(2)若き長②
ハーレイは結局、謎の子供を村と取引する商人が寝泊まりする小屋に案内した。清掃はされているが、狭くエトゥールの貴族にはふさわしくはない。
だがイーレは不満を言わなかった。
イーレは納屋の新しい干し草を持ち込み、布をかぶせ、自分で手際よくベッドを整える。妙に手慣れている、とハーレイは思った。
「どこでそんな手法を学んだんだ?」
イーレは得意そうに、にっと笑った。
「いろいろと経験があるのよ」
「エトゥールの貴族ではないのか?」
「正確に言うと違うわ。カイルと同類よ」
「導く者だというのか?」
「メレ・アイフェスがどういう意味で使われているかによるわ。だってここはエトゥールと対立してる国なんでしょ?」
「今は休戦中だ」
ハーレイはむっとした。
「あら、カイルが苦労した和議はまだ結ばれていないの?」
「話し合いの二日後に、いきなり国境までおくられた。和議は後日という話だった」
「ああ、カイルが倒れたからね」
「カイルが倒れただと⁉︎」
失言したイーレは慌てて口に手をあてた。ハーレイはイーレの腕をつかんだ。
「いったい、どういうことだ⁉︎」
「えっと、落ち着いてくれる? 誤解させたわね、カイルは今は無事よ。意識を取り戻して、生活しているわ」
「いきなり我々を国境まで送り届けた理由はそれか⁉︎」
「そうかも」
「だから、エトゥール人は油断はならないんだっ!」
「逆でしょう」
イーレは真顔で言った。
「カイルが倒れたきっかけが西の民との接触なら、それをエトゥール内の派閥に政治的に利用されるのを避けるために、メレ・エトゥールは貴方達を逃したのよ」
「……」
「実際、粛正は行われたし、メレ・エトゥールは約束を果たしたと思うわ。だいたい怪しい子供の言葉を簡単に信じては、ダメでしょ。自分で確かめるべきね」
「……」
「だから、私をエトゥールに連れていって、直接カイルの無事を確認するのは、どう?」
「――断る」
あやうくのせられるところだった。その証拠にイーレは小さく舌打ちをした。
頭のいい口の達者な子供だ。村に近づけるのは、危険かもしれない、とハーレイは感じた。この姿と、魅了する無邪気な笑顔に騙される村人が多数でそうだった。
「小屋の中の物は好きに使っていい。あと、悪いがウールヴェで監視させてもらう」
ハーレイは自分のウールヴェを呼び出した。彼の腕に夜目がきく大きなフクロウが現れた。
「ウールヴェ!」
イーレは目を輝かせた。
なんだ、その期待に満ちた反応は――と、ハーレイは引き気味になった。
「すごいわ、鳥型もいるのね。しかも色が白じゃない」
「鳥型?」
「カイルのウールヴェは、純白の大きな狼に似ていたわ」
「――」
カイルのウールヴェは肩に乗る大きさだった。それがわずか数ヶ月で急成長したことになる。その可能性にハーレイは、いくつか思いあたったが、とりあえず頭から追い出した。
恐れも知らずにウールヴェに触れようとするイーレの手を避け、ハーレイはフクロウを小屋の梁に向かって放した。
子供を見張ることと、梁の上にいることを命じる。
「ああ、触らせてよ」
「断る」
「ケチ」
「懐柔するために餌をやりまくる気がする」
「貴方は本当に鋭いわね。予知能力でもあるの?」
否定しないのか――と、ハーレイは内心呆れる。
「先見の力があったら、もっと楽に生きられる」
「そうかしら?」
イーレは小さく笑った。
「未来がわかれば、案外それに縛られるかもしれないわよ?」
「……賢者みたいな言い方だな」
「そう?」
「貴方はいったい幾つなんだ?」
「……死にたくなかったら、その禁断の質問はやめた方がいいわよ?」
冗談のような切り返しだったが、ずっと幻視している成人女性の手に、いつのまにか死の精霊が持つ巨大な鎌が握られていた。
――本気だ
確かに禁断の質問であることをハーレイは悟った。




