(19)晩餐会後②
「カイル様」
離宮をでたカイルをミナリオが追ってきた。
離宮周辺を警備している第一兵団がカイル達にむかって敬礼をする。
「ファーレンシア・エル・エトゥールはどちらに向かったかな?」
「聖堂への小道をクレイ団長とともに歩いていかれました」
「ありがとう」
カイルは衣嚢から浮遊灯を取り出し起動させた。突然、出現した浮かぶ光源に、第一兵団の面々がぎょっとした。
用意した角灯を手にミナリオは慌てる。
「カイル様、目立ちますよ」
「今日は十分目立っているから、変わらないよ」
不機嫌さを隠さずカイルが応じる。
――ああ、メレ・アイフェスがやさぐれている。
ミナリオは途方に暮れた。いつもの彼らしくない。
白いウールヴェが背後から追いつき、先導するかのように先を駆けていく。
長い小道を通り抜けると巨大な精霊樹と聖堂が見えてきた。聖堂の入口付近に数人の人影が見える。団長のクレイとファーレンシアの専属護衛達だった。
彼等はカイルの出現にあからさまにほっとした表情を見せた。
「エル・エトゥールは中かな?」
「はい」
「トゥーラはここで待ってて」
カイルは聖堂の扉をあけた。
聖堂は相変わらず精霊樹の癒しの力が流れ込んでおり、カイルのささくれ立った心も穏やかなものにした。
ファーレンシアは聖堂の長椅子に座り、熱心に何かを祈っていた。カイルはその隣にそっと腰をおろした。
「……カイル様」
「……何を祈っているの?」
「……兄が無事だったことの感謝を」
「……ファーレンシアは聞き分けがよすぎるよ。怒ってもいい事案だと思うけど」
ファーレンシアは微笑を浮かべた。
「だって私の代わりにカイル様が怒ってくださっているでしょ?」
「君が許してしまうから、僕はこれ以上怒れない……」
「ちょっと昔を思い出していました」
ファーレンシアは聖堂のステンドグラスを見つめた。
「初めてのダンスの練習相手は兄で、彼の足を踏みまくっていました。それでも兄は私が踊りを学び終えるまでつきあってくれました」
「……」
「ウールヴェが欲しくて、大泣きしたのも本当です。当時、身体の弱かった私にウールヴェの存在は負担そのものでしたが、そんな理由など知らずに両親と兄を困らせました。そのウールヴェが兄を庇って亡くなった時も、泣いたのは私で、兄は私を一生懸命、慰めてくれました」
「……」
「昔は優しかったのですよ?」
信じられないというカイルの表情にファーレンシアは笑う。
「二曲目の踊りが終わったあとに、兄が私に『すまない』と言いました。初めてです。兄が私に詫びるなど……」
「……」
「なんのことかわかりませんでしたが、これだったのですね」
ファーレンシアは小さな吐息をもらした。
「今回は仕方ありませんね。兄に機会があったら伝えてください。二曲目の謝罪を受け入れます。ただし」
ファーレンシアはぎゅっとドレスを握りしめた。
「婚約式と結婚式に同様のことをしたら、私と侍女達は一生許しません、と」
ファーレンシアから決意のオーラが浮かびあがる。これに挑戦するほど、メレ・エトゥールは愚かじゃないだろう。
「明日にでも伝えよう」
カイルは自分の長衣を脱ぐと、ファーレンシアの肩にかけた。
「クレイ達が待っている。帰ろうか」
カイルは立ち上がって、ファーレンシアに手を差し出した。ファーレンシアはその手を取り、立ちあがる。
「……ステーションの絵」
「はい?」
「……あれは君の素描のことだよ。それを君に見せるとか、燃やすとか、ディム・トゥーラのひどい罰ゲームだ。僕の嫌がることを彼は正確にわかっているんだよ。ひどいだろ?」
カイルは照れたように笑った。
聖堂内が暗くてよかったと、顔の熱さを自覚したファーレンシアは思った。無自覚で無意識に強烈な言葉を放つメレ・アイフェスをどうしたらいいのだろう。
一生に一度の初社交を実の兄に台無しにされたことなど、瑣末なことに思える。そう思わせるための計算しつくされた言葉なら、兄の上を行く狡猾な人物として、用心するのだが、そうではないから困るのだ。
ああ、この人が社交界に姿をさらしてしまった今、貴族令嬢達がこぞって求婚してくるだろう。兄の最大の罪は初社交を台無しにしたことではなく、カイル・メレ・アイフェス・エトゥールを表舞台に出したことだ。妹の恋敵を多数出現させるとは、非協力もこれ極まる。
ファーレンシアはそっとため息をついた。




