(6)エトゥール
「セオディア・メレ・エトゥール!!!」
カイルが青ざめて、執務室に飛び込んできた。
ノックを忘れるとは、よほど慌てているらしい。彼が手にしているのは、カイルが過去に作成した地図の一部だ。シルビアとサイラスもその背後にいて、執務室に入ってくる。
人口密度があがったので、セオディアは部屋にいた専属護衛と侍女を手をふって下がらせる。
メレ・アイフェス達が勢揃いするとは、只事ではないだろう。
専属護衛達が去ってから、カイルは話を切り出した。地図をセオディアの執務机の上に広げる。
「ここは、どんな場所?」
国境を越えた西の場所に朱のインクで×印がかかれている。
「西の民の領域だな」
「やっぱり、そうだよね」
カイルは親指を噛んだ。
「どうしたんだ?」
「イーレが飛ばされた。西に500キロほど」
言葉の意味がわからずに、セオディアは目を瞬いた。
「イーレ嬢が?」
「西の民の領域に飛ばされた」
「よくわからない。イーレ嬢はなぜ西の民の領域にいくんだ?」
「こっちだってわからないよ。多分、番人のせいだ」
シルビアは補足の言葉を告げた。
「本来だったら、精霊樹のそばか、前回と同じ、離宮の中の予定だったのです。その着地点が西にずれました。恐らく『精霊』の干渉です」
「だが、西の民の領域を侵すのは、エトゥールの利益に反するぞ?やっと、和議の一歩手前まできたのに、戦乱の元になることを世界の番人がするとは思えぬが?」
「確かにそうですね」
「『必要なときに、必要な場所に飛ばす』と、アレは言っていた」
「カイル殿、世界の番人をアレ扱いするのは、いかがなものか……」
「アレはアレだよ!もう、ひねくれて、やっかいな――」
がぶり。
カイルのウールヴェが、彼の左手を噛むことで、暴言を止めた。
「……番人に筒抜けのようだぞ」
「――っ!」
――番人 筒抜ケ 言葉 気ヲツケル
「……」
「……」
「『天の声』はどうした?もう一人男性のメレ・アイフェスがいただろう?ファーレンシアが会話したという――」
「今、不在なんだ。伝言がきた」
「どんな?」
「『奉仕期間は終了だ。自分達で何とかしろ』」
「……なかなか手厳しい御仁だな」
サイラスとシルビアがこくこくと頷いて同意するところを見ると、セオディアの感想もそれほど間違っていないらしい。
――精霊の気まぐれで東西南北500キロほど飛ばされる前例がありますので
メレ・エトゥールは、晩餐会前のサイラスの家での会話を思い出していた。
「サイラス殿は南に飛ばされたのだな?」
「そう」
結果的に、それは南の魔獣討伐に繋がった。
なぜ、メレ・アイフェスの女性リーダーは西の地に飛ばされたのだろうか。
「つまり、西にいるイーレ嬢に連絡の手段がないのだな?」
カイルは頷いた。
「だが、我々が動けば、誤解を産むぞ?」
「それもあるんだ」
「一つ気になるのですが」
シルビアが言葉をはさむ。
「西の民は戦闘民族で、かなり男尊女卑の傾向があるのではありませんか?」
「その通りだ。よく、わかったな」
「イーレが一番嫌う差別です」
「……まずいな」
「…でまずいよ」
カイルは蒼白になり、頭をかかえた。
「ハーレイとイーレが出会って、もし対立したら……」
「対立したら?」
「二大怪獣大決戦が始まってしまう」
「?」
言葉の意味がわからずに、メレ・エトゥールは、サイラスとシルビアを見た。
う〜ん、とサイラスは考え、言葉を探した。
「例えるなら……」
「例えるなら?」
「平穏なエトゥールの街のど真ん中に、規格外の巨大な野生のウールヴェが二匹出現して、縄張り争いをするみたいな事態?」
「――」
それは災厄以外のなにものでもなかった。




