表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/167

106. シオン様に会いたい

 ルルシアとセネシオが中央の内部で情報収集したりしている間、ディレルとアドニスは壁の外で情報を集めていた。高台の方から壁の内側が見渡せるポイントをセネシオが知っていたので、主にそこから中央の動向を観察し、たまに壁の外の住人の様子を窺ったり――という感じで数日が過ぎていった。


「多分、捕まってる人たちは北西側の白い建物にいるんだと思う。他の建物は結構人が出入りしてるんだけど、そこだけ決まった人が決まった時間に出入りしてる以外は出入り無し。昼に二回…多分食事を運んでるんだと思う。運んで、下げてで二回」

「一日一食…!」


 ショックを受けたルルシアにディレルが苦笑する。


「サイカの現状を考えるなら、罪人として捕まえてる相手に毎日一回必ず食事が与えられるっていうのは破格の扱いじゃないかな」

「そうだね…罪人だもんね……お昼だけ…」


 たまにそういう日があるくらいならば我慢するが、それが毎日となるとルルシアには耐えられなさそうだ。しかしそもそも捕まっている時点で食事が抜かれるよりもひどい目に遭う可能性が高いのでそんなことを言っている場合ではないのだが。


「…食事の回数の話はもういいか」

「あっ、はい大丈夫です。すみません…」


 余計な脱線をさせてしまった。ルルシアはもう邪魔をしませんという意思を示すために、テーブルの上に投げ出していた手を膝の上にそろえ、姿勢を正した。それにしてもここのところアドニスがルルシアを見る視線は呆れを含むのがデフォルトになってきている気がする。


 『中央』が名を持たないように、その中央をまとめる組織もまた名を持たない。

 リーダー、リーダー代理、その下に五人の幹部。そのさらに下は、初めの頃はある程度分野ごとに分かれ、それぞれ統率されていたのだが今はめちゃくちゃになっている――というよりも使える者が少なくて少数の優秀な者が色々受け持っている状態らしい。

 その他大勢は、料理屋店主によれば「暴れたり威張ったりしてる」そうだ。


 組織の拠点は壁に囲まれた『中央』の北側一帯で、その東側に集会などが行われる建物、リーダー及び幹部たちの住居があり、西側に訓練場と倉庫、それとディレルたちの報告によると罪人が捕まっていると思わしき白い建物がある。

 やはりリーダーのラグラスとみられる人物は確認できず、出入りしているのはその他のメンバーばかり。


「一回だけだけど、リーダーの息子が医者っぽい雰囲気の人と話しながら家から出てきたんだ。だからもしかしたらリーダーは寝たきりとかそれに近い状態なのかもしれないね」

「普通に考えたら病気だろうね。前から具合悪そうにしてたっていうし」


 ルルシアは首をかしげる。

 医者が訪問しているのならば生きている可能性は高いと思うが、死亡しているにしても寝たきりになっているにしても、それはわざわざ隠す必要があることなのだろうか。どちらにせよ次期リーダーの選定を急いだほうがよさそうなものだが。

 そのルルシアの疑問に答えたのはセネシオだった。


「時系列で整理してみると、リーダーのラグラス氏が体調を崩したとみられる時期の少し前にリーダー代理が亡くなってるでしょ? 元々リーダーとリーダー代理っていう二枚看板の持つカリスマ性に惹かれて集まった人たちの組織だったみたいだし、彼ら二人が一気にいなくなったら組織が制御できなくなっちゃってたと思うよ――それに現リーダー代理はずいぶんと随分な人物みたいだし、ね」


 現リーダー代理の評判は簡単にいうと二分されていた。

 一つは、彼の能力不足を嘆き、傲慢な態度をとがめるもの。

 もう一つは、気前の良さをたたえるもの。

 ただし後者の評価をする人物はもれなくその人自身の評判がよろしくない。つまり、一緒になって暴れたり威張ったりしている者ばかりで、そういう者たちからしたら現リーダー代理はいい金づるだということなのだろう。

 評判は二分されているが実質一つで、『悪い』。その一言に尽きる。


「まあ、今回の目的は捕まってる人を穏便に逃がすことだからね。シオン君は俺の知り合いが捕まった時に処遇について口を出してて、どうやらその要望が通ってる。ってことはシオン君には今現在あの組織の中である程度の発言力があるってことだ。だからやっぱりシオン君に協力を求めたいんだよねぇ」

「今のところ拠点から出てないみたいだよ。公民館の方にも来てないらしい」


 呼び出すわけにもいかないしね…とディレルは肩をすくめた。その内容よりも、ルルシアは公民館という単語の方にピクリと反応してしまう。


「公民館に行ったの?」

「え、うん。あの後魔物がどうなったかも気になったから。――あの子たちに何か言伝でもあった?」

「…ない」


 ふるふると首を振るルルシアをアドニスだけが面白いものを観察する目で眺めていた。



***



 シオン様に会いたい!


 ということで、組織の拠点の西側――訓練場の付近に行ってみることにした。

 訓練場と呼ばれてはいるのだが、少なくともルルシアたちが中央に来てからは訓練らしきものが行われているところを一度も見ていない。前代理が存命中はほぼ毎日のように鍛錬を行っていたらしいのだが、亡くなってから半年もしないうちに全体での訓練は行われなくなり、現在では真面目な者が数人で模擬試合をしたり、不真面目な者たちがキャッチボールをして遊んだりというくらいにしか使われていないようだ。


 そんな風に人がいない場所であるため、シオンが時々やって来て楽器の演奏をしていることがある。

 ディレルとアドニスに料理屋でそういう話を聞いたと報告すると、彼らも実際にシオンが訓練場にいるのを目撃していた。ただし、遠目に見ただけなので何をやっていたのかはよくわからなかったらしい。岩に腰かけしばらくそのまま過ごした後戻っていった――というので、おそらくそこで楽器を鳴らしていたのだろう。


 訓練場の付近は人の来ない過疎地とはいえ、組織の拠点の一部である。ガラの悪い輩が絡んでくるかもしれない…ということで、本日のルルシアのパートナーはアドニスだ。見た目に威圧感があるので虫よけにいいだろうという理由だそうだ。


「高台から見たのはあの岩のところだな。――ああ、横から見るとちょうど木の陰になるのか。隠れて練習してるんだな」


 アドニスが茂った低木の影になるように転がっている岩を指さした。高台から見下ろすとはっきり見えるのだそうだ。


「今はいないですね」

「まあそう都合よくは…」


 いかないだろう、と続けようとしたであろうアドニスはある方向を見て口を閉じた。同時にルルシアも音に気付いてそちらを見た。相手側から死角になる位置に移動しつつ、声を潜める。


「いきましたね」

「…そうだな」


 拠点の東側、住居などがある方から一人の男が歩いてくるのが見える。

 長い亜麻色の髪を今日は結んでいないので、時折吹く風でふわりと舞っている。手にはギターを持っているのでやはり演奏しに来たのだろう。

 彼はアドニスが示していた岩のところまでくると、そこに腰掛け、ギターを軽く鳴らして音の調整を始める。


(さて、ここからどう接触するか)


 すぐそこにいるので接触自体は難しくないのだが、一番警戒されない方法となると難しい。彼は臆病だとも聞いているので一度警戒されてしまうとその後の接触が難しくなってしまうかもしれない。

 そうこう考えているうちに演奏が始まった。

 奏でられる曲は、ルルシアではなく、水森あかりの耳に馴染んだものだった。


 神の子のところで歌った、あの恋の歌だ。

 この曲に合わせてルルシアが歌い出せばこちらが前世持ちなことが伝わるだろうが…。


(でも、急に物陰から出てきて歌いだすって…フラッシュモブじゃないんだから)


 ここは無難に、演奏後に声をかけるのがいい。そう判断した、その瞬間。

 シオンが歌いだし――ルルシアは思わずヒュッと息をのんで、むせた。


「!? ルルシア?」


 すぐに演奏が止まり、アドニスが焦って小声で声をかけてくる。なんとか息を整え、顔をあげるとこの世の終わりのような顔をしたシオンと目があった。ルルシアは即座に目をそらす。


「……聞いたな……?」

「……ごめんなさい……」


 シオンは、とてつもなく音痴だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ