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105. リーダー死亡説

 セネシオが酒場で聞いてきた話によれば、現在のサイカを統治しているリーダー『ラグラス・ニーレンベル』はここ二年ほどの間まったく人前に姿を現していないという。

 大きな都市で大きな組織であればそういうこともあるかもしれないが、ここはほぼ全員知り合いの限界集落のような場所だ。ひっそりと隠れて生活するといっても限度がある。――と、いうことは実際に何か理由があって人前に出られない状態なのだろう。

 また、姿を見せなくなる少し前から体調を崩している様子が何度か見られたというのがリーダー死亡説がまことしやかに囁かれている原因の一つでもあるようだ。


「リーダーが出てこなくなったのと大体同じくらいの時期に代理が魔物にやられて死んじゃったんだよ。壁の外の魔物討伐は代理が指揮してたんだけど、まともに指揮できる人がいなくなったせいでそっからほとんどやってないんだ。で、今の状況さね。外はひどかったろう?」


 荷物をカウンターに置いた中年女性がそう言ってルルシアたちの顔を見た。


「そうだね。ここに来た時も外の子たちが魔物に襲われてたし」


 セネシオは抱えた瓶を指示された棚に並べながら相槌を打つ。ルルシアも荷物をテーブルに置いて黙ったまま頷いた。

 リアが言っていた『強い人は大体中央にいて外に出てこないし、出てきてた人はみんな死んだ』というのがそれをさしているのだろう。


 ルルシアとセネシオが今いるここは小さな料理屋で、昨夜セネシオたちが食べ物を買ってきた店だった。

 買い出し兼情報収集で外出したルルシアたちは、荷物を落として地面にばらまいてしまい困っていた料理屋店主の中年女性に遭遇し、転がる食材を拾い集める手伝いをした…のだが、「手伝ってくれるならついでにいろいろ買っておきたい」と言い出した店主の荷物持ちをさせられて今に至るのである。

 店主はこの中央では比較的最近住み着いた人だった。彼女の住んでいた集落が魔物に襲われていたところをリーダー代理率いる討伐隊に救われたのだが、そこで振舞った料理の腕を買われ、集落の自宅が壊れてしまったこともあってそのまま中央に移ってきたのだという。

 そのころからリーダーは姿をあまり見せていなかったので、彼女はあまりリーダーのことを知らないのだそうだ。


「代理がいなくなって、リーダーも出てこないんじゃ普通に立ち行かなくなりそうだけど。新しいリーダー…いや、リーダーははまだ生きてるかもだけど、せめてサブリーダーを決めなかったの?」

「一応いるんだよ。死んじまった代理の弟が今はリーダー代理を名乗ってる」


 そこで店主は肩をすくめ、やや声をひそめた。


「――でもあの人はだめさ。討伐は本当に壁の周辺だけ…それも外に被害が出てからやっと動くだけで見回りなんかはしない。そもそもそんなに腕も立たないとかで若い連中は反発してるみたいだね。それでも創設期からのメンバーだし、年かさの連中は死んだ前代理の世話になったやつばかりだから義理立てて言うこと聞くし…で、少し勘違いしてるのかもねぇ」

「あらら…誰か指摘してあげないの」

「取り巻き引き連れふんぞり返ってるからあたしらみたいなのは近づけないし…逆らうとひどい目に合うって話も聞くしねぇ。何か言える奴がいるとしたらリーダーとかその周辺くらいだろうね。シオン様あたりがしっかりしてくれりゃいいんだろうけど、あの子はあの子で性格が大人しすぎるから」


 そう言って店主は頬に手を当て、「サイカはもう長く持たないだろうね」とため息を落とした。


「ひどい目って? 袋叩きにあったり?」

「あることないこと犯罪をでっちあげられて牢に入れるんだって聞いたよ。その先は食べ物もまともに与えられないとか、他所の地域のスパイをさせられるとか、洗脳されるとか、魔物を誘導するためのえさにされるとか――色々噂は聞くけど本当のとこはわかんないよ。()()なった連中で中央に戻ってきたやつはいないから」

「穏やかじゃないなぁ…俺らみたいな旅人でも捕まったやつがいるって噂は聞いたことがあるけど、その後どうなったかは聞かなかったからなぁ」


 セネシオが口にした、『旅人が捕まった』という話などルルシアは初耳だ。少しの誤情報を混ぜると相手が訂正して更に詳しい情報を開示してくれるという会話テクニックの一環だろう。実際そんな噂が流れていたら恐ろしくてサイカに出入りする旅人などいなくなるはずだ。


「旅人で捕まったって話はきかないけど…外から迷い込んだ亜人が捕まったってのはあったね。結局お隣のシェパーズに奴隷として売られたって話だよ」

「ああ、サイカは亜人嫌いだもんね」

「そうだね。正直あたしはそこまで毛嫌いするもんでもないと思うけど…あ、これは内緒にしといておくれよ? 中央の連中はこういう閉鎖された中にずっといるせいか視野が狭いやつが多くってね。亜人は悪いものって決めつけてるからちょっとでも庇えば睨まれちまったりするのさ――そういえば、亜人とか、罪をでっちあげられた連中を逃がそうとして捕まった御仁がいるとかなんとか…」


 後半は思い出したことをなんとなく呟いているだけでほぼ独り言だったが、ルルシアの意識はその呟きに集中する。おそらく、その『捕まった御仁』というのがセネシオの救出したい人物だろう。ちらりとセネシオの方に視線を向けると、彼も店主の呟きに興味を示していた。

 店主は新しい住民というだけあって、中央の体制に対しては色々と思うところが多いらしい。セネシオが積極的に手伝いを申し出たのは彼女がこういう人だからなのだろう。不満や不信感は口を軽くするものだ。


「逃がそうとしてたってことは現代理からしたら面白くないだろうね。ひどい目に遭ってそうだな」

「そうだねえ…ああ、でも確か、その御仁の処遇に対してシオン様が口出しして、しばらく現代理のご機嫌が悪くて大変だったとかって愚痴をうちの客が言ってたよ」

「へえ…シオン様はリーダーの息子だっけ」

「そう。変わり者で気弱で頼りないけど、優しい子だから人気はあるね。もうちょっと気が強ければねぇ」


 優しい子、という言葉でルルシアは昨日の公民館で見たシオンの姿を思い出す。怯える幼いトリスの頭をなでたりエリカの怪我を心配したりしていた。

 でもそれだけではなく、ルルシアたちに対して子供を救った礼を言ったのだ。

 気弱で頼りないとは言うが、昨日のやり取りを思い出す限りでは彼はあの場で自分が責任者としてふるまっていたし、慕われていた。彼のような人物がリーダーならばそれほど悪いことにはならないのではないだろうか。優しすぎて苦しむことは多そうだが。


「ふーん…そのシオン様と仲良くしとけば、もし代理を怒らせても助けてもらえるかもしれないね」

「やだわ、怒らせるようなことでもするつもりかい?」

「まさか。でも少しの間滞在するつもりだし安心材料は多い方がいいだろ? …それにシオン様かっこいいし、側にいたら女の子とたくさん触れ合えるかもしれないじゃん?」

「あははは。ダメダメ。キレイどころは代理とその取り巻きに囲われてることが多いからね。変に声かけたら逆鱗に触れるだろうね」


 それにしても、と店主はルルシアの方に視線を向けた。


「一緒にいるその子は恋人じゃ…ああ、ごめん。そういう雰囲気だったから」


 恋人というところでルルシアが全力で頭を振って否定すると、店主は意外そうな表情を浮かべた。ルルシアとしては非常に不本意である。


「そういう雰囲気ですか…?」

「ああ、ルルシアちゃんは気を許した相手に対して距離感近いんだよね。特に年上に対して。末っ子体質ってやつ?」


 ぽかんとするルルシアにセネシオが苦笑する。

 距離感が近いと言われてもやはりよくわからなくて首を傾げた。


「…そう、ですか?」

「あらま、無自覚。恋愛感情のない相手に甘えるのは相手を勘違いさせちまうから気を付けな? お互い嫌な思いをするからね。あんたの場合、意識して一歩引くくらいの方がいいよ」


 店主の言葉に、昨夜もディレルに『無自覚』と言われたことを思い出す。あれもあまり肯定的な文脈で使われた言葉ではなかったはずだ。それに、アドニスをかまいすぎで面白くないとも以前言われている。

 なんとなく世話を焼きたくなるのだが…もしアドニスが女性だったとして、ディレルが気にかけていたらルルシアは相当面白くないはずだ。


(はっきり言われないと…っていうか言われてもわかんないわたしって本当にもう…)


 恋愛経験値の低さも然りだが…前世では幼馴染の男女が入り混じったグループで行動することが多かったので、あまり相手の性別を意識していない言動が多いかもしれない。ルルシアは顔を覆ってうめくように「…気を付けます」と呟いた。


「思い当たることでもあったかい? まあ今後に生かしなさいな」

「はい…」

「俺は勘違いはしないからくっつくくらいでもいいけどね」

「ソウデスカー…とりあえずセネシオさんからは意識的に三歩離れますね」


 とりあえずディレルにはきちんと謝ろうと心に誓いながら、ルルシアは有言実行とばかりにセネシオから三歩距離を取った。

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