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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第6章 精霊の審判者
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(3)若き長③

 翌朝、ハーレイは料理番の女性に特別にパンを焼いてもらい、それを布でつつんだ。燻製塩肉(スモークハム)(かたまり)も調達する。結局、世話をしているような気がしないでもない。


――あの子供(イーレ)をどうしたものか。


 とりあえずエトゥールのカイルに連絡するのが正しいような気がする。

 だが、非常に注意を要する時期でもあった。和議の一歩手前まで来たのに、西の民が安易に国境を超えるのはまずい。誤解が生まれる行為はお互い慎むべきだ。そうなると打てる手は限られる。

 わずかに交流があるエトゥールのアドリー辺境伯を頼るか。カイルまで、ウールヴェを飛ばすか。


 あとでイーレと言う名の子供の処遇について占者(せんじゃ)にきこう。ハーレイは決意した。





 小屋に入るとイーレは熟睡していた。

 豪胆だと思う。彼女に異国の地にいる不安とかはないのだろうか。

 梁の上にいる梟姿(ふくろうすがた)のウールヴェに村へ帰るよう命じると、ハーレイは静かにベッドに近づいた。


 イーレと成人女性が見えるのは、昨日と一緒だった。

 イーレが眠っているためか、今ははっきりと女性の姿が認識できる。金色の髪は、イーレと違い肩のところで切りそろえられている短さだ。自分より恐らくひとまわり以上は若い大人の女性だ。イーレの十年後の姿と言われれば納得する。

 これはいったいどういうことだろう、とハーレイは首をかしげた。



 いきなり長棍がハーレイに目がけて、突き出された。



「――!」


 喉を狙って突かれた長棍をハーレイは本能的に避けた。


「ハーレイ?」


 イーレは干し草のベッドの上で戦闘態勢になっており、目を(またた)いていた。


「ああ、ごめんなさい。人がそばにいるから、びっくりしちゃって」


 イーレは長棍を引っ込めた。まだ眠いのか目をこする。


「……こちらこそ、すまなかった。今度から声をかける」

「そうしてもらえると助かるわ」

「パンを持ってきた」


 内心の動揺を押し隠し、ハーレイは彼女に背を向け、ナイフを取り出し、卓でパンを切り分けた。西の地の風習では、背中を見せることは敵意がない証拠だが、果たして通じるだろうか――。


身支度(みじたく)を整えるなら、そっちの水樽(みずたる)を使うといい」

「ありがとう」

「……」


 先程の突きは達人レベルの技術だった。彼女がエトゥールから西の地に派遣された暗殺者という可能性はあるだろうか?




 一方、イーレも動揺していた。

 あそこまで、接近を許してしまうとはどういうこと?!

 本来なら、小屋に誰かが入ってきた時点で気づくべきだ。だが、問題はそれだけではない。


 突き出した渾身(こんしん)の一撃が避けられたのだ。


 ()った、と思ったのに避けられた。ありえない。なんだ、あの男は。精霊の加護はそんなところまで、及ぶのだろうか。

 顔を洗って頭をはっきりさせたイーレは、ようやく前提条件が間違っていることに気づいた。


――エトゥールの和議の相手を()ったらダメじゃん……


 ここは事故が起きなくてよかったと思う場面だ。そうそう、よけてくれてよかったのだ。よかった。よかったはず……。


――(くや)しい。


 久々にイーレは屈辱(くつじょく)を味わった。




 ハーレイの持ってきたパンは美味しかった。小屋に常備されている木苺のジャムをつければ、さらに最高だった。燻製塩肉(スモークハム)も香辛料がきいて独特の風味があり、かなりいけるものだった。


「……美味しい」

「そうか、それはよかった」

「……」

「……」


 さきほどの対決に起因する、ぎこちない沈黙に満ちた朝食の静けさは、小屋に二十歳(はたち)前後の青年が飛び込んできたことでようやく終わった。


「ハーレイ!大変だ、ウールヴェが出た!」


 息を切らして報告するのは、ハーレイの補佐役であるヌアだった。

 ハーレイは朝食を中断して、すぐに立ち上がった。


「場所はどこだ?」

「ライアーの塚に引っ張った」

「上出来だ。男達を集めろ。村と小屋の方向には、向けさせるな。あと俺の弓と槍を持ってきてくれ」

「わかった」


 言葉がわからなくても騒動が起きたことにイーレは気づいた。


「何があったの?」

「野生のウールヴェがでた」

「野生のでかいヤツ?(いのしし)みたいに突進するタイプの?」

「よく、知っているな。この小屋からでるな。こちらには向かわせない」


 イーレも立ち上がった。


「私も(かり)に参加したいわ」

「は?」

(かり)に参加したい」

「冗談じゃない。足手まといだ」

「大丈夫、私、強いから」


 先ほどの一撃で実力は思い知ったので、嘘ではないことはハーレイにも理解できた。だがそれと(かり)への参加は別問題だった。


「だめだ」

「お願いよ、ハーレイ。こんな機会は滅多にないもの」


 若長の腕をつかんで、イーレは懇願(こんがん)する。ハーレイはその熱心さに眉をひそめた。


「なぜ、そこまでウールヴェ討伐にこだわる?」


 彼女は、ぽっと顔を赤らめた。照れたように、頬をに手をあて、視線をはずした。初めて見た年相応の仕草だった。


「……その……できれば……お肉を食べてみたいの……」

「……………………」


 乙女のように恥じらって言うセリフではない、とハーレイは思った。

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