(4)若き長④
ライアーの塚は、古代の西の民を導いた賢人の古墳だった。村の北西に位置し、人もいないから巨大なウールヴェを食い止める場所として好都合だった。
「ハーレイ」
ライアーの塚の近くに、戦える男たちが集まっている。総勢三十名あまりだった。補助役の少年たちも何人か見える。まだウールヴェ狩りが未経験の者だ。
「状況は?」
「足止めがうまくいかない――その子供は?」
若長の後ろについてくる異国の子供に、皆が不思議そうな顔をする。
「ただの見学だ。無視していい」
先の方の木樹の先端から、巨大な白い毛並みがのぞいている。針葉樹が音をたてて折れていった。
「若長、毒矢を使うか?」
「……いや、肉を得たいから毒はなしだ」
けっして、イーレのためではない、と自分に言い聞かせてハーレイは指示を出した。
「わかった。おーい、今回は毒はなしで肉を調達するってよ」
伝言がまわり、肉を確保することに参加者達の気分は高揚したようだった。おそらく討伐後の麦酒をまじえた宴会が彼等の頭を支配している。
「いつものように両目をつぶす。槍を準備しておけ」
ハーレイが指示をすると、綿密な打ち合わせをしたわけでもないのに、男たちが散っていく。
イーレは興味深そうに彼らの準備を眺めた。西の民の用意した槍は、獲物の肉に食い込んだら外れないように金属のかえしが幾つか、ついていた。槍というよりは銛に近い。手元の部分には丈夫な縄が結わえてある。
先ほど小屋にきた若者が、剛弓をハーレイに渡した。かなり大きく、普通の男性が扱える代物ではなかった。
――この弓をハーレイが使うの?
イーレは驚いた。
囮役の男達がウールヴェの気をひいている間に、ハーレイは静かに正面側に移動した。
ハーレイは剛弓を構えた。すさまじい腕力がいるはずだが、引き絞られた弓は安定して微動だにしなかった。
弦音が響く。彼の放った矢は暴れるウールヴェの右目を正確に貫いた。ウールヴェの苦痛の声が森に響き渡る。
傍らに控えていたヌアがすぐに次の矢を渡す。
ハーレイは再び剛弓を構え、矢を放った。二本目が同様に同じ右目に刺さる。
三本目が今度は左目に刺さる。
それが合図だったようで、ウールヴェの右側にいた男たちが一斉に槍をはなった。
ハーレイが四本目を再び左目に命中させると同時に、今度は左側から槍が放たれた。縄つきの銛のような槍が命中すると男たちは、近くの木に縄を何重もまいて固定した。
――ウールヴェの動きを封じるのね
イーレは感心した。南の森で、サイラスは強引に力でねじふせたが、あれは彼の身体能力があったから可能であっただけで、西の民の団体での攻略の方が合理的だった。
固定されたウールヴェに今度は男たちが弓を構え、一斉に矢を放つ。それが繰り返される。
「こうして弱らせていくのね」
「そうだ」
「時間がかかるのでは?」
「仕方あるまい、ウールヴェ相手だ」
矢が次々と射られる中、ウールヴェのわずかな異常にイーレが気づいた。
「……ハーレイ、左側が抜けるわよ」
「何?」
イーレのつぶやきに似た警告とともにウールヴェが吠えた。
暴れるウールヴェは、肉が裂かれるのもかまわず、身をよじった。左側の槍が数本、ウールヴェの血と肉をまき散らしながら抜ける。固定が失われ、ウールヴェは拘束された右側に突進する。
眼を失っているウールヴェの進行方向に補助役の少年がいた。
周囲の人間が警告の叫びを発する。
――遅いっ!
イーレは走った。
少年がウールヴェに踏みつぶされる寸前で、彼の前に滑り込み、手の中の金属球を起動し防御を展開する。
ウールヴェの突進は見えない壁に阻まれた。無残につぶされるはずだった少年と金髪の少女が見えない壁に守られて尻餅をついている状態に周囲は目を見張った。
――あ、ヤバい。防壁の方が負ける。
「イーレ!」
そこへハーレイが走り込み、少年とイーレを小脇にかかえて駆け抜ける。みしみしと音をたて防御壁が光とともに弾け散るのと、木にウールヴェが突っ込むのとほぼ同時だった。
さすがのイーレも彼の腕の中でほっとした。
「今のはカイルと同じ技か?!」
イーレは、ん?と顔をしかめた。
「同じ技」とは、ハーレイの目の前でカイルは防御を展開したことになる。
そんなことは報告になかった。
「あの子、貴方の前で何をやらかしたの?!」
ハーレイは彼女の反応に驚いた。「あの子」と成人のメレ・アイフェスが子供扱いされている。イーレの年齢の謎が深まるばかりだ。
「その話はあとにしよう」
「それもそうね」
ウールヴェの攻略は振り出しに戻った状態だった。
「ハーレイ、動きを止めればウールヴェの前脚の腱を切れる?」
「簡単だ」
「まかせたわ。槍を貸して」
「人間相手じゃないんだぞ」
ハーレイは自分の槍をイーレに渡した。かなりの重量のはずだが、イーレは苦にせず、試し振りをしている。
「わかってる。動きをとめるから、腱を切ってね」
「大丈夫か?」
「大丈夫よ。肉のために頑張るっ!」
村の男たちが狩後の宴会の開催予定で高揚しているのと同様、今のイーレのモチベーションは肉だった。
「イーレ!」
ハーレイは唖然とした。
イーレは木に登ると、ウールヴェの巨大な背中に軽々と飛び移ったのだ。その背中をかけあがると後ろ首に槍を突き立てる。
ウールヴェの動きが一瞬だけ止まった。
――後ろ首が弱点だと?!
「イーレに槍を渡せ!」
思わぬ指示に男たちはあっけにとられたが、すぐに従った。下から槍を投げ渡されると子供は器用に片手で受け取り、後ろ首に突き立てていく。
そのタイミングにあわせて、ハーレイは前足の腱に狙いを定めた。剣をふりかざして前足を切りつける。何回目かで、太い腱の切断に成功した。これで村と小屋に突進する可能性は極めて低くなった。それが一番重要なことだった。
イーレはまだ痛みに暴れるウールヴェの背中にいた。
「イーレ」
イーレはびっくりした。ハーレイが暴れるウールヴェの背中に乗ってきたのだ。
「急所はここか?」
「そう」
「知らなかった」
ハーレイは持っていた槍を振り上げると、思いっきりウールヴェの首元に突き立てた。手ごたえはかなりあった。ウールヴェの暴れ方がややおさまりつつある。
ハーレイは周囲の人間に、槍をよこせ、と手振りで指示をする。
「だって、ウールヴェの背中に乗るっていう発想はないでしょ?」
「確かにないな」
「私の弟子が最初に気づいた攻略法よ」
「……弟子……」
やや、呆然と彼はイーレを見た。
「イーレ、貴方はいったい幾つなんだ」
「手がすべって貴方に槍を突き立てそうだからやめてくれる?」
「……やめておこう」
やはり年齢の件は、禁断の話題らしい。ハーレイは追求を諦めた。
イーレとハーレイは、下から投げ渡される槍を次々と突き立てていく。ついにウールヴェが膝をついた。
「効率がいいな」
「問題は背中に乗れる人間がそうそういないことだと思うわよ」
「確かに。だが、今後のウールヴェ狩りには役にたつ」
「ねぇ、これで肉を食べれる?」
彼女の問いかけに、本当に裏のない肉目的で参加したことを悟り、ふっとハーレイは笑みをもらした。
なんの言葉もなく、ハーレイはひょいとイーレを片腕で抱き上げた。そのまま、倒れたウールヴェの背中を歩き、地上に飛び降りる。
「今日の最大の功労者だ」
ハーレイは片腕に乗せた子供を、肩に掲げのせ、宣言する。
西の民の男達の歓声と賛同の声が森にこだました。




