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103. くれ…なんとかドラゴン

「忙しい方なんですね、シオン様って」

「そうだよ。だって中央のトップの息子で、その仕事手伝ってて忙しいのに、わざわざ時間作ってここの様子見に来てくれてるんだから」


 エリカはシオンの去っていったほうを見つめながらそう言った。

 そんな忙しい中たまたま顔をつなげたのは僥倖だったが、子供たちによるとシオンがやって来るのは不定期で、長いときは数週間来ないこともあるらしい。となると、他のどこかで接触の機会を探る必要がありそうだ。

 ルルシアがそんなことをつらつらと考えていると、こちらをじっと見ているエリカと目があった。「どうかしましたか?」と聞くと彼女は少しバツが悪そうな表情を浮かべる。


「…えっと…山、そう、山を越えてきたんでしょう? ここに来る時黒狐倒したのはそっちのおじさんだし、その前も戦ってたのは男の人二人だったし…あなたは戦わないの?」


 気のせいかもしれないが口調にやや棘が含まれており、言外に『お前は男に守られているだけなのか』という非難を含んでいるように聞こえなくもない。


(あー、まあそうなりますよね)


 心のなかで苦笑しつつ、ルルシアはマントの下から弓を取り出して見せた。


「わたしは弓を使うのでああいう近接で混戦だとあんまり役に立たないんですよ」

「あ…そうなんだ」


 エリカはわかりやすく『しまった』という雰囲気を醸し出している。なんとも素直な態度に思わず笑みがこぼれてしまい、クスリと笑ったルルシアはキッと睨まれた。これは嫌われてしまったかもしれない。

 ルルシアの攻撃は弓矢ではなく魔法なので、射ち出した後の軌道もある程度なら変えられる。普段ならば近距離でも超遠距離でも混戦だったとしても射つのだが。

 エルフであることを隠すために攻撃を出し惜しみしている現状、守られているだけというのはあまり間違いではなかったりする。


「エリカさんは剣を使うんですよね。私も練習しようとしたことがありますけど、どうも筋肉がつきにくい体質で…うまく扱えなかったので諦めたんです。アドニスさんみたいにシャッて斬るの憧れるんですけどね」

「…おじさん、強い人だよね。動きが綺麗だったし。このへんだとああいうふうに動ける人ってほとんどいないから、そばで見られるあなたが羨ましい」


 シオンが去っていった後、子供には関わりたくないとばかりに壁に寄りかかって腕組して『近づくな』オーラを出しているアドニスの方をちらりと見て、エリカがぽつんとつぶやく。思わずこぼれたらしい言葉に、武器の稽古を付けてくれる相手がいないという背景が窺える。


「強い人は大体中央にいて外に出てこないし、出てきてた人はみんな死んじゃったもんね」


 横で話を聞いていたリアがあっけらかんとした口調で告げた言葉にルルシアは目を丸くした。内容もそうだが、それよりもなんでもないことのように話す少女の様子に驚いたのだ。


「…死んだ?」

「そ。魔物がたくさん出るから、親切な人は私たちみたいな貧乏人助けるために戦って疲れて死んでいったの。エリカやアキレアたちに剣の稽古付けてた先生もね。…今じゃ私らを気にかけてるのはシオン様くらいだよ」

「…そっか」


 外の魔物を倒さないといずれ壁の中でしか暮らせなくなる。最後に待っているのは緩やかな破滅だけだ。

 そう思ったものの、口をつぐむ。エリカたちにもそれは分かっているのだ。そのうえで、諦めているからこそ先程のリアのようにあっけらかんとして話せるのだろう。

 普通に振る舞っていても、根底にある諦めと絶望が透けて見えてしまう。ルルシアは胸がつまるような気分になった。


「あ、ルルシアちゃんいた」


 そこに、やたらと明るい声が響く。

 ルルシアはぱっと部屋の入口の方を振り向きディレルの姿を認め、ふにゃりと表情を崩して駆け寄った。


「二人共お疲れ様」

「うん。ルルたちの方は皆無事だったみたいだね。怪我した子は?」

「簡単な手当てはした。出血は多かったけど傷自体は浅いし、ルチアがくれた薬使ってもらったから多分ひどくはならないと思う」

「そっか。それなら良かった」


 微笑んだディレルの横からセネシオが顔を突き出し、不満げに頬を膨らませた。


「ルルシアちゃん『二人共』って言いながらディレル君しか見てないのひどい」

「あー…ちょっと癒やしが欲しくて…」

「二人して似たようなこと言ってぇ…そうだ、ちょうどここに来た時シオン君に会ったんだけど、ルルシアちゃんたちも話をしたみたいだね?」

「ああ、はい。こっちは冒険者でしばらく中央に滞在する予定だって話はしました。あと…くれ…なんとかドラゴンを探してるって話」

「…クレセントロックドラゴンね」


 ディレルが苦笑しながら訂正した。壁に寄りかかっていたアドニスがまたかという目をしているが見なかったことにする。


「うんうん。変に疑われて追い出されたりするような雰囲気じゃなかったならオッケー。――じゃ、無事合流できたわけだし、中央の方に行こうか」

「はい」


 ここに来たのは子供たちを避難させるためであって、少なくとも今の時点で来る予定はなかったのだ。用事は済んだのでこれ以上ここに留まる理由はない。セネシオの言葉に頷き、ルルシアはフードを被り直しながら子供たちの方を振り返った。


「ではわたしたちはお暇しますね。エリカさん、もしかしたら熱が出るかもしれませんし、できるだけ安静にしてくださいね」

「…分かった。…ありがと」


 不承不承という面持ちでエリカが頷き、そしてムスッとしながらボソリと礼の言葉を呟いた。その様子が可愛くてルルシアはまた笑いそうになってしまい、慌ててフードを引き下げて顔を隠した。

 顔を隠したルルシアをちらりと不思議そうに見てから、ディレルはアキレアの方を見た。


「申し訳ないけど狐は全部退治できたわけじゃなくって三頭くらい逃げられたんで、次に畑に行くときは十分気をつけて。手負いじゃないし、仲間がやられてるから多分離れた場所に移動するんじゃないかとは思うけど、念の為ね」

「あんなにいたのに残ったの三頭? 冒険者ってやっぱり凄いんだな…」


 アキレアとクレオが目を丸くして少年らしい素直さで感嘆の声をあげた。

 それにニッと笑って応えたのはディレルではなくセネシオだった。


「お? もっと褒め讃えてもいいよ?」

「…なんかそう言われると褒めたくなくなる」

「なんかヤダ」

「えー」


 不満げに口をとがらせたセネシオを見て子供たちがくすくす笑い出す。

 雰囲気が和んだところで、ルルシアは「じゃ、行きましょう」とディレルの腕を引いて部屋を出た。どうにも、リアがディレルをキラキラした目で見ているのが気になって仕方がなかったのだ。


「…子供相手に余裕ないな」


 若干からかうような声音でアドニスが呟いたのに対して、ルルシアは「ほっといてください」と頬を膨らませた。



***



 石造りの壁で囲まれた中央に入るには、中央の住民であること、もしくは中央で就業していることを証明する身分証が必要となる。それがない場合は通行証を購入しなければならない。通行証の有効期限は一週間。価格は銀貨五十枚。テインツならば一日フルタイムで働いてもらえるのが大体銀貨十枚くらいなので約五日分の稼ぎである。

 安定して比較的経済的に豊かなテインツでそれなので、今日明日の食料に悩む壁の外にいる人々が中に入るというのはかなり絶望的な話である。下働きとして雇ってもらえば身分証がもらえるが、競争倍率が高く、しかもそれを乗り越えて下働きになったとしても内部での扱いはあまり良くないようだ。


 門から入るとそのまま反対側の門まで貫く大通りになっていた。その通りの両側には住宅が並び、そのなかにたまに商店や食堂が混じっている。人通りはまばらで、『地域の中心のメイン通り』と考えると悲しいほどに閑散としてはいるのだが、それでも寂れたと言うほどの雰囲気でもなかった。

 裏通りの方に入ると小さいながらも畑や牧場があるらしく、細々とだが一応自給自足はできるようだ。


「内側は…わりと普通の街なんですね」

「うん。中央の住人は三十年前にオズテイルが分裂した時に旗振り役だった人たちが中心なんだ。他の地域と争うための作戦本部がそのまま小さな街になった感じだね」

「身内がギュッと集まってるってそういうことですか…そういう組織って外から口出ししづらいですよね」

「そういうこと」


 そういう土地なのでもちろん壁の内部に宿は存在しない。

 人の家に泊めてもらうか、または通行証を購入する時に申請して空き家を借りるかの二択になる。ルルシアたちは後者で、割り当てられたのは入ってきた門に近い小屋だった。


「ホコリっぽい!」

「まずは掃除からだね…」


 いつ来るかわからない旅人に貸すための空き家などまともに管理などされていないのだろう。当然清掃もされていないので床が白くなるほどホコリが積もっている。


「掃除したらできれば宿にあったような結界張りたいんだけど…ディレル君、そういうのって魔術紋様でパッとできたりする?」

「んー、こんだけ傷んだ建物なら壁に彫ってもいいか。要らなくなったら削ればいいし、出来るよ。…必要なのは音と気配?」

「侵入防止もできるといいけど」

「完全に入れないようにするのは無理。何かが範囲内に入ったら術者には分かるってくらいなら簡単だけど」

「じゃあそれで。俺が起動させるんで」

「わかった」


 セネシオはもちろん自力で防壁系の魔法を使うことができるのだが、他種族に姿を変えているときは使える魔法と使えない魔法があるらしい。防壁系の魔法は使えない方の魔法だそうだ。

 付け加えると、残念ながらルルシアはもともと防壁系の魔法は苦手である。




 掃除をして、結界を張って、とやっているうちに外は真っ暗になってしまった。

 打ち合わせや食事…といきたいところだが、掃除のせいで全員頭から被ったようにホコリまみれだった。あまりにもひどいので汚れを落としてから今後の動きについて確認するという話になった。


 おそらく浴室として使われていたと思われる小部屋を最初に使わせてもらえることになったルルシアは、天井近くに明かり魔法を飛ばしてから掃除中に発見した大きな桶に魔法でお湯を張った。

 光を反射してゆらゆら揺れる水面を見つめているとやがて水面が鎮まり、水鏡で自分の姿がはっきりと見えるようになる。


(…痕、消えてる)


 鎖骨の下あたりに残っていた赤い痕はすでに消えていた。

 その事実にホッとすると同時に、寂しさとも、不満ともいえないような複雑な気持ちがぐるぐると胸を満たしていく。


(また、つけてくれたらいいのに)


 ハッと、頭の中の自らの声に自分自身で驚いて視線を少し動かすと、水面に映る自分と目が合った。

 戸惑った目で見つめ返すその顔色は、みるみるうちに面白いほど赤く染まっていく。


 リアがディレルを見つめるだけで嫌な気分になったり、キスマークを付けて欲しいと願ったり。


 ――これは、独占欲?


 ゴッ


「!!!~~~~…」


 水面から目を離そうと狭い空間で勢いよく顔をあげ、勢いあまって後頭部を壁にぶつけたルルシアは頭を抱えて声もなく悶絶した。

 数拍置いて、扉をノックする音と「すごい音したけど大丈夫?」というディレルの心配そうな声が聞こえた。だいぶ派手な音だったらしい。


「…だいじょうぶ。ちょっとよろけただけ」


 何とか絞り出すように返事を返して、のろのろとお湯で顔を洗い出す。ルルシアがいつまでもここを占領していたら他の人が困るのだ。

 髪を洗う時、ぶつけた後頭部がたんこぶになっていて少しだけしみた。

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