(9)晩餐会③
晩餐会は特に問題はなかった。
いや、問題がなかったわけではない。まず会場に軽い違和感を覚えたが、その正体が何か追求する余裕がカイルにはなかった。
次にエトゥールの王族とメレ・アイフェス達が座る卓には、多くの視線がつきささる。これは当然のことであったので、予想はしていた。
それ以外の、出席している若い男性貴族の嫉妬と敵対心はすさまじく、カイルは自分の遮蔽をそっと強化した。妹姫のエスコート役は人も羨む立場らしい――羨むより恨まれているようだが。
「君は大注目されているね」
「そうでしょうか?」
「さっきから、若い男性出席者の視線が突き刺さるよ」
「私は別の視線が気になります」
「どんな?」
「気のせいだと思うことにします」
ファーレンシアはにこりと微笑んだ。
「こういう晩餐会はどのくらいの頻度で行われるんだい?」
「兄は、こういうことが好きではないので、1〜2年に一度ぐらいでした」
「意外だな」
「今回はメレ・アイフェスのお披露目と、私の初社交で重い腰をあげたというところです」
ファーレンシアはくすくすと笑う。
「もちろん、他の方の主催なら山ほど招待がありますよ?行かれますか?」
「……冗談でしょ」
「安心しました」
「?」
――貴族の晩餐会が見合いの場であることをカイルが悟るのは後日である。
晩餐会が終わると、隣室に設けられた舞踏会場が開放される。先日、ミナリオに案内された部屋は多数の花と灯で飾られ、華やかな雰囲気が演出されていた。最奥の壁際にいる楽団が緩やかに音楽を奏でている。
セオディア・メレ・エトゥール達が奥の一角にたどり着くと、音楽は舞踊曲にかわり、長い前奏が始まった。
セオディアはシルビアを、カイルはファーレンシアをエスコートし、中央にすすみでる。
会場中で主役の女性達の美しさに、感嘆する吐息がもれるのをカイルは感じとった。美に対する女性の熱意と憧れは、異世界でも変わらないものらしい、と気づくとカイルは面白くなった。
「ファーレンシア、今日は楽しもう」
カイルの言葉にファーレンシアの顔が輝いた。出席を無理じいした不安が少女の中にずっとあったのだが、カイルの笑顔でその心配は吹き飛んだ。
「はい」
二人は踊りだした。
伝統の通り、二組の王族が踊り出し、しばらくは広間の注目を集めていた。最初の曲が繰り返しに入る頃に、ようやく参加者達が踊りに加わる。
多数の男女が踊りだすと、カイルにも余裕が出てきた。ようやくカイルは会場の違和感が自分にあることに気づいた。
「ファーレンシア、僕は何かやらかしているかな?」
「いいえ」
ファーレンシアはカイルの反応に笑った。彼女は違和感の正体を知っているようだった。
「教えて欲しい」
「兄に警告されていました。カイル様は無自覚だから気をつけろ、と」
「メレ・エトゥールが?」
「はい」
「僕は何に無自覚なの?」
「カイル様、初めて街に行った時のことを覚えてますか?」
「うん?」
「あの時、兄は戯れに貴方のフードを取り、大騒ぎになりました」
「……」
「あれと同じことが進行中です」
「……」
「噂の賢者が初めて公式の場に登場したのです。しかも美男美女です。誰もが注目しています。私など、先程から女性達のとても厳しい視線を受けています。初代エトゥール王に似たメレ・アイフェスを独占するとは、何事かと。でも今日は私の初社交なので、権利は最大限に行使させていただきます」
少女はきっぱりと宣言した。
カイルはファーレンシアに遮蔽をかけた。精神感応の強いファーレンシアがこの会場にいることの負担にようやく気づいたのだ。しかも元凶はメレ・アイフェスである自分がエスコートしているためだった。
ファーレンシアは自分の負荷が急に減ったことに驚いた。
「鈍くてごめん……」
「優越感に浸っておりましたから、問題ありません」
「……無粋ついでに、伝統の3曲目の意味を教えてくれないか?」
「……まさか、兄はカイル様に説明していないのですか?」
「重要だとは聞いたけど……」
「……協力的なのか、非協力的なのか、本当にお兄様ったら……この間の意趣返しですか……」
ファーレンシアが珍しく小声で不満をつぶやいた。
「ファーレンシア?」
「エトゥールでは、伝統的に重要な意味をなします。初代エトゥール王が精霊の姫巫女を見初めたのが、3曲目の舞踏で、精霊の祝福を受けられると言われております」
「それって……」
「不用意に見知らぬ女性と踊ると、またたくまに婚約の場が設けられます。保証しますわ」




