(3)若き長③
翌朝、ハーレイは料理番の女性に特別にパンを焼いてもらい、それを布でつつんだ。燻製塩肉の塊も調達する。結局、世話をしているような気がしないでもない。
――あの子供をどうしたものか。
とりあえずエトゥールのカイルに連絡するのが正しいような気がする。
だが、非常に注意を要する時期でもあった。和議の一歩手前まで来たのに、西の民が安易に国境を超えるのはまずい。誤解が生まれる行為はお互い慎むべきだ。そうなると打てる手は限られる。
わずかに交流があるエトゥールのアドリー辺境伯を頼るか。カイルまで、ウールヴェを飛ばすか。
あとでイーレと言う名の子供の処遇について占者にきこう。ハーレイは決意した。
小屋に入るとイーレは熟睡していた。
豪胆だと思う。彼女に異国の地にいる不安とかはないのだろうか。
梁の上にいる梟姿のウールヴェに村へ帰るよう命じると、ハーレイは静かにベッドに近づいた。
イーレと成人女性が見えるのは、昨日と一緒だった。
イーレが眠っているためか、今ははっきりと女性の姿が認識できる。金色の髪は、イーレと違い肩のところで切りそろえられている短さだ。自分より恐らくひとまわり以上は若い大人の女性だ。イーレの十年後の姿と言われれば納得する。
これはいったいどういうことだろう、とハーレイは首をかしげた。
いきなり長棍がハーレイに目がけて、突き出された。
「――!」
喉を狙って突かれた長棍をハーレイは本能的に避けた。
「ハーレイ?」
イーレは干し草のベッドの上で戦闘態勢になっており、目を瞬いていた。
「ああ、ごめんなさい。人がそばにいるから、びっくりしちゃって」
イーレは長棍を引っ込めた。まだ眠いのか目をこする。
「……こちらこそ、すまなかった。今度から声をかける」
「そうしてもらえると助かるわ」
「パンを持ってきた」
内心の動揺を押し隠し、ハーレイは彼女に背を向け、ナイフを取り出し、卓でパンを切り分けた。西の地の風習では、背中を見せることは敵意がない証拠だが、果たして通じるだろうか――。
「身支度を整えるなら、そっちの水樽を使うといい」
「ありがとう」
「……」
先程の突きは達人レベルの技術だった。彼女がエトゥールから西の地に派遣された暗殺者という可能性はあるだろうか?
一方、イーレも動揺していた。
あそこまで、接近を許してしまうとはどういうこと?!
本来なら、小屋に誰かが入ってきた時点で気づくべきだ。だが、問題はそれだけではない。
突き出した渾身の一撃が避けられたのだ。
殺った、と思ったのに避けられた。ありえない。なんだ、あの男は。精霊の加護はそんなところまで、及ぶのだろうか。
顔を洗って頭をはっきりさせたイーレは、ようやく前提条件が間違っていることに気づいた。
――エトゥールの和議の相手を殺ったらダメじゃん……
ここは事故が起きなくてよかったと思う場面だ。そうそう、よけてくれてよかったのだ。よかった。よかったはず……。
――悔しい。
久々にイーレは屈辱を味わった。
ハーレイの持ってきたパンは美味しかった。小屋に常備されている木苺のジャムをつければ、さらに最高だった。燻製塩肉も香辛料がきいて独特の風味があり、かなりいけるものだった。
「……美味しい」
「そうか、それはよかった」
「……」
「……」
さきほどの対決に起因する、ぎこちない沈黙に満ちた朝食の静けさは、小屋に二十歳前後の青年が飛び込んできたことでようやく終わった。
「ハーレイ!大変だ、ウールヴェが出た!」
息を切らして報告するのは、ハーレイの補佐役であるヌアだった。
ハーレイは朝食を中断して、すぐに立ち上がった。
「場所はどこだ?」
「ライアーの塚に引っ張った」
「上出来だ。男達を集めろ。村と小屋の方向には、向けさせるな。あと俺の弓と槍を持ってきてくれ」
「わかった」
言葉がわからなくても騒動が起きたことにイーレは気づいた。
「何があったの?」
「野生のウールヴェがでた」
「野生のでかいヤツ?猪みたいに突進するタイプの?」
「よく、知っているな。この小屋からでるな。こちらには向かわせない」
イーレも立ち上がった。
「私も狩に参加したいわ」
「は?」
「狩に参加したい」
「冗談じゃない。足手まといだ」
「大丈夫、私、強いから」
先ほどの一撃で実力は思い知ったので、嘘ではないことはハーレイにも理解できた。だがそれと狩への参加は別問題だった。
「だめだ」
「お願いよ、ハーレイ。こんな機会は滅多にないもの」
若長の腕をつかんで、イーレは懇願する。ハーレイはその熱心さに眉をひそめた。
「なぜ、そこまでウールヴェ討伐にこだわる?」
彼女は、ぽっと顔を赤らめた。照れたように、頬をに手をあて、視線をはずした。初めて見た年相応の仕草だった。
「……その……できれば……お肉を食べてみたいの……」
「……………………」
乙女のように恥じらって言うセリフではない、とハーレイは思った。




