。タガネを置いた場所に次々となめらかな曲線が生み出されていく光景は、それこそ魔法のように見えた。

 槌を打ち付けるときのコッコッ、という微かな音が耳に心地いい。

 ――その音に、どこか懐かしさを感じる。いつの記憶だろうか。


(そうだ。父さんが作業してるのを、こうやって見てたことがある……あれは魔術具を作ってたんだ)


 こうやって、そばで音を聞くのが好きだった。

 彼らを失ったことがあまりにも悲しすぎて、そんな日常の、ささやかな時間のことなど、すっかり忘れていた。


 昼間、せっかく我慢した涙がはらはらと静かに零れ落ちていった。

 ディレルは作業に没頭してしまったらしく、こちらの様子には気づいていない。

 今はただ、それがありがたかった。

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