(17)和議の使者①
ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。
変な音だ。身体が奇妙に振動している。
肉体に戻ったカイルの視界に最初に目に入ったのは、補助をしているファーレンシアの右手だ。彼女の手はちょうどカイルの額に心地よく添えられていた。
「?」
頭にあてがわれている枕が柔らかくこれ以上なく快適だった。ただ身体の振動は、なぜかまだ続く。
「お目覚めですか?」
ファーレンシアの顔が真上にあった。
「?!」
心地よいのは、ファーレンシアの膝枕だと気づいて、カイルは驚くと同時に焦った。慌てて起き上がろうとして、揺れにバランスを崩す。その身体をファーレンシアが支える。
「夜中までファーレンシア様の膝を占領するなら叩き起こすところでした」
向かい側に座るやや冷たくシルビアが告げる。
薄暗い箱型の部屋の中だ。さきほどから振動しているのはこの部屋だった。内装は豪華だった。ビロードの高級な長椅子が向かいあって据付られており、ファーレンシアと先ほどまで寝ていたカイル、その向かいにシルビアが外出着で座っていた。
よくよくみるとファーレンシアも外出着だ。
「カイルが目覚めたので、適地で野営をしてください」
小さな窓をノックして、シルビアが外にいる者に告げる。
「了解しました」
返答したのはアイリのようだった。
「野営?」
「貴方が目覚めるまで、夜も移動していたのですよ。本来ならこんな無茶はしません」
「移動って……」
「こちらは馬車の中で、今、近衛隊とともに、西の地に向かっています」
「兄は和議の使者に私を指名しました」
ファーレンシアが説明をする。
「は?」
理解できずにカイルは聞き返した。
「ハーレイが正式の和議を提案したのは、ついさっきだよ⁈」
「兄は西の地にメレ・アイフェスが降りたったその前より準備していたようです。同行する近衛隊の選抜も、専属護衛への通達も、荷の準備も全て終えておりました」
ファーレンシアは頬に手をあて、ふっと息をもらした。
「肝心な使者である私と、同行予定のシルビア様には一言もなしに、ですよ?相変わらず鬼ですわよね」
カイルは、ウールヴェのトゥーラが「鬼」「鬼畜」の単語をどのように学んだのか悟った。
「サイラスは王都に残りました。メレ・アイフェスが全員不在になるのもよろしくないかと思いまして」
シルビアは言った。
「西の地に、王の妹姫がおもむき、同行にメレ・アイフェス2名がつくことで、西の地との和議を重要視していることを世間に知らしめることも目的のようです」
「相変わらず、抜け目のない……」
「同感です。社交マナーと称して、私達に乗馬の特訓を科したのも、このためだったようです」
「――」
あの時から、この和議の旅を計画していた――セオディア・メレ・エトゥールは世界の番人と同様、カイル達を掌で転がすことが得意なようだ。
カイルは両手で顔を覆って、その事実を受け入れることにしばしの時間を要した。セオディア・メレ・エトゥールには一生勝てないのような気がしてきた。
「カイル様、大丈夫ですか?」
「……どのくらいで着くのかな?」
「通常10日の道のりを7日で走破する予定です」
「ファーレンシアの負担が大きくない?」
ファーレンシアは微笑んだ。
「遠出も野営というものも初めてなのでわくわくしています」
「ファーレンシア様は別のことでもわくわくしているので大丈夫だと思います」
「シルビア様!」
「?」
カイルは怪訝そうにシルビアを見つめたが、シルビアはそれ以上、語らなかった。
――高貴な方のため泊まる場所を整える必要がある
ああ、ナーヤの予言はこれだったのか、と明日から準備で大変なことになるであろうハーレイに同情した。
「昼間、同調をされる場合は、この馬車を使っていただき、通常は馬で移動していただく予定です。カイル様の馬は、ミナリオが引き連れていますわ。カイル様には、先方に先触れを出していただく役をお願いしたいのですが」
「ハーレイに伝えるのはお安い御用だが、そんなに急がなくても」
「でもお早く、西の地に着きたいでしょう?イーレ様のご容態のこともありますし」
それは確かだった。移動しつつ、イーレの元に残してきたウールヴェに同調できるということも、ありがたいことではある。
「問題はイーレが一緒に帰ってくれるかだな……」
「ああ、やっぱりそうなりますか」
イーレをよく知っている主治医であるシルビアも、カイルの不安を否定しなかった。
「彼女が残ると言い出したら、どうするか、あらかじめ決めておいた方がよろしいですよ?」
「それ、彼女が残ることを前提にしていない?西の地から引き離した方がいいと言ったのはシルビアじゃないか」
「私の知るイーレがどちらを望むか、明白ですから。面倒なエトゥールの政治に巻き込まれるよりは、のんびり自然に囲まれて過ごす方を選ぶでしょうね。イーレの専門は先住民文化だし、目の前に研究材料が多数ある機会を逃すとは思えないのですが……」
「……」
ファーレンシアが告げた。
「兄から伝言があるのですが……。『にだいかいじゅーだいけっせん』はエトゥールで行うことはまかりならん、だそうです。よくわかりませんが、意味、通じますか?」
「……」
セオディア・メレ・エトゥールがカイルの逃げ道を封じたのは確かだった。




